1.声に応えて異世界へ
 
真っ暗闇の中、なに言ってるか分からないけど、誰かの声が聞こえる変な夢を見る。
何回もだ。寝るたびに見てしまうその夢が、最近のあたしの悩みのタネだった。
寝不足が続いているのはその夢のせい。

どうして毎晩同じ夢を見るんだろう?
素で話せるたった一人の親友は、
『ご先祖さまが何か伝えたくて夢に出てるんじゃないの?』と言った。

もうすぐ定年のおじいちゃん先生がゆっくりと教科書を読み上げている授業中。
ご先祖さまの訴えが何か分かったら、もう夢に出てこないってことじゃないの?と、そんなことをひらめいた。
教室をぐるりと一瞥すれば、何人ものクラスメイトが幸せそうな顔で居眠りしている。
窓から差し込む陽光はポカポカだし、先生は居眠りを注意しないし、寝るにはもってこいの環境だ。
それに加えてあたしは寝不足。まぶたを閉じればすぐに眠れるだろう。
よし! ご先祖さまに聞いてみよう!
腕を枕にして眠る体勢に入る。窓際の席って特にあったかいなぁ。
雲ひとつない快晴の空は写真に残しておきたいほどキレイだった。
まぶたは次第に重みを増し、意識がゆっくりと深い闇に沈んでいく。
ストンと眠りに落ちればもう夢の中だ。
墨みたいな真っ黒い色の空間が果てしなく広がっている。


    助けて


何を言ってるか分からなかったのに、この時だけはハッキリと聞こえた。


    助けて


また聞こえた。
泣きながら絞り出すような悲痛な声。


    助けて


「あたしに助けを求めてるの?」

今回の夢はいつもと違うようだ。
自分の声が空間に大きく響く。


   助けて、助けて、助けて
    ─────を
  


切り取ったように聞こえなかった部分があった。
だけどなぜだろう、直感で分かる。

「……ルルーシュ?
もしかしてルルーシュのこと言ってるの?!」

ルルーシュと言えば、あたしが今すごいハマってるアニメに出てくる主人公だ。
一番大好きなキャラクターの名前だ。
どうしてそれが今出てくるんだろう?

「何を助けてほしいの? もしかしてルルーシュを助けてほしいの?」


    助けて


女の人の透き通るような綺麗な声に、フッと頭をよぎった姿は。

「もしかして、ルルーシュのお母さん……?」

空気が震えた。
あたしの声に応えるように。


    助けて、あの子を

    ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアを
 


確信した。
この声の主はルルーシュのお母さんだ。

「助けてって言っても、あたしは何をすればいいの?」

ずっと見続けていた夢の声の主がルルーシュのお母さんなら、彼女はあたしにどうしてほしいんだろう?
助けてほしい、なんて言われても正直困る。


   助けて

   あの子を助けて

   お願い



彼女は闇の底でずっとずっと叫んでいたのだろうか。
寂しくて、辛くて、苦しくても。
あたしが返事するのをずっと待っていたのだろうか。

その声に、助けを求める声に、応えたいと思ってしまった。

「分かった。ルルーシュを助ける。
自分に出来る精一杯で」

闇の中で小さな輝きが生まれる。
あたたかい光が、闇を塗り替えるように大きくなっていく。
世界が真っ白に染まる時、マリアンヌさんが笑ってくれたような気がした。

居眠りからハッと起きるように目が覚める。
どこかの学校の廊下に立っていた。

「……ここどこ?」

絶対違う学校だ。床や壁の材質がお金かかってそうなやつだった。
頬をつねれば痛いから、今は夢じゃなくて現実だろう。

「……っていうかちょっと待ってよ」

ルルーシュのお母さんに息子を助けてくれと頼まれ、助けるよって答えて、目が覚めたら見知らぬ廊下にいて、よくよく見ればアッシュフォード学園の廊下に似ていて。
……ということは、もしかしてこれってトリップ?

「やったー!! マリアンヌさんありがとう!!」

……ってちょっと待て。
あたしが勝手にそう思ってるだけで、マリアンヌさんとは限らないんじゃないの?
マリアンヌさんの声聞いたことないし。

「んー……。
……でも、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだし……」

それに『あの子』って言った。
本名を知ってて、なおかつ『あの子』なんて言い方できるの、母親であるマリアンヌさんだけじゃないだろうか。
そしてあたしには『あの声の主はマリアンヌさん』っていう不思議な確信があった。

問題はここからだ。
息子を助けてほしいと頼まれたけど、あたしは何をすればいいんだろう?
『自分に出来る精一杯でルルーシュを助ける』とは言ったものの、何をすればいいかなんて見当もついてない。
そもそもどうやってルルーシュに接触すればいいのやら。普通に話しかけに行ったらいいのだろうか。
それ以前に“あの”ルルーシュがアッシュフォード学園の生徒じゃないあたしの話を聞いてくれるのだろうか…。
聞かないね! 絶っっっっ対聞かない!
ルルーシュは警戒心強いから、怪しまれて敵意を持たれてギアスを使われるに違いない。
接触はせずに陰から助ける? いやいや、ルルーシュなら絶対気づく。
途方に暮れ、はぁあっと重い溜め息をこぼせば、肩にポンと手を置かれて心臓が跳ねた。身体もビクッとした。
バッと振り返れば高校生が─────『ルルーシュ』が後ろに立っていた。
サラサラの黒髪と紫色の瞳。背は高く、身体は細い。
優しく微笑むルルーシュの瞳はゾッとするほど冷めきっている。

「キミ、もしかして誰か探してる?」

声は爽やかなのにすごく怖い。あたしは無意識に後ずさっていた。
目の前のルルーシュから今すぐ逃げたくなった。

「う、ううん。探してない……!」

後ろに下がったけど一気に距離を詰められた。
ルルーシュに腕をガッと掴まれ、折られるのではと思うほどの力で握ってくる。

「お前は俺が何者か知っているな」

殺意を帯びた低い声には、先ほどの爽やかさが1ミリも無い。
殺される!!と本気で思った。

「し、知らない!!」
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと、お前は確かにそう言ったよな。
知らないとシラをきるなら、洗いざらい吐いてもらうまでだ」

ルルーシュの片目が赤く染まり、紅蓮の紋様が現れる。
ギアスをかけられそうになったその時、

「ルルーシュく〜ん?
そんなトコでな〜にをしようとしてるのかしら〜?」

思いもしなかった人物が─────ミレイ・アッシュフォードが声をかけてきた。

「か、会長?!!」
「こんな白昼堂々、廊下で女の子を襲おうとしてるなんて。
ルルーシュくんもやっぱり男だったのね〜」

からかう口調だけど、軽蔑が特盛の声音だった。
動揺したルルーシュの瞳が元の色に戻る。
彼がミレイに顔を向けた瞬間、逃げるのは今だ!とあたしは廊下を蹴って全力疾走する。
廊下を歩く生徒達が不審そうにこっちを見るけど足を止めるわけにはいかない。
こっちも命がかかってるんだ!

「その女を捕らえろ! 俺がいいと言うまで絶対に逃がすな!!」

離れたと思ったのにルルーシュの怒鳴り声が後ろから! どんな言い訳をしてミレイから解放されたんだ!?
絶対に逃がすなという言葉に、他の生徒にギアスを使ったんだな、とすぐに理解する。
絶対遵守のギアスルールに泣きたくなった。

足の速さと体力には自信があるけど、校内の地理に詳しくないあたしは時間もかからずに捕まった。
目がギアス色に染まっている生徒達に拘束され、腕を背中に回され、乱暴に床へ座らされる。
目の前に立つルルーシュは悪どい笑みであたしを見下ろしていて、今にも高笑いしそうだ。
つい先ほど、騒ぎを聞きつけて来た教師二人をギアスで見張り役にしたからこその余裕だろう。
ミレイの時のような助けは来ない。あたしができることはギアスをかけられないように目を閉じることだけだ。

「目を開けろ。話をしようじゃないか」

友好的な優しい声音だが明らかにわざとらしい。
その言葉を信じてその通りにすればどうなるかは簡単に想像がつく。
まぶたをさらにギュッと閉じればルルーシュの舌打ちが聞こえた。
ギアスが使えなくても、ありとあらゆる手を使って吐かせるつもりだろう。まぶたを閉じてもヤバい現状はそのままだ。
仕方ない、賭に出るか。

「ギアス、かけようとしても無駄よ」

ゆっくりとまぶたを開けてルルーシュを見据えれば、彼の片目は緋色に染まっていた。
ギアスは怖いけど、あたしの言葉を本当だと思わせる為には目を見ないといけない。

「教えてくれたの。ある条件を満たせばギアスが効かないって」

もちろん嘘だ。そんな裏技なんて知らない。
ルルーシュの表情からスッと笑みが消える。

「ギアスが効かない……だと?」

よし、乗った。勝負はここからだ。

「あら。契約を交わしたのにそんなことも聞いてないの?
ほら、後ろにいるじゃない。緑の髪の女の子」

あたしの嘘を信じたルルーシュは、血相を変えてバッと後ろを見てくれた。
無防備な膝の裏がこちらに向き、あたしはそれを思いきり蹴る。
ルルーシュは前のめりに大きく倒れ、生徒達の拘束の手がわずかに緩んだ。
内心謝りながら、ひじで生徒達を突き払う。いつかテレビで見た痴漢撃退法、覚えていてよかった。
拘束する手が離れて逃げようとしたが、後ろから襟首と肩を掴まれて地面に叩き倒された。一瞬、息ができなくなる。
複数の手が身体を押さえつけてきて、身体を少しも起こせない。
ルルーシュはいつの間にかあたしの目の前へ。
ニヤリと口角を上げ、勝ったと言わんばかりのイヤな笑みを浮かべた。

「……やはり嘘か」
「嘘つかなきゃいけない状況にしたのアンタでしょ。あたしはまだ死にたくない」
「逃げられなくて残念だったな。
お前には全て吐いてもらう」

緋色に染まった瞳に鳥の紋様が浮かび上がる。
瞳の色はまるで宝石のようで、息をするのを忘れてしまうほどに美しい。

「言え。
俺について知っていることと、隠してること全てを」

鳥の紋様が音もなく羽ばたいた。
それを間近で見たはずなのに、ギアスがかかった実感はない。
ギアスをあたしに使えたことが嬉しいのか、ルルーシュが勝ち誇ったように笑う。
悪役みたいな魔王の笑みに、ゾワッと背筋が粟立った。
胸が大きく高鳴り、鼓動は早くなり、顔が一気に熱くなる。

「も…………もう好きにしてください」

ルルーシュになら何をされても構わない。そう思ってしまった。

「はぁあ?!!」

魔王の笑みが一気に崩れ、瞳が紫色に戻る。
驚愕の声を上げた後、ルルーシュは沈黙した。
超難問に対峙しているように眉間にシワを寄せ、難しい顔をする。
想定外の事態には弱いが持ち直しは早いようで、ルルーシュの瞳が緋色に変わる。

「……言え、俺について知ってること全部」

確認するように、ルルーシュはまた同じことを口にする。
だけどあたしに変化はない。

「……効かない、とか? もしかして?」

口から出任せの『自分にギアスは効かない』が、まさか本当のことだったなんて。
今までの苦労は何だったんだ。 ドッと疲れが押し寄せる。
ルルーシュは大きく舌打ちし、生徒達の拘束を乱暴にほどき、あたしの腕をぐいっと引っ張って無理矢理起こし、引きずるように廊下を進む。

「いいぞ、もう」

その言葉を生徒達に吐き捨て、後は知らん顔だった。

ルルーシュの早歩きは走ってるんじゃないかと思うほど早くて、転けそうだと何度も思った。

「痛ッ!! 痛いってばルルーシュ!!」

非難の声で訴えれば、眉間にシワを寄せまくったルルーシュが仏頂面で睨んできた。
敵意を持った瞳は刺すように鋭い。

「気安く俺の名前を呼ぶな」

殺すぞ。
そう言っているような目だった。

連行された先はクラブハウスで、ルルーシュはどんどん廊下を進み、早い足取りで階段を上っていく。
引きずられるあたしは階段を踏み外さないようにするだけで精一杯だった。
二階に上がって廊下を進んで十数秒。
ある扉の前で足を止めたルルーシュは、備え付けられたパネルを乱暴に叩いた。
扉が横にスライドして開くなり、容赦ない力で室内へと突き飛ばされる。

「わっ!!?」

床に転がるあたしには目もくれず、ルルーシュはずんずんとベッドへ進んだ。

「おいC.C.!! これは一体どういうことだ!!」

C.C.だって!?
ガバッと飛び起き、ルルーシュが向かった先を見た。
ベッドには長めのシャツを着た女の子が寝そべっている。
瞳は金色で、サラリとした長髪は若草色。顔はアニメよりもずっとずっときれいだった。
C.C.はつまらなさそうな表情でルルーシュを見る。

「うるさいぞルルーシュ。静かにしろ」
「教えろ。
ギアスが効かない、なんてことはあるのか?」
「それは入念に調べたお前が一番分かっているだろう?
どんな相手だろうと絶対遵守の力は発動する。例外があるとすれば私みたいな─────」

C.C.の視線はルルーシュからあたしへ。
こっちを見て、不思議そうに首を傾げた。

「─────誰だお前? 初めて見る顔だな。
どうした? そんなところで腰を抜かして」

座り込んだままの姿勢で感動に固まっていたあたしは、ハッと我に返って慌てて立ち上がる。

「こ、こんにちはっ」

ルルーシュが驚きに目を見開いた。

「初めて見る顔……ってお前、この女と知り合いじゃないのか?」
「知り合い? そんなわけないだろう。これが初対面だ。
お前こそどういう風の吹き回しだ? 私がいるにも関わらず、こんな所に女を連れ込んで」
「お前の言う例外がコレだ。ギアスが効かないだけじゃない。
ギアスもお前のことも、そして俺のことも知ってる口振りだ。
まったく。例外すぎて笑えてきそうだ」
「ギアスが効かない、だと?」
「信じてないなら試してやろうか?」
「いや、いい。
お前が誰かを私に会わせようとするのは余程のことだ。信じよう」

C.C.はゆっくりと起き上がる。

「お前がこの学園に来たのは私を頼るためか?」

ここに来た経緯をどう説明するべきか。
C.C.の質問に答えられずに言葉に詰まれば、彼女は察したように続けた。

「……そうか。違うのか」

C.C.はルルーシュに視線を戻す。

「ルルーシュ。お前は彼女をどうするつもりなんだ?」
「口封じをするのが一番だろうな」

キッパリと迷いなく、ルルーシュは言い切った。

「ギアスが効かない以上、障害は排除する。
俺の素性やギアスが使えることをバラされるからな」
「そんなことしないってば!!」
「どうだか」

ルルーシュは冷たい眼差しで吐き捨てる。
彼の言う『口封じ』が、具体的にどうするかが簡単に想像できて、ゾッと背筋が凍った。
脅しなんかじゃない。ルルーシュならためらうことなくあたしを殺るだろう。

「知られたくない情報を全て握り、しかもギアスが効かない、か。
お前にとって一番厄介で最悪な存在だな」

楽しそうに話していたC.C.の表情が一転し、冷徹なものになる。
ルルーシュに向ける視線は鋭い。

「……だが、殺すことは私が許さない。
いいなルルーシュ、絶対にだ」

理解できない─────そう言いたげにルルーシュは顔をしかめる。
C.C.は再びベッドに倒れ込み、あたしを見る。優しい眼差しをしていた。

「私はC.C.だ。お前の名は?」
「空だよ。七河空」

ルルーシュは驚きに息を飲んだ。

「お前、日本人か?」
「え? うん、そうだけど」

どうしたんだろう?と不思議な気持ちになる。
ルルーシュの驚きが、あたしにはいまいちピンとこなかった。

「……なるほど。お前は名誉ブリタニア人か。なら、持ってる住民IDを出してもらおうか」
「住民ID?」

何だそりゃ?とあたしが顔をしかめると、ルルーシュは溜め息を吐いて答えてくれた。

「租界に住む者が必ず持たなければならない身分証明のことだ。
名誉ブリタニア人は常時携帯を義務付けられている」
「持ってないよ。だってあたし、名誉ブリタニア人じゃないから」
「……なに? じゃあお前、ゲットーの人間か?」
「違うって。あたしは……」
「どう違うんだ?」

話したところでルルーシュは信じてくれないだろうなぁ……。
疑い100%の、不審者を見る目をしているんだもの。
でも話さないわけにもいかない。
どうしよう! 言葉が出ない!!

「すでに『私』という異質な存在がここにいる。
否定はできないさ、ルルーシュは。
言えることだけでいい。話せ、空」

C.C.の声は穏やかだ。どうしてこんなに優しいんだと胸が熱くなる。
沈黙するルルーシュは仏頂面だけど、聞く姿勢になってくれた。
緊張で喉が渇いて喋れない。
話せ、とC.C.は言ってくれたけど、それでも不安のほうが強かった。
だってもしあたしが二人の立場なら簡単には信じられない。
違う世界から来ました、なんて。

「大丈夫だ空。私は信じる」

C.C.の目が、何を言っても信じてくれる目をしていた。

「あたしね、違う世界から来たんだ」

勇気を出して言った結果。

「ハッ」

ルルーシュは馬鹿にするように鼻で笑った。


 ***

 
「鼻で笑うことないじゃないルルーシュのヤツ!!」

ルルーシュは今、ナナリーと夕食を楽しんでいる。
C.C.の要望でピザを注文してくれたが、ルルーシュへの怒りが勝ってそれに手をつけられなかった。

「何を聞いても認めたくないんだろう、ヤツは。
時間が経てば信じざるを得ないだろう。気にするな」

C.C.の声は優しくて、怒り狂っていた気持ちが静まっていく。

「……そうだね。気にしないほうがいいよね。
どうしてC.C.はそんな簡単に信じてくれるの?
あたしなら『違う世界から来ました』なんて言われても、すぐには信じられないと思う」

むしろ、ルルーシュの反応が当たり前なのかもしれない。
どうしてC.C.は声も言葉も表情も優しいんだろう。出会って1日も経ってないのに。

「……どうして、信じてくれたの?」
「ギアスが効かないのは私のような存在か、もしくは異世界から来た人間のどちらかだ。
お前は嘘を言っていない瞳をしていた。だから後者だと思った」

穏やかな口調で言い、C.C.は手にしたピザをモグモグする。
信じられる理由は他にないのだろうか? たったそれだけで信じてくれたのが、苦しくなるほど嬉しかった。
目にじんわりと熱いものが浮かぶ。

「……ありがとう、C.C.」
「ああ。
空、お前も食べろ。
このチーズは温かい内に食べるべきだ」
「あ、うん」

言われるまま、ピザをぱくりとひと口食べる。
たっぷり乗ったチーズは今まで食べたどのチーズよりも美味しくて、夢中で食べ進めてしまった。

ピザを完食し終わり、数時間後。
窓の外から見える景色は夜の色に染まっていて、いつルルーシュが戻ってきてもおかしくない時間だ。
彼が戻る前に、今がコードギアスの何話に位置するのかC.C.に確認しておかないと。
ハッキリした時系列は知っておきたい。
ルルーシュを助けるためにここにいるんだから。

「C.C.、一つ聞いていいかな?」
「なんだ?」
「ルルーシュって友達いる?
……日本人の友達とか」
「そうだな……。
ルルーシュも表の付き合いで友人ぐらいはいるだろう。
……だが、日本人か。耳にしてないから分からない。
すまないな、空」
「いいよ。ちょっと気になっただけだから」

すぐに分かると楽観的に思っていたから内心ガッカリした。
C.C.がいるから今は5話以降だろう。
スザクがこの学園にいるか確認できればいいんだけど……。
明日、学校に潜入して聞き込みしようかな────なんて思いついた時、扉が開いてルルーシュがやってきた。

「あ、おかえりなさい。
ピザ、ありがとね。美味しかったよ」

あたしのお礼に対し、ルルーシュが見せたのはあからさまな嫌悪。
無言で視線を外し、あとはもう見ようともしない。
どんな鈍感な人間でも気づくだろう。ルルーシュが自分を嫌っているって。

「C.C.
その女がおかしなマネをしないように見張ってろよ」
「私は、お前が言う『おかしなマネ』を空がするとは思えない。
心配なら自分で見張れ」

不穏な空気が部屋に満ちる。
あたしがいなければ、ルルーシュもC.C.もこんなにピリピリしないだろう。

「あたし、外の空気吸ってくるね」

逃げるように部屋を出る。
ルルーシュがあたしに何か言ってたけど、声が遠ざかり聞こえなくなった。
廊下を小走りで進み、階段を数段飛ばしながら駆け下りる。
下の階に到着し、崩れるようにその場にしゃがみこんだ。
胸が苦しい。目から熱いものがこぼれそうになった。

「あー……ヤバ。
ちょっと泣きたい……」

分かりきったことじゃないか。
ギアスが効かなくて素性も知っている人間に、ルルーシュが良い顔なんてするはずがないって。
敵意を持つのが当たり前で、友好的に接してくれるはずないって、分かりきったことじゃないか。

「これからどうしたらいいんだろ……」

「口封じをするのが一番だろうな」
「障害は排除する」


あたしを殺す事になんの抵抗もないような冷たい声だった。
胸の奥が痛くて、もっと苦しくなる。
なんでルルーシュの本名をポロッと言っちゃったんだろう。もっと気をつければよかったのに。
そうすれば、こんな苦しいことにはならなかったのに。

「誰かそこにいるのですか?」

覚えのある声にハッと顔を上げる。
近づいてきたのは、自動で動く車椅子に乗った、ウェーブのかかった栗色の長髪の少女────ナナリーだった。
初対面の相手でも、きっと彼女は心配する。あたしは無理やり笑顔をつくった。

「ごめん。驚かせた?」
「いいえ。
初めて聞いたお声ですね。お兄さまのお友達の方ですか?」

あたしの声に大体の位置を把握したのだろう。
ナナリーは車椅子を操作し、すぐそばまで来てくれた。

「友達、ではないかな……。
……ちょっとした知り合いだよ」

友達だったらどんなにいいだろう。
でも、そんな親しい間柄には絶対ならない。
ルルーシュと仲良くなりたいと、あたしがどんなに望んでも。

「わたし、ナナリーって言います。
あなたのお名前は?」
「空だよ」
「まぁ!」

ナナリーの顔がパッと輝いた。
満開に咲いた花みたい。太陽のようだ。
見てるだけで沈んだ気持ちが軽くなる。

「空さんも日本人なんですね」
「うん、そう。黒髪黒目のバリバリの日本人だよ。よろしくね」
「はい。よろしくお願いします、空さん」

穏やかな空気をぶち壊すように、ドタドタと階段を駆け下りてルルーシュが現れた。

「ナナリー!!」

ルルーシュが開口一番に叫ぶ。
その切羽詰まった声に、ナナリーは不思議そうに首を傾げた。

「お兄さま?」

ルルーシュは階段を降りるなり、ナナリーを守るように割って入ってきた。
あたしが相手なのか、睨む形相は鬼のようだ。

「大丈夫かナナリー? 何か変なことを言われなかったか?」
「え?
変なこと……ですか?
空さんとはお話してただけですよ」

困ったように笑うナナリーに、ルルーシュは安堵にホッと息をつく。

「……そうか。なら、大丈夫だな。
夜になったから、彼女はもう帰らなきゃならないんだ。
お別れのあいさつをして先に部屋に戻っていてくれ」

一刻も早く、ナナリーをあたしから遠ざけたいんだろう。
ナナリーはシュンとした顔で頷いた。

「そう……ですよね、分かりました」
「俺は彼女を送っていくから、ナナリーは先に部屋に戻ってくれ」
「はい。それでは空さん、お兄さま、おやすみなさい」

ペコリと頭を下げ、ナナリーは自分の部屋を目指して車椅子を進ませた。
ナナリーの姿が見えなくなった途端、ルルーシュは表情を険しいものに変える。
優しい兄の顔はカケラも無くなった。

「ナナリーには何も話すなよ。
殺すなとC.C.は言うが関係ない。話した時が、お前の最後だ」

ルルーシュの片目が緋色に染まる。
お前を殺す方法はいくらでもあると言いたいんだろう。
あたしも睨むように見つめ返した。

「あたしはなにも言わない。
ルルーシュが不利になることも、ナナリーが悲しむようなことも」

それがあたしの本心。
信じてほしいけど、今のルルーシュには届かないだろう。
それでも、あたしの気持ちだけは聞いてほしかった。

「言ってあたしが得する事は何もない。
あたしにはここしか居場所がないの。
ルルーシュしかいないんだよ?」

言った後で、思った。
なんかこれ告白?と。
そんな考えが頭をよぎり、沸騰したんじゃないかってぐらい、顔がカッと熱くなる。

「とっ……とにかく! あたしはルルーシュの敵じゃないってこと!!
だから殺そうとか考えないでよねっ!!」

言い捨て、あたしは階段を駆け上がる。

あちこちを無性に転がりたい。
穴があったら入りたいっていうのがどんな気持ちか初めて分かった。


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