8-2 

河口湖へと向かう列車には、あたしとミレイ、シャーリーとニーナで向かい合って座っている。
今も目を合わせないニーナだけど、あたしのあいさつにちゃんと返してくれて満足だった。

「私、トウキョウ租界を出るのって初めてなんですよぉ」

シャーリーはポッキーを片手に、ウキウキとした様子で景色を楽しんでいる。
ミレイはミネラルウォーターをひと口飲み、ニヤリと笑った。

「ルルーシュも来られるとよかったのにねぇ」
「なっ……!?」

シャーリーの顔が真っ赤に染まる。
ミレイはニヤニヤと笑い、彼女の反応を楽しみながら続けた。

「よいではないか。
今宵は夜通し語り明かそうぞ。
好きな男の子、教えあったりさ」
「いるんですか? 会長にそんな人」
「さぁねぇ。
……はい、空ももっと食べなさい。遠慮しちゃあダメよ?」
「ありがとう、ミレイ」

差し出された袋からポッキーを抜き取り、パクッと食べた。
トンネルに入り、車内が急に暗くなる。
ニーナは息をのんで体をこわばらせた。
彼女の震える手にミレイはそっと手を重ねる。

「大丈夫。
カワグチ湖はブリタニアの観光客も多いから治安はいいって。
ゲットーみたいに怖くないよ」
「で、でも……」
「一緒にいてあげるからさ。
今度は置いてけぼりにしない」
「う、うん……」

ミレイの優しい声に、ニーナの瞳から怯えの色が消える。
心配するように見ていたシャーリーはホッと表情をやわらげた。

トンネルを抜ければ、まぶしさに一瞬目がくらむ。
光に目が慣れ、窓の向こうの景色が視界いっぱいに広がった。
緑の多い小さな町と、山の半分が鉄で覆われた富士が見え、シャーリーは感嘆のため息をこぼす。
あたしには今そこにある富士が痛々しく見えた。

列車が目的地へと近づくにつれ、胸騒ぎは一層ひどくなる。
あたしが知るアニメの通りになりますように、と強く祈った。


  ***


ミレイに案内されたホテルは想像以上に高すぎて、てっぺんが見えないほど果てしない。
アニメで見たホテルの外観と現実の建物が全然違っていて、口がポカンとしてしまう。

「ほぇー……」
「すっごい……大きいねぇ……」

あたしとシャーリーは首が痛くなるほど見上げ、その姿が面白いのか、ミレイはクスクスと笑う。

「まずチェックインを済ませましょう。
遊べる施設があるって聞いたから、荷物置いたら回ってみようか」

ホテルの出入り口には扉がいくつも並び、そのひとつを押し開けて中に入る。
入った途端、ミレイ達は違和感に気づいて足を止めた。

「……ねぇ、静かすぎない?」

不安そうにキョロキョロするシャーリーに、ミレイも頷いて周りを見る。

「変ね……。
従業員が誰もいないなんて……」

照明が明るく照らすロビーにも、広い受付にも、人の姿はどこにもない。
無人の光景に、ホテルジャックはもう始まっているんだと気づいた。 
このロビーのどこかで日本解放戦線の人達は息を潜めているに違いない。
さすがは兵士だ。気配を感じない。

「ミレイちゃん……。
もしかしてお休みとか?」
「そんなはずないわ。
この時間にここに来るってちゃんと伝えてるし……」

ミレイが受付へと歩を進める。

「待って!!」

制止の声を上げた瞬間、受付と四方の死角から人が現れた。
突きつけられた銃にミレイはピタリと足を止め、隣にいるシャーリーとニーナは短い悲鳴を上げる。

「動くな。抵抗しなければ命の保証はしてやる」

全員が緑色の軍服で、銃を突きつけながら近づいてきた。

「これで全員だ。あの部屋へ連れていけ」

震えるニーナは今にも倒れそうだ。歩けないほど怖いんだろう。
サッと近寄り、怒鳴られる前にニーナを支える。

「落ち着いて。
大丈夫だよ。黙って従っていたら何もしないはずだから」

ニーナにしか聞こえない声で小さく耳打ちする。

銃を突きつけられながら連れて行かれた先は物置のような部屋で、積まれたダンボールが並ぶ薄暗い所だった。
従業員や一般客、分配会議にやってきた人間がギュウギュウに詰められていて、解放戦線の軍人たちが銃を構えて囲い立っている。
片手で持てる小さなものじゃなくて、両手で持つ大きな銃だ。
潰されそうな威圧感に息苦しくなる。

「そこに座れ」

ドンと突き飛ばされ、あたし達もギュウギュウ詰めの中に追いやられた。

「全員、頭の上で両手を組め!!」

空気をビリビリと震わす怒鳴り声に全員が一斉に従う。
息も出来ない緊張感が場を支配し、ミレイ達の腕はカタカタと震えていた。 
目の前にはカメラを持った軍人がこちらを撮影している。
この映像を見たルルーシュが黒の騎士団と共に助けに来てくれるけど、それがいつになるか分からない。
あたしの言いたい事をルルーシュが察していれば、アニメより到着が早いかもしれないけど……。
ぐるりと囲む兵士達の瞳はどれも冷徹だ。
もしミレイ達に何かあったら、すぐに前へ出られるようにしないと。

手を下ろせと指示が出て、みんなは疲れきった様子で手を下ろす。
空気がピンと張りつめる中、胸に勲章を付けた男が入ってきた。
つかつか歩き、部屋の中心で足を止める。

「日本解放戦線の草壁である」

携えているのは銃ではなく刀。
使い古された色の、年代を感じさせる代物だった。

「我々は日本の独立解放のために立ち上がった。
諸君は軍属ではないがブリタニア人だ。我々を支配する者だ。
大人しくしているならばよし。
さもなくば……」

震えるニーナをミレイが抱き寄せる。
シャーリーもきっと、ニーナと同じくらい不安だろう。
前にいる彼女の手を手探りで握れば、シャーリーは強い力で握り返してくれた。


  ***


草壁が部屋を出てからどれくらいの時間が経っただろう。
窓も時計も無いから外がどうなっているかも分からない。
こっそり周りに視線を巡らせる。
見える人はみんなうつむいていて、ユーフェミアがいるかすら確認できない。
みんなが身動きひとつしないで息を殺して耐えている。
大人しくしているならばよし、という草壁の言葉に従っているんだろう。
戻ってきた草壁が部屋の中心で足を止めた。

「ブリタニアは愚かにも何の返答もしてこない。
これから30分ごとに、貴様らには屋上から飛んでもらう」

その言葉に、うつむいている全員がバッと顔を上げた。

「おい、そこの男を連れていけ」

草壁はあごをしゃくって一人を指名し、手下が動く。
無理やり立たされたのは紺のシャツを来た男の人だった。

「な、なんで俺が……!」
「今ここで撃ち殺されたくなかったらさっさと歩け!!」

突きつけられる銃に追いやられるように、男の人はふらふらとした足取り部屋を出た。
ミレイ達が顔を伏せ、あたしもすぐに視線を落とす。
黒の騎士団はいつ来てくれるんだろう?
息が出来ないような30分はあっという間に過ぎた。
草壁がまた現れて言う。

「人ひとり落ちたと言うのに、ブリタニアの姿勢は変わらない。
またひとり、飛んでもらうぞ」

みんなが息を殺し、部屋の中が静まり返る。
顔を上げる人はいない。あたしだってそうだ。
ジッと床を凝視していたら、こちらを見ている視線を上から感じた。

「そこの学生、顔を上げろ」

ニーナがヒッと息をのむ。自分のことだと思ったんだろう。
今にも叫びだしそうな雰囲気に、あたしはバッと立ち上がった。

「あたしですか?」

草壁はフンと鼻を鳴らす。

「そうだ、お前だ。
その顔立ち────日本人だな」

まさかここに日本人がいるとは思わなかったのだろう。
人質だけじゃなくて兵士達まで驚き、部屋の中がどよめいた。
草壁の厳格そうな顔が憎悪に歪む。

「……いや、名誉ブリタニア人か。
ブリタニアに媚びる日本人の誇りを捨てた外道。
見せしめとして、次にお前に飛んでもらおう」
「ちょっと待って! その子は……!」

立ち上がろうとしたミレイの目が『その子は名誉ブリタニア人じゃない』と訴えていた。
一斉に銃を向けられ、ギクリと動きを止める。
ミレイの肩にそっと触れれば、泣きそうな顔であたしを見てくれた。

「大丈夫だよ。
ミレイはニーナのそばにいてあげて」

自分でも驚くほど、落ち着いた冷静な声が出た。
ルルーシュが助けてくれるはず。だから少しも怖くない。

「……バカ」

小さくつぶやくミレイは泣いていた。


[Back][次へ]
 


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -