16-2

ナナリーと咲世子さんとクッキーを作り、包んでから昼食を食べた後、出かける用意をしていたら急に雲行きが怪しくなってきた。
雨がポツポツと窓を叩いていた音が、ドシャ降りのうるさい音になる。

「……すごい雨の音ですね」
「通り雨でしょうか?
つい先程まで晴れていましたのに……」

約束の時間まで1時間はあるのに、マオが待ち合わせの場所にいると思ってしまった。
あの公園に雨宿りをするところ、あったっけ?

「……早いけど行ってくるね。
咲世子さん、ナナリーをお願いします」
「はい。空さん気を付けて……」
「傘をさしても、この雨の勢いではタオルが必要ですわ。
持っていってくださいね」

咲世子さんに出してもらった大小のタオルをカバンに入れ、クッキーの包みを確認し、折り畳み傘を手に持ち、傘をさしてから外に出る。
叩きつけるような大粒の雨だ。
水溜まりを避け、時には踏みながら公園を目指す。
普通に走るよりすごく苦しい。
走りづらいけど、雨に打たれながら何とか到着する。
本来なら人の多い広場のはずだ。
だけど今は人気が無くてがらんとしている。
待ち合わせで約束した場所を目指して進んでいく。
約束の1時間前だ。来ているはずがない。
なのにどうしてだろう。マオなら居るという確信があった。
木々で挟まれた細道を進んでいけば、ベンチのそばの木の下で雨宿りしているマオが見えた。

「マオ!」

駆け寄りながら呼べば、マオの表情がパッと満面の笑みになる。

「ソラ!!」

傘を持っていないのに、マオは雨宿りしていた木を離れて走り寄ってくる。
ドシャ降りの雨がマオを容赦なく叩き、あたしは慌てて自分の傘を差し出した。
びしょ濡れのマオがピョンと入ってくる。

「ソラ!
ボク、ちゃんとここで待ってたよ!」

雨に濡れているはずなのに、マオは子どもみたいに笑う。
どうしてそんなにすごく嬉しそうな顔で笑えるんだろう。
「マオ、これ持って!!」と傘を押し付け、カバンからタオルを出す。
大きいタオルを持ってきてよかった。水が滴る頭からモフモフと拭いていく。

「待ち合わせの場所、屋根のあるところにすればよかった……。
……マオ、寒くない?
すっごいびしょ濡れだよ……!」

マオは驚いたようにぽかんとしている。
ヘッドホンやゴーグルを外してから拭いたほうが良さそうだな。
モフモフ拭いていたのを止め、カバンからハンドタオルを出す。

「マオ、これで顔拭いて。
傘はあたしが持ってるから」

マオの手から傘を受け取り、タオルを渡す。
ぼけっとした顔でマオは後ろを向き、ヘッドホンを外して顔を吹く。

「どうしてこんな早い時間にここへ来たの?
待ち合わせまで1時間もあるのに……」
「……早くソラと話したかったんだよ。
待ちきれなくって、だから……」
「マオなら台風でもここで待ってそうだね」

拭き終わり、ヘッドホンを戻したマオが振り返る。
彼は嬉しそうにニコーっと笑った。

「うん。どんなにひどい雨でもここで待ってるよ。
だってここで会おうってソラと約束したから」

大雪でも台風でも地震が起こっても、マオなら約束した場所に来てくれそうだ。

「マオってどんなことがあってもちゃんと約束守りそう。
ありがとう。マオって偉いね。
……って、偉いって変な表現だね。ごめん」

マオを相手にしてると、幼い弟を相手にしてるような気持ちで喋ってしまう。
嫌な気分にさせてしまっただろうか?
不安になり、マオをそっと見る。
あたしの予想に反して、マオはすごいキラキラした笑顔だった。

「ボクって偉いの?」
「え? あ、うん。
すごい偉いよ」
「やったぁ!
ソラにほめられた! 嬉しいなぁ!!」

雨降ってなかったらそこらを跳びはねそうな喜びっぷりだ。
可愛くてつい笑ってしまう。

「ふふふ。そんなに嬉しいなら後でたくさんほめるよ。
ひとまず、どこかお店に行こう。
このままじゃ風邪ひいちゃう」

あたしの言葉にマオの表情が曇る。

「……どうしたの?」
「ボク、人がたくさんいるところには行きたくないんだ。
ソラの声が聞こえなくなっちゃうから」

そう言えば、マオは人混みがダメだった。

「……それじゃあ、そこの木の下で雨宿りしよう」
「うんっ」

2人で木の下に行ってから傘を閉じる。
手袋を脱いでギューッと雑巾絞りしているマオから空へ視線を移す。
止む気配のない雨は、見ているだけでテンションが下がる。
ため息を小さくこぼせば、マオが「ボクと一緒にいるの、いや?」と悲しそうに言った。

「あ! 違うの!
一緒にいるのがいやとかじゃなくて、雨やだなぁって考えてただけだから!!」
「そっか、良かった」

マオは安心したようにホッと息を吐いた。

「ソラは雨が嫌いなの?
どうして?」
「どうして……って、良い思い出が無いからかな。
自由に外出れないし、濡れちゃうし、それに雨降ってると寂しくなっちゃうの」

昔、きれいに咲いた満開の桜が、数日もしない内に降ったドシャ降りの雨であっけなく散ってしまったことがあった。

「寂しくなるし、悲しくもなっちゃうから雨は嫌い」
「ふぅん、そうなんだ。
ボクは雨好きだけど」
「好きなの?」
「雨降ってる時だけみんな静かなんだ。
みんな濡れたくないから家の中に引っ込んじゃうんだよ。
雪も好きだよ。つないだ手がすごく温かく感じられる」

その温かさを思い出すように右手を見つめていたマオは、ベクシュン!と大きなクシャミをした。
そして泣きそうな顔をする。

「うぅ〜。
ソラ、ボク寒くなってきちゃったよぉ。
手、つないでぇ」

マオは右手を出し、ジィッと見つめてくる。
ゴーグルで目が隠れているけど、目力がすごいことだけは分かった。
仕方ないなぁ。
ため息をこぼし、手を握る。
途端にマオの顔がパァアアアアアっと輝いた。
そして、ブシュン!!とまたクシャミをする。

「帰って着替えたほうがいいよ。
マオはどこに住んでるの?」

カバンからティッシュを出す。
あ。そう言えばクッキーがあった。落ち着いたらマオに渡さないと。
渡したティッシュでハナをかんだマオは、寒そうに身震いしながら弱々しく言った。

「ここからずーっと行った先にあるホテルで寝泊まりしてるよ。
うぅ……寒くなってきたよソラ。
身も心も凍えてしまいそうだよぉ……」

マオは大げさにぶるぶる震えていて、わざとらしいなぁと苦笑する。
降り続けていた雨はいつの間にか止んでいて、どんよりした雲の隙間から陽の光が差し込んでいる。

「マオ、雨止んだからそのホテルに行こう。あたしもついて行くからさ」
「ほんとう? 一緒に来てくれるの?」
「行かなきゃマオ、着替えようとしないでしょ。
濡れたままだと風邪引いちゃう。
手、繋いだままでいいから早く行こう」

立ち上がり、マオの手を引っ張って強引に連れ出した。

「風邪ひいたらそばにいてくれる?
それならボク、風邪ひきたいなぁ」
「風邪ひきたがっている人の看病はしません」
「えぇえー……」

心の底からガッカリしているような声に
小さく笑う。
どっちに行けばいいかマオに聞こうとすれば、彼は思い詰めた表情であたしを見つめていた。

「どうしたの?」
「ねぇ、ソラ。
聞きたいことがあるんだけど」
「うん」

すごい深刻そうな顔だ。
どうしたんだろう? 見ていて不安になってくる。

「『もしも』だよ。
もし、自分の考えてることが相手に筒抜けだったらどうする?」

思い詰めた表情をしてるから何だと思った。
想像してたよりも重い内容じゃなくてホッとする。

「え? それって心理テスト?」
「うん。似たようなものかな」

あたしの答えを待つようにマオは沈黙した。
もし、自分の考えてることが相手に筒抜けだったら……

「……あたしは怖いって思うかな」
「え!? 気持ち悪いじゃなくて!?」
「う、うん。あたしはまず第一に『怖い』が来るけど。
マオは違うの?」
「ボクは……。
みんな、気持ち悪いって言ってたから……。
……じゃあじゃあ、もし相手の考えてることが自分の中に流れ込んできたら?」
「相手の考えてることが自分の中に流れ込んできたら?
え? 相手の考えてることが『分かる』んじゃなくて『流れ込んでくる』?」
「うん。
もし、相手の考えてることが自分の中に流れ込んできたらソラはどうする?」
「どうするって聞かれても……」

この世界の心理テストって難しいなぁ。
質問聞いただけで困惑してしまう。

「……そうだね、あたしなら。
あたしなら────」

『流れ込んでくる』
それはあたしがこの前、体験したことだ。
リフレインの工場に幽体離脱で来る前、様々なモノが押し寄せて流れ込んできた出来事があった。
自分が自分じゃなくなってしまうような、痛みと苦しみと辛いのが全部混ざったような気持ち悪い感覚に襲われた。
あれをもう一度味わうことになったらすごく嫌だ。

「ごめんソラ。
キミの答えはまた後で聞かせてよ」

答える前に、マオは繋いだ手をパッと離した。
どうしたんだろうと不思議に思ってマオを見る。
彼は離れた場所に並ぶ生け垣を見ながら声を上げた。

「おーい、そこのキミ達ー!
かくれんぼしてないで出てきなよー!」

誰もいないはずの生け垣から、マオの呼びかけに応えるようにミレイが現れる。
次いでリヴァルとシャーリーとニーナも出てきて、みんなが私服を着ていた。
買い物帰りなのか、リヴァルとシャーリーはビニール袋を持っている。

「えぇ!? なんでみんながここに!?」

超笑顔のミレイが手招きする。
行ってくるね、とマオに目配せで伝え、走ってミレイの元へ行った。
行くなり肩をぐわしと掴まれ、顔をすごい寄せてくる。

「ちょっとちょっとどういうこと?!
ルルーシュという者がありながら仲良く手ぇ繋いじゃって!!」

鬼気迫った顔なのに、声はすっごく小さかった。

「あの人とどんな関係かミレイお姉さんに教えなさい! さぁ!!」
「マオはただの友達だよ!!」

ミレイにつられてあたしも小声で訴えるけど、彼女は目をカッと見開いたままだ。

「あんたねぇ!
友達だからって何でもかんでも許しちゃうのは一番危ないのよ?!
簡単に手ぇ繋ぐなんてダメ!
まずはミレイお姉さんに相談することいいわね?!」

すごい迫力に圧倒されて固まるあたしを助けてくれたのはニーナだった。
ミレイの肩をぽんぽん叩く。

「ミレイちゃんミレイちゃん。
もうそれぐらいにして、まずは挨拶が先だと思うの」

我に返ったミレイは何事も無かったかのようにフッと爽やかに笑い、あたしを解放してマオへと歩を進めた。
ニーナ達もミレイを追いかけ、あたしも遅れてそれに続く。
マオの所まで行き、ミレイは足を止めて背筋を正した。

「ごめんなさい。
私達の友達が知らない人と一緒にいたからどうしたのかと思っちゃったんです。
隠れて見るようなことをしてすみませんでした」

ミレイの声は気品に溢れ、微笑む表情は美しい。
見事な猫かぶりに内心で拍手を送る。
 
「私はミレイです。ここにいるみんなの保護者役やってます。
ほら、みんなも名前」

うながされて、みんなも次々と名乗っていく。

「俺はリヴァルです」
「ニーナと申します」
「シャーリー・フェネットです」

にこやかに笑うマオはどこか大人びて見えて、子どもっぽさはカケラも無かった。

「ボクはマオです。
昨日、街で体調を崩した時に助けてもらって、それから友達になりました。
今日はみなさんで買い物ですか?」
「はい。夕食をみんなで作ろうと思って。
さっきはひどい雨でしたね。
ずぶ濡れだけど寒くないんですか?
今日は帰ったほうがいいですよ」
「そうですね。もう帰ります。
ソラ、今日は来てくれてありがとう。すごく楽しかったよ。
じゃ、またね」

マオは颯爽と歩いて帰っていった。
子どもみたいな言動だったのに、別人かと思えるほど違和感がある。
ミレイはマオの姿が見えなくなった途端、真剣な表情であたしに向き直った。

「空。
あの人の言ってたことって本当? いつ街に出たの?」
「昨日、アーサーのご飯を買いに行った時……」
「あー……悪い。買ってくれたんだな。
実は俺も、昨日の夜慌てて買いに行って……」
「買ってくれたんだね。ありがとう……」

リヴァルと共に苦笑を浮かべれば、ミレイがゴホンと強く咳払いした。

「……えーっと、それで、買いに行ったんだよ。
マオの言ってることは嘘じゃないよ。
すごく気分悪そうだったからあたしが昨日ここに連れていったの」
「昨日、か……」

呟き、ミレイは小さく息を吐く。

「ごめんね。空には悪いけどハッキリ言わせてもらう。
私、あのマオって人、信用できない」
「えっ。
ど、どうして……?」
「直感よ。
あの人、こーんな感じのゴーグルかけてたでしょ?」

ミレイは手でゴーグルを形作った。
 
「あれって昨日もかけてた?」
「うん。かけてたけどそれがどうしたの?」
「最初っからずーっと目ぇ隠してる人ってミレイさん信用できないの。
相手の目を見て話すのが礼儀じゃない?
初対面だったらなおのこと、外してからあいさつすると思うの」
「それは……外せない理由があるんじゃないかな……」

信用できないというミレイの言葉はショックだった。
リヴァルはひかえめに手を上げる。

「俺も会長に賛成。あれはちょっと好きになれないなぁ。
昨日の今日でいきなり手ぇ繋ぐのってどうよ?
空はもっと警戒心持ったほうがいいと思うぜ?」

確かにその通りだ。リヴァルの言葉に何も言えなくなる。
シャーリーは納得いかない顔をしていた。

「2人とも考えすぎじゃない?
私、あの人がそんな悪い人には見えなかったんだけど」
「シャーリー……」

沈んでいた気持ちが引っ張りあげられたような、そんな気分だった。
心がすごく軽くなる。

「ゴーグル外せなかったのだって、空が言ってたみたいに理由があるかもしれないし、不審に思うのは早過ぎるんじゃないかな」

場がシンと静まり返る。
気まずい沈黙はニーナが破ってくれた。

「みんなの言いたいことは分かるけど、大事なのは空がどう思っているかってことじゃないかしら」

全員が思い出したようにあたしを見る。
集まる視線に居心地が悪かったけど、それでもあたしはミレイとリヴァルに目を向けた。
あたしを心配してくれている真剣な表情に嬉しくなる。

「友達になることを決めたのはあたしが先だよ。
だから、マオのことは友達だと思いたい」

ミレイとリヴァルは視線を交わして笑いあう。
 
「空ならそう言うと思ってた」
「……俺も」

再びあたしを見たリヴァルはキリッと眉をつり上げた。

「だけど本当に気を付けろよ! 心配するヤツは心配するからな。
特にルルーシュが!
雷落とされるのは俺らなんだから」
「そうそう。
ルルは空の保護者なんだから。
……あ。ごめんみんな、私ちょっと買い忘れたものがあるから行ってくるね。
みんなは先に帰ってて」
「あたしも一緒に行こうか?」

シャーリーはクルッと背を向けた。

「ううん、ひとりで大丈夫!
びゅーんと行ってすぐ帰るから!」

走っていくシャーリーはあっという間に見えなくなった。
ミレイは感心したように息を吐く。

「はっやいわねぇ。
仕方ない。みんなで先に帰りましょうか」

ミレイ達が歩き出す。
あたしも行こうとしたけど足がすごく重い。
シャーリーと全然目が合わなかった。いつもなら笑いかけてくれるのに。

「空、どうしたの?」

ミレイの声で、みんなとの距離が離れていることに気づいた。
慌てて追いかける。

「ううん。なんでもない」

気持ちがすっきりしない。
どうして、シャーリーはあたしを一度も見なかったんだろう。
考えても全然分からなかった。


[Back][次へ]  


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -