10-5

空に夕焼けのオレンジ色が混ざり始めた頃、租界に入った。
C.C.がカーテンをひき、窓の向こうが見えなくなる。

「空。
そっちのカーテンも閉めてくれ」

C.C.に言われ、空もカーテンを閉める。
カツラを取ってスーツを脱ぐC.C.に空は目を丸くした。

「着替えちゃうの?」
「ああ。学園まで付いていくからな。
スーツでは目立ってしまう」

言いながら小柄のアタッシュケースを開く。学園の制服が入っていた。

「お前に学園への道のりを聞かれ、お前を案内する学生の設定だ」

制服に着替え、長い髪を二つに結ぶ。
アッシュフォード学園の生徒として違和感がない姿になり、空は感嘆のため息をこぼした。
カーテンをわずかに開け、C.C.は外を確認する。

「……よし。間もなくだな。
空、学園から離れた場所で降りてそこから徒歩で行くぞ。
また歩けるか?」
「うん。大丈夫だよ」

車が止まる。
C.C.と空が歩道に降りた後、ドアが閉まる。
走り去る車を見送りながら空は言った。

「……あの運転手さん、ギアスが解けたらどうなるの?」
「さぁな。もといた場所に戻るんだろう。
それよりも行こう、空。お前の友達が待ちわびている」

歩き出したC.C.を慌てて追いかけ、隣に並ぶ。
降りた場所は初めて見る店が並んでいる。
ここどこ?と空は周りを見て思った。

「道順も教えてもらったの?」
「ああ。
どのルートを通れば一番安全に学園につくか、アイツにしつこくたたき込まれた」
「さすがルルーシュ。完璧だね」

苦笑すれば、誰かに見られてるような視線をふと感じた。
空は足を止めて周りを見る。

「どうした?」
「……ううん。
何でもない……」

注意深く視線の主を捜したものの、見つけることができなかった。


 ***


『私はルルーシュの部屋で待っている』
そう話すC.C.と別れ、空は真っ直ぐ生徒会室へ行く。
みんなはいるだろうか、とドキドキしながら扉を開ければ、ルルーシュとカレンを除く全員が揃っていてホッとした。
真顔の凝視を向けられ、空はその場で固まる。

「た、ただいま……」

お帰りの声を誰も上げない。
シャーリーがガタッと席を立った。

「ばかぁああああ!!」

叫びながら空へ駆け寄り、飛びついてぎゅうっと抱き締める。

「どうしてもっと早く連絡くれなかったのよ!!
心配したんだからね!
すっごく!! 心配したんだからぁ!!」

初めて見る号泣に空は言葉を失った。
昨日、ルルーシュに頼んで電話を借りればよかったと後悔する。

「ごめん……。
ごめん、シャーリー……」

ミレイも近づき、空の頭をコンと小突く。

「これは私の分。
アンタ女の子なんだから自分のこと大切にしなさいよ」

ミレイの目が赤いことに気づき、空の表情が後悔で歪む。
シャーリーに抱き締められながら室内を見れば、少し離れた場所にいるリヴァルとスザクと目が合った。
パソコンの前にはニーナもいる。

「ねぇ、ナナリーは?
……えっとそれに、ルルーシュとカレンも」

知らないフリをしなければ、と空は付け足すように言った。

「ルルーシュとカレンは今日は休み。用事があるんだって。
でも、空から電話もらったすぐ後に連絡したから、多分2人とも顔を出してくれるはずよ。
それとナナリーはダイニングにいるわ。
本当は誰よりも空の声を聞きたいのに、私達に気をつかって、ダイニングで待ってるって言ってた。
私達のことは後でいいから、先にナナリーのとこ行ってきて」

抱き締めていたシャーリーはゆっくり離れて、行くのを促すように廊下を見て笑った。

「ごめん!
ありがとう、行ってくるね!!」

駆け足で生徒会室を出る。
空がいなくなり、パタパタと走る足音が遠のいた。

「生徒会長さん、ちょっといいですか?」

全員の視線がスザクに集まる。

「ん? どうしたの?」
「その……提案があるんですけど……」

向けられた視線に緊張しながら、スザクは続けた。

「みんなで写真を撮りませんか?」
 

 ***


大切な人が事件に巻き込まれて、しかも安否を確認できない。
誤認逮捕されたスザクの時と同じじゃないか。
一刻も早くナナリーのところに行かなければと、空は息を切らせて廊下を走る。
電話をしなかった後悔がまた重くのしかかった。

ダイニングに入れば、ナナリーだけが座っている。咲世子さんは買い物か?と空はキッチンを一瞥した。
ナナリーは鶴を折る手を止めて顔を上げる。

「……咲世子さん?
それともお兄さま?」
「ただいま。
あたしだよ、ナナリー」

ナナリーはハッと息を飲み、車椅子を動かして空の元へ行こうとする。

「ただいま」

歩み寄る空の気配にピタリと車椅子を止め、ナナリーは手を前に必死に伸ばす。
その手を空は優しく握った。

「空さんですよね……?
本当に空さんですよね?」
「もちろんだよ。
あたしがここにいるの信じられない?」

ナナリーは顔を両手で覆い、声を押し殺して泣く。
思いきり泣けばいいのにな、と空は苦笑し、ナナリーの頭を撫で、肩をポンポンと叩いた。

「思いっきり泣いていいよ。
ごめんね。心配かけちゃって」

張り詰めていたものが切れたように、ナナリーは初めて声を出して泣いた。


 ***


ハンカチで目を押さえたナナリーは、恥ずかしさで顔を上げられなかった。

「……ごめんなさい。
私、子どもみたいですね」
「もう。全然そんなことないってば。
あたしは甘えてくれたほうがすごく嬉しいんだからね。
抱きついていいよ。ギューってするからね!」
「ふふっ。いいんですか?
私、飛び込んじゃいますよ。痛くても知りませんからね?」
「オッケーだよ! 痛くてもいい!
ドーンときて!!」

空が体を寄せるなり、ナナリーは勢いよく抱きついた。

「ぐふっ!!」

痛みに息が詰まってもそれが嬉しくて空は笑う。
抱き締め返せば、かすかな震えが伝わってきた。

「ナナリー?」

声をかけても返事はない。
空に背中をぽんぽんされてしばらくして、ナナリーは口を開いた。

「……空さん。
いなくなったりしないでくださいね」
「大丈夫だよ。あたしはずっとここにいる」

言った後で、ルルーシュの顔が浮かび、不安に胃がじくじくと痛む。
戻ってきたルルーシュと顔を合わた時、自分は笑えるだろうか。
何事も無かったように、以前のように振る舞えるだろうか。

扉が開き、制服を着たルルーシュが入ってくる。
ドキリとしたものの、空は何とか笑えることができた。

「おかえりなさい」
「ああ、ただいま」

ルルーシュが空を見たのは一瞬だけ。すぐにナナリーへ視線を移す。

「よかった、ナナリーもいるな。
会長がみんなで写真を撮ろうと言っているから、これからみんなで生徒会室に行こう」
「みんなで写真ですか?
うわぁ! すごくステキですね!」
「行こう。ナナリー」

ナナリーは気づかない。
ルルーシュと空の視線が一度も合わないことに。


 ***


遅れて来たカレンも加わり、生徒会室はわいわいと賑やかだった。
写真部の部長が撮影の準備をしながらミレイに聞く。

「本当にいいんスかぁ?
写真撮るだけで部費アップなんて」
「生徒会長に二言ナッシング!
今後もたくさん写真撮ってもらうからね。
それに、男女逆転祭りでうちの副会長の晴れ姿を写真に収めてもらいたいしねぇ」
「……勘弁してください会長」

ミレイは生き生きとした顔で笑う。
準備が出来たとの報告に、前列の真ん中をナナリーにしてから全員がそれぞれ並んだ。
ナナリーのそばでルルーシュがしゃがみ、その隣でシャーリーも中腰になる。
リヴァルはナナリーの左隣でしゃがんだ。
後列の真ん中にミレイが立ち、ニーナの肩を引き寄せる
ミレイの右隣にはスザクと空。
ニーナの左隣にカレンが立った。

スザクは空を横目で見て、ひそかに眉を寄せる。
生徒会室に来てからの2人は違和感があった。ルルーシュは空を見ようとせず、空もルルーシュに話しかけに行こうとしない。

「空、何かあった?」

スザクが小声で問いかける。

「ん? どうしたのいきなり?」

空は困ったように笑う。
無理に表情をつくるような、ぎこちない笑みだった。
空の瞳が拒むような色をしていて、スザクはそれ以上何も言えずに黙りこむ。

「はぁい、それじゃあいいっスかぁ?
撮りますよぉ」

その言葉に全員の視線がカメラに集中する。
ミレイがそれぞれの顔を見ていった。

「うん。そうそう、みんなそんな感じ。
ルルーシュ、もう少し笑顔よ笑顔。
元気ないわねぇ。何か心配事?」
「違いますよ。ちょっと緊張してるんです」
「ルルーシュが緊張ぉ?
おい、明日は雪だぜ雪」

リヴァルの言葉にミレイ達は笑う。
だけどスザクは笑えなかった。ルルーシュと空の間で何かあったんだと気づいたから。

「はぁい、それじゃあみんな、カメラにちゅうもーく!!」

全員が再びカメラに顔を向けた。

「あ、いいんスかもう?
じゃあ撮りますよぉ。
さん、に、いち」

間を置かずに小さなシャッター音が聞こえた。

「はい、オッケーです」

それぞれがホッと息をつく。

「どうします?
もう一枚撮ります?」
「そうねぇ……。
バージョン違いで撮るのもいいかもしれないわねぇ」

悩むミレイにカレンが言う。

「今日はこれぐらいにしませんか?
空も帰ってきたばっかりだし……。
休ませたほうがいいと思います」

空が無理に笑っていることにカレンも気づいていた。

「それもそうね。
それじゃ、今日はこれで解散しましょうか」
「……そうだよな。やっと帰って来られたんだもんな」
「うん。自分の部屋でゆっくり休みたいもんね」
「部屋まで送るよ」
「ううん、ひとりで大丈夫」

スザクの申し出を空はやんわり断ったが、それでもスザクは食い下がった。

「話したいことがあるんだ。いいかな?」

強い眼差しに折れたのは空のほうで、スザクと共に生徒会室を出た。
廊下を歩きながら空は口を開く。

「話したいことってなに?」
「口実だよ、ただの。
キミをひとりにしたくなかった」

スザクの視線から逃げるように、空は前をジッと見据える。

「キミは僕にたくさんくれた。
気持ちだったり、言葉だったり。
僕が返しきれないほど、たくさんくれた。
……ねぇ、空。
僕はキミを助けたい。僕にできることはないかな?」

スザクの言葉に空は返事をしないが、無視しているわけではなかった。
ひと言ずつ飲み込むように、表情がだんだんと苦しげなものに変わっていく。
空はやっとスザクを見て、ぎこちなく笑った。

「ありがとう、スザク。
その気持ちだけで十分だよ。
休めば元に戻るから。また明日ね」

スザクから離れて走り出す。
何か言われる前に、空は廊下を走り抜けた。

助けてほしかった。
だけど話せるわけがない。
知られたくない、と思ってしまったから。


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