8-3

両腕を後ろに縛られ、銃を背中に突きつけられ、連れて行かれた先は屋上だった。
びゅう、と寒い風が吹き、思わず足を止めてしまう。

「進め」

ドン、と手で乱暴に押すのは細身の男。
屋上に連れて行けと草壁に命令された時も、銃を突きつけながら後ろを歩く時も、ロボットのようにずっと無表情だった。
屋上には兵士がすでに2人いて、あたしを見るなりギョッとする。

「そ、その子を落とすんですか!?
まだ子供じゃないですか!!」
「黙れ。
これは名誉ブリタニア人だ。
日本人の魂を捨て、ブリタニアに媚びたヤツだ。年齢など関係ない。
お前たちは黙ってこれを突き落とせ」

この男は草壁と同じ思想の持ち主か。
男は吐き捨てるように言って中へと戻っていった。
地面を睨む彼らは苦しそうな顔をしていて、今なにを思っているのか手に取るように分かる。
殺したくないと思える優しい心を持った人達なんだろう。

「『名誉ブリタニア人だから』
そんな理由であたしを殺すんですか?」

あの男とは違い、彼らにはまだ良心がある。説得すれば踏みとどまってくれるはずだ。
ゼロが来るまでの時間稼ぎをしないと。

「……あたしは日本人です。名誉ブリタニア人じゃない。
信じられないなら服でも何でも脱がせて探せばいい。
名誉ブリタニア人が必ず携帯しなければならない住民IDを、あたしは持っていません」

これがあの男なら、あたしの言葉には耳を貸さないで問答無用で突き落としているだろう。
でも彼らは違う。あたしの目をちゃんと見てくれている。
もうひと押しだ。

「確認もせずに突き落とせば、あなた達は日本人の子供を殺したことになる。
それがあなた達にとっての正義ですか?」

扉が開き、ギクリとする。
戻ってきた男の姿を見て心の中で舌打ちした。
あたしがまだ落ちていない事に気づいた途端、男の無表情が大きく歪む。
見て分かるほどイライラしていて、荒々しい早歩きでこちらに来た。

「ゼロが来たらしい。
人質は殺すな、だとよ」

不満そうに悔しげに言った男の言葉に、2人は安心したように息をはく。
表情を柔らかくして、あたしの後ろにサッと回った。

「すまない。
もう少しの辛抱だから大人しくしてろよ」

そう言いながら、両腕を縛るロープをほどいてくれた。
手が自由になってホッとした瞬間、男は無表情であたしの額に銃口を押し当ててきた。

「なにを勘違いしている。
お前は『名誉ブリタニア人』だ。
日本人の誇りを捨てた者は殺さなければならない。
お前はここで死ね」

男の目はギラギラしていて、鋭い殺意に体がすくむ。
本気で殺すつもりだ。背筋がゾッと寒くなる。

「こ、この子はまだ人質だッ!! 殺したらゼロがなんと言うか……」
「ゼロなど知ったことか!!」

鋭く見据える視線が外れたのを、あたしは見逃さなかった。男の足をガッと蹴る。
よろける男の横をすり抜け、一目散に扉を目指す。
開けっ放しのあれをくぐれば逃げ切れるはずだ。
銃を乱射する音と、何言ってる分からない怒声が聞こえる中、無我夢中で屋上を出る。
走る足を速めて、ひたすら逃げた。

がむしゃらに走り、自分が今何階にいるかも分からないまま下を目指し、廊下を進んで階段を下りてまた廊下を走れば、足がもつれて大きく転んだ。
早く逃げないと。そう思うのに体がうまく動かせない。
重い体でやっと起き上がれば、ぬるっとしたもので手が滑った。
視線を落としてヒッと喉が鳴る。
バシャッとぶちまけたように、床が大量の血で汚れていた。
服も真っ赤で触るとぐちゅぐちゅに湿っている。
撃たれたんだ、と冷静に思った。でも全然痛くない。
早く逃げないと。
なんとか立ち上がり、重い体を壁に預けながらズルズル進む。
一歩一歩踏みしめるように歩いて、足が滑ってまた転んだ。
体が床にはりついたように動かない。
頭がボンヤリして目がかすむ。

「ああ……もう……ホント……やだなぁ……。
アイツ……もっと強く……蹴れば……よかった……」

起き上がれないほどに蹴り倒していれば、きっと無傷で逃げられただろう。

力が入らない。
大事なものがどんどん抜けていく感覚がして、死ぬんだと思った。
涙が次から次へと溢れて止まらない。

まぶたが重い。
閉じればみんなの顔が浮かんできた。
生徒会のみんなが、ナナリーと咲世子さんが、スザクが、ルルーシュが、浮かんでは消えていく。
なのに、どうしてだろう。
家族の顔も、あの子の顔も、思い出せなかった。

「……ごめん……なさ……い」

閉じたまぶたを開くことができない。
バタバタと騒がしい足音が遠くで聞こえて、近づいてきたところで、あたしの意識はブツッと途切れた。


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