7-1

闇の中、あたしはボンヤリと立っていた。
また来てしまったようだ。例の夢の世界へと。

くっきり浮かぶ白い道がずっと向こう側に続いていて、果ては見えない。
不思議と振り返る気にはなれなくて、前へ前へと歩いていく。

「……声がしない」

マリアンヌさんの声も、あの時の子供の声も聞こえない。すごく静かだ。

ただ歩くだけの時間が唐突に終わる。
障害物はないのに、進もうとした足がピタリと止まる。
まだこの先へは行けない────そう思ってしまった。
意識が遠くなり、夢が終わって目が覚める。

「……変な夢」

ここ最近、ぐっすり眠れてない気がする。
むくりと起き上がり、ぼんやりした頭で窓を開けた。
流れ込む朝の空気は気持ちよくてスッキリする。

「……あの夢、何の意味があったんだろう?」

闇の中に一筋の白い道。
進んだ先には何があるんだろう?

「ま、いっか」

考えても分からないから気持ちを切り替えよう。
ミレイからもらったアッシュフォード学園の制服を手に取った。
今日からあたしも生徒会の一員だ。
シャーリーに会ったら、この前のハンカチを返さないと。

「……結局、ルルーシュが洗ってくれたんだよね」

シャーリーのハンカチは新品かと思うほどの仕上がりだ。
『ルルが洗ってくれたの!?』と、喜ぶであろうシャーリーを思い描き、微笑ましさに頬がゆるむ。

生徒会は放課後からだけど、待ちきれない気持ちで制服を着る。
部屋を出て洗面所に行き、身なりを整えてからダイニングを目指す。
『これからは一緒に朝ご飯を食べましょうね』とナナリーが言った時のルルーシュの顔を思い出し、プッと吹き出した。

ダイニングに入って最初に目にしたのはテーブルに並べられた朝食達。
ナナリーが笑顔で迎えてくれた。

「おはようございます、空さん」
「おはよう、ナナリー」

キッチンもチラッとのぞく。
テキパキ動くルルーシュの横顔はどこか元気がないように見えた。
声をかけるのをためらってしまう空気を発していて、おはようを言いかけた口を閉じてから着席する。

「空さんは、今日から生徒会で働き始めるんですよね?」
「うん!
制服もらってね、今それ着てるんだ。
早く放課後になってほしいなぁ〜」
「うふふ。待ちきれないんですね。
あっという間ですよ、きっと」

ルルーシュがキッチンから戻ってきて、おはようを言おうとした口があんぐりと固まる。

「おはよう」

声は普通だけど、ルルーシュの顔色がすっごい悪かった。

「お、おはようルルーシュ……。
顔色────」
「お待たせ、ナナリー。食べようか」

顔色悪いね、と言おうとしたが遮られた。
疲れたような笑みを浮かべるルルーシュはすごく体調が悪そうだ。

「はい。
それじゃあお兄さま、いただきます」

ルルーシュの異変にナナリーは気づいていない。

「ルルーシュ。あのさ……」
「食べろよ、冷めないうちに」

キッパリ言われて何も喋れなくなる。

仕方ない。言われた通り、冷めないうちに食べてしまおう。
リゾットをひと口、パクっと食べた瞬間、凄まじい塩辛さが舌をブン殴った。

「〜〜〜〜〜〜〜っ!!!?」

叫びそうになったけど、スプーンを力の限り握りしめて何とか耐える。
バッとルルーシュを見れば、彼は平気な顔でリゾットを食べている。
なんてひどい嫌がらせなんだろう。
そんなにルルーシュはあたしが嫌いなんだろうか。

「おにい、さま……!」

ナナリーは苦い顔でブルブル震えている。
この塩辛さはあたしだけじゃなかった。

「どうしたナナリー?」

どうしたじゃないだろう!

「お兄さま、あの……すごく、その……」

料理を作ってくれたルルーシュに悪いと思ったのだろう。
ナナリーは塩辛さを訴えることが出来なくて、苦しそうな顔で耐えるだけだった。
ルルーシュはすごい戸惑っていて、料理が原因だと全然気付かない。

「これ、ルルーシュこれ、すんっっっっごく辛いよ!!
ちゃんと味見したの!?」
「味見? もちろん、したさ」

言った途端、ルルーシュは何か覚えがあるのかハッとする。

「ごめんナナリー。
塩加減を間違えた……かもしれない。代わりにパンを焼くよ」

食器を手に席を立とうとしたルルーシュが、

「あ」

と、小さくつぶやいた。
食器の割れるけたたましい音に、あたしは反射的に立ち上がる。

「お兄さま!?」

ルルーシュは割れた食器の破片を拾おうとした。

「手を滑らせただけだから心配しないで。すぐ片付けるから…………痛ッ!」
「ダメだよ素手で触っちゃ!!
片付けはあと! 先に傷の手当てをしないと!」
「だがしかし……」
「ナナリー泣きそうなの分かんない!?
手当て優先!!」

動こうとしないルルーシュをその場から引き離そうと腕をつかんだら、思いがけない熱さにドキリとした。
体調悪いなと思っていたけど……

「……ルルーシュ、もしかして熱ある!?」
「大丈夫だ、すこし気分が悪いだけで……」
「大丈夫じゃない! 部屋行くよ!!」

ルルーシュを引っ張り、破片が散らばる床から引き離す。
ナナリーは今にも泣きそうな顔をしていた。

「ルルーシュは部屋に連れていくね。
絶対無理させないからあたしに任せて。
だからナナリーは咲世子さんが来るまで待っててほしい」

不安でたまらないのに、ナナリーは唇を結んでうなずいてくれた。なんて強い子なんだろう。
ルルーシュをダイニングから連れ出せば、ふらついて廊下に膝をつく。
ナナリーを心配させたくない一心で我慢していたんだろう。

「ルルーシュ、手を見せて」

両手を確認すれば、右手の親指が切れていた。
紙で切ったように薄く血が出ている。
まずは水で……ルルーシュが動けないから持ってくるしかない。

「今すごくしんどいけど待っててね」

キッチンに行き、水を入れたコップと小さいボウルを手に戻る。
ナナリーは席でジッと待っていて、泣くのをこらえる表情で、とても不安そうだった。

「大丈夫だよ、ナナリー。
もう少しで咲世子さんが来るからね」
「……はい。ありがとう、ございます。
わたし、動かずに待ってます。お兄さまをお願いします」
「うん。任せて」

廊下に出て、ぐったりしているルルーシュのところに行く。
早く部屋に運んであげないと……!
親指に水をかける。次はハンカチ……シャーリーに返すつもりで持っているやつしかない。
また洗おうと思いながら、ハンカチで指をキュッと包む。
廊下の端に置いたコップとボウルは後で片付けよう。

「ルルーシュ立てる? 肩貸して」
「……すまない……」

ぜはぜは荒い息を吐きながらルルーシュは腕をわずかに上げる。
潜り込むようにしゃがみ、彼の腕をぐいっと首の後ろに回し、ヨイショと肩を貸す。
ゆっくりと立ち上がろうとすれば、ルルーシュは全体重で寄りかかってきた。

「重ッ!
うぐぐ……せ、せめて部屋まで頑張ってルルーシュぅう!!」

一歩一歩踏みしめるように廊下を進む。
細いと思っていたけど認識が甘かった。ルルーシュ重すぎ!!
この重さで階段は無理だと判断し、あたしの部屋を目指す。

「ルルーシュ! もう少しでゴールだよ!!」

声をかけても返事はない。
しゃべる気力がないのか、ルルーシュは荒い息を吐くだけだ。
どれだけ高熱なんだろう。制服越しでも熱さが伝わってくる。

「心配させたくないからって、頑張りすぎ、だよ……!
やっぱり、ルルーシュって、すごい……!!」

ヒィヒィ言いながら廊下を歩き、やっと目的地に到着する。
タッチパネルを肘で押し、震える足で中に入る。
明日は絶対筋肉痛だと思いながら、たどり着いたベッドにルルーシュをドサッと寝かせた。
荒い息を深呼吸で整えてから、ルルーシュの黒くて暑苦しい上着を脱がす。
シャツのボタンは上まで留めていて息が苦しそう。
ボタンを外していけば、白い肌がチラリと見えて色気がすごい。
恥ずかしくなり、ブランケットでサッと隠す。
ヤベェ鼻血出そう……!! 後は咲世子さんに任せておこう。

急ぎ足で戻れば、廊下に置いていたコップとボウルが無いことに気づく。
咲世子さんが片付けてくれたんだろう。
ダイニングに入れば、ナナリーのそばに居るのが見えてホッとした。
床を雑巾で拭いていて、あたしに気づいて立ち上がる。

「おはようございます空さん。
ルルーシュ様を運んでくださり、ありがとうございます」
「空さん……お兄さまは大丈夫ですか……?」
「ううん。大丈夫じゃないみたい。ひどい熱で……。
咲世子さん、ルルーシュはひとまずあたしの部屋に運びました。
ベッドに寝かせたんですけど、まだ制服のままで……。
……着替えを頼んでもいいですか?」
「はい。すぐに向かいますね」
「よかった! お願いします!
学校にはあたしがナナリーと一緒に行きましょうか?」
「ありがとうございます。
ナナリー様、よろしいですか?」
「はい。あの、咲世子さん……。
……お兄さまをよろしくお願いします」
「ええ、ご心配なさらないでください。
お気をつけていってらっしゃいませ」

咲世子さんの声はいつも通り穏やかで、ナナリーの不安そうな顔が和らいだ。


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