6-1

穏やかなさざ波の音が聞こえて、まぶたをゆっくりと開く。
途端に、視界いっぱいに広がるのは常夏の景色。
砂浜は白く、太陽は眩しく、地平線まで続く海はきらきらと波打っている。

これは前に見た海の夢?
自分の身体を見下ろせば幽霊のように透けていた。

「おい、お前!!」

誰かに後ろから怒鳴られた。
……って言ってもその表現はおかしいよね。だってこれは夢だし。

「聞こえてるならこっち向け、幽霊!!」

……ってあたしーーー!!?

驚いて振り返る。
EDにチラッと出た道着姿の幼いスザクは、離れた場所からあたしを鋭く睨んでいた。

「お前、あの時森ん中にいた幽霊だろ!!!」
 《すごい! キミ、あたしが見えるの?》

喋ったはずなのに、あたしの言葉は声にならない。
スザクは怪訝な顔をした。
表情には、未知のものに対する怯えの色がある。

「……分かんねぇ。
伝えたいことあるなら声出せよ」
 《声出せよって、あたし喋ってるじゃん》

言ったつもりだったが声にはならず、聞こえるのはさざ波のザザーンという音だけ。
スザクは不審者を見るような目で眉を寄せる。

どうしよう……!
どうしたら言いたいことが伝わるだろう……!!
少し考えて、ピンと閃いた。
あたしは自分のノドを指差し、手を交差させてバツを作り、首をブンブン振る。

「お前、喋れないのか?」

言いたいことが伝わってホッとする。あたしは何度も何度も頷いた。

「……そっか、喋れないのか。
ま、幽霊だから仕方ないか」

スザクは困った顔をして、誰かに助けを求めるようにキョロキョロと見回す。

「幽霊なら成仏させんのが一番だけど……。
藤堂先生ならどうするだろう?」

ブツブツ呟いていたが、意を決したようにあたしを見た。

「おい幽霊!! 先生んとこ連れてってやるから付いてこい!!」

スザクは背を向け、どこかを目指して突き進んでいく。
ついて行こうと思ったのに、なぜか身体が動かない。全身を強く引っ張られる感覚がする。
もうすぐ目が覚めてしまうんだろう。
動けないことにスザクは気づかない。

 《待って!!》

声を上げても、音にならない。
何とかしようと動いてくれているスザクの背中がだんだん小さくなっていく。

 《ありがとーーーーーう!!!》

叫んでみても、やっぱりスザクには伝わらなかった。
ぐいっと引っ張られ、視界は暗転し、意識が深いところまで落ちていく。

それからどれだけの時間が経ったのか。

沈んだ意識がゆっくりと浮上していき、自然とまぶたが開く。
ベッドの柔らかな感触と、窓の外の明るさに、もう朝かとまぶたをこする。

……ああ、何だかすごく変な夢を見た。
夢なのに、夢の中の人間があたしに話しかけてきて、まるで現実みたいな夢だった。
『最近、変な夢を見ていないか?』とC.C.に昨日言われたけど、今日の夢がまさしくそれだ。
彼女はどうしてそんな質問をしたんだろう?
聞いてみようと身体を起こせば、

「空さん……?」
「あ。ごめん、起こしちゃって」

時計を見たら7時。ナナリーっていつも何時に起きてるんだろう?
今日は学校が休みだから、もう少し寝てもいいと思う。

「今は7時だよ。
今日は休日だからまだ寝てる?」
「……ありがとうございます……。
もう少しだけ休んでますね……」

むにゃむにゃ声のナナリーはすぐ眠りについた。
ベッドからそっと抜け出し、音を立てずに大きく伸びをする。
着替えをしようと思ったのに、シャツとスカートが昨日置いたはずの場所に無い。

……あれ? 制服、どこだ……?

ウロウロ歩き回り、落ちたのかと床をくまなく見て、目に映る場所を全部探したのに、着替えがどこにも見当たらない。

「……あれ〜?」

おかしい。確かに昨日置いたはずなのに。
誰かが持っていった?
って言っても、この部屋に入るであろう人物は3人だけだ。
C.C.か、咲世子さんか、ルルーシュか。
その誰かだとしても、持っていく理由が分からない。

「……とりあえずルルーシュの部屋に行ってみよう」

ナナリーを起こさないように忍び足で。
部屋を出た途端、ルルーシュとバッタリ遭遇した。
会うなりルルーシュは嫌悪で顔を歪める。

「……おい。なんて格好で出ようとしているんだ」
「なんて格好でって……。
……だって制服ないんだもん」

ルルーシュが小さくハッとし、気まずそうにする。

「……悪い、洗濯に出した。
今まで着っぱなしだっただろ?
ずっと気になっていて、つい……な。
着替えを持ってきたんだが……」
「……ああ。
それで、ルルーシュはアッシュフォードの制服を持って来てくれたんだね」
「しばらくはこれを着ておけ。
朝食はC.C.が一緒にピザを食べたがっているからそれで済ませろ。
後で出かけるからな」
「え? 出かけるって……?」
「服を買いにいく。
お前のとC.C.のをな」

有り得ない言葉がルルーシュの口から出た。

「……………………え?」

信じられなくて、聞き返すのに10秒くらい時間がかかる。
ルルーシュは呆れた顔で深いため息を吐き、もう一度言ってくれた。

「服を買いに行く、と言っている。
一着しか持っていないんだろう?
買ってやれとC.C.にうるさく言われてな」

めちゃくちゃ不本意なのか、ものすごい目で睨まれた。

「必要ないなら買わないが?」
「う、ううん!! ううん!!!
すごい必要! すっごい必要!!
え? 本当に買ってくれるの? 本当に!?」

顔に制服がボスボスっと当たった。
うぷっと息が詰り、目の前が真っ暗になる。
黙れと言わんばかりの行動だ。投げつけるなんて乱暴な奴。

「二度も言わせるな。
早く着替えて俺の部屋に行け」

吐き捨てるように言い、ルルーシュは早足で行ってしまった。
バサリと落ちたスカートを拾い上げ、ついた汚れをパンパンと払う。

「服、か……」

……ああ! あたしは夢を見ているのだろうか!!
ルルーシュが! あのルルーシュが!!
あたしのこと気遣って服を買ってくれるなんて!!

『買ってやれ』とC.C.が言ったおかげで今の現状がある。
『服が欲しい』なんてあたしだったら絶対ルルーシュには言えなかった。

「C.C.にたくさんありがとうって言わないと」

……そういえば。あたしC.C.に何か聞こうとしてたような……?

「何を聞こうとしてたんだっけ?」

聞きに行こうとしていたのに、『ルルーシュと服を買いに出かける』というインパクトが強すぎて、きれいサッパリ忘れてしまったようだ。

「……まぁ、いっか。思い出してからで」

自分の部屋で制服に着替え、ルルーシュの部屋に移動する。
ピザを食べているC.C.に服の件でお礼を言えば、彼女は満足そうに微笑んだ。

「よかったな、空」
「C.C.のおかげだよ。あたしじゃルルーシュに『服買ってほしい』なんて絶対言えなかった」
「ルルーシュは『買う』と言ったんだから遠慮するなよ。
お前はここで生活していくんだから……」
「う、うん。
『買いすぎだ』ってルルーシュがキレるぐらい、必要なものは遠慮しないで買ってくるね」
「そう、その意気だ。私は下着だけいくつか買ってきてくれ。
サイズは後で教える」
「え? 服は?」
「私はこれだけでいい」

『これ』が拘束衣のことを言ってるんだとすぐに気づいた。

「これだけでいいって……。
……ダメだよ、そんなの。だってC.C.だって女の子じゃん。
他の服も何着か持ってたほうがいいよ」
「いいんだ、私は」
「……どうして? それ、気に入ってるの?」
「いいや、そういうわけじゃない」
「なら……遠慮してるとか」
「私が遠慮する女に見えるか?」
「ううん」
「ふふ、キッパリ言うな」
「どうしてその服だけでいいの?」

C.C.の瞳を射るようにジィッと見つめれば、観念したのか話してくれた。

「似つかわしいと思ってるんだ。
これを、私は」
「……拘束衣が?」
「私には自由がない。
囚われている。繋がれている。束縛されている。
だから、私にはこの拘束衣が似つかわしいのさ。
C.C.は世界に囚われているのだから」

窓の外に顔を向けるC.C.は、空ではなくずっとずっと遠くを見つめている。
その眼差しは寂しげで、何かを欲しがっているのに諦めてるような、そんな目をしていた。

何があったら、拘束衣を似つかわしいなんて言えるようになるんだろう。
あたしはC.C.の事を何も知らない。
囚われていないと否定したかったのに言葉が全然出なかった。


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