14-1
太陽が真上で輝いている。
どうしてあたしは、人が行き交う租界の街に立っているんだろう。
景色は鮮明で、だけど何も感じない。
映画を見ているような感覚だった。
いつもと違う。
今回の夢は、動きたくても動くことができなかった。
音が聞こえてくる。
ひとつの音が次第に溢れてくる。
耳をすませば、それが音じゃなくて声だと気づいた。
何人もの声が重なって、それで音だと思ったんだ。
耳障りな雑音が騒音になり、頭に響く轟音に変わる。
音は理不尽な暴力になると誰かが言っていたけど、本当にその通りだ。
ぐちゃぐちゃに切り刻まれているように頭の中が痛い。
耳を塞ぐこともできなかった。
だけど突然、轟音が静かに引いていく。
痛いほどうるさかったのに、別の場所かと思うほどシンとしている。
「すごいねキミ。
他人の記憶にも潜り込むことができるなんて」
後ろで子どもがクスクス笑っている。
相変わらず、軽くイラッとする声だ。
「でも、ダメだよこれ以上は。
心がすごい影響受けてる。
俺がお前でお前が俺で〜みたいになってるよ」
ぐいっと引っ張られ、その場がぐんぐん遠のいていく。
「みること。
それがキミの役割だよ。
観察し、干渉し、世界をみる選ばれし者」
世界をみる?
「キミにはみてもらうよ。
映像じゃなくて、生きている人間による『コードギアス』を」
意味が分からないのにゾッとする。
後ろを見ても、やっぱり声の主はどこにもいない。
真っ暗な空間に落とされて、そのまま自分の体に戻った。
精神的に疲れる夢だったはずなのに、熟睡したように体が軽いのは何故だろう。
「変な夢……久しぶりに見たなぁ……」
イノリさんのいる病院に行って、あれからもう1週間だ。
久しぶりに見た夢の内容は、午後になってもあたしの頭から離れることはなかった。
「空〜?
どうしたの? すごい上の空よ。
やっぱり抵抗ある?」
ミレイの声があたしを現実へと引き戻す。
「……え? ううん、大丈夫だよ」
考えるのは後にしよう。
それよりも今、みんなとの時間に集中しないと。
今日は待ちに待った男女逆転祭りの日なんだから。
「うわぁ……!
空、かっこいい!」
あたしが着ているのは騎士の正装だとミレイが教えてくれた。
色は白で、彼女が用意してくれたものだ。
「カッコいい、かな……?」
衣装はすごくカッコいい。
だけど、それを着るあたしはどうだろう? 正直自信がない。
「うんうん! カッコいいよ!!
オールバックにしたら雰囲気がすっごく変わるね!!」
興奮するシャーリーの言葉に、確かめるように頭をそっと触る。
前髪を全て上げ、後ろ髪をひとつに束ねた髪形は、おでこがスースーして落ち着かない。
女の子なら絶対キュンとするわ!とミレイが褒めてくれたから、外見は悪くないはずだ。
「空さん、鏡をお持ちしましょうか?」
咲世子さんの申し出にホッとする。
彼女は執事の姿をしていて、男装要素と言えば、顔に付けたチョビひげだけだ。
「すみません、お願いします」
咲世子さんはうなずき、廊下へ出た。
みんなは着替え終わったかな? 周りをぐるっと見渡してみる。
最初に視界に入ったのは、おとぎ話に出てきそうな王子様姿のミレイだ。
フェンシングを連想させる細長い剣を、ベルトに通して腰から下げている。
剣は本物かと思うほど精巧なつくりだ。
その隣にはカレン。
赤いシャツと長めの学ランと、額にはハチマキを巻いている。応援団長だ。
笛を首から下げている。
ナナリーが着ているのはルルーシュの普段着だ。
長い髪はおだんごにまとめて、めちゃくちゃ可愛い。
ニーナは探偵の衣装。
チェック模様の上着と同じ柄の半ズボンで、こっちもすごく可愛い。
シャーリーは警備員の制服を着ている。
普段の彼女とあまり変わらない。
いつも通り可愛い。
咲世子さんが戻ってきて、手鏡を渡してくれた。
「お待たせしました」
「すみません。ありがとうございます」
鏡を受け取り、見てみるけどピンとこない。
「んー……。カッコいいのかな?
いつもの自分とは違って見えるけど……」
「趣旨にあってるからいいじゃない。
男女逆転祭りのキャッチコピーは『見たことない自分と出会おう』よ」
「ソッチ方面に目覚めちゃう人が、去年は三人ほどいましたけど」
聞いてはいけない情報をニーナがサラッと言い、自分の笑顔が引きつったのを感じた。
「め、目覚めたの!?」
「そのうちの一人が担任だったのはシャレにならなかったなぁ」
遠い目でシャーリーが言った。
「そ、そうなんだ……。
すごいイベントだね……」
「よし!
みんな着替え終わったし、隣の男子たちの様子を見に行きましょう」
ミレイを先頭にゾロゾロ廊下へ出る。
あたし達が着替えていた場所は、生徒会室の隣の空き部屋だ。
ミレイは生徒会室の扉に向かって声をかける。
「おーい。こっちの準備はオッケーよー。そっちも着替え終わってるー?」
「はぁい会長! 今開けます!」
扉の向こうでスザクが返事する。
「ねぇ、なんか中言い争ってない?」
カレンの言葉に、あたしは扉に近づいて聞き耳を立てる。
確かに、スザクとルルーシュが何かを言い争っている声が聞こえた。
「まだ着替え終わってないのかしら。
おーい。手伝ってやろうかー?」
「ちょ、会長!! なに言ってるんですか!?」
「だぁって、女の服って色々と面倒じゃない?
開っけちゃうよぉ〜」
ミレイは勢いよく扉を開けた。
「う!!
こ、これは……!!」
ミレイは入ろうとした足をギクリと止め、
「きれーい」
ニーナはうっとりとした顔で見惚れ、
「去年も見たけど、自信無くすなぁ……」
シャーリーは軽くへこむ。
女装したルルーシュは息をするのを忘れるほど、めちゃくちゃ美しかった。
純白のレースをふんだんに使った、ルルーシュの瞳と同じ色のドレス。
薄く化粧をしていて、腰まで届く長髪のカツラをかぶっている。
感動して声も出ない。
美しすぎて、宝石みたいにきらきら輝いて見えた。
「ほら。
言っただろう、キレイだって」
と、ギャルゲーのヒロインみたいな制服を着たスザクが言う。
恥ずかしいのか、ルルーシュは頬を染めていた。
「うるさい。
どうしてお前はそう堂々としているんだ」
「なぁルルーシュ。
いい加減開き直って楽しんじゃったら?」
リヴァルはメイドカフェにいそうなメイドさんの服装で、ピンクでフリフリのエプロンドレスだ。
胸にやたらと詰め物を入れ、顔のチークはすごく濃い。リヴァルは楽しみすぎだ。
彼の提案にルルーシュは、
「断る!」
即答で却下して、スザクは残念そうにため息をこぼす。
「もったいないなぁ。そんな美人なのに」
「うんうん。
あたしもそれには同感」
「あーあ……残念。
美人のお兄さま、私だけ見られなくて」
その言葉にみんながウッと言葉を詰まらせる。
気まずい空気に、ナナリーは不思議そうに首を傾げた。
「あら? 皆さんどうかしたんですか?」
「ごめん、ナナちゃん……」
「リセ〜ット!!」
場を支配する気まずさを、ミレイは大きな声で吹き飛ばした。
リヴァルが苦笑する。
「な、なにその魔法……」
「甘かった!!
ミレイさんとしたことがぁ!!」
言いながらミレイは頭を抱える。
すごく悔しそうな顔だ。
「真の男女逆転祭りを目指すのであれば、姿だけでなく中身も逆転するべきであった!!」
「中身……?」
つぶやき、あたしはピンときた。
ごほんと咳き込み、口を開く。
「そうだね。ミレイの言う通りだ。
中身も逆転することが真の男女逆転祭りだと私も思うよ」
男を意識した低い声を出し、涼しげな顔でフッと笑う。
小さく感嘆のため息をこぼし、ミレイも凛とした顔で続いた。
「確かにそうだ。
なぁルルーシュ。キミもそう思うだろ?」
ミレイの低い声に、ルルーシュは戸惑いながらも返事する。
「あ、あぁ……。
そ、そうよネ、会長……」
ぎこちない女言葉だ。
でもナナリーは嬉しそうに笑ってパチパチと拍手する。
「え、えっと……」
シャーリーは困ったようにあたし達を見るが、キリッとした顔ですぐにのってくれた。
「カレン。庭に遊びに行かないか」
緊張で固いが、シャーリーの声も低い。
カレンは腕を組み、快活に笑う。
「おう、いいぜ!
久しぶりにキャッチボールでもするか?」
「カレン上手いじゃなぁい」
スザクのぶりぶりした声にぞわっと鳥肌が立つ。
カレンだけじゃなく、ルルーシュも顔が引きつっていた。
「お前こそ慣れてるな」
「軍隊の余興でやらされたんですぅ」
きゃぴきゃぴするスザクに、なんだか無性に泣きたくなった。
今まで抱いていた彼のイメージが音を立てて崩れていく。
スザクの見事な女装にナナリーは笑顔を輝かせた。
「うわぁ〜すごい!
あ、ううん、違う。すごいや、みんな!」
「そうよねぇ。
すごいわよねぇみんな。
アタシ、空に惚れ惚れしちゃったもの」
スザクのうっとりした眼差しに、ぞわぁああああっと鳥肌が総立ちした。
「すみません、勘弁してください……」
心がポキッと折れそうだ。
「ルル子様、お茶のご用意ができました」
ルルーシュがわずかに眉を寄せる。
「ルル子?」
「日本では、女性の名前の最後に『子』をつけることが多いんです」
ティーポットを手に微笑む咲世子さんに、リヴァルとニーナは尊敬の眼差しを向けた。
「へぇ〜」
「そう言えば咲世子さんも……」
「はい。咲世子の『子』でございます」
ミレイがルルーシュへ歩み寄る。
彼女は優雅に微笑み、ルルーシュのアゴを指先でクイッと持ち上げた。
「ルル子!
実は俺さ、前からお前のこと好きだったんだ!!」
「え……!?」
困惑するルルーシュに追い討ちをかけるように、シャーリーがバッと挙手する。
「ちょーっと待ったぁ!
ルル子のことは俺だってぇ!!」
あたしの隣でその光景を見ていたカレンが、馬鹿にしたように鼻で笑う。
「フッ。
モテモテだな、ルル子」
「カレン……!
お前もルル子を狙っているのか!」
シャーリーの言葉にカレンはキッと眉を釣り上げた。
「ふ、ふざけるな! 誰がこんなブス!!」
「ヒドい!! 女の子にブスだなんてぇッ!!」
瞳に涙を溜めてスザクは叫ぶ。
「みんな、どうしてそんなに上手いの……?」
ニーナの疑問にあたしも同感だ。
この中ではスザクが一番上手い。
どうしてそんなに上手いのかと、ぶりぶりするスザクに聞きたい。
「ルル子は誰が好きなんだ? 今日こそハッキリさせてもらうぞ。
俺か、シャーリーか、カレンか、空か!!」
「え!? なんでそこで私の名前が!?」
「だから!! 俺は関係ないって!!」
スザクがぶりぶりと体を揺する。
「ルル子!!
四股かけるなんて良くないわ!!」
「ふざけるなお前ら!」
怒鳴るルルーシュにミレイがぼそりと言う。
「こーら、男に戻っている」
「お兄さまダメですよ」
ナナリーにも女言葉を強いられ、ルルーシュは泣きそうな顔でブルブル震える。
「も、もう……もう……」
ドレスを持ち上げ、逃げ出した。
「もう止めてぇぇええええ!!!」
「あ! 逃げた!!」
ルルーシュが居なくなった後、どうしよう……という空気が場に漂ったが、
「追うぞ!!」
獲物を狙うハンターのように目をギラギラさせたミレイの言葉に、みんなの気持ちがひとつになる。
「お兄さまを、あまりいじめないでくださいね」
「はぁ〜い! 行ってくるわねぇ〜!!」
ナナリーと咲世子さんに見送られ、みんなでバタバタと廊下へ出る。
どこに逃げたんだとキョロキョロすれば、廊下を歩く数人の生徒が見えた。
あっちはパーティー会場だ。今は写真部が撮影会を開催している。
メイド服を着た男子生徒をミレイが捕まえた。
「おい! 紫のドレスを着た黒髪の貴婦人はどっちへ行った!」
「あっちへ行きましたよ」
パーティー会場がある方向を指差した男子生徒の瞳はギアス色に染まっていた。
「ありがとな!!」
ミレイが走り出して、みんなも後に続く。
それを見送り、あたしは逆の方向を走った。
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