11-3

床に落ちた血をきれいに拭き取り、逃げるように生徒会室を出る。
途中で会ったルルーシュに今日の生徒会は休むと一方的に伝えて、理由を聞かれる前に部屋に閉じこもる。
『いつも通り』なんて無理だった。
C.C.が様子を見に来てくれたけど、ひとりにしてほしいと突っぱねて、時間だけが過ぎていく。
きれいな右手がひたすら気持ち悪かった。
こんこんとノックの音が聞こえる。

「俺だ」

ルルーシュの声に顔が引きつるのが分かった。

「具合はどうだ?
カレンを連れてきたんだが……」
「入ってもいい?」

『紅月カレン』としての強気な声。
見られたくない。帰ってほしいと思った。

「ごめん、入らないで。
気持ち悪いの。
休めば大丈夫になるから……」
「渡したいモノがあるの。
すぐに帰るわ」

扉を開けてカレンが入ってくる。
強引すぎて唖然とした。

「おいッ!?」

咎めるようなルルーシュの声に、

「すぐ終わるわ。
あなたは生徒会室に戻ってて」

カレンは突き放すように言う。
ルルーシュはグッと唇を噛んで後退し、扉を閉める。
それを確認してからカレンはこちらに向き直った。

「ごめんね、無理やり入って。
泣きそうな声してたからほっとけなかった」

カレンの顔を見れなくて視線を落とす。
歩み寄る足音が聞こえて、すぐそばまで近づいてきた。
すっ、とクリーム色の封筒を差し出してくる。

「会長さん達、ホントはお見舞いに行きたかったんだって。
でもルルーシュが、今日は休ませてあげてほしいって言ったから、代わりにこれを書いてくれたの」

空の手は動かない。

「お願い、読んで」

読まないと帰らないから、と言いたげな口調だ。
手を伸ばして封筒を取り、開封する。
二つ折りにした紙を引っ張り出し、ゆっくりと開く。
メッセージがびっしりと書かれていた。

『空がいないと物足りない。
また様子見に行くからな!』
『ルルーシュが上の空だから早く戻ってきてほしい』
『クッキーを焼いて持っていくね』
『ミレイお姉さんが元気を分けてあげるから必要なら呼びなさいよ』
『無理はしないでね。
あの公園に美味しいクレープを売ってる店があるから、今度一緒に食べに行きましょう』
『伝えたいことがあるので元気になったら来てくださいね』

名前は書いていないのに誰が書いたか分かってしまう。
一人ひとりの顔が浮かんだ。

『待っている。早く戻ってこい』

目から涙が溢れ、落ちて手紙にシミを作った。

「……あたしだって」

涙がまた落ちて、ルルーシュのメッセージがにじんだ。

「あたしだって……戻りたいよぉ……」

涙が次から次へと溢れてきて、手の甲で拭っても止まらない。

戻りたいけど怖かった。
自分が自分じゃないような気持ち悪さを感じるから。
いつの間にか変わっていたことが恐ろしくて怖かった。

「空。
何か抱えてるんでしょ、今」

指摘する声音にドキッとする。

「誰にも言えない何かを抱えているんでしょう?
それで今、空は苦しんでいる」

ハッキリとした口調だけど、声はすごく優しかった。

「吐き出してほしい、誰でもいいから。
友達の苦しむ姿、見たくないの」

言えない。言えるわけない。
何度も首を振ったが、カレンは諦めなかった。

「いるわ。
空が抱えてること、受け入れてくれる人が。
だから! だから信じてほしい!
待ってるから、私!」

そう言って、カレンは部屋を出ていった。扉の閉まる音にやっと顔を上げる。
誰にも言えない事に気づいてくれたのに、そのカレンに、話せないと思っている。

「信じてほしい、か…」

信じたい。
でも、自信がない。

『友達が苦しんでる姿を気持ち悪いなんて思わない!!』

夢の中で誰かが言っていた。
あたしに言ってくれたのを思い出した。
その誰かのところに行きたい。

「行きたい……!」

すがるようにベッドにごろんと横になる
まぶたを閉じれば、身体の感覚が薄れていく。
どこかに飛んでいくように意識が遠くなった。
 

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