14-2
「酷い、酷い、酷い、あんまりだ……!
だからイヤだったんだ男女逆転祭りなんて……!
どうして俺は阻止しなかったんだこうなることは予想できたのに……!
スザクのヤツ本当に変わったなお前だけは信じていたのにどうしてあんなノリノリなんだ……!」
物陰に隠れるようにしゃがむルルーシュが、一人ブツブツ呟いている。
ここまで追い詰められてしまうなんて、と空は切なくなった。
「ルルーシュ」
声を掛ければ、ルルーシュはビクッと大きく震えてバッと振り返る。
彼女を見るなり、怯えていた表情が安堵の色に変わった。
「なんだ……お前か……」
よかった、と小さく呟くルルーシュの隣に空はしゃがんだ。
「そんなイヤだったの? ギアスまで使って」
「ああ、イヤだ。
来年も開催されるなら俺は全力で阻止してやる」
決意を瞳に宿らせてルルーシュは言う。
そんなにイヤなんだ、と空は苦笑した。
「でも、あたしは楽しいと思うけどな。
ほら、ナナリーだって喜んでたじゃん」
「それは……まぁ……確かに……そうだが……」
ルルーシュは重いため息を吐いた。
「会長やリヴァルならまだしも、どうしてスザクまであんなノリノリなんだ……」
「それがルルーシュにはショックだったんだね……。
まぁ確かにそうだけど、うん……」
『ヒドい!! 女の子にブスだなんてぇッ!!』
スザクのあれは、ノリにノってないと出てこないだろう。
楽しんでるからこそ、出てくる言葉なんじゃないかと空は思う。
「スザクはきっと楽しみたかったんだよ」
スザクの居場所は、ランスロットに乗る限り特派だろう。
こんな平和な所じゃない、常に戦いと隣り合わせの世界。
「『楽しい時間は今しかない』
それをスザクは知ってるんじゃないかな。
ミレイがさ、言ってるじゃん。
『モラトリアムがある内は楽しんでおこうよ』って。
モラトリアムって猶予期間って意味でしょ?」
『ルルーシュを助ける』
それが空がここにいる理由だ。
その目的を果たしても、この世界に居続けることはできるのだろうか。
別れを伝える間もなく、いきなり元いた世界に戻されるなんて事もあるのでは?
空の瞳が不安で揺らぐ。
横目で見ているルルーシュは、彼女が何を思っているか察したようだ。
「お前は今だけ考えていろ」
「えっ?」
いきなりの言葉に意味が分からず、空は聞き返すようにルルーシュを見る。
「怖いんだろう。
先のことを考えるのが」
言い当てられ、空はウッと言葉を詰まらせて視線を足元へ落とす。
「先のことじゃなくて今を考えろ。
それでも不安なら俺がそばにいてやる。
だから笑っていろ」
顔を上げた空はルルーシュの言葉に目を見張った。
視線から逃げるように、ルルーシュは照れ隠しで立ち上がる。
「笑ってろ。
好きなんだ、俺はお前の笑ってる顔が」
顔はすごい仏頂面だった。
「アタシもよぉ。
笑ってる空の顔だぁい好き」
ルルーシュの言葉を引き継ぐように言ったのは、通路の死角で見えないところから現れたスザクだった。
「お、おま、聞いてっ?!」
ルルーシュは耳まで真っ赤になり、空は驚きに起立する。
スザクはぶりぶりと身体を揺すりながら近づいてきた。
「二人して密会なんてずる〜い。
アタシも混ぜて〜」
「ち、違うってそんなんじゃないって!!」
全力で否定する空にスザクは小さく吹き出した。
「分かってるわよぉ。冗談じょーだん。
でもかくれんぼはこれでおしまい。
みんな探してるから戻りましょ?
会長さん、全員の写真を撮りたいんですって」
見つかった以上は戻らなければならない。
ルルーシュは歩き出すものの『全員の写真を撮りたい』というスザクの言葉に足取りは重かった。
女装した姿を写真という形で残したくなかったから、去年の自分は逃げ切ったのである。
「写真撮るのイヤ?」
これが他の人間なら、ルルーシュはハッキリ『イヤだ』と言っていただろう。
でも相手は空だ。何も言えなくなる。
「あたし、みんなで撮りたい」
空の強く求める眼差しにルルーシュは歩みを止める。
それ以上動けなかった。
「だ、だってホラ、あの時みんなで撮った写真、あたしが無理していた時のやつだから!
今度は……ちゃんと笑って撮りたいの」
生徒会のみんなで写真を撮った日の事を、ルルーシュは思い出す。
心配させたくないからと、無理に笑っていたに違いない。
だけど今なら、心から笑った写真が撮れるはずだ。
「……わかった。撮ろう、みんなで」
「やった!」
飛び上がって喜ぶ空に、ルルーシュは満足そうに微笑んだ。
スザクも安心したように笑う。
「じゃ、空は先に生徒会室行っといて。
みんなそこで集まることになってるから」
「うんっ」
上機嫌で返事をした空は軽い足取りで走り出す。
彼女の遠のいていく背中を見て、ルルーシュは言った。
「……どこから聞いていた?」
「あら。
いいじゃない、別にどこから聞いてたってぇ」
素のルルーシュとは違って、スザクは『スザ子』を貫いていた。
ルルーシュは不満そうに眉を寄せる。
「茶化すな。盗み聞きが趣味なわけじゃないだろう?」
スザクがどこから聞いていたか、ルルーシュは知らなければならなかった。
『そんなイヤだったの? ギアスまで使って』
『ああ、イヤだ』空しかいないと思っていたから気を抜いてしまった。
他の人間にギアスの存在を知られてはならない。たとえ相手がスザクだったとしても。
「どこから聞いていた、か……」
小さく息を漏らすスザクの声音は『スザ子』ではない素の声だった。
「『 どうしてスザクまであんなノリノリなんだ』ってルルーシュが言ったところかな。
空の言ったことはその通りだよ。
軍の人間が学校に通えるなんて幸せな事、本当はあり得ないんだ。
だから僕は、ここにいることが許されている間は楽しみたい」
スザクは幸せそうに微笑んだ。
「楽しい時間が今しかないから楽しみたい、ってのはあるんだけど、それだけじゃないんだ」
「……他にもあるのか?」
にこぉ、っとスザクは笑った。
「『すみません、もう勘弁してください』って空がね、泣きそうな顔で言うんだ。
それがすごくかわいくてかわいくて」
スザクは天井を仰いで満足したように吐息をこぼす。
ルルーシュは友達の新たな一面を知り、唖然としていた。
「ルルーシュってさ、空といる時だけ違うよね」
「違う? 何がだ……?」
「シャーリーや会長といる時や、ナナリーのそばにいる時。
空といる時だけ全然違う。
ルルーシュは空のこと、好きなのかい?」
その問いかけにルルーシュは答えない。
渋面でスザクを凝視する。
「僕は空が好きだ」
爽やかに言い放ったそれはルルーシュにとって爆弾だった。
絶句するルルーシュにスザクは続ける。
「初めてなんだ。
誰かの言葉であんなに心が軽くなったのは」
その時を思い出すように遠くを見るスザクは、自嘲の笑みを浮かべた。
「空は人殺しじゃないって言ってくれたけど、僕は人を殺している。
多分、一番最悪の。
だから僕は────ううん、違う。
そういうことが言いたいんじゃなくて」
小さく首を振り、スザクはルルーシュを見る。
「会ってもいない人間の為にあんなに怒れる人、なかなかいないよ。
僕は空に幸せになってほしいって思ってる。心からね。
だからルルーシュ、お願いがあるんだ。
空を泣かせるような事はしないでほしい。
もし泣かせたら……」
スザクは軽く拳を握り、ルルーシュを優しく小突いた。
「泣かせたらアタシが許さないわよ」
ウインクする表情はもう『スザ子』だった。
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