12-1

上を見れば快晴の空があり、下を見れば広大な草原が果てしなく続いている。
ユフィの姿を見つけて走れば、ユフィもあたしに気づいてくれた。

「ソラ!!」
「ユフィ!!」

伸ばしてくれた手を握る。

「さっきぶり!
すごい、こんなに早く会えるなんて!!」
「戻ってくると約束しました。
私、眠る前にソラに会えますようにと強く願ったんですよ」
「ありがとう。あたしも会いたいと思った!
あのね、ユフィに話したいことがあるんだ」

そばにいると言って抱きしめてくれた人がいた。
ユフィにそのことを話したいのに、どうしてだろう。
手を繋ぐだけで、全部彼女に伝わっているような気がする。

「……よかったですね、ソラ」

涙を浮かべて、ユフィは自分のことのように喜んでくれた。

「ユフィのおかげだよ。
あたしのことを好きって言ってくれたから、大丈夫だって思えたんだ。
ありがとう、ユフィ」

彼女の笑顔を見て、自分もユフィの事が大好きだと気づいた。
話したい、と溢れるほど思った。
自分がいた世界のこと、自分のこと、自分の気持ちを。

「……ねぇ、ユフィに聞いてほしいことがあるの。あたしのこと。
それは信じられないことで、でも聞いてほしい」

ゆっくりと話し始める。

違う世界があること。
その世界から来たこと。
帰る方法をまだ見つけていないこと。
いつ帰れるか分からないこと。
でも、いつかは自分の世界に帰るかもしれないこと。
そばにいる人達が好きだということ。
家族や親友に何も言わずにここへ来てしまったこと。
帰りたくないと思ってること。

聞き終わったユフィは、胸がいっぱいになったように息を小さく漏らし、ふんわりと微笑んだ。

「ソラは素晴らしい世界から来たのですね」

ユフィのその言葉に、ぐっと涙が込み上げる。
 
「帰りたくないと思う気持ちは悪いことではありません。
だってあなたの世界と同じくらい、ここの世界をあなたは大好きなんですもの。
そうでしょう?」

うん。すごく大好きだ。
溢れる気持ちが表情に思いきり出る。

「うん。すごく大好き」
「一番悪いことは自分に嘘をつくことです。自分の気持ちを無視することです。
この世界にいたいとあなたが思うなら、その気持ちがあなたにとって一番大切な気持ちです」

ユフィの言葉ひとつひとつが、溶け込むように心へ届く。
うなずいたら、ほんの一瞬だけ意識が遠のいた。引っ張られる感覚に襲われる。
ユフィが残念そうに笑った。

「帰ってしまわれるのですね?」
「……うん。
でも今度はあたしが約束する。ここにまた来るって」

まぶたが重くなり目を閉じれば、縫い付けられたように開かなくなる。
ユフィが握る手の感触はすぐ無くなり、ベッドで寝ている感覚が訪れた。

まぶたが自然と開く。
夜明け前なのか、部屋は薄暗かった。
今何時だろう?
時計を見ようとすれば、ルルーシュが隣で寝ていてギョッとした。

え!? あれ!? どうしてあたしルルーシュと一緒に寝たんだっけ!?
ヤバい! 思い出せない!!
嫌な汗がぶわっと出る。

めちゃくちゃ焦ったけど、サイドテーブルにあるトランプを見つけてハッキリと思い出した。
そうだ! 眠れないからルルーシュとトランプをしたんだった!!
勝者が敗者に質問するというルールであたしは7回勝って、スザクのことばかり質問していた記憶がある。
8回戦の途中までは覚えているんだけど、その時に寝落ちしてしまったのだろうか?
最後の質問で『どうして俺のことは聞かないんだ』とルルーシュは不満そうだった。
思い出して顔が熱くなる。
ルルーシュのことは知りたかったけど、恥ずかしくて聞けなかった。
胸がドキドキして苦しい。なんか変だ。

その後、遅れて起きたルルーシュは寝起きとは思えないほどシャキッとしていて、鼻血が出そうなほどかっこよく見えた。


 ***


みんなで朝ご飯を食べていたら電話が鳴った。
ルルーシュが出る。

「咲世子さん?」

どうしたんだろう、と少し不安になる。
ルルーシュの話し声を聞くに、良い知らせじゃないことだけは分かった。
何回か言葉を交わして電話を終える。
落胆のため息を漏らすルルーシュに、ナナリーは心配そうに言った。

「咲世子さん、どうかしたんですか?」
「体調を崩してしまったらしい。
今日は来れないそうだ」

咲世子さんの身を案じるルルーシュは、どこか上の空な顔をしていた。
朝食の準備を手伝っていた時のことをハッと思い出す。

『このオレンジのチラシってなに?』
『ん? ……ああ。
よく利用する店の特売品のチラシだ。
うちの家計に大いに貢献していてな。
開店から昼までのヤツはいつも咲世子さんに行ってもらってる』
『あ、そっか。
ルルーシュは学校があるもんね。
咲世子さんが買い出し担当か』


「……ルルーシュ。
授業休んで買いに行こうか考えてる?」

あたしの言葉が図星だったのか、ルルーシュはわずかにギクリとする。

「あたしが代わりに行ってこようか?」
「ダメだ」

即答だった。

「右も左も分からないヤツを街へ出すことはできない」
「あ! また子ども扱いして!!
ちゃんと道順は覚えてるよ! この前買い物に連れていってもらったんだから!!
地図さえあればあたしはどこへだって行けるよ!
それともなに? ルルーシュはあたしのこと信用してないの?
迷って帰ってこれなくなるって思ってるの?」
「そこまで言ってないだろう!!
俺はただお前が……」

ハッとしたルルーシュは、言おうとした言葉を途中で飲み込んだ。
これはチャンスだ!

「あたし、ルルーシュの助けになりたいんだ。だっていつもご飯食べさせてもらってるし……。
あたし、ルルーシュの役に立ちたいの!!
お願い!! あたしを買い物に行かせて!!」
「お兄さま、わたしからもお願いです!!」

おおっ! ナナリーが追い討ちをかけてくれた!!

「わたし、空さんの気持ち分かります!
誰かのために何かをしたいっていう気持ち、分かります!!」

ナナリーに言われたら、さすがのルルーシュも折れるしかない。

「……わかった、行ってこい」

泣くのをこらえるような声でオッケーしてくれた。
その後、登校準備を終えたルルーシュにメモを渡された。

『これに書かれたものだけ買ってこい!
これに書かれた通りの道を歩け! 寄り道は絶対するな!!
知らないヤツに声をかけられても無視しろ!!
そしてどうしても分からないことがあったら女に聞け! 男はダメだ!!』

ルルーシュの言葉を思い出し、げっそりする。

「……はじめてのおつかいかよ」

小さなカバンに必要なものを入れていく。お金は現金じゃなくてカードを持たせてくれた。
C.C.はベッドの上で着替えをしている。
脱いだシャツをポイッとした。

「私も一緒について行こうか?」
「……いいの?
軍の人に見つかったら色々マズいと思うんだけど……」
「軍といっても一部の人間だけだ。変装すれば事足りる。
お前ひとりを街へやるのは私も心配だからな」

なんだかあたし信用されてないなぁ……。
でも、C.C.と一緒に出かけることができて、嬉しい気持ちのほうが上回った。


 ***


ルルーシュが指定した道は公園を通るルートだった。
ぽかぽかとあったかい陽気が心地いい。
歩きながらうんと伸びをする。

「んふーいい天気ぃ」

買い出しの途中だということを忘れてしまいそうになる。

「こうやって並んで歩くと忘れてしまいそうだ」
「あ、C.C.もやっぱりそう思う?」
「多分違う。
私が考えてることとお前が考えていることは」
「え? なに? なに考えたの?」
「秘密だ」

C.C.は意味深に微笑んだ。

「そう言われるともっと気になるなぁ」

じとーっと見つめるあたしの視線から逃げるように、C.C.はぷいっと顔を背けて、

「……なにか聞こえないか?」

話をそらしてきた。

「んー? なにかって何?
それよりあたしが知りたいのはC.C.の────」

どこからか、オルゴールの音が聞こえてくる。

「────あ、ホントだ」

知っているメロディーに、音の出所を探してキョロキョロする。

「なんて名前の曲だろう?
すごく聞き覚えがあるのに……」
「あっちから聞こえるな」

C.C.と共に音が聞こえる場所に行けば、ベンチに座る女の人がいた。
赤みのある茶色の髪を後ろで束ね、黒と白の質素なメイド服を着ている。
小さな箱を持っている。あれはオルゴールだろうか?
曲の名前をハッと思い出し、懐かしさで足が動いてしまった。

「すいません!
それ『ゆうやけこやけ』ですよね!」

女の人は顔を上げ、藍色の瞳を見張った。

「あなた、日本人の方ですか?」
「わ! その通りです!
やっぱり分かります?」
「えぇ。
曲名を言い当てられるのは日本人の方ぐらいでしょう?」

女の人はオルゴールを閉じて、あたしからC.C.に視線を移した。

「後ろにいらっしゃるのはブリタニアの方?」

これはどう答えたらいいんだろう……。
迷うあたしにC.C.はキッパリ言った。

「ああ、そうだ」

女の人は目を細め、柔らかく微笑んだ。
 
「私の名前は紅月イノリよ。
名前をおうかがいしてもいいかしら?」
「え!? カレンのお母さん!?」

驚いて思わず声が出て、しまったと口を塞ぐが時すでに遅し。

「……あなた、カレンのお友達だったのね」

見開く瞳には、驚きと喜びが入り混じっていた。

「あの子、学校ではどうしてます?
あなたの他にもお友達はいる?」

必死な面持ちで聞いてくるイノリさんは、我に返ったようにハッと小さく息を飲む。

「……ごめんなさい、私ったら。
あなた達も他に用事があるのに引き止めるようなことをして……。
もう、帰りますね」

立ち上がったイノリさんはサッとベンチを離れた。

「声をかけてくれてありがとう。
私のこと、あの子には言わないでください」

あたしの返事を聞かずにイノリさんは逃げるように行ってしまった。
笑顔はどこか寂しそうで、頭から離れなくて、店でメモを見ながら買い物をしていたけど、なかなか集中できなかった。

買い物を終えてクラブハウスに帰り、買ったものを冷蔵庫に入れていく。
C.C.に「先ほどの女が気になるのか?」と言われたからうなずいた。

「……深くは関わるなよ。
あれは多分、お前にはどうにもできない問題だ」

忠告するC.C.はお姉さんみたいな顔をしていた。
その後、自分の部屋に戻り、ベッドにボスンと腰かける。
イノリさんとカレンのことが、ぐるぐるぐるぐる頭を回る。
どうにもできない問題なのは分かっていても、頭から離れなかった。
どれくらいの時間、考えていただろう……。

「おい」
「わっ!?」

かけられた声に驚いた。
顔を上げれば、すぐそばにルルーシュがいる。

「え? 授業どうしたの?」
「昼休みだ。
買い出しはちゃんと出来たみたいだな。助かった。
何か悩みか? 俺が入った事にも気づかないで……」

ルルーシュのことだ、しっかりノックもしたんだろう。
聞き逃すほど、考えることに没頭していたなんて。

「ごめんね。悩みじゃないんだけど……。
少し、考えごと」
「抱えるなよ。話せることは話せ。
お前はひとりじゃないんだから」
「……ごめん」
「怒ってるんじゃない。
頼れって言ってるんだ」

ルルーシュの言葉は嬉しいけど、言えない気持ちで罪悪感が生まれた。
ため息を小さくこぼし、ルルーシュは難しい顔をする。

「昼食を作った。食べられるか?」
「食べたい!!」

考える前にもう言っていた。
ルルーシュがフッと笑う。
馬鹿にする顔じゃなくて、柔らかくて優しい笑み。
表情ひとつで、沈んだ心が軽くなったような気がする。

「……すごいね、ルルーシュって。
ありがとう、元気出たよ」

嬉しい気持ちが溢れて、思わず顔に出てしまう。
なぜかルルーシュの手が、あたしの頭をぽんぽんと。
頭が一瞬だけ真っ白になり、固まって動けずにいたら、ルルーシュはスタスタと部屋を出て行ってしまった。
いなくなったのを見届けてから、ぽんぽんされたところに手を当てる。

……なんかすごく、あったかい手だった。

大きくてしっかりした手は自分と違っていて、だんだん顔が熱くなっていく。
胸がドキドキして苦しい。やっぱり朝から変だ。
 

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