10-6

ホテルの、あの廊下を走っていた。
先が見えない。ずっと向こうまで続いている。
銃を乱射する音が真後ろで延々と聞こえ、血の吹き出るおぞましい感覚が腕や身体に感じる度に、撃たれているんだと絶望する。
あたしの足は止まらない。ひたすら前へ前へと走る。
銃声も追いかけてきて、少しも耳を離れない。
撃たれているのにあたしはどうして走っていられるんだ。
気持ち悪い!!
気持ち悪い! 気持ち悪────


「────ッ!!」

身体がビクッと跳ねて目が覚めた。
ほんのり明るい卓上ランプがベッド横のサイドテーブルに置かれ、夜の闇で暗いけど自分の部屋だと分かる。

「夢、か……」

汗をびっしりとかいていて、体を起こしてごしごし拭う。
今まで生きていて一番最悪な悪夢だ。
心臓がうるさくて、鼓動が指先まで伝わってきた。
眠る前の事が思い出せない。
時刻はもうすぐで0時を過ぎるところだ。
胸がむかむかして吐きそう。
水飲みたい。喉が張り付いているように渇いていた。
ベッドを降りて、スリッパをはいて廊下に出る。
この時間でも電灯がついて明るいけど、夜の静けさでシンとしていた。
歩いていけば、眠る前の事を思い出せた。スザクから逃げて、真っ直ぐ自分の部屋に帰ったあと、ベッドに倒れこんでそのまま寝てしまったんだ。

ダイニングに入る。
この時間でも電気が付いていることに驚いた。
水を求めてキッチンに行けば、ガスコンロの前に立つルルーシュの姿にギクリとした。
振り向いたルルーシュがわずかに目を見開く。

「……空か」

こちらを見たものの、すぐにコンロへ視線を戻す。
上には鍋が乗っていた。

「スープを作った。食べるか?」

ルルーシュの作った料理なら、どれもきっと最高に美味しいだろう。
でも今は食欲が全然無い。
喉元まで込み上げる吐き気に、食べたいと少しも思えない。

「ううん。お腹空いてなくて……」
「……そうか」

シーンと静まり返る。
換気扇の音や、今あたしが明け閉めした冷蔵庫のバタンという音がやけに大きく聞こえる。
出したミネラルウォーターはひんやり冷たくて、これを飲めば吐き気は収まるだろうか?

「食べられそうだったら食べろよ。
冷めても美味しい味付けにしたからな」

言いながらルルーシュはキッチンを出ようとする。
視線が合わなくて、胸がぎゅっと潰れそうに苦しくなった。

「待ってルルーシュ!」

足をピタリと止めてくれたけど、背中を向けたままだ。

「……どうしてあたしのこと見ようとしないの?
何者なんだ、とか。人間なのか、とか。
聞きたいこと本当はあるんでしょ?」
「空。
俺は……。
……俺は……ッ」

まるで、言いたいことがあるのに言えないような。
どんな顔をしているか分からないのに、背中を見ただけでルルーシュが動揺しているんだと気づく。
目の前が真っ暗になった。

「気持ち悪いって思ってるんでしょ?
しょうがないよ。
だってあたしだって思ったもん」

ぽろっと口にした言葉に、ハッとする。
何を言ってるんだあたしは……!
早足でルルーシュを追い抜き、ダイニングを出る。
廊下を走り、スリッパの走りづらさに一瞬転けそうになって、片方脱げても、走り続けた。
消えてしまいたい、と何度も思った。


 ***


眠るのが怖くて、部屋が明るいのも居心地が悪くて、電気を消して月明かりが入るようにカーテンを開ける。
空に浮かぶのは満月で、涙でぼんやりと歪んで見えた。
目からこぼれる前に乱暴に拭う。
ミネラルウォーターをぐいっと飲めば、込み上げていたものが引いていく。
氷でも入れてるような冷たさに、頭が少しだけ冷静さを取り戻した。
……ああ。すごく、すごく自分が嫌だ。

考えれば、ルルーシュがあたしを気持ち悪いと思うわけがない。
だって眉間を撃ち抜かれて死んだと思っていた女の子が数日後には平然とした顔で戻ってきても、ただ驚くだけだった。
自分のベッドを占領しても、ただ怒って呆れるだけだった。
ルルーシュは絶対気持ち悪いなんて思わない。受け入れてくれる人だ。
目に涙がなみなみと浮かび、頬を伝う。
後ろで扉が開く音がして、ルルーシュかと身構える。
涙がぼろぼろ溢れて動けなかった。

「空。
入ってもいいか?」

その声に、来たのがC.C.でホッとした。
深く息を吸い、ゆっくりと吐く。

「……う、ううん。
入ら、ないで……」

泣いている事に気づかれたくなかったのに、鼻がつまった涙声が出る。
C.C.が部屋に入る気配はない。

「……ああ、わかった。
ルルーシュに頼まれたんだ、お前の様子を見てきてほしいと。
何かあったのか?
あんな……あんなルルーシュを見たのは初めてだ……」

あのC.C.が、珍しく弱気の声をしている。
来てくれたけど、自分の中で全然余裕がなかった。

「ごめん……。
ひとりに、して……」

C.C.は沈黙する。
短くこぼした吐息がどこか苦しそうだった。

「……わかった。今日はゆっくり休め。
おやすみ、空」

扉がすぐに閉まり、部屋が薄暗くなる。

消えてしまいたい。ここじゃないどこかに行きたい。
そう思った瞬間、くらりとめまいがした。急に眠くなってくる。
寝たくないのにまぶたがすごく重い。
ふらふらとした足取りで何とかベッドまで行けた。
倒れるように横になれば、吸い込まれるように眠りに落ちた。


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