9-3
「できたてよ。熱いから気を付けて食べてね」
「オレ先に味見したから味は保証できるぜ!!」
「食べたのかよ……」
「飲み物を持って来たが、お茶で良かったか?」
「後でリンゴ剥いてやるからな」
湯気がほかほかと上がる料理を手渡す井上さん。
ビッと親指を立てる玉城。
玉城を呆れた顔で見る杉山さん。
キリッとした面持ちでお茶のペットボトルをくれる南さん。
お兄さんみたいな頼もしい笑みを浮かべる吉田さん。
部屋の中がわいわいと賑やかだ。
「あ、ありがとうございます……」
初めて顔を合わせたはずだよね?
なんでみんなフレンドリーなんだろう……。
「みんな少し落ち着こうか。
彼女、まだ病み上がりなんだから」
「そうよ。
それにみんな忘れてる。自己紹介、まだしてないわよね」
少し離れた場所で苦笑するのは扇さん。
彼の隣にカレン。
そう言えば忘れてた、と言いたげに、次々と名乗っていく。
「騒がしいな」
人が多いと思っていたら、ゼロが来てさらにギュウギュウ詰めになった。
「怪我人はもう少し労ったほうがいいと私は思うぞ」
「なんだゼロ、やっぱりお前も混ざりたいのか?」
「いいや。
全員、席を外してほしい。
今後について彼女と話したい」
「分かったわ。
空ちゃん、また来るわね」
残念がる声があちこちから聞こえるものの、みんなはすぐに部屋を出ていった。
ゼロに対する玉城の文句は、扉がパタンと閉まったことで聞こえなくなる。
少し間を置き、ゼロは扉に鍵をかけた。
そして真っ直ぐこちらに来て、ベッドのそばにある椅子に腰掛ける。
「……話は後だ。先に食べてくれ」
ルルーシュは仮面を外さない。
食べろと言われても食べる気になれなくて、手が動かなかった。
すごく大事な話なんだろう。
今のルルーシュ、話したそうな顔をしているはずだ。
だけどゼロは食べるまで話さないと言わんばかりに、椅子に深く腰かけてそっぽを向いた。
「……いただきます」
ひと口食べて、優しい味に心がポッと温まる。
井上さんって何歳なんだろう? お母さんが作ってくれたみたいな味がする……。
ぱくぱく食べ、器があっという間に空っぽになった。
お茶を飲んでホッと息をついて、キャップを閉めながらゼロを見る。
「ごちそうさまでした。
……食べたよ」
「分かった。
それじゃあ、服を脱いでくれ」
ボッ、と顔が熱くなる。
いきなり何を言ってくるんだルルーシュは……!
「ち、違うッ!!
そういう意味じゃなくてだな!!」
慌てて訂正し、ゴホンと咳払いをする。
「背中を……傷を、もう一度見たいんだ」
ゼロとしての低い声じゃなくてルルーシュとしての声音。
素が出てるのがおもしろくて小さく笑った。
くるっと背を向け、キャミソールをたくし上げれば、ルルーシュが近づいてきた。
「包帯を外すぞ」
「え? さっき巻いてくれたのにもう取っちゃうの?」
「ああ。確認したいことがある」
するすると包帯を外し、貼ってある物を全て剥がした後、
「……やっぱりな」
ルルーシュは小さな声で呟いた。
「何が?」
「傷跡が全て消えている。
撃たれたというのが嘘だと思えるほどに。
扇に確認したが、受けた銃弾は全部で14発だそうだ」
「14発ぅ!!?」
耳を疑い、バッと振り返る。
サッと顔を背けたゼロに、上が裸だったのを思い出して血の気が引いて、キャミソールをすぐに下ろす。
泣きたい……!
「……ま、まぁとりあえず。
弾は全て貫通したから体内には残っていないそうだ」
何事もなかったように続けてくれてホッとした。
「……あれからまだ一週間しか経っていない。いくらなんでも傷の治りが早すぎる」
「14発も撃たれて傷が消えてるなんて……」
それじゃあまるで……。
「……まるで、C.C.みたいだな」
思ったことをルルーシュに言われてギクリとする。
「アイツも眉間を撃ち抜かれた事がある。
しかし、数日後に現れたアイツの眉間に撃たれた痕は残っていなかった」
うん。知ってる。
よく知ってるけど、あたしは何も言えなかった。
ルルーシュも喋らなくて、物音ひとつ聞こえない。
「空、お前は……」
そして、ルルーシュはまた黙った。
言おうとしたことを飲み込むように。
彼が今どんな表情をしているか分からないけど、わずかにうつむく仮面に、あたしを見ていない事だけは分かる。
何を言われるんだろう。そう思えば、だんだんと恐ろしくなってきた。
彼が顔を上げる前に、サッと顔を背けてゼロを見ないようにする。
何も言わないでほしい。
ルルーシュから強い視線を感じて、耐えられなかった。
「……少し、疲れちゃった。
ごめん。一人にしてくれないかな……」
ルルーシュは動かない。返事もしない。
沈黙が痛くて押し潰されそうになった。
「……お願い。出てって……」
やっと立ち上がってくれた。
無言で離れていき、部屋を出る。
「ゆっくり休め」
ただ一言、それだけを残して。
出ていってすぐ、布団を頭からかぶる。
まるでC.C.みたいだ、と言われた声が、何度も何度も頭の中でよみがえった。
「……違う。
あたしは……あたしは違う……」
だってあたしは普通の女子高生だ。
この世界に来ても、それだけは変わらなくて。
「あたしは違う……!」
たくさん撃たれたはずだ。
なのにどうして、痛みも傷跡も無いんだろう?
いつ、こうなってしまったんだろう。
自分の身体が自分のものだと思えない。
怖い、と思ってしまった。
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