15-1

晴れた空と草原だけが広がる夢の世界。
そこは二人が会える唯一の場所だ。
空はユフィを見つけ、手を振りながら走る。

「ユフィーっ」

名前を呼ばれて振り返ったユフィは、嬉しそうに顔をほころばせた。

「ありがとう、来てくれて。
私、ソラにお願いしたいことがあって」

ユフィの切実な顔はどこか辛そうで、空の表情が真剣なものになる。

「お願いしたいことって?」
「ソラをぎゅってしてもいい?」

思っていたのと違うお願いに、空は拍子抜けしたように肩の力を抜いた。

「え? ぎゅって?
なんだ、そんなことかぁ」

すごく可愛いお願いだなぁ、と空は微笑ましい気持ちでうなずいた。

「いいよ。好きにぎゅっとして」

バンザイすれば、ユフィはガバッと抱きついた。
空はお姉さんになった気持ちで、彼女の頭をよしよしと撫でる。
ユフィから流れ込んでくる気持ちは前回とは違い、怯えや不安や迷いが混ざったもので、空の表情が心配の色に曇った。

「ねぇ、ユフィ……」

何かあった?と聞こうとしたが、空は止めた。

「………ううん、なんでもない」

聞こうとしてもユフィはきっと隠すだろう。
自分も同じだったから。

話すことができたのは『好き』だと言ってもらえたからだ。
自分の気持ちを伝えたら、ユフィを少しでも元気にさせられるんじゃないか……と空は思った。

「ユフィ。
あたし、ユフィのこと好きだよ。
どんなことしても、どんなになってもその気持ちは変わらないから」

自分の気持ちが伝わったのか、ユフィから流れ込んでくる暗い気持ちが消えたように感じた。
抱きついていた腕をおろし、ユフィは一歩後ろに下がる。

「ありがとう、ソラ。もう大丈夫。
私、怖がっててバカみたい」

何を怖がっていたか空は聞かない。
聞く必要がないし、ユフィの笑顔が晴れやかだから、それだけで十分だった。

「ソラ。
私、大切なことを聞いてなかったわ」
「大切なこと?」
「そう!
ソラが別の世界から来たのは聞いていたけど、私、今あなたがどこに住んでいるか知らないの!
会いに行きたいわ。
夢でしか会えないのは寂しいから……」

強く求める眼差しに、困ったなぁと空は泣きたくなった。

「あたしも現実の世界でユフィに会いたい。
でも、どこに住んでるか話すことはできないの。
租界にいることだけは言えるけど、詳しい場所を話せばあたしに優しくしてくれている人に迷惑がかかるから。
ごめんね」
「いいえ! 謝るのは私のほうだわ!!
ソラがどこにいるか知りたいけど、困らせてまで聞きたくない。
でも安心しました。優しくしてくれる人があなたのそばにいて」
「うん。優しいの。
すごく優しいんだ」

はにかんで笑う空はすごく幸せそうだ。
ユフィは感動したように息を吐き、目をきらきらと輝かせる。

「ソラ。もしかしてその人のことすっごく好き?」
「え!?」

ボッと真っ赤になる空に、ユフィは笑顔で距離を詰める。

「その人はどんな方ですか?」
「え、ええぇぇっと……!」
「きっと素晴らしい方ね!
王子さまみたいな!!」

うわぁああああ!!と空は声にならない悲鳴を上げた。
ユフィは興奮した顔で迫ってくる。

「私、知りたいの!!
ソラが大切だと思ってる人がどんな人か。
名前は言わなくていいです。
どんな人かちょっとだけ教えてくださいっ」

ユフィの熱意に空は負けた。
彼女の言う通り、ちょっとだけならいいかな、と思ってしまった。

「なんて言ったらいいんだろ……」

空は頭の中でルルーシュを思い浮かべる。
彼をひと言で表現するなら……

「……どシスコン」
「え? どし……?」
「ううん! 違う違うなんでもない!!」

聞き取れなくて首を傾げるユフィに、空は慌てて訂正を入れて無かったことにして、仕切り直すようにゴホンと咳払いする。

「料理が上手な人だよ。すっごく美味しいの!
洗濯や掃除や裁縫とかも完璧にできるんだ」
「家庭的な人ね!」
「そうそう。
あたし、いいお父さんになるって何度思ったことか。
報告しなくてもいいのにポイントカードが満タンになったらわざわざ教えてくれるし」
「しっかりした人なのね」
「うーん……しっかり、なのかな……。
家計簿つけている時なんか理論値がどうのこうの言ってたけど……。
……時々、なに考えてるのか分かんなくなる時があるんだよね。
この前の朝なんて、いきなり『寂しかったら言えよ』なんて言ってきて……。
変なの。全然寂しくないのに」

本気で不思議がる空に、ユフィは堪えきれなくなったようにプッと吹き出した。
空が『なんで笑うの』と言いたそうに眉を寄せる。
ユフィは羨ましそうに目を細めた。

「その人は空のことを本当に大切に思ってるのね。
いいなぁ。こういうのを相思相愛っていうのね」
「そっ、そういうユフィはどうなの!?
好きな人、いるんでしょうユフィも」

恥ずかしさに耐えられなくて話をそらせば、ユフィは驚きに目を丸くした。
だけどすぐに『今度は自分の番ね』と胸を張って誇らしげに笑う。

「気になる人なら一人だけいるわ」
「え? どんな人?」
「優しいの。
ふふ。その人、猫に噛まれてばかりなんですって」
「へ、へぇ……。
猫に噛まれるんだ」

めちゃくちゃ心当たりがあって苦笑する。
ユフィの姿がゆらりと揺らぎ、楽しい時間はもう終わりかと空はシュンとした。
ユフィも残念そうに肩を落とす。

「寂しいです。もっと話したいわ……」
「あたし、一回聞いてみるね。
住んでるところ話してもいいかって。
また会おう、ユフィ」
「ええ、約束よ。
ソラ、小指を出して」

小指だけを立てた手を前に出すユフィに、空は彼女が何をしたいかを察した。
ユフィと同じように小指を出し、彼女の小指に引っかける。

「大切だった人に教えてもらったの。
約束が守られるおまじないだって」
「大切だった人?」

過去形のそれに、空は詳細を聞きたそうな目でユフィを見る。
聞くことはできずに夢が終わった。


 ***


カーテンの隙間から差し込む眩しい朝日に目が覚める。
寝返りを打って時計を見れば、起きるにはまだ早い時間だった。
だけと二度寝するには微妙な時間で、体を起こして大きく伸びをする。
ベッドを出て布団の形を整えた後、着替えに取りかかる。
パジャマの上を脱ぎ、下を脱ぎながらユフィのことを思い出す。

「ホントは会いたいんだけどな……」

会いたいけど、住んでいる場所は絶対に言えない。
ルルーシュとナナリーがここにいるって知られたら、二人に絶対迷惑をかけてしまう。足は引っ張りたくない。
だけどこのまま、夢の世界だけでいいとも思えなかった。
あの世界に行けなくなる可能性だってあるんだ。
ユフィと二度と会えないなんて、考えただけで心細くなる。

ルルーシュに聞いてみよう。
もしかしたら、住んでる場所を言わなくても会えるかもしれない。
空の中で答えが出た時、

「……くしっ」

小さなくしゃみが出て、下着姿のまま着替えを中断していたことを思い出す。
着替えを再会した時、ノックも無しに扉が開いた。
入って来たのはルルーシュで、目が合うなりギクリと硬直する。

「ひっ」

最悪のタイミングに頭が真っ白になった。

「やァァアアアア!!」

空はとっさにパジャマで体を隠し、ルルーシュは瞬時に廊下へ逃げた。
扉が閉まり、空は全力で着替えを終わらせる。
早足で扉まで進み、タッチパネルを軽く殴った。
廊下にいるルルーシュが見えて、彼は明後日の方を向いたままビクッとする。
恥ずかしさで耳まで熱くなった空はルルーシュを見ないように顔をそらし、スタスタと洗面所を一目散に目指す。
離れたいと思っているのに、なぜか主人を追いかける犬のようについて来る。
こっち来んなと空は思った。

「すまない。
俺は、その、起きてるとは思わなかったんだ」
「も、もういいから。分かってるから」

恥ずかしさで死んでしまいそうだ。

「ルルーシュって何しにあたしの部屋来たの?」

とりあえず話題を変えてみる。
返事が無くて、空は歩きながら後ろをチラッと見た。
ルルーシュは真っ赤になって目をそらしているではないか。
空は視線を前に戻し、ボソッとつぶやく。

「えっち」
「違う!!
俺は断じてそういうのじゃない!!」

ルルーシュはすごい勢いで空の前に出る。
行く先を阻むような必死さに、可愛いなぁと思ってしまった。

「じゃあどんな理由で?」

普段では絶対考えられない余裕の無さだ。
ルルーシュは真っ赤な顔でごにょごにょ言う。

「…………たんだ」
「え? 何てー? 聞こえなーい」
「様子を見に来た。
夢で……その、うなされてないかどうか」

思いもしない理由に空の口がぽかんとする。

「……うなされてないかどうか?
そんな理由で?」
「ああ。それだけだ」
「えー? なんだぁそんなこと?
照れるほどのことじゃないじゃん」

素直に言えばいいのに。変なの。
空は拍子抜けした気分になる。
そして同時に、心配してくれたことに嬉しくなった。

ルルーシュが部屋に来た理由が分かった時、ちょうどいいタイミングで洗面所に到着した。

「いいよ。もうついてこなくて。
顔洗ったりしたらダイニング行くからさ」

ルルーシュは動かない。
何かを伝えようとしたがっている真剣な面持ちに、空は緊張に体を強ばらせる。

「すまない。
今日から3日ほどここを留守にする」
「3日!?」
「ナリタ連山に行かなければならない。
ゼロとして」

たったそれだけで、黒の騎士団が何か行動を起こそうとしていることに空は気づいた。

「俺がいない間、ナナリーを頼みたい」

空は一瞬泣きそうな顔になったものの、すぐに笑ってうなずいた。

「……うん、わかった。
気をつけてね」

ルルーシュは空へと手を伸ばし、ぐいっと抱き寄せた。
突然のそれに彼女の顔面がぽふりと胸元に当たる。
大きな手はまだ背中に回されたままだ。
顔を上げ、空はパチパチとまばたきを繰り返す。

「ど、したの?」

戸惑う空の頭をルルーシュはポンポンと優しく叩く。
まるで元気づけているような。
そこまでしなくていいのに、と空は困惑する。

「いいよ。大丈夫だから。
だって3日ぐらいで帰ってくるんでしょ?」

離れようとする空をルルーシュは離さない。

「終わらせたら真っ先に帰る。
待ってろ」

その言葉に空は泣きそうになった。
心配させたくなくて涙をぐっとこらえる。
空は満面の笑みを精一杯浮かべた。

「いってらっしゃい。
あたし、待ってるね」

待ってることしかできない。
本当に言いたいことを空は言えなかった。

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