5-3
昼食の時間になり、届いたピザをC.C. と食べていたらルルーシュが帰ってきた。
疲れたような顔をしていて、ミレイに質問攻めにされたのかと聞いたらその通りで、ルルーシュは物書き机の椅子に座った。
放課後にあたしを会わせるという約束をして、解放されたそうだ。
「学園の生徒でない人間を敷地内に住まわせてはならないという規則がある。
結論から言えば、確実に追い出されるだろうな」
「や、やっぱり……追い出されるよね……」
追い出されたら、あたしはどこに行けばいいんだろう。
ゲットーのどこかだろうか?
不安になり、体がぶるりと震えた。
「俺はお前を野放しにする気はない。
規則はあるが、理由によっては追い出されないだろう。会長はあんな人だけど優しいからな。
ここに居ていいと思わせられたらこちらの勝ちだ」
「居ていいと思わせられたら……」
「まずはお前がここに隠れ住んでいた理由を会長に話さなければいけない」
理由か……。
『ルルーシュを助けるため』っていう理由を話すわけにはいかない。
いつの間にか違う世界にいて、自分の世界に帰れないんです!って言っても、信じてはもらえないだろう。
そもそも、違う世界から来たことを証明する物を持っていない。
「理由は全て俺が考える。
お前は余計な事を喋らず、ひたすら俺の口裏に合わせろ」
「うん。分かった」
安心した。ルルーシュが考える嘘の理由なら、ミレイも信じてくれるだろう。
1分もかからず、ルルーシュは嘘の理由────記憶喪失で、覚えているのは名前だけ。今までの事を思い出せない────をでっち上げた。
「いいな。お前は絶対に余計な事は喋るなよ」
怖い顔で釘をさしてからルルーシュは校舎に戻っていった。
「同じことを二度も言うとは。
喋ったらまずいことを空が話すとでも思っているのか?」
ピザをもぐもぐしながらC.C.は呆れた声で言う。
外には出ずに部屋でジッとしながら、時間が過ぎるのをひたすら待つ。
放課後になるまでがとても長く感じて、約束の時間がやっと近付き、ルルーシュが戻ってくる。
優しさのカケラもない声でアドバイスをいくつか貰い、ルルーシュに案内されて行き着いた場所は理事長室だった。
広い部屋にミレイが一人だけいる。
日が差し込む窓を背に、革張りの大きな椅子に座る彼女は、好奇心で目をキラキラさせていた。
理事長室に入った足が思わず止まり、ミレイの視線を気まずく感じて目を反らす。
左側には生徒名簿やらが収納された棚が並んでいて、奥に繋がるであろう扉が棚の陰に隠れるようにポツンとある。
右側には、理事長らしきおじいさんの肖像画が壁にかけられている。
ミレイにチラッと目を戻せば、ジーッとガン見していた。
「会長、そんなに見つめないでやってください。困っていますよ」
「んっふふ、ごめんなさいね。
こうやって改めて見ると可愛い子だなぁ……って。ついつい」
ペロリと舌を出して笑んだミレイは、背筋を正して自己紹介する。
「私の名前はミレイ・アッシュフォード。ここの生徒会長よ。
あなたの名前は確かソラ、よね。
さ、そこのソファーに座ってちょうだい」
対峙するように置かれた一人座り用のソファーは、こちらも高価な革張り仕様だ。
座ってから、ミレイはニコッと笑って口を開いた。
「たぶん、ルルーシュから話を聞いてると思う。
だから堅苦しい前置きはやめとくわ」
ミレイは笑みを消し、凛とした面持ちをする。
生徒会長の顔だ。緊張で体が強ばった。
「早い話、部外者をこの学園に置いておくことはできないの。規則だからね。
だけど、それを言い渡すためだけにあなたをここに呼んだんじゃないわ」
ミレイは、あたしの後ろに立つルルーシュに一度だけ視線を送った。
「その規則を知っているはずのルルーシュが、なぜあなたを秘密裏にクラブハウスでかくまっていたか。
生徒会長である私には知る権利があるの。
私はあなたのことを知りたい。教えてくれない?」
緊張にゴクリと喉を鳴らす。
ルルーシュに教わった嘘の理由を、あたしは神妙な面持ちで口にした。
「話せる事は全て話したいです。
でも、話せる事を、何ひとつ思い出せなくて……。
どうやってここに来たかも分からなくて……。
七河空、って名前だけは覚えていました。
……彼が教えてくれたんです。自分がイレブンだってことを」
言い終わり、後は沈黙する。
目はまっすぐと、ミレイをちゃんと見て。
これもルルーシュのアドバイスだ。
あたしの言葉を信じてくれたのか、ミレイの顔に困惑の色がありありと見えた。
追い討ちをかけるようにルルーシュが続く。
「一週間前に、裏庭で倒れていたのを発見したんだ。
彼女の着ている制服がこの学園のものじゃなかったから、保健室につれていかないほうがいいと、自分の部屋に連れていきました。
会長に何も言わず、自分だけの判断で動いたことは本当に申し訳なく思っています」
ルルーシュは、本当に心の底から謝ってるようなしおらしさを見せた。
嘘つくのが上手だなぁと、あたしは内心ひそかに思う。
「覚えているのは自身の名前だけ。
租界住居許可証も住民IDも所持してないところを見ると、ゲットーの人間の可能性もある。
記憶を失ったままの状態で警察に引き渡せば、まず人として扱ってはもらえない。
せめて記憶が戻るまで……そう思い、かくまっていました」
「……そう。大体わかったわ。
でも驚きね。真っ先に知らせるようなタイプだと思ってたあんたが、まさかこんなことするなんて。
……もしかして一目惚れぇ?」
「全然違いますから」
ルルーシュが完璧な笑みで否定する。
即答すぎて、ミレイは小さく吹き出した。
「そんなあからさまに否定しなくてもいいのに。
ま、これで大体の事情は把握したわ」
ひとつ頷いたミレイは棚の奥にある扉へ顔を向けた。
「もういいわよ、出てきて」
その声に応えるように扉が開いたかと思えば、生徒会メンバー達がぞろぞろ出てきた。
軍の仕事で休みなのか、スザクはいない。
「お、お前たち聞いていたのか!?」
不意打ちの登場に、ルルーシュは素で驚きの声を上げた。
ミレイがにやりと笑う。
「これでも気ぃきかせたんだけど? 大勢いたらこの子も話しづらいと思うし。
だから隠れて聞いてもらってたわ」
「だからって、後で説明するとか方法は色々あるでしょう?
なにも今、隠れて聞く必要なんか……」
「みんな知りたがってたのよ?
ルルーシュの本音はどんなものかって」
ミレイは生徒会メンバー全員をぐるりと一瞥した。
「『名誉ブリタニア人の登録を拒むイレブンの、租界住居を目的とした虚言』
考えようによってはその可能性も否定できないわね。
だけど私は、彼女の境遇を信じようと思うの。
だってあのルルーシュが彼女を警察に引き渡そうとしなかったのよ?
理由はそれだけで十分だわ」
その言葉は妙に説得力があるのか、シャーリーとリヴァルがうんうん頷く。
ニーナの顔は不安そうに強ばり、あたしを見ずにおずおすと言う。
「ミレイちゃん……。り、理事長にちゃんと話さないで決めるのは、良くないと、思う……」
「……うん。私もそう思うわ。
昨日の夜にね、おじいちゃんに相談したの。
どうすればいいかって。
『話をして、信じられると思うなら好きにしなさい』
『おまえが信じたものを私は信じる』って、言ってもらえたわ」
ニーナを見る瞳は優しい。
ミレイは安心させるように笑った。
「彼女が生活する場所は、女子寮じゃなくてクラブハウスのゲストルームよ。
ルルーシュがちゃんと見るから安心して」
ニーナの表情が少しだけ和らいだ。
「……うん。わかった、ミレイちゃん」
ミレイはホッとした笑みを浮かべ、話題を変えるようにポンと手を叩いた。
「それじゃ、まずは自己紹介行きましょう」
「はいはいはい!
じゃ、まず俺からね」
一番を名乗り出たリヴァルは、親指を立てて自分に向けた。
「俺はリヴァル・カルデモンド。
趣味はバイク、生徒会は書記。
ルルーシュでなんか困ったことがあったら言ってくれよな。
よろしくー」
『なんで俺の名前がそこで出る』
ルルーシュはそう言いたそうな顔をしたけど、シャーリーが次に挙手し、諦めたようにため息をこぼした。
「私はシャーリー・フェネット。気軽にシャーリーって呼んでいいからね。
分からないことがあったら何でも聞いて」
「ニーナ…………アインシュタインです……」
ボソボソと呟くニーナの顔色は悪い。
あたしは彼女の自己紹介に頷き、視線を外す。これ以上は見ないでおこう。
「カレン・シュタットフェルトよ。
よろしくね」
名乗るだけの短い自己紹介だけど、カレンは柔らかく微笑んでくれた。
あたしも言わないと。
ピンと背筋を伸ばす。
「七河空です。
ご迷惑かけますが、どうぞよろしくお願いします!!」
改めての自己紹介は変に緊張し、お辞儀はガチガチでぎこちない。
ルルーシュが付け加えるように言った。
「ここにはいないが、生徒会の人間は他にもいる。名前は枢木スザクだ。
『キミ』のことは俺から話しておく」
いつも『お前』なのに。
ルルーシュの言った『キミ』はひどく違和感があった。
「私の事はミレイって呼んでね。
いつ記憶が戻るか分からないから、生徒会の雑務を片付けるお手伝いさんって形で在籍してもらうわよ。
いいわね?」
心を占めていた『追い出されるのでは』という不安が、ミレイの言葉で一気に溶ける。
どんよりした雲が晴れていくように、嬉しさが心を満たしていった。
「はいっ!
ありがとうございます!!」
ヤバイ。気を引き締めないと。
油断したら泣いてしまいそうだった。
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