12-4

食事が終わり、ナナリーとまったりした後、部屋に戻れば。

「夜は私一人で寝る。
おいルルーシュ。お前は空と一緒に寝ろ」

冷徹な女王様みたいな顔のC.C.に部屋を追い出されたルルーシュは、

「ちょうどゆっくり話したいと思っていたところだ」

と言って、すたすたと、慣れた顔であたしの部屋に入った。
あたしはベッドに座り、ルルーシュはサイドテーブルの椅子に腰かける。
ルルーシュは時計をちらりと見た。

「……もうこんな時間だな。
話せるか?」
「大丈夫だよ。
あたしもルルーシュと話したいから」

ルルーシュの座る椅子からギシッと小さな音がする。本格的に聞く姿勢だ。
あたしを見据える瞳は、根掘り葉掘り聞いてやるぞと言いたげだった。

「まずは、幽霊のようなあの状態についてだな。
倒れた後、体から抜け出したのか?」

真顔と真面目な声でその質問をされたら、笑ってはいけないと思っても笑えてしまう。
ごふんごふんと咳払いし、真剣な顔で改めてルルーシュを見た。

「ううん。
倒れた後、夢を見たの。
その夢が終わったら、あたしはあの港にいた」
「その夢がキッカケか……?
……どんな夢だ」
「すごい変な夢だった……。
いろんなのが流れ込むように、こう、わーって」

ルルーシュが『具体的に話せ』と舌打ちしそうな顔をしたので、改めて言い直す。

「あたしだって、あんまり分かってないんだよ。すごい情報量だったんだから。景色と人とうるさい音と色んなものが中に入ってきて……。
……それは記憶だって言っていた」
「誰が言っていたんだ?」
「子どもだよ。
何回か夢に出てるんだけど、姿は1回も見たことないんだ。
みなければならない、ボクのために……って言われた」
「言われたのはそれだけか?」
「うん。そこで夢が終わったよ」

ルルーシュは宙を仰ぎ、難しい顔で沈黙する。
部屋がシンと静まり返る。まるで時間が止まったみたいだ。
不思議と、気まずいとは思わなかった。
ここに来たばかりの頃のあたしなら、気まずく感じて逃げ出したいとしか思わないだろう。
ルルーシュを改めて見る。
ここに来たばかりの頃のルルーシュなら、ここまで真剣に、深く考えてはくれないだろう。
どうでもいいと思わないでいてくれる。
それが苦しくなるほど嬉しかった。
はぁ、とルルーシュは小さく息を吐く。

「不愉快だ」

整った顔が不機嫌そうに少し歪んだ。

「空とその子どもの目的が一致しているならまだいい。
だが、話を聞く限りそうじゃない。
その子どもは自分の目的の為にお前を利用している。
詳細を言わずに一方的に巻き込んでいる。
大事なことを話さず、重要なカードを伏せたままで」

静かな声で、淡々とした口調で言っているけど、宙を睨む瞳は息を呑むほど鋭い。
むちゃくちゃ怒ってるなと思える瞳でルルーシュがこちらを見る。

「空」

名前を呼ぶ声は優しくて、少しも怖くなかった。

「その子どもに、お前はどんな印象を持った」
「印象?」
「信じられないとか、いけすかないとか、蹴りたくなるほど腹が立つとか」
「ポジティブなのがひとつも無いね」
「その子どもの事をどう思った?」

目を伏せ、思い出す。
確かにルルーシュの言う通り、ポジティブな印象はひとつも浮かばない。
顔を上げ、改めてルルーシュを見つめる。

「胡散臭いと思った」
「だろうな。
そんなヤツから引き出せる情報があるとは思えないが、もし夢に出てきたらあの幽体離脱について聞いてくれ」
「うん。わかった」
「聞いている最中、もし蹴りたくなるほど腹が立った時は、けして怒りに支配されるな。
冷静じゃない時は何の情報も得られない。
もし頭が真っ白になるほど癪に障ったなら、必ず俺を思い出せ」

力強いアドバイスに自然と笑みが浮かんでしまう。

「うん。ちゃんと思い出すね」

あたしの返事にルルーシュはうなずいた。表情はやわらかい。
この話題はこれで終わりのようだ。

「……それじゃあ次は、お前が話せなかった事と隠している事を聞かせてもらおうか」
「う、うん」

次の話題はそれか。
心構えが出来ていなくて、思わず表情が固くなる。
ルルーシュが眉をひそめた。

「絶対に話すと言っただろう」
「もちろん話すよ。
ただ、何から話せばいいのか……」

話さなきゃいけない事が多くて頭の中がまとまらない。
すぅ、と息を吸い、はぁ、と息を吐いた。

「……まずは、どうしてあたしが出会う前からルルーシュの事を知っていたか、だよね。
あたしの世界では、ルルーシュが主人公の物語があるの。
タイトルは『コードギアス 反逆のルルーシュ』で、ルルーシュがC.C.と契約して始まる物語」

1話から順に、指折り数えながらアニメで見た出来事を言っていく。
ルルーシュは喋らないけど、すごく驚いている様子だった。
目を見開き、あたしを食い入るように見つめている。
思い出しながら話していたら、途中で言葉に詰まってしまった。

「(ランスロットの事、ルルーシュにどう言えば……!!)」

洗いざらい話せば、スザクを見るルルーシュの目は今までとは違った色になる。
今までのように、心の底から笑って話さなくなる。
あたしが喋ったことで二人の仲が壊れてしまうのでは────そう思ったら、震えるほど怖くなった。

「話せないのか?」

確かめるような声なのに、責められているように思えてしまう。
あたしの目線はいつの間にか下を向いていた。石になったように顔を上げられない。
ルルーシュは何も言わない。あたしの言葉を待ってるように沈黙する。
話したくないけど、嘘をつくのも嫌だった。
重たい頭を何とか上げてルルーシュを見る。
息苦しくて、噛みしめる歯に合わせて唇もカタカタ震えてる。

「ごめん。今は、話したくない……。
でも、いつか絶対、話すから……!」
「わかった。お前が話せると思った時に話せ」

すごいあっさり言われて、思わず目をぱちくりした。

「どうして驚いている?」
「いや、だって……」

話さないのを責められると思ってたのに。

「死にかけの顔をしているヤツに無理やり聞き出すつもりはない。
今は話せる事だけ言え」
「死にかけって……」

ぶふっと笑ってしまう。
そんなひどい顔をしていたのかあたしは。
真剣な表情だったルルーシュは、今はやわらかく微笑んでいた。
石を飲み込んだみたいに重かった胸が軽くなる。

「ありがとう、ルルーシュ。
話せる事だけ話すね」

そしてまた、指折り数えながら話していく。
ルルーシュは黙って聞いてくれた。

「────全部で25話、だったかな。
あたしが知ってるのはホテルジャック事件の8話までなんだけど……。
カワグチ湖に遊びに行ったシャーリー達がホテルジャックに巻き込まれて、ゼロがカレン達と共に助けに行くの。
黒の騎士団を名乗って。
……全部知っているのに、シャーリー達に怖い思いをさせるって分かっていたのに、あたしは黙ってた。最低だよね。
話すだけで未来が変わってしまうって思って、それが怖かったの」
「だから言わなかったのか。
……なら、どうしてお前も一緒に行った?
黒の騎士団が助けると分かっているなら、お前が行く必要はないだろう」
「それは……あたしの知る通りに進まないかもしれないって思ったから。
シャーリー達のそばにいれば、何かイレギュラーが起こっても守れるって思ったの」
「ふざけるな」

息が止まりそうなほど、めちゃくちゃ怒っている声だった。
立ち上がり、ルルーシュは早足でこっちに来る。
目の前で仁王立ちで、上から見下ろす瞳の鋭さに息が止まる。

「行く前に俺にお願いしていたな。何かあればシャーリー達を助けてほしいと。
その『シャーリー達』の中にお前はいなかった。そんな言い方だった。
ふざけるな!!」

大きな怒声に身がすくんだ。

「普通の人間なら死んでいた。
死んでいたんだ」

泣いているような声だった。
罪悪感が吐きそうなほど沸き上がり、ルルーシュを正面から見れなくなる。

「ごめん、なさい……」

前に立っていたルルーシュが、隣にボスンと腰を下ろす。

「……いい。怒鳴って悪かった。
俺やスザクを初めから知っていた理由は分かった。
他にも話すことがあれば言ってくれ」
「う、うん。
それじゃあ次は、この世界に来ることになった経緯を話すよ。
あたしは突然こっちの世界に来たわけじゃなくて、夢でマリアンヌさんに『ルルーシュを助けてほしい』って頼まれて、それに応えたらここに来たんだ」
「母さんに……!?
……そうか。だからお前、『マリアンヌさんありがとう』なんて言っていたんだな」

それって、ここに来た一番最初に思わず言ったやつだよね。
思い出して恥ずかしくなってきた。

「こっちに来てから、マリアンヌさんは一回も夢に出てこないの。
ここに来る前は寝不足になるぐらい毎晩出てきたのに……。
……どうしてマリアンヌさんはあたしの夢に出てきたんだろう?
あたしはルルーシュみたいに賢いわけでも、スザクみたいに強いわけでもないのに……」
「いろんなヤツに声をかけて、お前だけが違う世界に行くことを決めたからだろう」

さらっと言われて、目を丸くした。

「『助けてほしい』と頼まれて、はい分かりましたと簡単には言えない。
違う世界に行くんだ。すぐには決められない。
家族や友人、今までの日常、全てと引き換えに異世界に行こうなんて、簡単に決められるわけがない。
どうしてお前は、全部捨ててまでこっちに来たんだ」

最初と今とで、声と表情が全然違う。
苦しそうな顔だ。
考えても考えても答えが出なくて、それで余裕が無いんだろう。

「あたしは『助けてほしい』って頼まれた時、深く考えずに決めたんだ。
違う世界に行くとどうなるか、全然考えずに」
「後悔しているのか?」

言った後、ルルーシュはハッと口を閉じる。
ぽろっと出た言葉なんだろう。

「後悔してないよ。
だって『ルルーシュを助けたい』って、あたしの心がそう思ったから」

自信満々に笑って言える。

「それにあたし、ルルーシュの事が大好きだから!!」

これはもうハッキリと心の底から言える。
ルルーシュは口元に手を当てて目をそらした。
疲れきったようにガクゥッとうなだれる。

「本当に、お前は……」

そう言ったルルーシュの耳は、ほんのりと赤く染まっていた。
アハァ!!とロイドみたいな声が出そうになる。
照れるルルーシュがかわいくて、めちゃくちゃ追い討ちかけたくなった。

「あたしね、『コードギアス』のルルーシュも好きだけど、今のルルーシュのほうがもっと大好きだよ!!
自分が優位に立っている時の悪どい笑顔とか、猫かぶらないで素で接してくれたトコとか、素直じゃないけど弱ってる時は本音言ってくれたトコとか────」

ドン!!と押されてベッドに勢いよく倒れる。
何をするんだと文句を言おうとしたが、それよりも先にブランケットが降ってきた。
ボフッと顔が覆われ、何も見えなくなってモゾモゾしていたら。

「寝ろっ!!!!」

泣きそうなルルーシュの声と、バタバタ
走っていく足音が聞こえた。
ブランケットをどかして、ルルーシュが出ていった扉を見て笑みが浮かぶ。
いつもと違って余裕が無くてめちゃくちゃかわいくて笑ってしまう。
ルルーシュに妨害されたけど、言おうと思えばまだまだ出てくるだろう。

「……なんか、すごいなぁ」

ルルーシュの事で、思い出せる出来事が全部宝物のように思えてしまう。
ここ数日間、ルルーシュがしてくれた事が頭に浮かび、だんだん顔が熱くなっていく。
心臓がドキドキとうるさくなる。
朝も昼も変だと思うだけでピンとこなかったけど、気づいてしまった。

「あー……そうか……。
……あたし、ルルーシュが好きなんだ」

声に出したら恥ずかしくなる。
ルルーシュに好きだと笑って言えなくなってしまった。


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