11-2

『友達が苦しんでる姿を気持ち悪いなんて思わない!!』

誰かがそう言ってくれた夢を見た。
目覚めた後、空は真っ直ぐ洗面所に行く。
歯を磨きながら夢の内容を思い出そうとするが、どんな夢を見たのか全然浮かばない。
すごく嬉しかったのは覚えている。誰かが何かを言ってくれたのも覚えている。
だけど、その誰かがどんな人物か、どうしても思い出すことが出来なかった。

まぁいいやと早々に諦める。
重要なのは、自分の心がすごく軽くなっていることだ。
これなら『いつも通り』にC.C.達と接することができる。
ルルーシュにも謝ることができる。

口をゆすいでタオルで拭う。
扉を開けて誰かが入ってきた。
ルルーシュだった。
空がいるとは思ってなかったのか、驚いた顔で足を止める。

「おはよう」

気まずいけど、空はルルーシュに笑顔を向けることができた。

「あ、ああ……。
おはよう……」
「ルルーシュ、昨日はごめんね。
昨日あたしが言ったこと、無かったことにしてほしいんだ」

そのお願いにルルーシュは困惑した顔で唇を結ぶ。

「だってせっかく帰ってこられたんだもん。
あたしとルルーシュがぎこちないの、ナナリーは絶対気づくと思うから。
心配させたくないんだ」

ルルーシュは何も言わない。
納得がいかない顔をするだけだ。

「お願い。忘れたいの」

何も言わないルルーシュに空は押し付けるように言った後、洗面所を早足で出ていった。

「無かったことに、か……」

ルルーシュの顔が悔しそうに歪んだ。


 ***


ダイニングのテーブルに朝食が並ぶ。
ほかほかと湯気が上がる白米。骨抜きされた焼き魚。野菜の入った味噌汁。咲世子の手作りの漬け物。
空の希望で食卓についたC.C.は、美味しそうな日本食に目を輝かせた。
彼女は空が買った服を着ている。
いただきますを言ってから、C.C.は魚をひと口食べた。

「C.C.さん、お魚の味はどうですか?」
「薄いな。
チーズを乗せてもいいか?」
「初めて聞く組み合わせですね!
C.C.さんはチーズが好きなんですか?」
「ああ。大好きだ」

いつも通りの朝の食卓。
だけど、ルルーシュはひとつの違和感を感じていた。

C.C.がいるから?
……いや違う。
これは、あるはずのモノが欠けている時に感じる違和感だ。

「ショーユをかけても美味しいですよ。オススメです。
ね、お兄さま?」
「……あ、ああ。
日本食にはショーユをかけるのが習わしだとスザクも言っていた」

……そうだ。空が静かすぎるんだ。ルルーシュは横目でそっと見る。
いつもなら美味しい美味しいとバカ騒ぎで食べる彼女が、今日はひどく静かだった。まるでそこにいないように。
昨日のことが原因か。
ルルーシュは唇を噛む。
ナナリーは空とC.C.との食事が嬉しくて気づいていない。

「……そう言えば、レモンをかけたら絶品だと言ってましたよね、スザクさん。
わたし、すっぱいのは苦手なんです。
空さんはどうですか?」

ナナリーの問いに空がハッと顔を上げる。

「え? すっぱいの?
大好きだよ、あたしは」

空が笑って答えた。
まるで何もなかったようないつも通りの笑顔。
『いつも通り』だからこそ、ルルーシュは痛ましそうに眉を寄せる。
 
「空さん、今日から生徒会で大丈夫なんですか?」
「うん。平気だよ。
早くみんなに会いたいんだ」

空はパンと手を合わす。

「ごちそうさまですっ。
ルルーシュ、残りは後で食べるからラップかけといていい?」

半分以上残った皿を手に立ち上がろうとした空に、

「いや、いい。
俺がやっとくから置いといてくれ」

とルルーシュは言い、空は頷いた。
C.C.が心配そうに顔を曇らせる。

「部屋で休んでおくか?
時間になれば起こしてやるが」
「ううん、平気。
アーサーにご飯あげたいから生徒会室に行ってくるね」

空いてる皿をキッチンに持っていく空の背中を見送るC.C.は、声をかける事を躊躇うように唇を結んだ。

「(……らしくないな。拒まれることを恐れるなんて)」


 ***


アーサーにご飯をあげる為にダイニングを出たけど、本当は違う。

「あたし上手く笑えてたかな……」

『いつも通り』がどんなのだったか思い出せなくて、あの場にもう少し居ればボロが出ていただろう。
ナナリーとC.C.には気づかれたくなかった。
生徒会の時間になってみんなに会えば、きっと『いつも通り』の自分を取り戻せるはずだ。
昨日の写真撮影を思い出して、少しだけ心が軽くなる。
楽しかったなぁ、と思って小さく笑い、生徒会室の扉を開けた。
入ってすぐ、目に見える場所にあるキャットタワーに何故かアーサーがいない。

「……あれ?」

トイレの砂場、エサ入れの皿、水の入った器の場所、全部を見てもアーサーの姿は見当たらない。

「あれ? アーサー?
……どこ行ったんだろう?」

窓から逃げた?と思ったが、閉めきられているからそれは有り得ない。
誰かが散歩に連れていったとか? 室内をウロウロしながらアーサーを捜す。
机は隅に寄せてあり、ホワイトボードには猫の落書き。
背の高い服かけスタンドには猫の着ぐるみがハンガーにかけられている。
昨日は無かった物だ。

「ミレイ、今度は何を企ててるんだろ」

着ぐるみは人数分あって、かわいいなぁと思いながら眺めていれば、強い視線を横から感じた。
バッと見れば、視線の主は机の下に隠れていた。

「……なぁんだ。
アーサーってば、そんな所にいたんだ」

見つかってホッとする。
アーサーのいる机まで歩を進め、しゃがんだ。

「そういえば昨日あいさつできてなかったよね?
ごめんね、仲間外れにしちゃって」

なでようと手を伸ばせば、アーサーは毛を逆立てて牙を剥き出しにした。
いつもはすり寄ってくるはずなのに。
あれ? どうしたんだろう?
一瞬手を引っ込める。

もしかして緊張してるのか?
そう思って、もう一度手を伸ばす。
あともう少しの所まで近づいた時、目で追えない早さで爪を立てられた。
『引っ掻く』なんてかわいいモノじゃない。
肉をえぐられたように感じた。

「ッ!!」

尻餅をついた後、熱さを伴う痛みが襲ってくる。
血がボタボタッと落ち、床を汚す。
引っ掻かれた右手は血がどんどん溢れ、傷はとても深いだろう。

「アーサー……?」

頭が混乱して動けない。
アーサーがどうして威嚇しているのか理解できない。
毛は逆立ち、牙を剥き、尻尾は太い。
怖がっているんだと、アーサーの目を見て気づいた。

「……そっか。
やっぱり分かっちゃうのか、動物は」

涙が出そうになって、唇を噛んで押し止める。
右手がもう痛くない事に気づいて吐きそうになった。
ハンカチでぐるっと右手を覆い、走って生徒会室を出る。

確かめないと。
その一心で廊下を走り、洗面所に駆け込んだ。
蛇口をひねって水を出す。右手の血を洗い流せば全てが分かる。
心臓の鼓動は早く、口から出てきそうだ。
まぶたをギュッと閉じ、流水に右手を突っ込んでゴシゴシとこする。
見なくても分かる。だって乱暴にこすっているのに全然痛くない。
流水から手を引き、まぶたを開き、右手を見て絶望する。
見なければよかったと思った。


[Back][次へ]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -