11-1
ユーフェミア・リ・ブリタニアは夢を見た。
深淵の闇の中、小さな少女がこちらに背を向けてしゃがんでいる夢を。
黒い髪で、年齢は10歳かそこらの……
「オニキス!」
夢でしか会えない友達がいて、ユーフェミアの顔がパァッと輝く。
少女との交流はこれで2回目だけど、笑った顔を見たいと思えるほどには少女のことが好きになっていた。
走り寄り、少女と向き合ってからしゃがむ。
「こんばんは!」
ユーフェミアの挨拶に少女はうつむいたままだった。
「私のこと覚えてる? ユーフェミアよ。
……って言っても昨日のことよね。
オニキスは忘れんぼうさんじゃないもんね」
少女はぴくりとも動かない。
挨拶を返してもらえなくても、それでも構わずにユーフェミアは満面の笑顔で話しかける。
「今日は泣いてないね。
オニキス、偉い偉い!」
少女は一言も喋らない。
見事なまでの空回りに、ユーフェミアはしゅんとする。
「オニキスは、私のこと嫌い?
友達にはなりたくない?」
返事をしてくれない。
目も合わせてくれない。
ユーフェミアは不安になった。
もしかしたら、自分が少女に『友達』という関係を押し付けているだけなのでは?
自分勝手なことをしてしまった、とユーフェミアの気持ちが沈む。
「ごめんなさい。
私、あなたの意思を無視していたわ。
友達になるかならないかは、あなたが決めるものなのに。
でも、私はあなたと友達になりたいの。それが私の本当の気持ちよ」
「死なないの」
少女は小さく呟いた。
喋ってくれた事にユーフェミアは大きく驚く。
「死なないって……何が?」
「じゅうでたくさん、たくさんうたれたのに死なないの」
ここで初めて少女が立ち上がった。
腕から身体から足から血が吹き出していて、血まみれの姿にユーフェミアは悲鳴すら上げられない。
吐き気がせり上がり、出そうになったものを押し込むように口に手を当てる。
じわっと涙が浮かび、呼吸すらもままならない。
「死なないの」
吹き出す血が止まり、傷口の穴が塞がっていく。
まるで巻き戻すように少女の傷が治っていく。
「死なないの」
少女は泣いていた。
助けを求めるように悲痛な顔で泣いていた。
「うたれたのに、死なないの」
涙で顔をくしゃくしゃにしながら少女はぎこちなく笑う。
その表情は、ユーフェミアが見たいと思っていた笑顔ではなかった。
「気持ち悪いでしょ?」
ユフィの中で何かがはじける。
「バカッ!!」
目に浮かぶ涙をこぼして怒鳴っていた。
「どうして!!
どうしてそんな……どうしてそんなことが言えるのですか!?」
他人を拒むように背中を向けて。
なのに何かを訴えるような悲痛な顔で泣いている。
「私は、私は────」
無理やり笑っているけど、助けを求めているような目をしていた。
「────私は友達が……友達が苦しんでる姿を気持ち悪いなんて思わない!!」
言った途端、世界を包んでいた闇が硝子のように砕け散った。
闇色の破片が消えていき、景色が鮮やかに変わっていく。
今までいた場所が、もっと広い世界になる。
はるか頭上は快晴の大空に、下は果てまで続く草原に。
きらきらとしてきれいだった。
奇跡のような美しさだった。
大きく変わった世界をぼけっと眺めていたユーフェミアはハッとして、視線を目の前の少女に戻す。
少女は涙の残った瞳でユーフェミアを見上げている。
視線がぶつかり、少女は笑う。
心の底から嬉しいと思った時に見せる幸せそうな笑みだった。
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