8-1

今日は闇の世界の夢だ。
ここは子どもの声がする空間だろうか?

「この数日間、変えようとずいぶん頑張っていたね」

この子はいつも後ろから話しかけるなぁ……。
心の準備をしていてよかった。突然話しかけられても驚かずに対応できる。

「頑張っていた?
……あなたは何を知ってるの?」
「全部だよ。
変えようと頑張った事も、何ひとつ変えられなかった事も。
キミの瞳はボクの瞳だからね。
ホテルジャック事件の話でキミの親しい人は誰も死なないのに、どうして本来の道筋から外れようとするの? 」

人を馬鹿にするような楽しげな声にイラッとした。

「……すごく嫌な胸騒ぎがするから」

なにをしても落ち着かなくて、不安でたまらなくて、そんな胸騒ぎが今もずっと続いている。

「どうしてそんなに不安なの? 黒の皇子の風邪はもう治ったのに。
黒の騎士団はキミが知る通りに助けに来てくれるよ」
「助けに来てくれても、シャーリー達が怪我しなくても、それでもあのホテルには絶対行かせない」

みんなは結果的に助かるけど、殺されそうになった恐怖は根深く残るはずだ。
この一件がトラウマになり、租界から出たくないと怯えてしまうかもしれない。
それはすごく嫌だった。

「……ふぅん。
なら、キミ達がホテルに行かない場合、その後はどうなると思う?」
「その後?」
「黒の騎士団の結成が遅くなる。
そうなると、本来死なないはずの人間が殺されたり、死んでしまったり、未来が大きく歪んでしまう。
すると、そう遠くない日にキミの親しい人の誰かが命を落とす事になるよ」

世間話をするような軽々しい声だけど、聞いていてゾッとする話だった。

「だから変えようとしてはいけない。
“世界”を歪めたら、キミの望まない未来が訪れるからね。
キミは、キミが知る通りに、彼女達とホテルに行くんだ。
あとは黒の騎士団が助けてくれる」

何だろう、この子の声としゃべり方は……。
胡散臭い詐欺師のように、いちミリも信用できなかった。
バッと振り返れば、後ろにあるのは墨汁のような闇だけ。
聞こえていた声の主はどこにもいない。

「未来の出来事は、誰にも話したらいけないよ。
それだけで“世界”に歪みが生じるからね。
誰も死なせたくないなら、キミはひたすら黙っているんだ」

夢が終わり、意識が現実に浮上する。
気持ち悪くて吐きそう。最悪な目覚めだ。
時計を見れば、いつも起きる時間だった。

「……もう、日曜日か……」

日にちを変えようとシャーリーに提案した日の事を思い出し、暗く沈んだ気持ちになる。
もしあたしがルルーシュなら、シャーリーやミレイを上手に言いくるめてホテル行きを阻止できただろう。
でも結局、ホテルに行かない場合は明日以降がどうなるか分からない。
8話までしか見てないあたしと違い、夢で話していたあの子はコードギアスの最終話まで全部知っているような口ぶりだった。

「むかつくなー……」

本当にむかつく。
道はたくさんあるはずなのに、『お前の進む道はこれ!』と言ってるような押し付けがましさを感じる。
むかつくけど、あの子の言う通り、シャーリー達とホテルに行くしかないのだろうか。
胸騒ぎで、ひどく心の奥がざわざわしているのに。
絞り出すように重いため息をこぼし、着替えをする。
それから先はいつも通りだ。
身だしなみを整え、朝食の準備を手伝い、ナナリーとルルーシュと朝食をとり、食器を片付ける。
そして、部屋に戻って荷物の確認をする。お出かけに必要なものは昨日全部カバンに入れた。
あとは約束の時間まで待つだけ。ベッドに座ってジッとする。

コードギアスの8話はこの前見たから思い出せる。
だけど、それは“あたしがいないコードギアス”だ。
あたしがここの世界に来ただけで、アニメとは違った何かが起こるかもしれない。
自分だけ行かないでおこうか?と一瞬思ったが、それは正解じゃない気がする。
不安で吐きそうだ。気持ち悪い。

急に扉が開いてルルーシュが入ってきてすごく驚いた。
ルルーシュの不機嫌そうな顔を見て、ノックが耳に入らないほど考え込んでいたことに気づく。

「……寝ているわけじゃないみたいだな。
シャーリー達が外で待ってるぞ」

バッと時計を見て、約束の時間が過ぎている事に気づいて、顔がサァッと青ざめる。

「ご、ごめん……。
……ありがとう、教えてくれて……」

あたしの身体は石のように動かない。

「急げ。待ち合わせの時間じゃないのか?」

顔を上げて、ルルーシュをジッと見る。
優しくない声をしているけど、表情は柔らかい。初日の彼とは全然違う。

今日起こる出来事を全部話してしまいたい────と、溢れるほど強く思った。
声にならない言葉で喉が詰まる。

『未来の出来事は、誰にも話したらいけないよ。
それだけで“世界”に歪みが生じるからね』


何も言えない。行くしかない。
だってもしイレギュラーが起こって、シャーリー達に危険が迫ったら、その場でとっさに動けるのはあたしだけだ。
アニメでニーナを守ったユーフェミアがホテルに居ない可能性もあるんだから。

ルルーシュから視線を外し、立ち上がってカバンを持つ。
中身はそんなに入っていないのに重く感じた。

「ごめんね、ルルーシュ。行ってきます」

足に重りが付いているようだ。
部屋を出ようとしたら、

「おい。なにか俺に言い忘れてることがあるだろう」

低い声で呼び止められた。
振り向いて、ルルーシュを見た事を後悔する。
隠し事は全部引きずり出してやるぞと言わんばかりの鋭い瞳だった。

「……言い忘れてること? 何を?」

声が震える。嫌な汗がドッと出てきた。
ルルーシュは腕を組み、ニッと笑う。

「分かってるだろう、お前が一番。
言いたいのに言えない、そんな顔をしている」

してただろうか?
あたしは無意識にルルーシュから目をそらしていた。

「やっぱりあるんだな。
『言いたいのに言えないこと』が」
「あっヒドッ!! 今カマかけたでしょ!」
「すぐ顔に出る単純なヤツは損だな。
言いたいのに言えないことがあるなら俺が察してやる。
遠まわしで分かりづらくてもいい。話せ」

言葉だけでどうしてこんなにも安心するのか。
そんなこと言われたら、『ルルーシュだから絶対大丈夫だ』と思えてしまう。
吐きそうな不安が溶けて、涙として溢れそうになる。

「ねぇルルーシュ。
もし、レジスタンスを一ヶ所に集めたら、何時間で全員がそろう?」

これで伝わるだろうか。
“レジスタンスを集めなければならない事件が起きる”って。
返事はないけど、ルルーシュの目は真剣に考える目をしていた。

「お願い、ルルーシュ。
もし、何かあったらシャーリー達を助けてほしい」

カバンを持ち直し、部屋を出る。
背中を押してもらっているように、前へ前へと歩くことができた。


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