9-1

死んだと思ったのに、あたしは夢の中にいた。
前の夢と同じだ。くっきり浮かぶ白い道がずっとずっと向こうに続いている。
歩き始めれば、振り返ろうとも足を止めようとも思わなかった。

進みながら、そういえばと思い出す。
もう少し先へ行けば行き止まりのはずた。
思った通り、障害物はないのに足がピタリと止まる。
だけど、この先へ進める────そう思った。
手を伸ばせば扉が開く音がして、足が自然と前へ行く。
かつての行き止まりを越えた途端、空気が変わったように感じた。
意識が遠くなり、眠りに落ちる時と同じ感覚がやってくる。
潜っていた水中から顔を出すように、引き上げられるように目が覚めた。
まぶたは縫われたみたいに開かず、身体を少しも動かせない。
そばに誰かがいる。気配を感じた。

「じゃあ、後は目覚めるのを待つだけか」
「ああ。
この力で医者に治療はさせたが、昏睡状態から目覚めるのはいつになるか分からないそうだ」
「……そうか。なら私は妹のところへ行こう。
お前は空のそばにいてやれ。起きたら連絡しろ」

ルルーシュとC.C.がそばにいる。
声を出そうとしたが、水中に引きずり込まれるように眠りに落ちた。


 ***


目が覚めて一番に、ここどこ?と疑問に思った。
明かりが無くて薄暗い。でも見慣れない部屋だってことは分かる。
匂いは無臭。誰も使ってない新しい部屋だろうか。
どうしてあたしはここにいるんだろう?

「……そうだ」

撃たれた事をやっと思い出す。
誰かが手当てをしてくれたみたいだ。
上はキャミソールで、腕やお腹には包帯が巻かれている。

ガチャ、と左奥から音が聞こえて顔を上げたら、見覚えのある子が入ってきた。

「カレン……?」

『黒の騎士団』の制服を着ている。
カレンはギクリと足を止め、バッと背を向けた。

「違う!! 私は『黒の騎士団』の人間だ!!」

必死な声で否定しているけど、ウソがすごくヘタでかわいい。
あたしは小さく笑った。

「ごめんね。
たくさん、たくさん心配かけたと思う。
助けてくれてありがとう」

カレンは背を向けたまま、ぐっと拳を握る。表情は分からないけど、怒っているように見えた。

「……聞いた。
殺されるかもしれないのに、アンタが自分から名乗り出たって。
……ねぇ、どうして?」

絞り出すように言う声は震えていた。

「どうして殺されるかもしれないのに名乗り出たの?
どうしてそうやって自分の身を差し出せるのよ。
怖いはずなのに。
死ぬかもしれないのに!!」

『理解できない』そう言いたそうな怒声だった。
どうしてあの時、一番に立ち上がったんだろう。
あの時のことを思い出す。

「友達が殺されるかもしれなかったから」

あたしがすぐに立ち上がらなかったら、多分ニーナは叫んでいた。
次に落とされるのは自分だという恐れと、日本人に対する恐怖に。
叫べば殺されていたかもしれない。

「別に名乗り出たわけじゃないんだよ?
ミレイ達にはそんな風に見えたかもしれないけど、あたしはただ指名されたから立ち上がっただけ。
日本人、それだけの理由で」

ブリタニアの人と一緒にいる。
たったそれだけで草壁は、あたしを『名誉ブリタニア人』だと勘違いした。

「不思議と怖くはなかった。
あたしね、屋上に連れて行かれた後、落とされないように説得できる余裕があったんだよ。
絶対助けが来るって信じてたから」

ゼロが。
ううん、ルルーシュが。

「ばかね……。
……アンタすごく、ばかよ」

カレンは一度もあたしを見ないまま、部屋を出た。
それからしばらくして、また扉が開く。
入ってきたのはゼロと『黒の騎士団』の制服を着た女の人。
紺のまっすぐな長髪の────名前は確か、井上さんだ。
室内の電気がパッとつく。

「おはよう、と言えばいいか?
見たままだと少しは回復したようだな」

すごく低い『ゼロ』の声は、ルルーシュを少しも感じさせない。
正体を知っているあたしですら、別人だと思える声音だった。

「包帯は私が替えましょうか?
それともカレンを?」
「いや、私がやろう。
聞きたいこともあるからな。
井上はみんなのところで待機していてくれ」
「はい」

頷いてから、井上さんは部屋を出る。
廊下の足音は扉を閉めれば聞こえなくなった。
ゼロは少しも動かない。こちらをジッと見つめるだけだ。
ジィッと見つめ返せば、フッと笑う音がした。
仮面を外し、ルルーシュになる。
ここは黒の騎士団のアジトだ。
なのに、どうして?

「……いいの?」

他のメンバーがもし入ってきたら。
それが、もしカレンだったら。
あたしの心配をルルーシュは無視して、近づいてきて、言葉もなく抱き締めてきた。
驚いて目がクワッと開く。
ルルーシュってこんな抱き締める人だったっけ!?
記憶にあるルルーシュと、今のルルーシュが一致しない。

「……バカが」

ルルーシュの声は今にも泣きそうで、驚きと戸惑いの気持ちが消える。
そうだ。思い出した。
ルルーシュのお母さんが、どんな風に殺されたか……。

「……ごめんね、ルルーシュ。
助けてくれてありがとう。
あたしは大丈夫だよ。全然痛くないから……」
「……なに?」

ルルーシュがサッと体を離す。

「全然痛くない、だと……?」
「……? う、うん……」

ルルーシュの硬い表情に不安になる。
言っちゃいけない事を言ったみたいに気まずくなった。

「……背中を見せてくれ」
「せ、背中?」

脱げって事?とキャミソールを指差せば、ルルーシュはこくりと頷いた。
顔がカァッと熱くなる。
ルルーシュの頬にも赤みが差し、それを隠すようにゼロの仮面を装着した。

「……悪い。どうしても今確認しなければならないんだ。
背中を見せてくれ」

怖いぐらいの真剣な声に恥ずかしい気持ちが消え去る。
背を向け、キャミソールをめくり上げて背中をさらした。
ルルーシュは巻かれた包帯を優しい手つきで取り払って、背中に貼っている物もそっと剥がす。

「ね、ねぇ……。
あたしの背中、どうなってる?」

返事をしないで背中を撫でてくる。
くすぐったいけど笑える空気じゃなくて、口に手を当てて笑いを堪えた。

「……有り得ない」

ゼロが小さく呟いた時、
ドバン!!という音を立てて扉が開いた。

「おいゼロ!!
包帯を替える時は────」

押しかけるように入ってきたのは玉城で、あたしの背中を凝視してあんぐりと口を開く。
悲鳴を上げるより先にゼロがマントを広げてくれて、玉城が見えなくなってホッとする。
バタバタと複数の足音が来て、ドカバキと殴る音が聞こえて、玉城の痛ましい悲鳴がうるさく響き、パタンと扉が閉じる音がして、静かになった。

「……すまない。
次は必ず施錠をする」

心の底から後悔しているんだなぁと思える声だった。


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