5-4
来月のイベントの企画書類の作成で、ミレイとルルーシュ以外のメンバーは生徒会室に戻っていった。
ミレイにゲストルームのある場所に案内される。
「今日からここがあなたの部屋よ。
使われてないゲストルームだけど、掃除はしてもらっているからすぐ住めるわ」
中を見せてもらう。
奥にはクローゼットがあり、家具はチェストとベッドだけ。
ルルーシュの部屋と同じ間取りなのに、全然違う部屋のように思えてしまう。
「必要な家具があったら女子寮の空いてる部屋から持っていってね。
はい、カードキー。
書いてる数字が部屋番号だから」
ミレイはルルーシュに薄いカードと半分に折った紙を渡した。
「家具の移動はテキトーに力持ちそうなクラブを選んで頼んでね。
交渉はルルーシュに任せるわ」
「はい。この書類をそのクラブに渡せばいいんですね?」
「そゆこと。
じゃ、私も書類作成に戻るけど、分からないことや困ったことがあったら生徒会室に来てちょうだい」
「はい。ありがとうございます」
ミレイを見送ってから、改めて室内をぐるりと見回す。
「……さて、と。
必要な家具か。何を置いたらいいんだろう」
「時間が惜しい。女子寮に行ってから考えろ。行くぞ」
ルルーシュはスタスタと歩いていき、置いていかれないように追いかけた。
クラブハウスを出て、左右にそれぞれ3階建ての施設がある。あれが学生寮だろう。
スタスタ歩くルルーシュは右の施設に入っていき、慌てて後に続く。
女子寮の廊下は淡い桃色で、入るなり良い匂いがした。
廊下には女子生徒が何人かいて、ルルーシュを見るなりキャーキャーと可愛い声で騒ぐ。
頬を染めているから、本来入るはずがない男子生徒への非難の声ではないのだろう。
ルルーシュはそれらを無視し、廊下の奥へと進んでいく。
あたしもルルーシュにならって女子生徒達を見ずに歩いた。
廊下のつきあたりの部屋の前でルルーシュは足を止める。
「ここがミレイの言っていた空き部屋?」
あたしの質問にルルーシュは答えず、慣れた手つきでドアノブの上に位置する差し込み口にカードを押し入れた。
低くて小さい電子音が聞こえて、扉が横にスライドする。
第一印象は『物置き』
外から見て分かるほど、中には大小様々な家具が並んでいる。
換気されてないのか空気がこもっていて、部屋に入ってすぐに窓を開けた。
流れ込む新鮮な空気は涼しくて、生き返るような気持ちになる。
「……おい。さっさと家具を選べ。
時間がもったいない」
「ごめん。もうちょいだけ」
空は快晴で、吹き込む風は柔らかい。
ポカポカしてて暖かい。
この心地よさは春の日差しに似ているような気がした。
「ねぇ、ルルーシュ。租界でも桜って咲く?」
「サクラ? ああ、桜か。
この学園にも植えられているが、それがどうかしたのか?」
「……ううん。
春が、楽しみだなって」
ルルーシュが動いた気配がして、振り返って驚いた。
すごく距離が近い。
何か物言いたそうな顔でジッと見つめている。
「……?
どうしたの?」
「C.C.から聞いたぞ。
オクタマ湖が……お前の世界にもあるんだな」
「……え? 信じてくれるの?」
『違う世界から来た』と言ったけど、その時のルルーシュは鼻で笑っただけ。
今も信じていないと思ってた。
「C.C.が言っていた。異世界から来た人間にギアスは効かないと。
お前の言うことを信じるしかないだろう」
「……ありがとう、信じてくれて。
異世界だけどね、全然違う別世界ってわけじゃないの。
ブリタニアがない地球……って言ったら分かりやすいかな?」
「ブリタニアがない地球だって?」
頷けば、ルルーシュは難しい顔で沈黙した。
「あたしはブリタニアが存在しない地球の、日本に住んでいた。
だから名乗った名前は本名だし、日本人ってのも本当」
「お前はパラレルワールドから来たのか」
「パラレル……ワールド?」
聞いたことあるけど意味が今ひとつ分からない単語に首を傾げれば、ルルーシュが簡潔に言ってくれた。
「歴史が分岐し、分岐した数だけ並行して存在する別の世界。
それがパラレルワールドだ」
「ふぅん」
ギアスのアニメがあるからパラレルワールドではないけど、訂正したらルルーシュに詳細を聞かれそうだと思い、話題を変えることにする。
「……そうだ。あたしも気になってたことがあるんだけど」
「なんだ?」
「一昨日、C.C.に男としての振る舞いについて説教されたでしょ?
なんて言われたか気になって……」
途端、ルルーシュは顔色を曇らせた。
言われたくなかったことを指摘されたような反応。
あたしには知られたくないことだろうか?
これ以上は聞かないでおこう。
「い、言いたくなかったらいいんだ別に! ちょっと気になっただけだから。
そうだ! 早く家具決めないと!」
話題を変えるのがわざとらしいなぁ……と内心で思いつつ、ルルーシュから目を反らし、ズラッと並ぶ家具を見る。
まだ新品なのか、どれもすごくキレイだった。
生活するのに必要な家具を選ばないと。
「…………空」
「え? なに?」
呼んだくせに、ルルーシュは渋い顔で唇を結んで黙ってしまう。
言おうとした事をド忘れか?
それとも、ルルーシュに何かしてしまった?
彼は呆れたようにため息を吐き、首を振った。
「……いいや。なにもない」
そして、ルルーシュは何事もなかったように書類に目を向ける。
さっぱりワケが分からないけど、ルルーシュが何も言わないから気にしないことにした。
部屋に置くものを選んだ後、放課後だけ顔を出したスザクが家具を運んでくれて、空が夕暮れに染まり始めた頃に引っ越しが完了した。
ルルーシュは夕食の準備で部屋にいない。
窓辺に立つスザクは、リヴァルから差し入れでもらったジュースをごくごく飲み、プハッと息を吐く。
CMみたいに爽やかだった。
「今日は手伝ってくれてありがとね、スザク」
「そんなことないよ。
手伝ったって言っても少しだけしか運んでないし……」
若草色の小さなソファー、すべすべした木製のテーブル、全身が映る縦長の鏡────それらが、この部屋に運ばれた家具だ。
鏡自体は物置きに無かったけど、シャーリーが『女の子なんだから部屋に一つはないと!』と言ってプレゼントしてくれた。
「……みんな、あたしが思ってたよりも優しかったな」
どこから来たかも分からない胡散臭い人間を、すんなり受け入れて信じようとしてくれている。
笑顔で。あたたかい空気で。
ニーナが見せた反応こそ、普通で当たり前のはずなのに。
みんな優しいというあたしの言葉に、スザクは笑顔で同意した。
「……そうだね。みんな、本当にいい人だ。
ルルーシュがいなかったら、僕はきっとこんな恵まれた環境にはいない」
「うん。あたしもそう思う。
してもらった事や、優しくしてもらった事とか、ルルーシュやみんなに返していきたいな」
今はまだ一方的に迷惑をかけてばかりだけど、いつか必ず返したい。
こんこん、と扉をノックする音が聞こえた。
「ルルーシュだ。
夕食の用意が出来たからダイニングに来てほしい」
「はーい」
伝えるなり、ルルーシュの気配が遠ざかる。早足でキッチンに戻ったんだろう。
「よし! それじゃあ行こうかスザク!」
頬をパンと叩いて気合いを入れる。
夕食の席で、ナナリーと咲世子さんに説明しなければならない。
記憶を失っている事と、今日からクラブハウスに住む事を。
スザクと一緒に廊下を進み、ダイニングに入れば、席につくナナリーが顔を向けてくる。
緊張しているのか、いつもの笑みがない。
「足音が二人分……。
スザクさんと、お兄さまが話されていたお客さまですか?」
すごい他人行儀。訪問するのがあたしだと聞いていないようだ。
ナナリーのそばにいるルルーシュをジロリと睨む。
「ちょっとルルーシュ。
あたしの名前すら出さなかったの?」
「……!
その声は空さんですね!
来てくださって嬉しいです。
お客さまが空さんならいいのにと思ってました」
「か────」
────かわいいこと言うじゃねぇかぁぁぁあ!!
と、思わず叫びそうになってしまった。
「か?」
ナナリーに届いたのは最初の一声だけ。
首を傾げる様が、もう、ホントにかわいくて。
「あたしも欲しいなぁ! ナナリーみたいな妹!!」
「笑えない冗談を言うのはやめろ」
デレっとするあたしにルルーシュは真顔で切り捨てる。
容赦なく冷たい男だが、スザクにはニコッと微笑みを向けた。
「スザク、今日も来てくれてありがとう。席に座ってくれ」
すごい温度差を感じるけど、スザクが相手なら仕方ない。あたしも席に座る。
いつ話せばいいの?と、ルルーシュに目で訴えれば、あたしの言いたいことを察してくれた。
「ナナリーに話したいことがあるって言っただろう?
それは実は、食事しながら話せる軽い内容じゃないんだ。
夕食の前に聞いてほしい」
ナナリーはこくりと頷き、ルルーシュはあたしに視線を移す。
『話せ』とルルーシュの目が言っていた。
静かなダイニングで、ミレイに話した事と同じ内容をナナリーに伝える。
彼女の表情が重く沈んだものになり、話し終わる頃には、どこか泣きそうな様子だった。
「空さんは、自分の事を何ひとつ思い出せないんですね……」
ナナリーは他人の痛みを自分の事のように受け止めてしまう子だ。
きっと、自分に置き換えて心を痛めているに違いない。
嘘をついている罪悪感で心がズシッと重くなる。
「やだな。あたしは大丈夫だよ。
記憶喪失だけど、生活する上で全然不便じゃないし、逆にルルーシュに見つけてもらってよかったって思ってるんだから。
ナナリーは気にしないで。ね?」
明るく言っているのに、ナナリーは笑顔を見せてくれない。どうしたら笑ってくれるだろう?
すぐに閃き、あたしは席を立ってナナリーのそばへ行く。
この前スザクがしたように、しゃがんでナナリーを見上げた。
「ナナリー。手、出して」
少し戸惑ったものの、ナナリーは両手を出してくれて、それをそっと握る。
すべすべで超やわらかい。幸せな気持ちになった。
「あたしは、無理してるとか強がってるわけじゃないの。
だってルルーシュがいるし、ナナリーがいるし、スザクがいるし、生徒会の人たちもいるし……。
……だから大丈夫だって思えるんだ」
その気持ちが本当だと伝わったのか、ナナリーのホッとした笑みを浮かべる。
そして、あたしの手を握り返してくれた。
「わかりました。
もし不安になったら言ってくださいね?
私、こうやって手を握りますから」
ナナリーの笑顔は春の陽射しのように柔らかかった。
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