4-2

目の前に広がるのは眠る前に見た白い天井。
ここがルルーシュの部屋だと気付き、目覚めたんだと理解する。

ベッドにC.C.がいない。
体を起こせば、ソファーにゆったりと座るC.C.と目があった。

「おはよう、空。よく眠っていたな」
「よく寝てた? その割にはあんま寝た感じがしないけど……」

寝たはずなのに頭がすっきりしない。
さっき見た夢のせいだろうか。
何となく時計に視線をやれば、時刻は昼を余裕で越えている。

「……って! またこんな時間まで寝てた!!」

慌ててベッドから飛び起きるあたしを横目に、C.C.はポイントカードにシールを貼っていた。

「起こそうとはしたが、幸せそうな顔で眠っているお前を起こすのは悪いと思った。
すまない」
「幸せそうな顔……」

オッサンの夢見て幸せそうな顔!?
いやいやいや、多分幼いルルーシュが可愛かったからだ絶対そうだ。
無理やり自分に言い聞かせ、枕元に置いてあるシャツとスカートを手に取った。
トリップした時、唯一向こうから持ってきたもの。
着の身着のままってこういうのを言うんだろうなぁ。小さなため息が出た。

「服……ほしいなぁ……」

汚れたら洗濯すればいいけど、あたしの服はこれしかない。
せめて、私服と呼べるものがもう一着あればなぁ……。
ルルーシュ買ってくれないかなぁ……。
いやいや、破れたわけじゃないんだしまだ着れる!
もうちょっと、これだけで頑張ってみよう!!と意気込み、着替えを済ませた。

「……あ、そうだ。
パソコンって勝手に使ってもいいのかな?」
「さぁな。
ルルーシュは一度も文句を言わないからいいんじゃないのか?」

ならOKだろう。あたしは物書き机に移動し、パソコンを起動させた。

「なにか調べものか?」
「うん。ちょっとニュースをね」

ルルーシュがコーネリアにケンカを売る7話はいつだろう?
もしかしたら今日かもしれない。確認だけはしておかないと。
ニュース番組がパソコンに映し出される。
軍がテロリストの潜むサイタマゲットーにて包囲作戦を展開していて、2時間後に総攻撃を開始する─────といった内容だった。

「これ、多分ルルーシュも見てるよね」
「見てるだろうな。
このあからさまな挑発じみた報道を」
「うん。確かにその通りだ」

アナウンサーは、そんなことまで言う必要は無いんじゃ?と思ってしまうほどの詳細を読み上げている。

「ルルーシュはこの挑発に乗るだろうな」

C.C.の瞳には『ルルーシュを絶対行かせない』という強い決意が宿っている。

「止めるなよ、空。
たとえ私が何をしても」
「止めないよ。
C.C.が何をしても、あたしは黙って見てる」

C.C.はC.C.なりにルルーシュを守ろうと真剣だ。それを止めるのは絶対したくない。

「あたし、顔洗いに行ってくるね」

タオルを持って部屋を出ようとしたら、あたしがタッチパネルを押すよりも早く扉が開いた。
すぐ目の前に険しい面持ちをしたルルーシュが。

「うぉぉおぉう!!!」

反射的にサッと避ける。
部屋に足を踏み入れたルルーシュは横目であたしを一瞥した。
なにも言わないのは相変わらずで、もう慣れたから特に何も思わない。
ルルーシュはベッドまで歩を進め、下からアタッシュケースを引きずり出した。
無言で開け、ブリタニア軍人変装セットが揃っているか、確認を始める。

「乗るつもりか? 敵の挑発に」

ルルーシュは、もちろんそのつもりだと不敵に笑んだ。

「わざわざ招待してくれたんだ。
それに、コーネリアに聞きたいこともあるしな」
「ブリタニアの破壊と母殺しの犯人を見つけること。
お前はどっちが大事なんだ?」
「同じだよその二つは。
ブリタニアの皇族は、次の皇帝の座を巡って常に争っている」

ルルーシュの笑んでいた顔が憎悪に歪む。

「……いや。争わされているんだ、あの男に!」
「しかし、それがブリタニアの強さでもある。
そうして勝ち残った最も優秀な人間が次の皇帝になるのだから」
「そうだ。弱者は全て失い這いつくばる。
ブリタニアってのはそういう国だ。そういう世界だ」
「弱肉強食は原初のルールだ」
「だとしたら、ナナリーはどうなる!?」

声を荒らげ、アタッシュケースを乱暴に閉めた。
スッと立ちあがり、怒りをぶつけるようにC.C.を睨んだ。

「弱いから諦めなくてはならないのか?
俺だけは絶対認めない。そんな世界は俺が消し去って……」

どこから用意したのだろう、C.C.はルルーシュに銃を突きつけた。

「行くなルルーシュ。
私との契約を果たす前に死んでもらっては困るからな」
「言ってることと、やってることが違うんじゃないか?」
「殺しはしない。足だけ撃って大人しくしてもらうさ」

ルルーシュは少しも動揺しない。

「なるほど。お前、ギアスは使えないんだな。
……ま、予想はついていたけどな。
自分でやれるなら俺に頼んだりはしないだろう」

ルルーシュはニッと笑い、ポケットから銃を出す。
C.C.も動揺しない。余裕そうに微笑みを返した。
二人とも撃たないのは知っているけど、本物の銃を目の当たりにしたあたしの胸中は全然余裕がなかった。
二人とも早く銃を下ろしてほしい。めちゃくちゃ心臓に悪い。

「私が銃を恐れると思うのか?」
「恐れるさ」

ルルーシュは自分の頭に銃口をつけた。
C.C.の顔から笑みが消える。
あたしもルルーシュに釘付けになった。

「俺は、お前に会うまでずっと死んでいた。
無力な屍のくせに、生きてるって嘘をついて」

淡々とした声と、冷めきった瞳。
本当に撃ちそうな空気がルルーシュにはあって、あたしは息をすることができなかった。

「何もしない人生なんて、ただ生きてるだけの命なんて、緩やかな死と同じだ。
また昔みたいになるくらいなら……」

引き金を引こうとしたルルーシュに、「待てっ!」とC.C.はすぐに銃を下ろす。
彼女は諦めたように笑った。

「確かに意味はないな。行きたいのなら行けばいい」

ルルーシュは自分の頭につけていた銃をやっと下ろし、あたしはそれをブン取った。
ルルーシュは一瞬驚いたものの、怒りの目で睨んでくる。

「分かってた。
こうでもしなきゃC.C.は折れないって。
だからルルーシュはこんなことしたんだって」

分かってたのに、それでも騙されてしまった。
C.C.が血相を変えて銃を下ろしたのも、ルルーシュの言葉に相手を信じさせる力があったから。
ルルーシュが今言った言葉は全て、彼が心の底から思っている気持ちなんだ。

「馬鹿だよ、ルルーシュは」

むしゃくしゃして、悔しくて涙が出そうだ。

「ずっと死んでいた? 無力な屍?
馬鹿だよ、本当に。
ルルーシュは死んでない!
死んでいたら、ナナリーは笑えてない!!」

ナナリーが今も健やかなのは、太陽みたいに笑えているのは、ルルーシュがちゃんとルルーシュだったからだ。

「……無力な屍のくせに、なんて……自分のことをそんなふうに思わないで……」

見た夢を思い出す。

『生きたことが一度もない』
『生まれた時から死んでいる』

ブリタニア皇帝の言葉は今もルルーシュに根深く突き刺さっている。
なんて強大な敵なんだろう。
そのブリタニアと、今戦おうとしているルルーシュの邪魔をしていることに気付き、申し訳ない気持ちになった。
ルルーシュの武器を、あたしはいつまで持っているんだろう?
奪い取った銃をルルーシュに差し出した。

「……ごめん。時間、限られてるのに足止めしちゃって。
いってらっしゃい」

ルルーシュは戸惑いつつも、受け取った銃をポケットにしまった。
そして、アタッシュケースを手に部屋を出る。

「空……」

物言いたげなC.C.にあたしはハッと我に返った。

「ご、ごめん!! いってらっしゃいなんてのんきに見送ってる場合じゃないよね!?」
「……いや、どうせ後から行くつもりだった。
ギアスの力を持ってしても、今のルルーシュに勝ち目はないからな」

C.C.がベッド下を探る。引きずり出したのはトランクだった。

「なにそれ?」
「ゼロの衣装だ。
私と空がいるからといって油断している。隠し場所が単純だな」
「でもそれって信頼してるってことじゃん。
こんな分かりやすい所に隠してるおかげですぐに行けるね。ルルーシュの元に」
「そうだな」

トランクを置くなり、C.C.はいきなり拘束衣を脱ぎだした。

「わ! ひゃっ!
C.C.ちょっとは恥ずかしがりなよ!!」

ボン・キュッ・ボーン、という言葉が頭をよぎる。
脱ぎ終えた拘束衣をポイッと放り投げ、レオタード姿のまま、C.C.はルルーシュの私服をあさりだした。
恥ずかしくて見てられない。

「別にいいだろう。隠すほどのことじゃないんだから。
……と、これだな。お前の服はどうする?」

ルルーシュの私服を見つけたC.C.は着替えを始めた。

「あたし、留守番してるね」

C.C.の手がピタリと止まる。

「……本当にいいのか?」
「うん。あたしが行ったら足手まとい確定だし。
力にはなりたいけど、C.C.の邪魔はしたくない」

あたしに出来る事はない。
ルルーシュみたいに頭がいいわけでも、ギアスの力を持ってるわけでもない一般人だ。

「空」

着替え終わったC.C.に、くしゃりと頭を撫でられた。

「そんな顔をするな。お前にしかできないことがある。今はそれだけを信じていろ」

確信を持った言葉には不思議と力があった。
C.C.の手が離れていく。

「……行ってらっしゃい」
「行ってくる。留守は任せたぞ」

トランクを持ち、C.C.は早足で部屋を出て行った。


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