15-5

ゼロとC.C.がランスロットから離れた直後、やっと動けるようになった。
スザクは見えない敵と戦っているように、何もない所を撃ちまくっている。
様子がおかしい。普通じゃない。
ランスロットの元へ飛び、コクピットに侵入すれば、操縦桿をガッチャガチャするスザクがいた。

「うわぁあああああ!! あああ!! ああああああああ!!!!」

まるで獣だ。
極限まで見開く目は焦点が合ってない。

「スザク!! スザクってば!!」

近くで声を張り上げても、彼の耳には届いてないようだ。ずっと叫んでいる。
『ここにいない』と直感的に分かった。
顔を近づけ、スザクの目を覗き込むように見る。

「スザクが今いるところへ!!」

行きたい!!と思えば、世界が変わった。
吸われるように飲み込まれるように、アニメでルルーシュがギアスを使った時の青いトンネルをぐんぐんと進んでいく。
あっという間にトンネルを抜け、どす黒い煙に包まれた空間へ出た。
こんな所にいたら死んでしまうと思えるような、不吉な空気に満ちている。
スザクの絶叫が聞こえた。

「スザク!!」

姿は見えない。それでもどこにいるか分かった。
一直線に飛べば頭を抱えて立ちつくすスザクがいて、なぜか全裸だった。
胸から下は黒いシルエットでホッとしたけど、めちゃくちゃ恥ずかしい。
それより、早くここから連れ出さないと。

「スザク! 一緒に行こう!!」

どこから声が出てるのか、スザクはひたすら叫ぶだけだ。
無理やり連れて行こうと彼の手を掴めば、ダムが決壊したような勢いで気持ちや声が流れ込んでくる。
なに言ってるか聞き取れない。どれだけ心に溜めていたんだ……!!
唯一、わずかに掴み取れたのは『死にたい』という感情。
ルルーシュとナナリーがいるのにどうして────唖然とする。
そして同時に、悲しみと怒りが湧き上がってきた。

「スザクに死んでほしくないって思ってる人がいるんだから生きて!!」

スザクの両手を握り、グイッと引っ張り、片手で引きずりながら、煙を振り払いながら世界を抜ける。
トンネルをぐんぐん進み、現実に戻った。
操縦桿をガッチャガチャしてたスザクは、糸が切れた人形のように眠っていた。

「よかった……」

安心したけど、ドッと疲れた。
ルルーシュの所に早く戻ろう。
そう思った時、スザクのまぶたがピクッと動き、ゆっくりとわずかに開いた。
だけどすぐに閉じ、気を失った。
スザクは多分大丈夫だろう。
ルルーシュの所に行きたいと念じれば、場所が暗い洞窟に変わる。
彼は背を向けて座っていて、C.C.は横になって眠っていた。
畳んだ拘束衣を枕に、ゼロのマントに包まれている。
声をかける前にルルーシュがバッとこちらを向く。

「……お前か。
今まで何をやっていた」

少し怒っている。
仕方ない。何も言わずにいきなり消えたんだから。

「白兜に追われて無頼が倒れて、気づいたら空の上にいたの。
そこから動けなくて、ずっと見ているだけだった。
自分の意思で自分を動かせなかった……。
……ごめん、ルルーシュ」
「動けるようになった後、何をしていた?」

探るようなルルーシュの目に、少しだけギクリとする。
これは嘘ついたらヤバイやつだ。

「白兜の様子がおかしかったから見に行ったよ。
すごい取り乱してて、錯乱状態で……。
……何があったの?」
「C.C.が白兜に触ったらああなった。
ショックイメージを見せたそうだ」

あんな風になるなんて、スザクはどれだけえげつないモノを見せられたのか。

「白兜のパイロットはどんな顔をしていた?」

後ろからいきなり殴られたような、息が詰まるような質問だった。

「どんな、って……」

ルルーシュの眼差しが刃物のように感じた。
これ以上見ないでくれ、と内心思いながら質問に答える。

「男の人だったよ」

それだけでルルーシュが納得するわけない。
もっと詳しく、と言いたそうに見据えてくる瞳は怖いほど鋭い。

「……りか」

C.C.が小さくつぶやき、ルルーシュと共に彼女を見る。
どうやら寝言のようで、ぼそぼそと何かを言っている。
ルルーシュは近づいて耳を寄せた。
白兜のパイロットの詳細を追及されなくて内心ホッとしながら、あたしもルルーシュに続く。

「そんな変な呼び方はいやだ……。
……セリスフィールだ……。
ちゃんと……名前で呼べ……アリル……」

いつもと違った、子どもみたいな声だった。
C.C.は穏やかに笑ってまた眠りにつく。
ルルーシュは唇を結び、C.C.から離れてゆっくり座った。
それを追いかけ、あたしも座る。
幽体なのに変な絵面だ。

「セリスフィール……それがC.C.の本当の名前みたいだな」
「アリルって名前も言ってたね。
誰なんだろう……」
「気を許せる相手なのかもしれないな。
口調が全然違う」

ルルーシュは立ち上がる。
C.C.が目覚めたようだ。
彼女はこっちを見て、それから身体を起こす。

「気分はどうだ?
破片は摘出して、傷口を洗っておいた」
「必要ない」
「そうらしいな」
「だから助ける意味なんてなかったんだ。
お前はいつも、つまらんところでプライドにこだわる」
「素直じゃないな。
寝言のほうが可愛いげがあったぞ」
「……寝言、だと?」
「おかげでいい事を知った」

ルルーシュはニッと笑う。
ドSの笑みだなぁ、とため息を吐きながら思った。

「セリスフィール。
お前の名前だろう?」

C.C.は嫌悪に顔を歪めた。

「趣味が悪いな。盗み聞きなんて」
「ご、ごめんC.C.……」
「いい名前じゃないか。
C.C.よりずっと人間らしい」
「馬鹿馬鹿しい。私に人間らしさなど……。
忘れてしまったんだ。私には。
忘れたんだ。何もかも……。
今さら名前なんて。名前、なんか……」

C.C.の瞳に涙が浮かび、ぼろっとこぼれた。
何か言ってあげたいのに、言葉が全然出てこない。

「いい機会だから言っておく。
さっきは助かった。
今までも……そう、ギアスのことも。
だから、一度しか言わないぞ」

ルルーシュは、C.C.とあたしから背を向けた。

「……ありがとう」

照れているのか、ぶっきらぼうなありがとうだった。可愛くて吹きそうになる。
ルルーシュのありがとうに彼女はすごく驚いていた。

「あたしだっていつも助けてもらってるよ。
ありがとう、C.C.」

彼女は涙を拭わずに微笑んだ。

「感謝されたのは初めてだよ。
……では、お礼を返してもらおうか。
もう一度、名前を呼べ。
ルルーシュと空、二人ともだ」
「あの名前か?」
「ああ。一度だけだ。
今度は大切に、優しく心を込めてな」
「うん。分かった」
「……仕方ないな」

ルルーシュは振り返る。
呆れた顔をしていたけど、C.C.を見る瞳は優しい色だ。

「セリスフィール」

聞いていて心地いい声でルルーシュは言った。

「……これでいいのか?」
「だめだ。全然だめだ。
優しさが足りない。素直さと労りの心も。
なにより温かみに欠けている」
「一度だけだと言っていただろう。
わがままな女だな……」
「そうとも。私はC.C.だからな」

C.C.は目を細めて笑う。
いつも通りの不敵な表情だった。

「俺は一回言った。次は空だな」
「はーい」

ふわっと飛んでC.C.のそばに座る。
瞳はやわらかい金色で、そばで見て改めて、きれいだなぁと思った。
名前を知っただけで、溢れるほど嬉しくなる。

「セリスフィール」

語りかけるように名前を呼ぶ。
真顔でそれを聞いたC.C.は、いきなりバッと顔を伏せた。
ルルーシュが心配するように近づいてくる。
C.C.の肩は震えていた。おえつが小さく聞こえてくる。

「……アリル……デリカ……」

涙の混じった声は聞いてて心が苦しくなった。
急に眠くなり、ぐいぐい引っ張られる感覚に襲われる。
今のC.C.を置いて戻らないといけないなんて……。

「おい空、体が……!」
「戻るね……。
ごめん、C.C.のことお願い……っ」

強い引力に負け、ぐいっと引っ張られて目の前が真っ暗になる。
ベッドの柔らかさを背中に感じて、まぶたを開いた。
体を起こそうとしたけど何だかダルい。頭が重い。
長時間寝た時って確かこんな感じだったよな……。
時計を見る。もう夕方だった。

「……のど、かわいた」

喉までカラカラだ。無性に水が飲みたくなる。
ベッドを抜け、気だるい体を引きずりながら廊下に出た。
咲世子さんとナナリーに顔を見せないと。
リビングに入れば、ふんわりと甘い匂いがした。
紅茶を飲んでいるナナリーがいてホッとする。

「ナナリー」
「空さん!
おはようございます。今日はたくさん寝ましたね」

キッチンから咲世子さんがやってきた。

「おはようございます、空さん。
水をお持ちしますわ」

キッチンに行き、戻ってきた咲世子さんはガラスの水差しと桜色のグラスを持ってきくれた。
ひんやりした水は少し甘く、頭がスッと冴えて生き返った気持ちになる。

「よくお眠りになってましたね。
何度か声をかけたのですが、全然お目覚めにならなくて……。
空さんは今日のアーサーのご飯当番でしたね?
リヴァルさんが朝のご飯を代わりにあげると言っていました」
「リヴァルがあげてくれたんですね……。
すみません、咲世子さん!
こんな時間まで爆睡しちゃって……本当にすみません……!!」
「きっと疲れが溜まりすぎたのでしょう……。
ご無理はなさらないでくださいね。
空さんが倒れてしまわれたら、ルルーシュ様が一番心配します」
「え? ルルーシュが一番ですか!?」
「そうですね。一番は絶対お兄さまです」
「な、ナナリーまで……!!」
「ルルーシュ様は、空さんをとても大切に思われています」

にーっこり、と。
嬉しそうな微笑ましそうな顔で咲世子さんとナナリーは笑う。
火でもつけられたような恥ずかしさに襲われた。

「あ、あああたしアーサーに夕方のご飯やってきます!!」
「いってらっしゃいませ〜」

生き生きとしたウフフ笑いの咲世子さんとナナリーに見送られ、あたしは全力ダッシュで廊下に出た。

「………咲世子さんってあんな風に笑えるんだ」

『無言の微笑で主人に仕えるメイドさん』というあたしの中の咲世子さんのイメージが変わりつつあった。

廊下を走ってまっすぐ生徒会室へ行く。
到着して中に入るなり、猫用タワーでくつろぐアーサーにすごく警戒された。
牙を剥き、毛を逆立て、尻尾は太い。
顔を合わせばいつもこうだ。なかなか慣れてくれない。

「大丈夫だよ。ご飯あげにきただけだから」

何もしないことをアピールしながら、床に置かれたアーサー専用のご飯皿を取ってすぐに後退し、キャットフードを保管している棚に行く。
猫のイラストが描かれた袋の中には、1日分のご飯が小分けされたのがたくさん入っている。
……はずなのだが、持ってみたら思ったよりもすごく軽かった。

「少ない……」

中には開封された夕方の分と、未開封が1袋だけ。
明後日の分が無い。

「誰か新しいの買ってるかな?」

なんて考えて生徒会室を一通り探したものの、新しいキャットフードは見当たらなかった。

「どうしよう……。
月曜の分が無いなら買いに行かないと……」

日曜は咲世子さんの定休日だとルルーシュに聞いていた。
買いに行くなら今日だろう。
『生徒会で必要な物を買ったら領収書を出してちょうだい。後でお金を返すわね』と、ミレイが前に教えてくれた。

この前行ったお店へ行こう!
所持金ゼロだから、咲世子さんに事情を話してお金を借りないと。
アーサーの水を新しいものにしてから、生徒会室を後にした。

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