9-2
カレンを部屋に呼んだ後、ゼロは入れ替わる形で井上達のいるダイニングに戻った。
広いダイニングには6人が座っていて、ゼロの登場に視線を向ける。
扇は大丈夫だったかと心配するような顔で。
筋骨隆々の吉田は労うように笑い、端正な顔の杉山は微笑みを浮かべて。
殴られてボロボロの玉城は舌打ちをし、当然の報いだと言いたげな顔で南は眼鏡を押し上げた。
「お帰り、ゼロ」と井上が言い、
「ああ」と返事をして、ゼロはソファーに腰かけた。
「……ゼロ。カレンはあの子のところか?」
おずおずと聞く扇に、ゼロは頷いて答えた。
「カレンには説明役をお願いした。
ここがどこか、私たちは何者なのか、そして黒の騎士団がどのような────」
「ちょ、ちょっと待ってくれゼロ!!
それはマズいだろどう考えても!!」
何があってもゼロを肯定していた扇も、さすがに血相を変えて反対する。
他のメンバーも扇と同じ考えだった。
「全部話してどうするの?
ゼロ、あなたあの子を仲間にでも引き入れるつもり?」
「まさか。全快したら家に帰すつもりだ。
我々は誘拐犯ではないからな」
「全部話して家に帰すだとォ!?
おま、あの子が軍に全部喋ったらどーすんだよ!!」
ゼロの意図が理解できず、メンバーの間に不安や不信感が募っていく。
南は鋭い眼差しでゼロを見据えた。
「ゼロ。何か考えでもあるのか?
俺にはキミが、あの子にただ無意味に説明するとは思えない。
何か意味があるなら話してほしい。
じゃないとみんな、納得できない」
ゼロは無言でテーブルの上に四角い音楽プレーヤーらしきものを置いた。
細いコードを伸ばし、スピーカーに繋ぐ。
『……これが私たち黒の騎士団よ』
途端、スピーカーからカレンの声が聞こえた。
「盗聴か!」
杉山は驚きの声を上げる。
玉城はツバを吐くような顔でゼロを睨んだ。
「ケッ。趣味の悪いことしやがるぜ」
「どうやら話し終わったみたいだな。
みんな、静かに聞いていろ」
ゼロに言われずとも、全員がスピーカーに注目して喋らない。
シンと静かだった。
『……そして、ここが黒の騎士団のアジトよ』
カレンの声は固い。
ゼロに全てを話せと命令されたのか、喋ることを不本意に思っているような声だった。
『いいの? そんなあっさりバラしても……』
カレンとは違った落ち着いた声。
この声があの少女の声なんだと、全員が思った。
『私も正直、あなたと同じ気持ちよ。
無闇に話さないほうがいいのにってね。
でも、ゼロは話せって言ってたわ。
あなたを家に帰すつもりなのに、それでも話せって。
何も話さずに手当てしてそれで終わりのほうが絶対いいのに……』
「……だとよ。
おいゼロ、お前自分でリスク増やしてるぜ?」
頬杖をつきながらニヤニヤ笑う玉城をゼロは無視した。
『あたしの不安が減るように、話せる事を話そうってゼロは考えたんじゃないかな。
あたしは話してもらえて嬉しいよ。
助けてくれた人達の事を知ることができたから』
『……でも、あんたが軍や警察に喋っちゃうかもしれない。
無理やり吐かされるかもしれない。
“黒の騎士団に保護された少女”ってそれだけの理由で……。
そしたら全部終わり!!
あんたの言葉ひとつで私達も、黒の騎士団も!!』
血を吐くような叫びだった。
カレンが大きく息を吐く。
『戻っても、絶対口外しないで。
あんたの一言で、たった一言で……あんたの言葉で潰れちゃうの。
お願い、私達の希望を潰さないで……!』
今にも泣き出すような心からの懇願に、井上達の顔が痛ましそうに歪む。
『……やだなぁ。
カレンはあたしが、友達の秘密を気軽に喋る人間だって思ってたの?』
聞こえたのは、困ったように笑う少女の声。
『あたしは言わない。
どんなことがあっても、何をされても喋らないよ。
だって黒の騎士団は友達を助けてくれた。あたしの命を救ってくれた。
だから、裏切るような事は絶対しない。
信じてほしいな』
彼女の返答に、盗み聞きをしている全員の表情がやわらいだ。
「ゼロ……。
……もしかしてあなた、あの子が喋らないって確信してた?」
「ああ。
あの少女は友人だとカレンに聞いていたからな」
ゼロは盗聴機の電源を切る。
話し声が聞こえなくなり、盗み聞きに抵抗があった扇はホッと息を吐いた。
「扇、ひとつ確認したいことがある」
「何をだ?」
「あの少女が受けた銃弾は全部で何発だった?」
扇は思い出すように沈黙し、そして答えた。
「……14発だ。
全部貫通しているのが幸いだな。
だけど傷跡は残るだろう。かわいそうに……」
「だけど生きている。奇跡だ。
あの子が死ななくて良かったよ」
吉田の言葉に全員が頷いた。
「ゼロ、終わったよ」
戻ってきたカレンに視線が集まる。
ゼロの元まで行った彼女は、襟に付けたボタンを外してゼロに渡した。
あれがマイクか、と南は内心思う。
「全部説明したけどあれでよかった?」
「ああ。ありがとう、カレン」
受け取ったボタンを握り、ゼロは顔を上げる。
「カレンとの会話で、あの少女がどんな人間か分かっただろう。
この中で、あの少女が黒の騎士団の情報を軍に話すと思っている者はいるか?」
ゼロの問いかけに誰もが首を振る。
玉城はムスッとした顔で「……思わねーよ」と呟いた。
それぞれの眼を見たゼロは、全員が空に友好的に接してくれるだろうという確信を得た。
仮面の内側でルルーシュは満足そうに笑う。
「ねぇゼロ。
お腹が空いたって言ってたから、ご飯を何か持っていくわね」
「えぇ?! マジかよ!!」
「起きて早々元気だなぁオイ」
緊張感のある静かだった部屋がガラリと変わる。
なごやかな雰囲気で、全員の表情がやわらかく楽しげだ。
「ゼロ。私もあの子の食事を作ってくるわね」
「ああ」
空にとって、ここは少しでも居心地の良い場所になるだろう。
そう思ったルルーシュは内心で安堵の息をついた。
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