15-2
ルルーシュを見送った後、寂しくなって真っ先にC.C.の元へ行った。
ノックをした後、入って驚く。
C.C.はトランクに拘束衣を入れているところだった。
「すまない。
私もここを留守にする」
「C.C.も!?」
寂しい気持ちかグッと増す。
本気で泣きたくなった。
「そんな顔をするな。
おみやげに、何かお菓子を買ってきてやろう」
嬉しいけど複雑だ。
C.C.にはあたしが、お菓子につられて気持ちが元気になる人間だと思っているようだ。
「……ありがとう。甘いのがいいな。
C.C.はどうやって行くの?」
「私を誰だと思っている」
不敵に笑う彼女は何でもできる凄みがあった。
「……うん。
そうだよね、C.C.だもんね」
ソファーに腰掛け、ため息をこぼす。
それ以上何も言えなくて黙っていたら、隣にC.C.がストンと座った。
「ルルーシュと離れるのが嫌なのか?」
「違うよ。
そういうのじゃないってば」
「待っているのが嫌なのか?」
C.C.の瞳は心を見透かすような魔力がある────そう思ってしまった。
居心地が悪くて視線をそらす。
「嫌なんだろう? 待ってることが。
ルルーシュの力になりたいんだろう?」
ふっとC.C.は笑う。
お姉さんみたいな声だ。
「そうやってまた自分にウソをつく」
「だってしょうがないじゃん」
ルルーシュを助ける為にここに来たのに、どう助けるか具体的な事が全然浮かばない。
助けたいけど、今は待っていることしかできなくて、それがすごく苦しかった。
「……あたしには待ってることしかできないよ」
「力が欲しいか?」
「えっ!?」
耳を疑い、思わずC.C.に顔を向ける。
「空、お前は力が欲しいのか?」
怖いほどの無表情だ。
凄まじい威圧感に、緊張して息苦しくなる。
「欲しいと言って手に入るほど甘くはない。
力を手にし、その者に待っているのは孤独だ。
ルルーシュは覚悟を持って私と契約し、王の力を手に入れた。
お前はどんな孤独も受け入れる覚悟があるのか?」
ある、なんて簡単に言えるわけがない。
だってあたしはC.C.の言う孤独がどんなものか知らないから。
「自分が何者かを見失うほどの歳月を生き続けなければならない孤独。
変わらぬ容姿に『人』に畏怖される孤独。
それら全て、お前は受け入れる覚悟があるか?」
C.C.の無表情に、目をそらさず見返した。
「『覚悟がある』って言っても、あたしの覚悟はC.C.にとってはすごく軽いと思う。
分かったつもりで全然分かってないと思う。
それでもあたしはルルーシュを助けたい。
どんなに孤独になっても、ルルーシュを助けることができるなら絶対に後悔しない」
迷いのないまっすぐな瞳に、C.C.は目を細めて微笑んだ。
「お前ならそう言うんじゃないかと思っていた」
C.C.がゆっくりと手を伸ばす。
近づく手に、反射的にまぶたをギュッと閉じる。
額を指で軽く押された。
「空、気に病むな。 お前は『力』を求めなくていい。
お前はお前のままでいい。
お前がいれば、お前の言葉があれば、ルルーシュは独りになっても孤独にはならない」
C.C.の指が額から離れたけど、魔法にかかったみたいに動けない。
立ち上がったC.C.はソファーを離れて、シャツを脱いで服に着替えた。
着替え終わってすぐに出かけて行き、部屋がシンと静かになる。
途方に暮れた気持ちでソファーにもたれかかった。
C.C.はああ言ってたけど……。
でもあたしは、待ってることが、やっぱりすごく嫌だった。
ルルーシュの力になりたいと無性に思う。
「あの姿ならルルーシュの力になれるのかな……?」
初めて幽体離脱した日の事を思い出す。
触れないけど、生身よりあれのほうが自由に動き回れるはずだ。
あの状態になるにはどうすれば良かったんだっけ?
記憶をさかのぼり、思い出した。
多分、寝たらなれるはずだ。
ソファーからベッドに移動し、横になってまぶたを閉じる。
「……って寝たらダメじゃん!!!」
すぐに目をカッと開き、ガバッとベッドから飛び退いた。
幽体離脱してルルーシュの所に行きたいという気持ちに流されそうになった。危ない危ない。
あの状態になった後で、自分の意思で戻れなくなったらゾッとする。
ナナリーや咲世子さんに絶対迷惑をかけてしまうだろう。
「ルルーシュがいない間、ナナリーに寂しいって思わせないように頑張らないと!」
これが今の自分にできる事だ。
もうすぐ咲世子さんが来て朝食を作る時間だ。何かお手伝いしよう。
そう思ったら、背筋にゾッと寒気が走った。
意識が何かに引っ張られ、ベッドに勢いよく倒れこむ。
吸引力のヤバイ掃除機で吸われているような感覚だ。
行くもんかと踏ん張っていたけど、耐えられなかった。
すごい勢いで意識が飛んだ。
目隠しされたように何も見えない。
「行きたいと強く思うだけで、今のキミはこの世界のどこにでも行ける。
まずはルルーシュの所に行きたいと強く望むんだ」
幼い声が耳元で聞こえた。
空気が変わり、目も見えるようになり、声の主はそばにいない。一方的なんだから。
呆れと苛立ちで大きなため息をこぼしたい気持ちになった。
今はナナリーの所に帰らないと。自分の身体に戻らないと。
まぶたをギュッと閉じる。
戻れ、戻れ、戻れ……!!
多分血管が浮き出るほど念じたけど全然戻れない。
「ダメだ……!!
全ッ然戻れない!!」
仕方ない。リフレインの工場の時みたいに、引っ張られる感覚がするまでルルーシュのそばに居ておこう。
あたしは今どこにいるんだろう? 改めて周りを見てやっと、ここが山だという事に気づいた。
上を見れば灰色の曇り空が広がり、下を見ればボロボロのビルや建物が並んでいる。
「ここってナリタ連山……?」
もしそうなら、ルルーシュはこの山のどこかにいるはずだ。目をこらして下を見た。
岩肌丸出しな所もあれば、濃い緑でうめつくされて見えない所もある。
直接見て探したほうがいいだろう。気が遠くなりそうな登山だけど。
降下しようとした時、広い山道を進むナイトメアが見えた。騎士団っぽい黒色だ。
大きなタイヤがついた荷台の前後をナイトメアがはさみ、押して引いての共同作業で進んでいる。
ナイトメアは全部で4機かと思いきや、少し離れた後方にもう1機あった。
燃えるような赤い色の機体。
他のナイトメアと違って全体的に細くて鋭利さのあるデザインだ。
右手は銀色の鋭い爪。
コクピットは開いたままで、何かの冊子を片手にカレンが操縦している。
安堵感がドッと押し寄せ、気づけばカレンを目指していた。
落ちるように降下し、鳥のように飛んで接近する。
すぐ近くまで近づき、ピタッと止まった。
「カ〜レンっ」
「ひゃああああッ!!」
声をかけたらめちゃくちゃ驚かれた。
「なんでアンタがここにいるのよ!!」
「えへへ〜。
なんかいつの間にか来ちゃって」
「えへへーじゃないわよホント楽観的ねアンタって!
また幽体離脱?」
操縦しつつ呆れた眼差しであたしを見るカレンは器用だと思う。
「おーいカレン。
なぁ〜に悲鳴上げ────って空じゃねぇか!!」
玉城の声が前方から。
荷台を押すナイトメアの頭に座っていて、大きく手を振ってくれている。
また再会できたことが嬉しくて、カレンから離れて玉城の元へ向かう。
「ちょ! 待って空行かな────あぁあ!!」
後ろでカレンの制止の声。
飛んだらすぐにはブレーキが効かないため、そのまま玉城の元へ飛ぶ。
カレンと違い、玉城は気さくな笑顔で迎えてくれた。
「よぉーッ! ひさしぶりじゃねぇか!
また幽体離脱だな」
「うん。気づいたら山の上にいて、こうなってて……。
一緒にいてもいい?」
「もぉっちろん! オレぁ大歓迎だぜ!!」
玉城はニカッと笑って親指をグッと立てた。
「先輩。何と話してるんですか……?」
男の人の怯えた声が前方から聞こえてくる。
荷台に見知らぬ男の人がいて、身を乗り出してこっちを凝視している。
顔は恐怖でひきつっていた。
騎士団の制服を着ている。入りたての人かな?
「何って……。
ショウお前、コイツが見えねぇのか?」
あたしを指差しながらの玉城の言葉に、ショウという名の男の人は疑い100%の眼差しでこちらをジッと見つめてくる。
視線が合うことなく、彼は引きつった半笑いを浮かべた。
「やめてくださいよぉ。
怖がらせてるつもりですか?
そんなこと言っても騙されませんよぉ」
彼の元にふわっと降り立ったけど、カレンのように全然驚かない。
顔の前で手を振っても、視線はそのまま玉城が指差す方を向いたままだ。
思いきって彼の背中を突き抜けても悲鳴すらあげない。
「見えてないのかな?」
「だろうなぁ」
「な、なにがですか?」
ビクビクする彼には、きっと玉城の返事が独り言にしか聞こえないんだろう。
「おい玉城。どうかしたか?」
扇さんの声が、玉城の座るナイトメアから聞こえた。
「おい顔見せてやれ」
「はーい」
玉城の言葉に、あたしは荷台を押すナイトメアのコクピットへ上半身を突っ込んだ。
「わっ!!?」
侵入するあたしに扇さんはのけぞるほど驚いた。
入る前に声をかければ良かったかな、と反省する。
「お久しぶりです。
ごめんなさい、あの、驚かせちゃって」
すすす……と後ずさるように外へ出る。
コクピット内に首だけ生やした状態になるまで下がれば、
「いや、いいんだ。入ってくれ」
扇さんに止められ、中に入るよう促された。
お辞儀してから内部にお邪魔する。
狭いからちょっとはみ出てしまうけど、それは気にしないでおこう。
扇さんはお兄さんみたいな顔で朗らかに笑った。
「元気そうだな。
顔を見れて安心した。あれっきりだと思っていたから。
傷は痛むか?」
「……もう痛くないですよ」
本当のことなのに、嘘をついているような罪悪感を感じてしまう。
扇さんはあたしの言葉に安心したように笑った。
「よかった。
みんな、それをずっと心配していたんだ」
「会えて本当に良かったです。
今日はみんなで何しに来たんですか?」
詳しいことをルルーシュは言ってくれなかった。
きっと扇さんなら話してくれるだろう。
彼は一瞬だけ気まずそうな顔をして、だけどすぐに笑んで答えた。
「……ハイキングだよ」
「ハイキング、ですか……?」
ショウさんのいた荷台に積まれた物を思い出し、本当にそうか?と半信半疑になる。
大がかりな何かをしようとしているように思えるけど……。
「みんなには顔を見せたかい?」
「いいえ。まだです」
「俺の前にナイトメア────無頼っていう名前なんだが、3機あるだろう?
操縦してるのは南と吉田と杉山。
井上はあっちの荷台に乗っている。
みんな喜ぶだろうな」
「行ってきてもいいですか?」
「いい……んだけど、できれば後にしてほしい。
キミの存在を知らない団員も一緒にいるんだ。
すごく……驚くと思うから……。はは……」
顔見知りだからすぐに受け入れてくれたけど、面識のない相手はそうはいかない。トラウマものだ。
絶叫してパニックになるに違いない。
「……わかりました。ここにいます。
あ、でも騎士団の人で、あたしが見えない人がいたんですけど」
「見えない?
それは誰だった?」
「ショウって名前の男の人。
最近入ってきたんですよね?」
「ああ。数日前にな。
そうか、みんなが見えるわけじゃないのか……」
扇さんは少し考えるように黙り、そして口を開いた。
「ゼロに話してみるよ。
彼はここにいなくてね、無線が使えないから合流するまで待っててほしい」
「ゼロは今ひとりなんですか?」
「ああ。ひとりのほうが動きやすいと言って」
ゼロは別行動のようだ。
『行きたいと強く思うだけで、今のキミはこの世界のどこにでも行ける。
まずはルルーシュの所に行きたいと強く望むんだ』……って言われたけど、本当に行けるのだろうか?
試しに一回やってみよう。
なんとなく行ける気がした。
「扇さん。
あたし、ゼロのところに行ってきます」
彼の姿が脳裏に浮かぶ。
ゼロの所に行きたいと思った瞬間、景色が変わる。雪がまばらに積もる頂上だった。
山小屋がひとつ、そばにはナイトメアが1機。近くに拘束衣を着たC.C.もいる。
「C.C.!!」
あたしの呼び声に、こっちを見上げた彼女はクールな表情を驚きで崩した。
ふわりと降りて隣に並ぶ。
幽体離脱姿はやっぱりインパクトがあるようで、C.C.は怯えたように後ずさった。
「……まさか……そんな……! お前は……!!」
C.C.は明らかに動揺していた。すごくうろたえている。
不安になるほど、いつもと様子が違っていた。
扉が乱暴に開く音がして、反射的に小屋を見る。
仮面を小脇に抱えたルルーシュが出てきた。
「C.C.! 何をしているこんな所で!
それに空もだ。またその姿になるとは……!」
苦いものでも食べたような顔でこっちに来る。
すぐそばまで歩み寄り、今度は難しい顔をした。
「また倒れたのか?」
「うん。強く引っ張られる感覚がして、そのまま意識がなくなって、気づいたら空の上にいた。
ここに来たのはついさっきだよ」
「……そうか。
夢の後にここに来たのか?」
「あれは夢、なのかな……。
……目隠しされて何も見えなくて、声は聞こえたんだけど一方的に言われるだけだったよ……」
「一方的……? その声は子供か?
胡散臭いクソガキみたいな声か?」
会話に割って入ってきたC.C.に、あたしだけじゃなくルルーシュも驚いた。
「おいC.C.!
一体何を知っている?」
「私は空に聞いている。お前は黙っていろ」
殴り合いに発展しそうなピリピリした空気になる。
C.C.は殺気立っていて、怒った顔で迫ってきた。
「答えてくれ、空。
お前は子供が出る夢を見ているのか?
姿を全然見せない胡散臭いクソガキの夢を」
怖いけど切実な口調だ。
うなずいて肯定すれば、C.C.は絶望したような顔で目を伏せた。
「……その子供を、絶対に信じるな。
あれはひとを人間として見ていない。
何かを頼まれお願いされても、けして叶えようとするな」
「どうしてそこまで……。
クソガキって……C.C.は何を知ってるの……?」
C.C.の顔から表情が消える。
彼女はくるっと背を向けた。
「……すまない、空。
今は話せない」
「話せない、か。
お前はいつもそれだな。名前すら明かさない」
皮肉を込めてルルーシュは笑う。
「名前はそんなに重要か?」
C.C.は振り向いてルルーシュを見る。
今何を思っているのか、彼女の瞳からは読み取れない。
ルルーシュは唇を結んだ。
強い風が吹いて、C.C.の長い髪と地面の雪を舞い上がらせる。
気温を感じないけど、見てるだけですごく寒そうな風だった。
舞い上がる雪を目で追い、C.C.は言う。
「……雪がどうして白いか知っているか?」
C.C.はこちらを見て、今にも泣きそうな顔で微笑んだ。
「自分がどんな色だったか忘れてしまったからさ」
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