10-4

大きなトレーラーを降りて、無人の廃虚を徒歩で進む。
周囲は霧がかっていて不気味だ。
前を歩くのは扇さんで、背が高く広い背中は頼もしい。
『兄妹の設定で外に行くなら扇さんが兄に相応しい』とカレンが力説していたけど、本当だなぁ、と笑みが浮かぶ。
本気で悔しがっていたその時の玉城を思い出し、小さく吹き出した。
トレーラーで租界までは行けない為、しばらく徒歩で進み、協力者と合流し、それから租界に行くそうだ。

「歩くのは辛くないか? 背負うよ」

扇さんはゆったり歩いている。
あたしの歩調に合わせてくれているようだ。

「このままでいいです。
兄妹って設定でも背負ってもらうのはちょっと恥ずかしいから……。
……あの、扇さん。
協力者の人がアッシュフォード学園に連れて行ってくれるんですよね。
どんな人か知ってますか?」
「いいや。ゼロが手配したから俺も初めて顔を見る。
ゼロが言うに特徴は────お、あれか?」

扇さんの言葉で、霧の奥に黒塗りの車がとまっていることに気づいた。
車の外で誰かが一人で待っている。
近寄ってすぐ、その人がC.C.だと分かった。
肩で揃えた濃紺色の髪と、眼鏡をかけて黒いスーツを着ていて、完璧な変装だ。
やっと会えた嬉しさが溢れて、思わず名前を呼んでしまいそうになる。
が、あたしを一瞬だけ見た彼女の目が『他人のフリをしてろ』と言いたげな目で、うぐっと慌てて口を閉じる。

「すみません。
コンベンションセンターホテルがどこにあるかご存知ですか?」

扇さんの問いにC.C.は「租界だ」と答えた。
そのやり取りは合い言葉なのか、扇さんは大きく頷いた。

「行き先は彼から聞いていると思う。
彼女を頼んだよ」
「ああ、任せろ」

短く返事し、C.C.があたしに視線を向ける。

「私はボディーガード。あなたは良家のお嬢さまという設定だ。
この車で租界に入る。乗ってくれ」

後部座席のドアを開け、C.C.が車に乗るよう促してくる。
これに乗れば、扇さんともさよならか……。
そっと扇さんを見れば、優しい笑みを返してくれた。
 
「もう会うことはできないけど、俺はキミの幸せをずっと願っているよ」
「……ありがとうございます、扇さん」

扇さんは数歩後退してC.C.を見た。

「じゃあ、彼女をよろしく頼む」
「ああ」

高級車だと一目で分かる車内だ。
恐る恐る乗り込めば、C.C.が隣に座る。
自動でドアが閉まった。

「出してくれ」
「はい」

運転手は中年の男性で、バックミラーに映る彼の瞳は赤く染まっている。
車が走り出し、見送る扇さんがあっという間に遠ざかった。
泣いてしまいそうになる。
少ししか一緒にいれなかったのに、家族みたいに優しい人達だった。

「空、手を貸してくれ」

言われるままに出した手をC.C.は握ってくる。
あたしがここにいるか確認するように、何度もギュッと握ってきた。

「撃たれて危ない状態だとアイツから聞いた。
昏睡状態だったから知らないだろうが、私は何度もお前の元に足を運んだんだぞ?
怖くてたまらなかった。
お前がこのまま目を覚まさなかったら、そんな事をずっと考えていた」

C.C.はまぶたを閉じる。

「……お前が無事でよかった」

微笑んでいるけど、涙は無いけど、泣いてるような表情だった。


 ***


握った手を離した後、C.C.は携帯電話を渡してきた。

「これで生徒会に電話をかけろ」
「え? 電話してもいいの?」
「ああ。アイツは匿名で手紙を何度か生徒会に送っている。
お前は無事だという内容や、『帰す時に連絡させる』といった内容の手紙をな。
この携帯はこちらの足がつかないよう色々細工している。気にせず使え」

ミレイ達、すごく心配してるだろうな……。
電話できる事にホッとした。
ひとつだけ番号が登録されていて、生徒会室のものだろう。
今の時間なら、まだ生徒会室にミレイ達がいるはずだ。
通話ボタンを押して耳に当てる。呼び出し音が数回続き、繋がった。

『はい。アッシュフォード学園生徒会です』

聞き覚えのあるシャーリーの声に、懐かしさで胸が熱くなる。

「シャーリー?
あたしだよ、空」
『…………え?』

ぽかんとした呟きの後、ガチャガチャと騒がしい音が聞こえた。

『ご、ごめんちょっと待ってね!!
みんな!! 空から電話!!』

受話器を離してみんなに言っているのか、シャーリーの声が少し遠い。
賑やかな音が聞こえた。

『ごめんシャーリー、代わってほしい』

ミレイの声が近づいてくる。

『ホントに空?』

受話器がミレイの手に移ったのか、彼女の声がハッキリと聞こえた。

「うん。帰れるようになったから電話かけたんだ。
あ、必要ならあたしのこと話そうか?」

ミレイはプッと小さく笑う。

『信じるわ。身体はもう大丈夫なの?
いつ頃学園に着く?』
「え? いつ学園に着けるか?」

C.C.に目配せすれば、「夕方だ」と教えてくれた。
ありがとう、という意味で頷き、あたしは再び電話に戻る。
 
「着くのは夕方だよ」
『……そう。よかったわ。
手紙でね、空が無事だってことは知っていたの。
でも、あなたの声聞いて安心したわ。みんなに代わろうか?』
「ううん。みんなとは直接話したい」
『わかった。
空の帰り、待ってるから。絶対帰ってきなさいよ』
「うん。必ず帰る。
ごめんね、心配かけて。
それじゃあまた後で」

通話ボタンを押して電話を終えた後、体の力が抜けた。
もたれたかかったシートは柔らかくて気持ちいい。

「早く会いたいなぁ」

シャーリーの声を聞き、ミレイと話をして、胸の内で欠けていた部分が埋まったような不思議な感覚がして、寂しかった事にやっと気づいた。


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