7-3

咲世子さんに材料を買ってきてもらい、夕食はおかゆとカレーを作り、サラダを用意した。
ルルーシュがいない席は寂しかったけど、ナナリーの満面の笑みは少しも曇らない。
二人だけの食事でもうれしそうで、彼女の前にカレーを置いたら、さらに喜んでくれた。

「わぁっ。 今日のご飯はカレーなんですね!」
「うん。やっぱり匂いで分かる?」
「はい。
昔、スザクさんが『これが日本の家庭の味だぞ』って持ってきてくださったんです。ほくほくしておいしかった」
「へ、へぇ……」

幼いスザクの一人称はやっぱり『俺』か。口調がすごい男らしい。

「……このカレーもおいしかったらいいな。それじゃあ、食べようか」
「はい! それではいただきます」
「あたしもいただきまーす」

ナナリーが食べやすいようにカレーのルーは甘口だ。
中辛と甘口を混ぜていつも食べているから、あたしには少し物足りない。
それでも心があたたかくなるのを感じた。

「空さん。これもとってもおいしいです」
「うん。やっぱりおいしいなぁ」

スザクの言った『日本の家庭の味』はまさにその通りだ。
世界が違っても懐かしいと思えるんだから。

皿の半分まで食べて、水を飲む。
ホッと一息つき、そう言えば、とナナリーを見た。

「ねぇ、ナナリー。
今年も男女逆転祭りをやるんだけど、ナナリーは去年のやつ覚えてる?」
「去年のですか?
はい、覚えてます。わたしも参加していたので」
「制服の交換だよね。どんなイベントだった?」
「えっと……そうですね……」

ナナリーは沈黙し、少し考え、思い出したのか顔を上げる。

「……たしか、お兄さまは最初からずっと嫌がってました」
「え? ルルーシュ嫌がってたの?」

………ああ、嫌がるか。
ルルーシュは女装を楽しむキャラじゃないからね。

「すごーく、嫌がってました。
でも、生徒会のみなさんが口をそろえて『キレイだ』って仰ってましたよ。
ミレイさんが写真を残したがっていたんですけど『一生の恥になるから撮るな』ってお兄さまずっと逃げてばかりで……。
……結局、逃げ切ったお兄さまが勝ちました」

思い出しておかしくなったのか、ナナリーはクスクスと楽しそうに笑う。

「今年は空さんもスザクさんもいますから、お兄さまが負けてしまうかもしれませんね」
「うん、絶対ルルーシュが負けるね。
あたしは写真残したい派だから」

女装したルルーシュなんて、機会がなければ絶対見られないシロモノだ。

「空さん、カレーってまだ残ってますか?」
「え? カレー?
うん、残ってるよ」
「よかった。もし明日お兄さまが元気になったら、カレーを食べてもらいましょう」
「うん。ルルーシュにも食べてほしいね」
「明日、スザクさんはお仕事でしょうか?
もしお休みならスザクさんとも一緒に食べたいです」
「それじゃあ明日、スザクを誘ってみようか」

夕食が終わって食器を下げ、ナナリーにプリンを渡した後、急ぎ足でルルーシュがいる部屋を目指す。
咲世子さんが今もそばに居るんだと分かっていても、ルルーシュの様子が気になって仕方ない。

目的地につき、タッチパネルをそっと押す。
中はランプの明かりだけで薄暗かった。
咲世子さんはベッドのそばで椅子に座っていて、あたしに気づいて立ち上がる。

「ルルーシュ様。
空さんが来られたので私は下がりますね」

と、言ってからベッドを離れた。
ゆったりと歩いてこちらまで来る。

「ありがとうございます、咲世子さん。
……ルルーシュの体調、どうですか?」
「昼に比べて楽になったようです。
先ほど、おかゆを半分召し上がってくださいました。
ですが、まだ気を抜くことはできないでしょうね」

咲世子さんはおかゆの残った白い皿を持っている。
少しでも食べられるぐらいには回復したようだ。

「良かった。ルルーシュ、半分食べてくれたのか。
……薬は飲みましたか?」
「はい」
「じゃあ、あとは寝るだけですね。
夜はあたしがルルーシュのそばにいます」
「はい。
ルルーシュ様をよろしくお願いします」

やわらかく笑い、咲世子さんは会釈してから部屋を後にした。
扉が閉まって廊下の明かりが届かなくなってから、あたしはルルーシュのそばへ行く。
苦しそうな息づかいが、静かな部屋では大きく聞こえる。
椅子に座ったらルルーシュがそっとまぶたを開けた。

「ルルーシュ、水飲む?」

聞いたけど返事はない。
苦しそうに息を吐くだけだ。

「欲しいものがあったら言ってね。
朝まであたしがずっとここにいるから」

返事をするように、ルルーシュは布団をもぞもぞさせて手を出してきた。
何かを求めるような視線であたしを見る。
これは、手を握れってことで、いいんだよね……?
自信が無いままにルルーシュの手をそっと握れば、わずかな力で握り返された。
そして、ぼそぼそとつぶやく。

「え? なんて?」

何を言ってるか聞き取れなくて、あたしはとっさに耳を寄せる。
今度はちゃんと聞こえた。

「ぜったい…………離すなよ……」

言うなり、ルルーシュは気を失うように眠った。
手は握ったままで、熱い体温が伝わってくる。

「ふふ。なんか子供みたい」

体調が悪い時だけ素直になる。
ルルーシュの事をまたひとつ知れてうれしくなった。


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