2.嘘の優しさよりも

気づけば、あたしは闇の中にぽつんと立っていた。

「やっぱトリップしても見るモンは見るんだね」

マリアンヌさんの助けを求める声に応じたから、この夢をもう見ないだろうと思ってたのに。

「マリアンヌさん、何か言い忘れたことでもあるの?」

闇へ問いかけてみたけど、マリアンヌさんの声は聞こえない。

「マリアンヌさん?」

シンとした静寂。
やっぱりマリアンヌさんからの返事は無い。どうしたんだろう……?

「ここが、キミが進もうとしている結末だよ」
「!!?」

あたしの後ろで誰かが囁いた。
身体がビクッ!!と驚きで跳ねる。

「誰!!?」

反射的に振り返ったが、後ろには闇だけがただ広がっている。

「キミが進もうとしている道は、進めば後戻りできなくなる」

後ろからまた声が聞こえた。
初めて聞く子供の声だった。
進めば後戻りできなくなる……?

「……それって元の世界に帰れないってこと?」

質問したが返事はない。
違うのだろうか?

「なにが言いたいの? 後戻りできなくなるってどういう意味?」
「そのままの意味だよ。進めば戻れなくなる。
それでもキミはこのまま進むの?」

そして再び沈黙する。まるであたしの答えを待つように。
正直、進むのかどうか聞かれてもワケが分からない。
だけど、あたしは……。

「……ルルーシュを助けるって、マリアンヌさんと約束した。
だからあたしはこのまま進む」

後ろで誰かが笑う。
抑えきれない喜びがこぼれたような笑い方だった。

「それがキミの答えだね。  
ようこそ、『   』の道へ。
ありがとう。ずっとキミを待っていた」

目の前で、ギィッと扉が開く音がした。
意識が遠くなり、眠りに落ちる時と同じ感覚がやってくる。
とぷん、と意識が沈み、一気に浮上する。
目が覚めたけど、すぐには動けなかった。

「…………変な夢」

今まで見た中で一番変な夢だった。
子供に後戻りできなくなると言われて、それで……。

「ようこそ、『   』の道へ」

何か言われたけど、切り取ったように聞こえない部分があった。
一番大事なところを言ってもらえなかった気がして、気持ちがどこかモヤモヤする。

「……まぁいいや。
次、夢に出てきたらまた聞いてみよう」

考えても仕方ない。気持ちを切り替えよう。
あくびをしながら寝返りを打てば、窓の外が異様に明るいことに気づく。あれ? 今何時?
部屋をぐるりと見て、誰もいない事に気づく。
壁に掛けられた時計も発見した。時刻は12時過ぎ。

「遅刻だ!!」

転がるようにベッドを降りるが、ハッと気づく。

「─────あ。
そうだ。違うんだった」

学校に通っていた日常はもうどこにもない。
大きく変わってしまった。失ってしまった。

あたしがここにいるのはルルーシュを助けるため。
それなら、今あたしがするべきことは。

「……スザクがいるか調べないと」

学園に潜入したいが、問題は先生に遭遇しても怪しまれない服装だ。
自分の服を見下ろしてみる。
上はカッターシャツで、下は学校指定のスカートだ。
昨日あたしを捕まえた女子生徒のスカートと色合いが似ている。

「この色ならあんまり見分けつかないよね。これなら何とかなるかも」

部屋を出ようとして気づいた。
扉に大きな紙が貼ってある。手書きの英文だ。
書き殴ったような筆跡……これはルルーシュが書いたやつ、かな?
見なかったことにして、部屋を出た。

誰にも見つからないようにこっそり移動する。
もし生徒や教師と遭遇したら堂々と歩く。
自然に挨拶すればまず怪しまれない。きっと大丈夫だ。
……なんて思ったけど、校舎に入ってからめちゃくちゃ肩身が狭くなった。
昼休みを満喫する女子生徒達の制服と、自分の服装を見比べて、違和感がすごくあったからだ。
絶対バレる、とヒヤヒヤしたものの、ばったり遭遇した先生には挨拶されただけ。意外とバレなくて拍子抜けする。
よかった。これならスザクの情報も手に入るだろう。
しかし、あたしは最大の壁にぶつかった。

「ここどこ……?」

奥へ進みすぎて後悔する。
校舎が広すぎて、階段が多すぎて、自分が今、校舎のどこにいるか分からなくなってしまった。
辺りをキョロキョロ見回して、今いる所が初めて来る場所だってことは理解できるんだけど。
あたしは今、学園のどこにいるんだ?

「どこにいるんだろう……」

歩けば歩くほど迷っている気がする。
生徒か先生が来るまで動かないほうがいいのでは?と思っていたら。

「ねぇ、あなた誰か探してる?」
「困ってんなら、俺らも一緒に探そうか?」

声をかけてくれたのはシャーリーとリヴァルで、歩み寄ってくれる二人が輝いて見えた。
初対面なのにすごく笑顔で、なんて優しい人達なんだろうと涙が出そうになる。

「お、なかなかの可愛い子ちゃんだ♪」
「……リヴァル。あんた目的忘れてるでしょ」

リヴァルを呆れた目で見てから、シャーリーはあたしに笑顔を向けた。

「探すの手伝おうか?
あ、いきなりごめんね。あなたがすごく困ってるように見えたから」

天使かと思った。
じわぁっと涙が浮かび、シャーリーがあわわと慌てる。

「ご、ごめん! 驚かせちゃった!?」
「ううん、嬉しくなっただけだから。
ありがとう」

涙腺弱くなったなぁ。
ルルーシュの態度は思った以上に、あたしに多くのダメージを与えていたようだ。
目をごしごし拭い、大丈夫だということを笑顔で伝える。シャーリーがホッと胸をなで下ろした。

「そっか、良かった。
探してる人ってなんて名前? できれば学年やクラスも教えてほしいな」
「……クラスは聞いてないから分からないけど、名前言ったら分かるかな?
枢───」

───ってちょっと待て。
転入してきたか分からないのにスザクの名前出したらヤバイだろ。

「くる?」
「う、ううん。何でもない」

危ない、地雷を踏むとこだった。
こういう時は遠回しに聞くのがベストだよね。
どう言えばいいんだろう……。

「枢木スザク?!
え!? あれがお前のクラスに転入してきたって!?」

知りたかった答えはシャーリー達の後ろから聞こえた。
こちらへと歩いてくる男子生徒が2人、並んで歩いてくる。

「そうなんだよ。俺のクラスに来たんだって!」

声が大きい。お喋りに夢中で、彼らはあたし達の視線に気づかない。

「ちょ、マジで勘弁してくれよ!
それってあの、イレブンの枢木スザクじゃねーか!!」
「そう、あいつだよあいつ。
クロヴィス殿下を殺したって話だろ。
誤認逮捕らしいけど実際はどうだろうな?
どのツラ下げてここに来たんだか」

吐き捨てるような、馬鹿にしたような声。
聞こえてくる会話には嫌悪感しか抱けず、ムカムカと心が荒立っていく。
シャーリーも同じ気持ちなのか、表情はひどく苦しそうだった。
横を通り過ぎようとした彼らがあたし達の視線に気づき、睨んでくる。

「なに見てんだお前ら。ケンカ売ってんのか?」
「ケンカなんて、そんな……。
わ、私は……そんな言い方ないんじゃないかって思っただけで……」

シャーリーの声がだんだん小さくなる。
それでも彼女は、男子生徒に睨まれても目を反らさなかった。
性格の悪い笑みを浮かべ、男子生徒はフンと鼻を鳴らす。

「イレブン相手に言い方もなにもねぇよ。
むしろ自重しろよなあのイレブン野郎。名誉ブリタニア人だかなんだか知らねぇけど、ズーズーしくこんなとこ来やがって」
「ホントだよな。
どうせなら先公に言っちゃう?『人殺しと一緒に勉強なんかできません!!』って」

愉快そうにゲラゲラ笑う。
麻痺したように動けなくて、苦しくて息ができなくて、あたしの頭は真っ白で。

「取り消して」

無意識に出た言葉は怒りに震えていた。

「あァん?」

睨めば怖がるとでも思っているのかこの男は。

「取り消して、って言ってんのよ。
スザクは人殺しなんかじゃない」

一歩前に出て、真っ直ぐ睨み返す。

「スザクは誰も殺してない。
どんな人か知ろうともしないくせに好き勝手に言わないでよ。
知ろうとしたら、話したら分かるはずだよ。他人が第一で、優しくて、まっすぐだってこと。
相手を知ろうともしないで、それなのに先入観だけでバカにして。
そんなヤツに、他人をどうこう言う資格なんてない!」
「なんだこの女!!」

あたしの言葉に激昂し、一人が拳を振り上げる。すかさずリヴァルが割って入った。

「やめろよ! 女の子に手ぇ上げるなんて最低だぜ!!」

拳を振り上げた姿勢のまま、男はウッと言葉を詰まらせる。

「正論だな。それぐらいにしておけ」

後ろから聞こえた涼しい声に、シャーリーの顔がパァッと輝く。

「ルル!!」

全員の視線がルルーシュに集まった。
さすがに分が悪いと思ったのか、男子生徒達は逃げるようにその場を後にする。
いなくなってから、リヴァルが満面の笑みでルルーシュの肩をバシッと叩いた。

「ありがとうなルルーシュ!! 助かったぜ!!」
「来てくれてありがとう、ルル」

ルルーシュに笑いかけたシャーリーは次にあたしを見た。

「ごめんね。怖くて何も言えなくなっちゃった……。
……大丈夫?」

大丈夫だと言いたいのに言葉が出ない。
沸き上がった怒りは行き場がなくて、涙として溢れてくる。

「彼女を保健室に連れて行く。
シャーリーとリヴァルは教室に戻って、授業に遅れることを先生に伝えてくれないか?」

リヴァルは心苦しそうな顔であたしを一瞥し、ルルーシュに笑顔で頷いた。

「分かった。その子を頼むぜルルーシュ」

シャーリーはあたしにハンカチを差し出してくれた。

「これ、使って。
返すのはいつでもいいから」

ハンカチを受け取れば、授業開始のチャイムが鳴り始める。

「じゃあ俺ら、先授業行ってんな。先生にはちゃんと言っておく。
行こうぜシャーリー!」
「う、うん! それじゃあルル、また後でね」

パタパタと廊下を走り、二人の姿が見えなくなった。
ルルーシュはそれを確認し、廊下の反対側へ顔を向ける。

「いいぞ、スザク。もう出てきて」

その声に、廊下の曲がり角からスザクがひょっこり姿を見せた。

「ごめん。聞くつもりはなかったんだけど……」

スザクが気まずそうに苦笑する。
最初から聞いていたのだろうか?

「ど……して……そんな……」

ひどいこと言われて、どうしてそんな風に笑えるんだ。
やり切れなくて、涙がぼろっとこぼれた。

「ご、ごめん! 本当に聞くつもりはなかったんだ!!」

まるで自分が泣かせたようにスザクは必死に謝ってくる。
謝る必要はないんだって言おうとしたが声にならなくて、あたしはハンカチで目を押さえて首を振った。
だけどスザクにはうまく伝わらないのか、おろおろする空気が伝わってくる。

「とりあえず、落ち着くことができる場所に彼女を連れて行く。
スザクも先に授業に戻ってくれ」
「だけどルルーシュ……」
「大丈夫だ。また放課後にでも話せばいい」

迷っているのかスザクはすぐに頷かない。
だけど、渋々といった様子で了承してくれた。
スザクと別れ、ルルーシュに連れて行かれた先は屋上だった。
抜き抜ける風が気持ちいい。柵を背に腰掛ける。

涙は止まっているけど、ハンカチを目から離せない。
赤く腫れたまぶたをルルーシュに見られるのは恥ずかしかった。

「お前が無断で校内を徘徊していた事は咎めないし、理由も聞かない。
だが、これ以上歩き回ることは俺が許さない。落ち着いたら部屋にすぐ戻れ」

自分の意思に反してしゃっくりだけが出る。
返事が出来ないあたしに、ルルーシュは呆れたような溜め息をこぼす。

「……理解できないな。なぜお前が泣く?」

解けない難問に嫌気がさすような口調でルルーシュは言った。

「……スザクは人殺しじゃない。なのにアイツら好き勝手言って……。
何も知ろうとしないくせに……!
悔しかったんだもん……!!」

知らなかった。
怒りや悔しさで涙が出るなんて。

「お前の言動でスザクの立場が悪くなるかもしれない、そう考えることはできなかったみたいだな。
無責任だと自覚しろ」

気遣いや優しさが感じられない、刺すような冷たさを帯びた言葉。
だけどそれは正論で、だからこそ恥ずかしくなった。
言葉に詰まり、何も言えなくなる。
少しの沈黙の後、ルルーシュが短く息を吐く。

「あの時、スザクは全部聞いていた。
黙れと、奴らにギアスをかけるつもりだった。
感謝する。お前の言葉にスザクは救われた」

それは独り言のようなかすかな呟きで、だけどあたしの耳にはしっかりと届いた。
でもその言葉が言葉だったから、あたしは自分の耳を疑ってしまった。バッと顔を上げる。
ルルーシュは空を仰いでいて目も合わさない。今言ったことを無かったことにするつもりらしい。
ルルーシュらしいなぁと、あたしは彼に悪いと思いつつも小さく笑ってしまった。

「ごめんね、ルルーシュ。あたし真っ直ぐ部屋に帰るよ。
帰るんだけど、あのさ……」

目線を落とし、下をジッと見る。
言いづらいことを言う時って、胸が雑巾絞りされてるみたいに苦しいなぁ。

「……ここからどう進むと部屋に帰れるか分からないから、帰りのルートを教えてほしいなぁ……」

そうお願いすれば、

「……馬鹿が」

と、力を込めた声で罵られた。

その後、ルルーシュが教えてくれたルートで無事に帰れてホッとする。
ハンカチはよれよれで、丁寧にたたんでポケットにしまう。
洗濯した後にきちんとアイロンかけて返そうと心に決め、あたしはルルーシュの部屋に帰宅した。

「ただいま……」
「おかえり、空」

挨拶を返したC.C.は、あたしを見るなり何事かと眉を寄せた。

「目が赤い。泣いたのか?」
「……えっと、うん、まぁ、ね」

無性に恥ずかしくなって曖昧に答えれば、C.C.の瞳が敵を見据えるように鋭くなった。

「……ルルーシュか」

吐き捨てるように断言する。

「冷たい態度だと思っていたが、ここまで思慮の欠けた男だったとはな」

静かな憤怒を瞳に宿し、C.C.はベッドを降りて一直線に廊下を目指す。
今にもルルーシュが授業を受けてる教室に殴り込みに行きそうな勢いに、これはヤバイやつだと血の気が引いた。

「ちょっと待って勘違いだから!
お願いだから冷静になって!!」

C.C.に抱きつき、しがみつく。
離せと言われても離すもんか!

「……勘違い? ルルーシュじゃないのか?」
「そう! ルルーシュじゃないの!!
確かに泣いたけどルルーシュは全然関係ない! だから安心して!!」

必死に説得すれば、C.C.の表情に穏やかになった。
冷静さを取り戻してくれてホッとし、しがみついていた腕を離す。

「……すまない。
どうやら先走ってしまったようだ」
「落ち着いてくれてよかった。
でも、どうしてルルーシュだって断言したの?」
「ルルーシュしかいないだろう。お前を泣かせる原因を作るヤツは」

C.C.はキッパリ言う。

「違う世界から来たということは、自分の全てを失うのと同じだ。
家族や友人、過ごしていた日常を奪われ、もう二度と戻らないんだ。
お前を知る人間は、この世界のどこにもいない。
それがどれほど恐ろしくて心細いのか、ヤツは欠片も理解していない。
だからヤツはお前を邪険な態度で突き放す。
優しい態度で接してほしいと思うことは悪いことじゃないぞ、空」

優しい態度、か。
それはルルーシュがナナリーに向けるものだろうか。

「……あたしは、ルルーシュの態度はそのままでいいと思ってる」
「そのままで……?
ルルーシュの態度がそのままで? なぜだ?」

ああ、やっぱり。
C.C.に変な顔された。

「なぜ、か。
んー……そうだね。ルルーシュのことが好きだから、かな。
そりゃあ、あたしだって優しくされたいとは思うよ。
でも、ルルーシュはきっとあたしには優しくしてくれない。
ルルーシュがあたしに優しくするなんて有り得ないよ」

印象は最悪。好感度は最底辺だ。
だから、優しくしてくれてもそれは猫をかぶった偽りの優しさ。

「もし優しくなるとしたら優等生の仮面かぶって嘘ついてるだけ。
なら、邪険だけど素で接してくれたほうがいい。
嘘の優しさよりも、あたしは絶対そっちのほうがいい」

心底驚いたのか、C.C.は大きく目を見開いた。苦しそうに唇を噛む。

「大丈夫?」

何でもないと首を振るC.C.は、どこかボンヤリした様子で呟いた。

「……昔、お前と同じようなことを言っていた奴がいた」

C.C.は口を閉ざし、何も話してくれなくなった。
部屋は痛いほど静かですごく気まずい。
C.C.の過去はものすごく知りたいけど、今は話題を変えたほうがいいだろう。
視線をさ迷わせ、時計を見てピンときた。

「そうだ。お昼ご飯食べないと。
C.C.はピザ食べる?」

こくんと頷いてくれてホッとする。
ピザの注文ってどうするんだろう?と疑問に思えば、C.C.は無言で壁を指差した。
おお! 電話が壁に埋め込まれている!!
貼られたメモには宅配ピザ屋の電話番号と、注文時に伝える住所が書いてあり、ボタンを押して電話をかけた。
ピザ屋さんはワンコールで繋がり、昨日食べた品を注文する。

30分後、到着したピザ屋さんへの対応はC.C.が玄関でしてくれて、戻ってきた彼女とモグモグ食べる。
喋らなかったC.C.も、ピザを食べる頃には元に戻っていた。

「ピザばっか頼んでて大丈夫なのかな……」

あたしは浮かんだ疑問をポツリと呟いた。
モグモグしていたピザをごくりと飲み込み、C.C.は言う。

「なんだ? ピザだとマズいのか?」
「マズくない。嬉しいんだけど……。
……うちは誕生日とかクリスマスにしか食べられなくて、小さい頃からずっとそうで、ピザは特別なごちそうなんだよ。
毎回食べるのは気が引けるなぁ……」
「ピザを食べろと言ったのはルルーシュだ。気にしなければいいだろう」
「そ、そうなんだけど……」

罪悪感がすごいのだ。
自分の食べる分だけ、冷蔵庫にある残りもので作らせてほしい。
ルルーシュが帰ってきて、早い帰宅に『あれ?』と時計を見る。
ルルーシュが戻るにはまだ早い時間だ。
どうして帰ってきたんだろう、というあたしの疑問にルルーシュは冷めた眼差しで答える。

「どこかの誰かがまた抜け出していないか見に来ただけだ。また戻る」

絶対零度の声音と、敵意を持った鋭い瞳。
相変わらずだ。ため息しか出ない。

「……ほんの少しの優しさがほしい……」
「なんの話だ?」
「ううん。何でもない。
……あ、そうだ。後でキッチンを貸してくれないかな?」

言った途端、ルルーシュは眉間にシワを寄せてあからさまに嫌そうな顔をした。

「どうしてその考えに至った?
うろちょろ動き回るな。ピザで我慢しろ」
「あたしが食べる分だけ作らせてほしくて……。
……ほら、ピザって高いじゃん。作ったほうが安くできるから……」
「……ほう。お前、料理が作れるのか。
それは人間が食べれるものか?」

馬鹿にするようにハッと笑う。
さすがにこれはカチンときた。

「食べられるわよ。
作ってごちそうして差し上げましょうか?」
「断る。舌がおかしくなるからな。
俺はゲテモノを食べる趣味はない」
「へぇえ。ルルーシュって食べもしないのに決めつけるんだねぇえ」
「賢明だと言え。
分かりきっていることに手を出す馬鹿がどこにいる。
……いや、もしかしたら一人ぐらいは物好きがいるかもしれないな」

思いきり鼻で笑われてブチッときた。

「るっさい!
うまいって絶対言わせてやる!! 目にもの見せてやるから覚悟しろッ!!」

────その1時間後、自分の言葉にあたしは少し後悔した。

「……なにを作っていいのやら」

学園の調理室に乗り込まれては堪らないと、ルルーシュがランペルージ家のキッチンを使う許可をくれた。
C.C.がそばにいるから心細くはないけれど、うまいと言わせられる料理が思い浮かばなくて重いため息が出る。

「すごいな空は。
お前も料理を作ることができるとは」

驚きの眼差しを向けられ、ちょっと悲しくなる。

「C.C.もあたしが料理作れないように見えるんだね……」
「そうだな。どちらかと言えば食べるほう専門に見える」

『空って美味しそうに食べるよね』
調理実習の時、親友にそんなことを言われたのを思いだした。

「……そうだね。作るか食べるかなら食べるほうが好きだよ……。
それより、問題は何を作るかだよね」

料理の腕は自信がある。
向こうにいた頃、家族全員のご飯を毎日作っていたから。

「要するに、ルルーシュから謝罪の言葉が欲しいのだろう?
完膚なきまでに叩き潰すなら、ヤツの好みを把握しなければならないな」
「それが一番良いよね。
でも、ルルーシュって何が好きなんだろう……」

好き嫌いなく何でも食べそうなイメージがある。
そもそもルルーシュに好物ってあるの?

「私は甘いものが食べたい」
「え?」
「空。甘いものを作ってくれ。ダメか?」
「ううん、ダメってわけじゃないよ。
……ってそれだ!!」

そうだ。『ルルーシュの好物』でしぼるからいけなかったんだ。

「甘いもの、作るの得意なんだよね。
うっふふ。これでルルーシュのことギャフンと言わせられるよ」

浮かんだ秘策にあたしは勝利を確信した。
材料を出し、作り初めて、時間があっという間に過ぎていく。
C.C.は昼寝すると部屋に戻り、キッチンの小さな窓から見える空は夕暮れのオレンジ色になっていた。
リクエストの『甘いもの』が完成したと同時にルルーシュが帰ってくる。

「お帰りなさい」

キッチンからダイニングに移動して出迎える。
ルルーシュは一瞬顔をしかめたものの、

「ああ、ただいま」

と、返してくれて、あたしはその場で固まった。
あのルルーシュが『ただいま』だって!?
言われたら嬉しいのに、違和感のほうが勝ってしまう。
いつもならただいまとは言わず嫌な顔してスルーのはずなのに。
ルルーシュの後ろにスザクがいて、違和感の理由はすぐに判明した。
あぁなるほど、と納得する。ルルーシュが挨拶を返したのはスザクがいる手前だったからか。

「キミはあの時の……」
「だから言っただろう、放課後にでも話せると。
俺は一度部屋に戻る。スザクは適当に座っててくれ」

席へ座るよう手で促した後、ルルーシュはダイニングを出ていった。
見送ったスザクは次にあたしを見て、だけど何も喋らず座ろうともしない。

「……えっと、とりあえず座ろうか」
「そ、そうだね」

向かい合う形で着席して、漂うのは気まずい空気。
なんだろう、このお見合いみたいな感じは。
気まずい空気を壊したくて、あたしはすぐに口を開いた。

「自己紹介、まだしてなかったよね。
あたしは空」
「僕は枢木スザク。
ごめん、名乗るのが遅くなって。
あの、さ」

言うことをためらうように、スザクは視線をテーブルに落とす。
だけどすぐに顔を上げる。表情はとても真剣だった。

「僕とキミ、どこかで出会わなかった?」

予想の斜め上の言葉に、あたしはすぐに反応できない。

「…………え?」
「キミを見るの、今日が初めてじゃない気がするんだ。
だから、どこかで会ったのかなぁ……って」

スザクは気恥ずかしそうに頬を染める。
一昔前の口説き文句みたいで、つい吹き出してしまった。

「ぶふっ!
ふ……ご、ごめ……あはははははっ!!」

スザクはポカンとする。
彼には悪いと思いつつも笑いが止まらない。腹がよじれるぐらい爆笑し、虫の息でテーブルに突っ伏した。

「はー……はー……。
い、いっぱい笑ってごめんね……。
会ったことないよ。会ったのは今日が初めて」

息を整えてスザクを見れば、彼は困ったように微笑んでいた。

「……そうだよね。ごめん、変な事言って……。
廊下でキミが、僕のことを知ってるように話していたから……」

ギクリとする。
廊下で言ってしまった言葉は、初対面の人間なら絶対言わないものばかりだ。

「あたしはあなたをテレビで見たんだ。
だから、あなたのことは初対面だけど一方的に知ってて……。
テレビであなたを見た時に、優しい目をしてるなって思ったの」

それだけじゃない。
自分の中に確たる信念があって、守るために動ける強い人。
そんなスザクに向けて吐いたあいつらの暴言が、あたしには一番許せなかった。

「……あの時、廊下で話を聞いた時、我慢することができなかった。
ごめんね。スザクにとってはクラスメイトなのに、口出しして、揉めちゃって……。
言ったその後どうなるか考えもしないで……。
スザクにとってはあたしは初対面で、話もしたことないのに、すごく戸惑ったよね……」
「……うん。少し、戸惑った。
どうして僕なんかの為に、そこまで言ってくれるんだろうって」

『僕なんかの為に』?
その物言いに、胸がすごく苦しくなる。
スザクは晴れやかに笑っていた。

「戸惑ったけど、でも、それ以上に嬉しかった。
キミの言ってくれた言葉が」

スザクは驚くほどまっすぐな眼差しをあたしに向けた。

「僕はイレブンだから、冷たい目を向けられるのは仕方ないって思っていたんだ。
ルルーシュやナナリーとか、僕のことを分かってくれる人がいるから、それでいいって」

スザクは寂しげに微笑んだ。
諦めたような、静かな笑み。
スザクにそんな顔をさせたくない、そう思った。

「仕方ないなんて、そんな風に思ったらダメだよ。
そんなの自分で壁つくってるようなモンじゃん。
それじゃあ、誰もキミを『枢木スザク』として見てくれない。
『イレブン』とか『名誉ブリタニア人』だとか、そんなものでしか自分を見てもらえないよ?
あたしはそんなの嫌だな」

冷たい目を向けられ続けても、諦めなかったら少しでも何かが変わるはずだ。

「スザクはスザクだよ。
スザク自身を見てくれる人は必ずいる。
だから自分で壁をつくらないで。
諦めたら何も変わらないから」

スザクの目からボロッと涙がこぼれた。
突然のそれにすごい勢いで罪悪感が生まれる。

「あ……!
スザクごめん!! すごい勝手なことばかり言っちゃって……!」
「ち、違うんだ!
これはキミのせいじゃなくて……!!」

袖で乱暴に目を拭い、スザクは涙が残った顔で笑う。

「嬉しかった。ただ、それだけなんだホントに」

スザクの見せた笑顔にそれが悲しい涙じゃないと分かった。
ホッとしたけど、見てはいけないものを見てしまったような気持ちになる。

「あ、あたしルルーシュの様子見てくるね!
ほら、ちょっと遅いから!!」
「行かないで」

例えるなら、雨の中で『可愛がってください』と書かれたダンボールにいる仔犬。
涙が残った上目遣いに、逃げるなんて無理だと白旗を上げた。立ち上がろうとしていた腰をすとんと下ろす。

「……分かった。あたしはどこにも行かない。だから大丈夫だよ」
「ご、ごめん。
ひとりにしないでほしかったんだ」

引き止めたことを恥ずかしく思ったのか、スザクの頬がわずかに染まる。

「別に構わないよ。
むしろ泣けるのはいいことじゃないかな? あたしは、泣きたくても泣けない人を知ってるから」

泣きたくても泣けないって言うか、彼の場合はプライドが邪魔して泣かないんだろうけど。
なんて考えていたらルルーシュが戻ってきた。
瞳に涙の残るスザクを見るなり、こっちに凄まじい殺気を飛ばしてくる。

「おい!! スザクに一体なにを言った!!」

なにこの浮気現場を目撃されたような修羅場。
スザクが立ち上がり、慌てて訂正する。

「違うよルルーシュ! 嬉しくて泣いただけなんだ!!」
「嬉しくて……?」

どういう状況でそうなったんだと、ルルーシュは困ったように眉を寄せた。

「だから空を責めないでほしい。お願いだ、ルルーシュ」

ルルーシュは言葉を失い、あたしに飛ばしていた殺気を引っ込めた。
何も言えなくなったのは、スザクが満ち足りた顔をしていたからだ。


 ***


窓から見える外はもう暗い。
もうすぐナナリーがここに来るだろう。
彼女を驚かせる為にキッチンに隠れているスザクが控えめに言う。

「空は隠れなくてもいいと思うけど」
「ヤダ。
なんかこーいうのってスパイみたいで楽しいじゃん。あたしも参加させて」

わくわくした気持ちでキッチンからダイニングを覗き見る。
あたしがここにいることが不満なのか、椅子に座るルルーシュは目を合わせようともしなかった。

「空!」

スザクが小声で叫ぶ。
腕を掴まれて後ろに引っ張られ、何だと不思議に思えば、自動ドアがスライドした音と、誰かが入って来た気配がした。

「ただいま、お兄さま」

ナナリーの声に合点がいく。
スザクが後ろへに引っ張ったのは、ダイニングへと身を乗り出していたあたしの存在を彼女に気づかせない為だったんだ。

「おかえり。ナナリー、咲世子さん。
今日は俺からプレゼントがあるんだ」
「まあ。何かしら」

スザクと二人でこっそり覗き見る。
ルルーシュが咲世子さんに向けて『静かに』と唇の前に人差し指を立てていた。
そして、スザクにこちらに来いと手招きする。
その合図にスザクは表へ出る。だけどピタリと足を止め、動かない。
自分のことを思い出してくれるのだろうかと不安に思っているのか、顔に笑みが無かった。
あたしは無言で彼の背にポンと手を当てる。
驚いてこちらを向くスザクに『大丈夫だよ』という意味を込めて頷けば、やっと彼は笑ってくれた。
ナナリーの目の前まで歩を進め、しゃがんでから、ナナリーの手をソッと握る。
そして数回、手のひらを指で優しく叩いた。
ナナリーへのサインだろうか?
彼女はハッと顔を上げ、スザクの手を確かめるように握り直す。

「スザクさん……?」

半信半疑の呟き。
スザクが肯定するように握る手に力をこめれば、ナナリーの目から涙がこぼれた。

「……よかった。やっぱり、無事だったんですね」
「久しぶりだね、ナナリー」

7年も会えなかった大切な人が、いきなりテレビで容疑者扱いされて安否が分からず今に至っていた。
喜ぶナナリーを見て、自分のことのように嬉しくなる。

「なにニヤニヤしてる」

離れた位置でナナリーとスザクを見守っていたのはあたしだけじゃない。
いつの間にか、ルルーシュがあたしの隣に立っていた。

「なによニヤニヤって。
嬉しいからに決まってるでしょ。
ルルーシュだって同じじゃない」

纏う空気が昼と全然違う。
ナナリーとスザクを見る瞳はとても優しかった。

「……あら? 空さんもここにいるのですか?」
「すごい! よく分かったね」
「はい。お声が聞こえたので」

笑いかけてくれるナナリーの愛らしい笑顔に、心に蓄積されていた重いものがスーッと溶けていく。

「お話したいと思っていました。
来てくださってありがとうございます、空さん」
「昨日は全然話せなかったもんね。あたしもナナリーと話したいな。
そうだ! ナナリーって甘いもの好き?」
「え? 甘いもの……?
はい、大好きです。お兄様がよくケーキを焼いてくださるので」
「ケーキ? ルルーシュが?」

意外だ。でも作れて当然かもしれない。
ルルーシュはナナリーが喜ぶ為なら何だって作る男だ。

「ケーキじゃないけど、甘いものを作ったんだ。
持ってくるから待っててね」

パタパタとキッチンへ行き、冷蔵庫から目的の物を出してダイニングに戻る。
テーブルに並べていけば、ルルーシュは未知の生物と遭遇したような顔をした。

「おい、なんだそれは」
「……え? ルルーシュってこれ、食べたことないの?」
「何を作ったんですか?
甘い良い匂いがします」
「プリンだよ。みんなで食べようと思って作ったんだ」

C.C.のリクエストであたしが作れる甘いもので、なおかつナナリーも喜んでくれそうなもの。
リクエストしてくれたC.C.には感謝しかない。
ナナリーが言う『美味しい』が、ルルーシュにとって一番ダメージを与えられるとあたしは考えた。
スザクがナナリーに声をかけ、車椅子を押してテーブルへ。
彼女の顔がパァッと輝いた。

「手作りですか!? すごいです!
プリンはお兄さまが買ってきたものを食べてるから……手作りのものは初めてドキドキします。
いただいてもいいですか?」
「もちろん! はい、スプーン」
「ありがとうございます」

ナナリーにスプーンを渡せば、彼女はおそるおそると手探りでプリンをすくって口に運んだ。

「ふわっ」

天使だ。食べた時の驚きの声がすごい可愛い。

「どうしたナナリー?」

ルルーシュは『なに入れやがったんだお前は』と言いたげにあたしを睨む。

「お兄さま!
これ、すっごくおいしいですっ」

ナナリーが見せた輝く笑顔に、ルルーシュの険しい表情が揺らいだ。
着席してプリンを食べたスザクも、興奮した様子で顔を上げる。

「ホントだ!! すごくおいしい!!
すごいよ空!」

ルルーシュはギョッとし、『こんなものが美味しいだと……』と言いたげにプリンを見る。
パクパク食べるスザクは緩みきった顔をした。

「はぁ……幸せだぁー」
「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいなぁ。
……ルルーシュは食べないの?」

『誰が食べるか』と言いたげな顔をしていたルルーシュだが、スザクとナナリーの『食べないの?』という空気に負け、スプーンを手に取ってくれた。
悔しそうな顔で、ぶるぶる震える手でプリンを食べる。

「どう?」

まさか食べてもらえるとは思わなかった。ワクワクしながら聞いてみる。
仏頂面でずっと無言だったけど、残さずきれいに食べてくれた。
感想はないけど大満足で、嬉しい気持ちが溢れて顔がニコニコとゆるんでしまう。
咲世子さんはプリンどうだろうと思って聞けば、後でいただきますと返事をしてくれた。

和やかで心地いい空気だ。
ずっと居たいけど、あたしがいたら話しづらいだろう。外に出なければ。
用事があるから先に帰るね、と嘘をついて席を立つ。
残念がるナナリーにはまた話そうと約束を取り付け、スザクには持ち帰り用に包んだプリンを渡す。
食べてくれるか分からないけど、セシルさんとロイドも食べてくれたら嬉しいな。

寄り道せず、まっすぐ部屋に戻る。
C.C.は何かのチラシを大事そうに胸に抱えて眠っていた。
起こさないようにそっと近付き、覗き込む。
そのチラシには『ピザを食べてポイントシールを集めよう! 』という文字と、小さいシルクハットを乗せた黄色のマスコットの抱き枕が大きく写っている。
シールを集めたら貰えるのだろうか?
可愛いものを欲しがるC.C.は意外だったけど、それ以上に微笑ましい。
C.C.のことも、この先もっと知っていきたいと思った。

ベッドを離れて窓のそばへ。
浮かぶ月は煌々と明るい。
スザクがナナリーと再会した後、どうなるんだっけ?とアニメを見た記憶を掘り起こす。
……確か、帰ろうとするスザクがルルーシュに『学校では他人でいよう』って言ってた場面があった。

「迷惑はかけられない、か……」

友達になった経緯をどう説明するんだと、ヘタしたら皇子だったことがバレてしまうと、アニメのスザクは言っていた。
だから他人でいようって? アニメでの二人のやり取りを思い出してムカムカしてくる。
ルルーシュと再会できて、それが何よりも嬉しいくせに、なのに遠ざけて。
自分を殺すような生き方をして。
悶々と考えていたら、スザクとルルーシュが外に出るのが見えた。
今のスザクはルルーシュに何を話すんだろう……。

「あの男、シンジュクで会ったブリタニア軍人だな」
「っ!!」

びっっっっくりした!!!!

いつ起きたんだろう? C.C.はあたしの隣で外を眺めている。
ばくばくする心臓を落ち着かせてから、改めて窓の外を見た。

「ルルーシュの親友だよ。
7年ぶりに再会できたんだ」
「……そうか」

ここからだとルルーシュとスザクがどんな会話をしているか分からない。
目をこらしたが表情は見えなくて、スザクはゆったりとした足取りで帰ってしまった。
窓を離れてベッドに行く。
どんなことを話したか不明だが、戻ってきたルルーシュの顔を見ればきっと分かるだろう。

トランプ(ピザのオマケで店員さんに貰ったそうだ)でC.C.と遊んでいたら、ルルーシュが戻ってきた。
『学校では他人でいよう』って言われたんだと察することができるほどのブスッとした不機嫌顔。
あー……これはスザクのことをすぐ話に出さないほうがいいな……。
話しかけたら火に油を注ぎそうだ。喋りかけないでそっとしておこう。

「ルルーシュ、どうした?
親友とケンカか?」

C.C.さん!?
なんで今それを言うんだと彼女を見る。
C.C.にからかうような笑みはない。
気になったからただ質問したんだろう。

「黙れ」

ルルーシュはそう冷たく吐き捨て、物書き机の椅子にドカッと座った。
納得できないからピリピリしているんだろう。
横顔はとても辛そうで、あたしの足はルルーシュの元へと動いていた。

「ルルーシュ」

名前を呼んでも顔を向けない。

「スザクに、他人でいようって言われたんだね」

顔を向けないが、ぴくっと反応した。

「言われた通りに、他人として振る舞うの?
友達のままでいいじゃん」

ルルーシュはガタッと席を立った。
刺される、と思えるほどの鋭い瞳。
さすがに無視できなくなったようだ。
あたしはドMかな? 睨まれても、嬉しいと思えるなんて。

「本当のことを言えないなら嘘を言えばいい。
その嘘を、相手に本当の事だと思わせることがルルーシュにはできる。
この世界で一番嘘をつくのが上手いのはルルーシュだって、あたしは思ってる」

それでも、現状が変わらないなら。
動くことができないなら。

「ルルーシュ、ここの女子の制服貸して。
明日、スザクに話してくる」

全てを遠ざけ、スザクがひとりきりを選ぶなら、あたしはその手を握りたいと思った。


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