7.5話


火曜日。
ルルーシュの熱は上がったり下がったりを繰り返し、今は自分の部屋で安静にしている。
プリンを食べられるくらいには元気になり、ぶっきらぼうに『糖分は摂取しなければな』とそれだけ言う。素直じゃないなぁ。

生徒会のみんなにもプリンを届ければ喜んで食べてくれて、でもニーナだけが、怯えた様子で手を付けてくれなかった。
同性でもイレヴンだからダメか、とシュンとしていたら、
『そうかぁニーナは甘いものが苦手なのかぁーじゃあ俺もーらいっ!!』とペロッと食べてくれたリヴァルには感謝しかない。
そして思った。
ニーナとの距離を縮めたい!!と。

あいさつすれば顔を背けられ、同じ空間にいれば緊張され、話してほしくなさそうな空気を発し、近づこうとすれば怯えられる。
思い出したら泣きたくなった。
なんとか距離を縮めたいなぁ、あいさつを返してもらえるくらいには……と思いながら、あたしの部屋でC.C.と昼食のピザを食べる。
パソコンに映るネットテレビをボンヤリ見ながら。
巨大な箱から着ぐるみが出てくるCMが流れて、雷に打たれたような衝撃が走った。

「こ、これだーーーー!!!!」

C.C.に『頭は大丈夫か?』という顔をされた。


  ***


水曜日。
風邪が治ったルルーシュに、着ぐるみをギアスで調達してほしいですお願いしますと土下座で頼み、『俺はお前の便利屋じゃない』と不機嫌な顔をされ、『倍で恩を返すから!!』とお願いしたら、ドSな魔王の笑みで『倍じゃあ足りないな。10倍で返せ』と踏みにじるのを楽しむような声で言われた。
ルルーシュのド悪党な笑みが大好きだったから、『ありがとうございます喜んで!!』と返事をしたら、ルルーシュに『頭は大丈夫か?』という顔をされた。

明日に備え、体調不良だと偽って今日の生徒会は休んで、夕方にミレイをこっそり呼び出し、届いた着ぐるみを見せて説明する。
これを使ってニーナと仲良くなりたいと熱く伝えれば、ミレイは涙ぐんで頷いて『全面的に協力するわ!』と言ってくれた。

夕食後、ナナリーに色とりどりの折り紙をもらい、深夜遅くまで折り続けて寝不足になった。


  ***


木曜日。
ルルーシュを通じてリヴァルとスザクにも説明する。
スザクは体調不良が嘘だったことにホッとし、リヴァルは面白そうだと笑ったそうだ。

作戦決行は放課後の生徒会。
みんなは生徒会室にそろっていて、中の声が廊下まで聞こえてくる。

「生徒会長さん、今日も空は休みですか?」
「うんそうなの。今日も行けないって言ってたわ」
「空、大丈夫かなぁ……。
……ねぇルル。アイスクリーム持ってお見舞い行ってもいいかな?」
「ありがとう、シャーリー。
きっとあいつも喜ぶはずだ」

シャーリーが優しすぎる!
ウッと涙が出そうになった。

「それじゃあ今日もこのメンバーで!
今回みんなに見てもらう書類は、来月のイベントじゃなくて今年の学園祭についてよ」

着ぐるみの話題が出たら中に入り、折り紙で作ったプレゼントをみんなに配り歩き、ニーナに握手を求め、手を握ってもらえたらスキップして退散、その後でミレイがネタばらし────こんな流れだ。
もふもふの手で持つのは木のカゴで、人数分の小箱が入っている。
小箱の中には小さな鶴と、ハサミで切った桜の花びらが一枚、それと手書きのメッセージカード。
鶴の色はみんな違う。
カレンは赤。シャーリーはオレンジ。
ミレイは青。リヴァルは緑。
スザクは白。ルルーシュは紫。
そしてニーナは、一番お気に入りの桜色。

「うちの学園祭とコラボしたい企業がいくつかあって、それを最初のページにまとめているわ」
「……うわぁミレイちゃんすごい! この企業も参加するんだね!」
「そうよ。トントン拍子で話が進んで、即決でオッケーもらえたの」
「へぇ。テレビまで来るんだ!
コスプレ衣装貸し出し? 面白そうなのやりますね!」
「衣装の他に着ぐるみも貸し出しする事になって、その会社の営業部の人に着ぐるみを貸してもらったの。
どんな着ぐるみか一度見てもらいたいんだって。
そろそろ来る時間なんだけど……」

このタイミングだ!
ガラッと中に入り、驚くみんなの前に出る。
全身がズシッと重いから、苦しい息でひーひーしながら一回転。
これがスザクなら華麗に三回転は出来ただろう。

「うわー思ってたより本格的!」とリヴァル。
「こんなすごいもの貸してもらえるんですか?」とシャーリー。
「……なんか、すごく動きづらそうですね」とカレン。
「通気性は大丈夫かな……。
学園祭で貸し出す時には小まめに休憩するよう伝えたほうがいいかもしれませんね……」とニーナ。
スザクは口パクで頑張れと言い、ルルーシュは微笑んでいるが目が笑っていなかった。
手を振り、みんなの座る席へ歩を進める。
一人ひとりに小箱を渡し、これは何だとみんなが興味しんしんの中、ぐるっと席を回って配っていく。
スザクは懐かしいものを見るように目を細め、カレンは口をポカンと開け、バッとこちらを見る。
彼女の顔は、おしとやかなお嬢様がする顔じゃなかった。
ニーナにも渡し、握手を求めて手を差し出す。戸惑いながらも握手に応じてくれた。
愛想笑いだけど、それでも初めて見る柔らかい表情に、飛び上がりたくなるほど嬉しかった。

全員に渡し、握手の目的も達成し、後は撤退するだけだ。
室内なのに着ぐるみ内はクソ熱い。汗はダラダラ流れ、呼吸は荒い。
早く外に出ないと倒れてしまいそうだ。
みんなの前でもう一回転。ヨロヨロしながら廊下を目指す。
途中、キャットタワーにいるアーサーと遭遇した。
生徒会室で飼われ始め、そんなに日は経っていないのにもう自分の家のようにくつろいでいる。

「あ、あのー、もう帰っちゃうんですか?」

名残惜しそうなシャーリーに身ぶり手振りでごめんを伝える。
そしてアーサーにも手を振って帰ろうとすれば、キャットタワーの上にいたアーサーが飛びかかってきた。
体重は軽いはずなのに、プロレスラーに技をかけられたように大きく転倒する。
生徒会室が騒然とする中、頭と体の痛みで起きられない。
颯爽と駆けつけてくれたのはスザクで、手を差しのべる姿が王子さまに見えた。

「うわぁ今のは痛いわ。大きく転んだわねぇ」
「大丈夫? 立てる?」

スザクの手を借りて身体を起こせば、頭が外れてゴロンと転がった。
バッと拾い上げ、ガッと装着し、バッとみんなを見る。
素顔が出た時間はものの数秒だが、空気は凍りついていた。
そして、止まっていた時間が動き出したように賑やかになる。
シャーリーは着ぐるみの正体を知って大いに驚き、ミレイはお腹を抱えて笑い、リヴァルは笑って目をそらし、カレンは『やっぱりあなたね』と言いたそうに小さく笑い、スザクは苦笑し、ルルーシュはため息をこぼす。
ニーナが見せた顔は握手した時とは別人かと思うほど違っていて、好感度は一生マイナスのままだと思える顔をしていた。
このまま逃げてしまいたいけど、それをやったらこの先ずっと後悔するだろう。
ぶるぶる震える手で頭を取る。
謝りたいのに、ニーナは目を合わせてくれなかった。
ジィッと見つめれば、あたしの視線を追うようにみんながニーナへ顔を向ける。

「ニーナ、騙してごめんなさい……。
少しでもいいから仲良くなりたいなぁって思って……。
こんな方法しか思い付かなくて……」

謝りたいのに言葉が出てこない。
気まずくて心が折れそうだ。
息もできない沈黙から助けてくれたのはミレイだった。

「空、先に着替えてきなさい」

眼差しも声もすごく優しくて、あたしにはミレイが女神様に見えた。

「……ありがとう、ミレイ。
生徒会の時間潰しちゃってごめんなさい……」

とぼとぼ帰る。
色の悪いキノコでも生えそうな気分だった。

着替えて戻れば、生徒会室にニーナの姿が無いことに気づく。
心に傷を負わせてしまったのかと絶句していたら、ミレイが『気持ちを整理したいんだって』と教えてくれた。
そして、今日の生徒会はこれでおしまいと宣言し、トランプを出す。
みんなでわいわいトランプで遊んで、ルルーシュとスザクも楽しそうで、キノコ生えそうな気分が晴れていくのを感じた。

生徒会が終わった後、公園へ行こうとカレンに誘われ、校外に出る。
しばらく歩けば公園に到着して、カレンが近くのベンチに座った。
終始無言だ。あたしは恐る恐る隣に腰かける。
障害物がない見晴らしのいい公園にはあちこちにブリタニアの人がいて、みんなニコニコと笑っている。
笑顔じゃないのは隣にいるカレンだけだろう。
彼女は思い詰めた顔で何かを考えていた。
困ったな……。話せる話題が思い浮かばない……。

「……ねぇ、空。
どうしてあなたはニーナと仲良くなりたいの?」

真剣な声。
あたしを見るカレンには今も笑みがない。

「ニーナがあなたと仲良くしている光景が全然思い浮かばない。
仲良くなれる見込みが絶望的に無いのに、どうしてそれでも彼女に近寄ろうとするの?」

カレンは痛みを堪えるような顔をしている。
生徒会では表情を変えなかったけど、ニーナのあたしへの態度に、ずっと苦しい思いをしていたのかもしれない。

「……同じ生徒会だから、かな。
でもそれだけじゃないよ。
今は絶望的に仲良くなれないけど、きっといつかは笑ってくれるって信じてるから」
「それでたくさん傷ついても?」
「うん。傷ついても構わない」

カレンは驚きに目を見開いた後、柔らかく微笑んだ。

「……あなたって、なんかすごい、バカね」

バカ、か。不思議とカレンに言われたらくすぐったく感じた。

「あたし、カレンとも仲良くなりたい。
友達になってもいいかな?」

いきなりすぎたかな? ポカンとさせてしまった。
肩を落として沈黙すれば、カレンはプッと小さく笑う。

「変なの。
友達って、了承を得てからなるものなの?
仲良くなりたいってお互い思ったら、そこからもう友達のはずよ」
「それじゃあ、カレンはどう思ってる?」
「仲良くなりたいと思ってる。
あなたと同じ気持ちね」

生き生きとした明るい笑みに、学園で見る病弱なお嬢様の影は少しも無い。
『紅月カレン』としての自然体を出してくれてすごく嬉しかった。


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