13-1

すぐそばでルルーシュが寝ている。
そう思うと、目が冴えてドキドキして眠れなかった。

「空さん……大丈夫ですか?」

朝食の席で、ナナリーがすごい心配そうな顔をしている。

「うん……大丈夫だよ……夜ちょっと眠れなかったから……」

ナナリーに笑いかけたけど、へろへろの力ない笑みだった。
そばにいる咲世子さんが一歩前に出る。

「空さん。
疲れが取れるツボを押しましょうか?」

買い物に行ったお礼とお詫びで渡されたケーキは先ほど受け取った。
なのに、咲世子さんはまだ足りないと思っているようだ。
すごい熱い眼差しに負け、お願いしますと背中を向ける。
神の手だろうか。モミモミされる内にしんどさがぐんぐん消えていく。
ルルーシュがキッチンから顔を出した。

「眠気覚ましにココアでも飲むか?」
「ありがと……ルルーシュ……」

部屋を出て遅くに戻ってきて、遅い就寝だったくせに、ルルーシュはシャキッとしていて完璧だ。
熟睡できたのかな? うらやましい……。

「お兄さま。わたしもココア飲みたいです」
「ああ。ナナリーのも持ってくるよ」

ルルーシュがキッチンに行ってすぐ、電話が鳴る。
ひょっこり戻ったルルーシュが電話に出た。

「もしもし。こちら、クラブハウスのルルーシュだ」

誰だろう?

「……ああ、キミか。おはよう」

ナナリーも首をかしげている。

「……空か? そばにいるが……。
……ああ、わかった。代わるから待ってくれ」

耳に当てた受話器を外し、ルルーシュがこちらを見た。

「空、カレンから電話だ」
「え!? カレンが!?」

どうしてここの番号を知っているんだろうという疑問が一瞬浮かんだけど、話したいと思う気持ちがとてつもなく上回った。
慌てて席を立ち、ルルーシュの元に走り寄って受話器を受け取り、わたわたと耳に当てる。

「もしもし空ですカレンおはよう!!」
『元気ね……』

受話器越しのカレンは呆れた声で言った。

『……朝からごめんなさい。
体に戻れたみたいだけど、具合はどう?
昨日あんなことがあったから安心できなくて……』
「大丈夫だよ。昨日起きた時、すごいスッキリしてたから」
『……よかった。
朝からごめんなさい。大丈夫か確認したくて電話したの。
……それともうひとつ、空にお願いしたいことがあるの』
「お願いしたいこと?」

電話の向こうで小さな深呼吸が何度も聞こえる。
緊張しているんだと分かる息づかいをしていた。

『……昨日の公園の、入ってすぐの場所を覚えてる?
そこに、できれば今から来てほしい』
「今から?」
『ええ。無理なことを言ってるのは分かってる。
でも、あなたじゃないとダメなの。
お願い、来てほしい』

カレンの声は震えていて、今にも泣きそうだった。

「待ってて。今すぐ行くから」

頭で考える前に即答してた。

『……ありがとう』
「すぐに行くから待ってて。
あ、ルルーシュに電話戻すね」

押し付けるように受話器を渡す。

「ごめん。カレンのところに行ってくる」

「行ってらっしゃい、空さん」とナナリーがふんわり微笑み、
「ああ。急ぎすぎて転ぶなよ」とルルーシュが笑いながら言い、
「行ってらっしゃいませ」と咲世子さんが深々と頭を下げる。
家族に見送られて出掛けるような気分で、走ってダイニングを出た。


 ***


全力疾走で目的地に到着する。
公園に入るなり、制服を着ているカレンが見えた。
あたしに気づいてハッと顔を上げる。

「カレン、おはよう!」

息が上がって苦しい。
ゲホッと咳き込めば、カレンが駆け寄ってきた。

「そこまで走らなくてよかったのに……!
……ごめんなさい、空。無理なお願い言っちゃって」
「ごめんは無しだよ。
それよりどうしたの?」

もしかしてイノリさんに何かあった?
カレンは目を伏せる。

「……ホント、ムシのいい話よね。
私、昨日あなたにひどいことを言ったのに……」

つぶやき、カレンは目線を上げる。
彼女の瞳には、いつも宿していた強さが無かった。
弱々しく揺れている。

「……ごめんなさい。
私、昨日あなたにあんなことを言ったこと、すごく後悔してる」

ごめんの言葉はもう聞きたくない。
謝らないでほしい、と何度も首を振る。
カレンはすごく不安そうで、今にも泣きそうに顔を歪ませる。

「来てくれてありがとう、空。
あなたの顔がどうしても見たかったの」
「カレン……」
「今日、学校を休んで行ってくるわ。
お母さんの代わりに行かなきゃいけない場所に……」
「行かなきゃいけない場所?」
「法廷よ。
リフレインを使った人間の裁判が、今日行われるの。形だけね。
日本人だから、少しも審理されずに、すぐに判決が出るわ。
どれだけ重い判決が下されるのかしらね……」

カレンは今にも崩れそうだ。
不安になって当然だ。自分のお母さんが、 不公平な裁判にかけられるんだから。
震えるカレンの手を掴み、ぎゅっと握った。

「ねぇカレン。あたしも一緒に行っていいかな?
入っても大丈夫な所まで」

不安に揺れている瞳を大きく見開き、カレンはあたしを見る。

「ひとりで行かせたくないの。
一緒に行ってもいい?」

カレンは泣くのを堪える顔で唇を結ぶ。
そして、目を細めてくしゃりと笑った。

「ありがとう。気持ちだけ貰っておくわ。
私が今から行く所は、住民IDを持ってない子がウロウロしたらダメな所なの」

カレンは溜め込んでいたものを外に出すように、はぁっと大きく息を吐いた。

「怖いけど、空がこうやって手を握ってくれてるから頑張れそうだわ、私」

大きく深呼吸してカレンは笑った。
大丈夫だと思えるほどの力強い笑顔で。

終わったら電話する、という言葉と共に、赤い携帯電話を渡された。
両手で受け取り、落とさないよう大事に持つ。
カレンを見送ってから真っ直ぐクラブハウスに帰った。


 ***


そわそわと落ち着かないないまま、時間だけが過ぎていく。
もうすぐでルルーシュはお昼休みか、と時計を見て思った時、手に持つ携帯がピルルと鳴った。
ワンコール鳴りきらない内に電話に出て、カレンと話してから、急ぎ足で公園に行く。
カレンは朝と同じ場所に立っていた。

「来てくれてありがとう、空。
お母さんのいる病院に行きましょう」
「うん」

借りた携帯を返す。受け取ったカレンは無言で歩き始めた。
表情は固く、どんな裁判だったか容易に想像できた。
終始無言のまま歩き続け、白い建物にたどり着き、二人で中に入る。
カレンが受付の人とやり取りをした後、婦人警官さんがイノリさんのいる病室に案内してくれた。
ベッドが4つある部屋だった。
奥のベッドにイノリさんがいて、ぼんやりとした顔で座っている。

「薬の後遺症で、会話はほとんど出来ません。
回復するとしても、時間が必要かと……」

婦人警官さんは軽く一礼し、病室を出ていった。
カレンはベッドのそばの椅子に座り、ジッとイノリさんを見つめる。
視線は合わなかった。

「……判決、出たよ。20年だって」

イノリさんにカレンの声は届いていないのか、人形のように動かない。
瞳はぼんやりと一点だけを見つめている。
イノリさんの投げ出すようにだらんとした左手をカレンは握った。

「……待ってて!
お母さんが出てくる頃には変えてみせるから!!
私とお母さんが、普通に暮らせる世界に。だから……。
だから……!!」

カレンの瞳に大粒の涙が浮かぶ。
溢れてこぼれそうになった時、イノリさんの右手が動き、カレンの握る手にそっと触れる。

「がんばれ」

うわごとのような小さな呟きだった。

「がんばれカレン。私の娘」

表情は変わらず、視線も動かない。
だけど、カレンの声はちゃんと届いたようだ。
イノリさんの手を握り返すカレンの姿がじわりとぼやけ、慌てて目をこする。
涙腺でも壊れたのだろうか。涙がボロボロとこぼれ落ちていく。
ここであたしが泣くのは場違いだ。
息を殺しながら、後ずさりで病室を出て、そっと扉を閉める。

『いらないわ。あんな人』
『早くいなくなればいいのに』


そう言っていたカレンがやっと。
良かった。本当に良かった。
涙が溢れて止まらない。

ガチャッと扉が開き、ギクリとする。
目を赤くしたカレンが顔を出し、あたしを軽くにらんだ。

「なにひとりで泣いてんのよ」
「だ、だってあたし、出会ってまだ2日だし……」

ガシッと腕を掴まれた。

「関係ないわよ。来なさい」

病室の中へズルズルと引きずり込まれた。

「あんたは私の捨てようとしたモノを拾ってくれた。
だからお母さんのそばにいなきゃダメ」

ハイしか許さない物言いだ。
カレンにぐいぐい引っ張られ、彼女が座っていた椅子に無理やり座らされた。

「さ。好きなだけ泣きなさい」

腕を組んで見下ろすカレンは鬼教官のようだ。
イノリさんを見て、再びカレンに目を向ける。
『本当にいいの?』というあたしの口パクに、カレンも口パクで『もちろん』と返した。

「自分のお母さんだと思いなさい。私が許すわ」

自分のお母さんだと思えって? そんな無茶な。
だって顔全然違うし……と戸惑いながら、イノリさんの手を握る。
指先がほんのり冷たい、温かくない手。
だけどこの手は、自分の母を思い出すくらい、触った感触が驚くほど同じだった。
忘れていた感覚が蘇ったように、ホームシックに襲われる。
ぶわぁっと涙が溢れた。

「お…………おがあざぁぁあああああ゛ん!!」

ガバッとすがりつけば、イノリさんが頭を撫でてくれた。
涙腺が完璧に壊れ、わぁわぁ声を上げて泣きわめく。
恥ずかしいという気持ちに少しもならなかった。


 ***


病院の帰りに公園へ寄り、噴水のそばのベンチにもたれて目を冷やす。
ひんやりしたハンカチが気持ちいい。
はー、と息を吐けば、さっきの大号泣をふと思い出して恥ずかしくなった。
顔の熱がヤバイ。自販機で買ってもらったお茶を頬に当てる。

「お待たせ、空」

カレンが隣に座る。
目からハンカチを外せば、クレープを渡された。

「食べて。ごちそうするわ」

きらきらしたイチゴのクレープに、受け取ってすぐにバクッと食べる。
あっさりした生クリーム。とろけるように甘いカスタード。甘酸っぱいイチゴとサクサクのフレーク。
泣き疲れたのに、食べていく内に元気がもりもり湧いてくる。
クレープを片手に、お茶を飲んでひと息つく。

「すっきりした?」
「ん゛。ありがどねカレン。
ごめん。なんか……うん。
急に寂しくなったんだ……」

ぐすっとハナをすすり、クレープをまた食べる。

「これ、すっごくおいしいねぇ」
「でしょ? 私のお気に入り。
全部制覇したけどそれが一番おいしいわ」
「全部制覇? すごいね!」

きらきらした目でカレンを見れば、彼女は誇らしげに笑った。

「おいしいと全部試してみたくなるでしょう?」

クレープを完食して、カレンは指についた生クリームをぺろりとなめる。

「ごちそうさま。おいしかったぁ」

ベンチにもたれて空を仰ぐ。
あたしも食べ終わり、ごちそうさまを言った。

「ねぇ、空。
昨日のオルゴール、あの後どうしたの?」
「あの後? 拾って持って帰ったよ。
ごめんね。あのままにしておけなくて……」
「やっぱり空だったのね。
……実は私、あなたが肉体に戻った後、家に帰ってからオルゴールを探しにここに戻ったの。
でも見つからなくて、もしかしたら空が持っていてくれてるんじゃないか、って思ったわ」

カレンは遠くを見る。
昔を思い出すように。

「あのオルゴール、ずっと前にお母さんにプレゼントしたモノなの。
新聞配達のアルバイトでお金貯めてね」
「新聞配達!」

すごい。なんて懐かしい響きだ。

「小学生の頃よ?
私、忘れてたわ」

胸に溜め込んでいたものを外に出すように、カレンは息を長く吐く。

「……オルゴールだけじゃない、思い出も捨てるところだったわ」

そして、にっこりと笑いかけてくれた。

「拾ってくれてありがとう、空。
オルゴール取りに行ってもいい?」
「うん、もちろんっ」

返事と共に立ち上がれば、カレンも嬉しそうな顔で立つ。

「学校、休んじゃったけど生徒会に顔を出したいわ。行きましょう」

はずむ足取りで公園を後にする。
小学生の時の話を他にも聞きたいとお願いすれば、カレンは生き生きとした顔で話してくれた。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、クラブハウスに到着する。
廊下を歩くカレンの顔はお嬢様の顔になり、笑いをこらえながら生徒会室に入った。
スザクとルルーシュしかいなくて少し驚く。

「あれ? みんなは?」

ルルーシュは読んでいた雑誌を閉じ、机に置いてから答える。

「男女逆転祭りのことで職員室に行っている。もう来週だからな」

カレンの目がルルーシュの手元の雑誌に行く。
ゼロが表紙を飾っている事にあたしも気づいた。

「……それ、黒の騎士団について書かれているヤツでしょ」
「ああ。どこも黒の騎士団について持ちきりだ」
「黒の騎士団、か……。
……犯罪者を取り締まりたいなら警察に入ればいいのに。
彼らはどうしてそうしないんだろう」

疑問を投げかけるようなスザクのつぶやきにルルーシュが答える。

「警察じゃできないと思ったんだろう。
警察なんて……」
「今はダメでも、警察の中で変えていけばいいじゃないか」
「変える過程で、結局は色々なしがらみを抱えることになる」
「それはギリギリまで頑張って初めて言えることだよ。
それが無い限り、彼らの言い分はただの独善にすぎない」

スザクの言葉に、うわぁってなる。
胃がキリキリしそうだ。
ほら見てよカレンの顔! 穏やかだった顔がどんどん険しくなっていくよ!
お願いだからそれに気づいてくれスザク!!

「彼らが言う悪って何だい?
何を基準にしてるかも分からないじゃないか。
そんなの一方通行の自己満足だよ」
「だけど彼らは空を助けたじゃない」

怒りで声は低く、お嬢様っぽさは少しも無い。
スザクを見据える眼差しは冷めきっていた。

「それだけじゃないわ。
会長やシャーリーやニーナや、捕らわれていた人質を解放した。
軍や警察はその時どうしてたの? 時間稼ぎしか出来なかったじゃない」

スザクも助けようと動いていた。
それを知っているから、胃がねじれそうな気持ちになる。
血の気が引くほど場の空気はピリピリしていて、ヤバイと思って二人の間に割って入った。

「ストップストーップ!!
カレンもスザクも落ち着いて!!」

シーン、と室内が静まり返る。
視線が自分に集中し、気まずくなった。
いたたまれない。逃げてしまいたい。

「あたしは、黒の騎士団の行いで救われた人はいると思ってる。
……ごめん! あたし、カレンのオルゴール取ってくるね!!」

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