6-2

街に出た時も、店を次々と渡り歩いてる間も、服を選ぶ時も、買った後も、ずっとC.C.の事が頭から離れなかった。

「────おい、聞いてるのか?」
「え?!」

不機嫌そうな声にハッと顔を上げる。
店が並ぶ大通りで、前にいるルルーシュは振り返った姿勢のまま、あたしを睨むように見据えていた。

「……あ、ごめん。聞いてなかった……」
「何かほかに買いたい物でもあったか? あるなら言っておけ。
後で必要だと言っても買わないぞ」
「ううん。買いたい物は全部買ったよ。
ありがとう、ルルーシュ。
これだけ買ってもらったら十分だよ」

ルルーシュが『これは必要だろう』と生活用品を買い物カゴにどんどん突っ込んでいき、こっちがお金の心配をするぐらいだった。
あたしの左手には買った生活用品が詰まった袋。
右手には店の名前が書かれたオシャレな袋で、下着や私服の他に、ルルーシュがC.C.の為に見繕った服が入っている。
彼女の拘束衣をルルーシュはずっと気にしていたそうだ。

「ボンヤリしていたらはぐれるぞ。
それでなくても、今日はいつもより人が多い。
さっさと行くぞ」

休日の昼飯時だからなのか、大通りはたくさんの人で賑やかだ。
ルルーシュの言う通り、ボンヤリしてたら流されてしまいそう。
再び歩き始めたら、視界に入った雑貨屋さんのショーウインドーに目を奪われてしまった。
ステンドグラスのアクセサリーや小物入れがきらきらと光って見える。

「あ、かわいい」

吸い寄せられるように足が動き、横道にそれてしまう。

「おい!
自分からはぐれようとしてるぞお前!」

ルルーシュのツッコミでハッと我に返り、ガン見していたショーウインドーから視線を外す。

「ごめんルルーシュ。勝手に足が動いちゃって……」

ルルーシュの元へ戻ろうとした時、人混みの中で見つけてしまった。
手に持っていた袋がドサッと落ちる。

「……うそ」

『ご先祖さまが何か伝えたくて夢に出てるんじゃないの?』と言ってくれたあの子がいた。
流されるように人混みに消え、あたしの足が反射的に動く。
ルルーシュの呼び止める声が聞こえたけど、走る足を止めることができなかった。

後ろ姿は見えるのに、息を切らして走っているのに、距離は全然縮まらない。
追いかけた末、大通りを外れて薄暗い路地に入っていた。
あの子の姿はどこにもなく、周囲には誰もいない。
走りすぎて足が痛くて、口の中は血の味がして、ひどく息苦しい。

「いない……」

いなくて当然だ。世界そのものが違うんだから。
ここまで来る間にどうして気づかなかったんだろう。
あの子じゃなくて、似てるだけの別人だって事に。

『違う世界から来たということは、自分の全てを失うのと同じだ。
家族や友人、過ごしていた日常を奪われ、もう二度と戻らないんだ』


数日前のC.C.の言葉を今更だけどやっと理解する。
この世界にあたしを知る人は誰もいない。そう思ったらゾッと背筋が寒くなり、怖くなった。
ぐらりとめまいがして、崩れるように膝をつく。
手が震え、息をするのも苦しくて、ここから逃げたいのに身体が動かない。
ここは時間が止まったように静かだった。

「やだ…」

怖い、怖い、怖い、誰か……!!

「おい!!」

大きな声は突風のようだった。
塗り潰すような恐怖を根こそぎ吹き飛ばす。

「……ルルーシュ……」

息を切らしながら駆け寄ってきてくれて、目から大粒の涙がボロッとこぼれた。
足を止めたルルーシュが戸惑いに眉を寄せる。
気まずそうに視線を泳がせ、ポケットから出したハンカチを渡してきた。

「使え。落ち着いたら離れるぞ」

ハンカチを渡すルルーシュの手は優しくて、壊れたように目から涙が溢れてしまう。
ここから逃げたいという気持ちで歩こうとしたものの、足取りはふらふらと覚束ない。
離れたがっている事を察したのか、ルルーシュは手を引いて歩いてくれた。

連れて行ってくれた先は喫茶店で、お客さんは誰もいない。
奥の席に座り、店員が冷たい水を用意してから十数分経っても、ルルーシュは何も言おうとしなかった。
涙も止まり、おえつも出なくなり、水を飲んでホッと息を吐く。
やっと落ち着き、ルルーシュを見た。
絶対怒ってるだろうな。
買ってもらった物を置き去りにして、ルルーシュの呼び止める声も無視しちゃって、迷惑かけてばっかりだ。

「勝手に動いてごめんなさい。
来てくれてありがとう、ルルーシュ」
「……理由を聞いてやる。
どうして急に走り出したのか、理由を聞いてやる」

一方的に聞き出そうとする乱暴な言い方じゃない。
表情は無愛想なのに、いつもと違ってどこか優しい。
ルルーシュに聞いてほしいと思ってしまった。

「……あたしの世界にもね、あんな風に人で賑わう街があるんだ」

だから今日、初めて租界の街に出て感動した。
自分の世界にいるような錯覚を一瞬だけ抱いてしまった。

「人混みの中に、親友だと思ってる子がいてね、気づいたら追いかけてた。
少し冷静になれば人違いだってすぐ分かるのに」

どれだけ頭いっぱいだったんだ。
ふ、と苦笑が浮かぶ。

「この世界のどこ探してもあたしの知ってる人なんていないのに……」
「笑うな」

鋭い口調でルルーシュは言う。
さっきまで無愛想だったのに、今は怒った顔をしていた。

「……それはお前にしか分からない痛みなんだ」

まっすぐ見つめていたルルーシュは、ふいっと顔を通路側へと向ける。

「泣きたければ泣け。見られるのが嫌なら俺は見ない。
それしきのことで俺は気を悪くしない」

突き放すようなキッパリとした言い方だけど、それを冷たいとは思わなかった。
だってあたしは、ルルーシュが素直な言い方が出来ないって知っているから。
彼らしいなぁと思って、あたしは小さく吹き出した。
『ここは笑うとこか?』と言いたそうにルルーシュは目を丸くする。

来てくれたことに安心してたくさん泣いたはずなのに、もう怖くないのに、どうしてまた涙がにじみ出てくるのか。
あついものが頬を伝い、ぽたぽたとテーブルに落ちる。
泣く理由は無いはずなのに、涙が溢れて止まらない。
胸が苦しくてしかたない。

寂しい?
────ううん。目の前にルルーシュがいる。
C.C.がいて、ナナリーがいて、スザクがいて、生徒会のみんながいて、咲世子さんも優しくて、心細くはない。

帰りたい?
────ううん。ここに居たいと思っている。

浮かんだのはあの子の顔、家族の顔。
……ああ。唐突に気づいた。
あたしは誰にも何も言わずに『ここ』に来てしまった。
だからこんなに苦しいんだ。

マリアンヌさんの声に応えたい。そう思って『ここ』に来た。
その気持ちはけして軽くなく、だけど深く考えずに決めてしまった。
でも、来た事は後悔していない。
例え時間が戻っても、あたしはきっと同じ道を進むだろう。

自然と涙は止まっていて、ハンカチで目を押し当て、顔を上げる。
まぶたはすごく腫れぼったくて、いま鏡を見たら、妖怪がいる!!って思うぐらいにはひどいだろう。
ルルーシュはずっと顔を背けていて、目もこちらを見ていない。
きれいな横顔だ。
改めて思う。ルルーシュというひとりの人間が、好きだなぁって。

胸の苦しみを、今は少しも感じない。
泣いたらスッキリした。
水を飲み干せば、ルルーシュが横目でこちらを見る。

「……もういいのか?」
「うん。
ありがとう、そばにいてくれて」

気持ちが軽くなり、自然と満面の笑みになる。
ルルーシュがいなかったら、独りなら、こんな風には笑えなかった。

「もう怖くない。
この世界にはあたしを知っている人は誰もいないけど、でも、あたしが知っている人はたくさんいる。
だから大丈夫だよ」


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