13-2

バタバタと生徒会室を出た空を見送るスザクの顔には、後悔が色濃く浮かんでいた。
学生カバンを手に持ち、ルルーシュを見て気まずそうに言う。

「それじゃあ、僕も行くよ。軍に戻らなくちゃならないから。
また明日……」
「ああ。また明日」

スザクも生徒会室を出た後、二人きりになってからカレンは口を開いた。

「ねぇルルーシュ。
あなたも、黒の騎士団のしてることは自己満足だと思う?」
「自己満足かそうじゃないか……俺の意見を聞かないと不安か?
俺が言えるのは、黒の騎士団が現れなかったら空は確実に死んでいるってことだけだ。
俺は、空や会長達を助けてくれたことを感謝している」
「……そう。わかったわ」

その答えにカレンは満足したようだ。
固い表情は柔らかくなり、ルルーシュと向き合うように席に座る。

「ねぇルルーシュ。
空は記憶を失っているでしょう?
私、思うの。このままでいいのだろうかって」
「それはどういう意味だ?」
「あの子は今日、家族を恋しがっていた。
『記憶が戻るまで』とここに悠長に住まわせることが、果たしてあの子にとっての幸せなのかしら」
「アイツがここにいたいと望むならそれでいいんじゃないのか?」
「本当にそれでいいと思ってるの?」

カレンに鋭く睨まれ、ルルーシュは視線を落とす。
いつもの涼しげな余裕が彼の表情には無かった。

「大切なモノを失ったままで、本当にそれがあの子にとっての『幸せ』だと思ってるの?」

ルルーシュは何も言えない。
自分を助ける為にここに居る事が、彼女にとっての幸せだと思っていないからだ。

室内がシンと静まり返る。
二人の視線は交わらない。
扉が開いて戻ってきた空を、カレンとルルーシュは驚きの顔でバッと見る。
目を丸くし、困ったように空は笑った。

「ど、どうしたの二人とも?」

カレンがぎこちない笑顔で席を立つ。

「ちょっとした相談事。
大丈夫よ。ケンカしてたわけじゃないから。
それより、それがあの時のオルゴールね?」

空はうなずき、手に持った小さな包みをカレンに渡した。
中身を見たカレンはオルゴールの残骸を確認する。
表情が悲しそうに歪み、丁寧に包み直した。

「ありがとう、空。
私、用事があるから帰るわ」
「うん、わかった。また明日ね」

カレンはルルーシュを睨んでから生徒会室を出ていった。
二人の間で何があったんだろう?と空は気になったものの、聞ける雰囲気じゃないと思い、奥の席に座って資料に手を伸ばす。
黙々と読む空に、ルルーシュは物言いたげな視線を送る。
すっごい見てるんだけど……と空は苦笑し、ルルーシュに顔を向けた。

「どうしたの?」
「お前にとっての幸せって何だ?」

無意識につぶやいてしまったようで、ルルーシュは慌てて口を閉ざす。
ポカンとしながらも、空は「あたしにとっての……なんて言ったの?」と聞き返したことで、ルルーシュは諦めて口を開いた。

「お前は、ここにいることを幸せだと思っているか?」

ルルーシュは不安そうで、どこか余裕がない事に空は気づいた。

「カレンが言ったの?」

無言のルルーシュに、やっぱりそうかと空は席を立つ。
この机が邪魔だ。苛立った歩調でルルーシュの元に行く。
いつもと違った自信の無い表情に、なんて顔をしているんだ、とルルーシュを見て空は思った。
なんだかひどくムカついた。
ルルーシュが、今の自分が幸せじゃないと考えている事に。
幸せだとハッキリ言える。
好きだと思える人のそばにいられるんだから。
それを伝えようとした時、扉が開いた。
入ってきたシャーリーは不思議そうな顔でキョロキョロする。

「あれ? ルルと空の二人だけ?」

空は言おうとしていた言葉を飲み込み、何もなかったように笑う。

「うん。
ミレイ達、まだ戻ってきてないから探しに行こうと思ってたの。
あたし迎えに行ってくるね」

言いながら生徒会室を出る。

思い出してしまった。
シャーリーがルルーシュを好きだという事を。


 ***


時刻はもう夜だ。
今に至るまで、空はルルーシュをまともに見ることが出来なかった。
目が合わない事にルルーシュは気づき、あれやこれやと声をかけるものの、空は泣きそうな気持ちになって逃げ続けた。
ルルーシュが入って来れないのは浴室だけだなぁ、と温かい湯船につかりながら空は思った。
目の奥がじわりと熱くなる。

「バカだなぁ……。
シャーリーがルルーシュを好きって知ってたはずなのに……」

口を湯船につけ、こぼした溜め息がブクブクと水泡に変わる。
ルルーシュが好きだと気づいた昨日を思い出し、自分がすごく嫌になった。
このまま沈んでしまいたい。
苦しくなり、ブハッと顔を上げる。
なんだかすごく複雑だ。

「シャーリーの事も大好きなんだよなぁ……」

明るくて、天使かって思うほど優しくて、笑顔はまぶしくて、ルルーシュの事で一喜一憂したり、真っ赤になってあたふたするトコもとっても可愛くて。
『ルル』と呼ぶシャーリーの明るい声を脳内再生したけど、嫌な気持ちに全然ならない。
コードギアスを8話までしか見れていないのが悔しい。
きっとこの先、シャーリーはルルーシュにとってかけがえのない大事な人になるはずだ。

「これ以上、好きになったらダメだよね……」

芽生えてしまった気持ちを否定しなければ。
切り替えなければ、と空は強く思った。
自分はルルーシュを尊敬しているだけ。
ルルーシュを助ける為に自分はここにいるんだ、と。
心の中で何度も唱えれば、胸の苦しさがだんだんと消えていく。
湯船のお湯を抜いてカーテンを開ける頃には、前向きな気持ちになっていた。

「よし、がんばろう!!」

意気込みに声を上げ、タオルで髪や体を丁寧に拭いていく。
下着をつけ、鏡に向かって笑いかけ、わざとらしくないのを確認してからパジャマに着替えた。
使い終わったタオルを脱衣カゴに入れ、扉のそばのタッチパネルを操作してロックを解除する。
小さな電子音がして扉が開けば、出てすぐ隣のところにルルーシュがいた。

「ッ!!!!?」

驚きで心臓が跳ね、頭は真っ白になる。
逃げようと足は動いたがルルーシュの方が早い。
ガシッと腕を掴まれ、空は身動きがとれなくなった。

「どうして逃げるんだ」
「ヒィイイイイイイイッ!!!!」

ド悪党の笑みと、めちゃくちゃ怒っている瞳に空は命の危険を本気で感じた。

「るるるるるルルーシュがいるから驚いたんだよ!!」
「そうか。
なら、どうして俺を避けてばかりいる」

心臓に悪い質問に、ぶわっと嫌な汗が出たのを感じた。
言えるわけない。ギュッと唇を結ぶ。
呆れたようにルルーシュはため息を吐いた。

「本当は『家に帰りたい』と思っているんじゃないか?
『後悔していない』と自分に嘘をついて」
「え!? なんでそう考えたの!?」

目をカッと開くほど驚けば、ルルーシュは見てわかるほど困惑した。

「……違うのか?」
「う、うん。全然違う……」

つい答えれば、ルルーシュの瞳がスッと細まった。
避ける理由を話さなきゃいけない空気になってしまった事に空は気づき、猛烈に後悔する。
話したくないけど、言わないとルルーシュは納得しないだろう。
どうすれば……と悩んだ時、信じてくれそうな嘘の理由がパッと浮かんだ。

「あたしがルルーシュから逃げてたのは、気まずいって思ったからだよ」

その言葉が本当だと思わせる為に、空はルルーシュの目をジッと見る。

「ルルーシュはあたしに聞いたよね?
ここにいることを幸せだと思っているか、って。
答えようと思ったらシャーリーが入ってきて、言えるタイミングが無くなっちゃって……。
改めて言い直すのも少し恥ずかしくて……。
逃げてごめんね。ルルーシュ」
「……そうか」

と言いつつも、目を細めたままのルルーシュはどこか納得がいってない様子だった。

「あたしはここにいることを幸せだと思ってるよ。
だって、好きだって思えるみんながここにいるんだもん。
それに毎日思ってるよ。ルルーシュの作ったご飯とかデザートとか食べる度に、幸せだなぁって」

それは嘘じゃなくて、心から思う気持ちだ。
ルルーシュはやっと納得してくれたのか、すっきりした顔でうなずいた。

「……そう思っていたのか。
なら、いい。
悪かったな。怖がらせて」
「ううん。大丈夫だよ。
さっきのあれは驚いただけだから」

ルルーシュは掴んでいた手をそっと離してくれた。

「ねぇルルーシュ。
いつでもいいからトランプしたいな。
スザクのことしか質問してなかったから、今度はルルーシュのことが聞きたい」

ルルーシュはポカンとした後、小さく笑った。

「……そうか。なら、今夜も相手をしてやろう。
次は俺が質問する側に立たせてもらうからな」
「ほうほう。それはなかなか面白そうだなぁ」

C.C.の声が近くから。
声が聞こえる方をルルーシュはバッと見る。
パジャマを着たC.C.がニヤニヤした顔で廊下に立っていた。

「お、おまっ、いつからそこに!?」
「私に気づかないほど空を見つめていたとはな。
ルルーシュもかわいくなったなぁあ」

C.C.は性格の悪い笑みでニヤッと笑いながら近づいてくる。
ここが廊下じゃなかったら『この魔女が!!』とルルーシュは言っていただろう。そんな顔をしていた。

「空、トランプが終わったら今日は一緒に寝るぞ。
寂しくて死んでしまいそうだ」
「うん、いいよ〜」

ギュッと抱きつくC.C.が可愛くて、空はよしよしと頭を撫でる。
ルルーシュがすごい形相でC.C.を睨むから、
「ルルーシュにも頭、よしよしってしようか?」と言えば、プイッとそっぽを向いて一人で歩いていった。

「追いかけるぞ」

C.C.は小悪魔みたいな顔でウキウキした足取りで後を追う。
目的地に到着するまでの間、C.C.にいじられまくったルルーシュは疲れきった顔をしていた。
部屋に入り、ソファーにドサッと座る。
次いで部屋に入った空はベッドを見て顔を輝かせた。一直線に走り、勢いよくダイブする。

「うわーうわーうわー!
このベッドの柔らかさすっごい久しぶり〜!!」

自分のベッドと違って、こちらの方が柔らかい。彼女はむぎゅむぎゅと顔を埋めた。

「おいルルーシュ。
お前は今日はどこで寝るんだ?
空の部屋のベッドか?」

ニヤニヤとからかう笑みにルルーシュも微笑みを返す。
ただし、目は少しも笑っていない。

「俺は今日はここで寝る」
「え? ソファーで? 寝心地悪いと思うけど。
あっちのベッド使ったらいいのに……」
「ここで寝る。
今日はそういう気分なんだ」
「そういう気分!
そうかそうか! ははっ! そういう気分なのか!」
「うるさい。C.C.お前は黙っていろ」

C.C.は不敵に笑い、ベッドにピョンと座った。

「さぁ、トランプをするぞ。
どんなルールだ?」 
「勝った人が負けた人に一回質問できるんだよ。
……あ。でも答えたくない質問の時は答えなくていいからね。
『解答を拒否された場合、勝った人は質問を変更しなければいけない』」
「……おい。そのルールは無かったはずだぞ」 
「解答拒否のルールは不満か?
誰にだって答えたくない事のひとつやふたつはあるだろう。器が小さいなぁ。
そのルールに救われるのはお前のほうだぞ、ルルーシュ。
何故なら私が勝つからだ」
「ほう。
一番恥ずかしいのは、勝てもしない奴の勝利宣言だ。
ねじ伏せてやる」

あ。ルルーシュの目の色が変わった。
と、空は思った。

その後、トランプで遊んでいるとは思えない空気の頭脳戦が続き、神経がすり減った空は気を失うように眠りに落ちた。

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