34-1

政庁の屋上庭園は幼い頃過ごしたアリエスの離宮によく似ていた。
しかし、今ではあちこちが燃え上がってひどい有り様だった。
コーネリアとの激闘で庭園の美しい景色は、今はもう見る影もない。
コーネリアは重症だ。頭から足の先まで血に染まっている。
瓦礫の山に背を預ける彼女は虫の息ですらある。
ガウェインから降りたゼロは仮面を外し、手で左目を隠しながらコーネリアの前に出た。

「……そうか。ゼロの正体はお前だったのか。
ブリタニア皇族に対する恨み、ダールトンの分析は当たっていたな……。
ナナリーのためにこんなことを?」
「そうです。私は今の世界を破壊し、新しい時代を創る」
「そんな世迷い言のために殺したのか?
クロヴィスを……ユフィまで!」

殺した? ユフィまで?
コーネリアの言葉にルルーシュは違和感を覚えた。
撃ちはしたが当たっていない。死んではいないはずだ。
真実を隠し、ユーフェミアは死んだと騙る者がコーネリアのそばにいるのだろうか、と考えたものの、ルルーシュは目の前の事を優先した。

「姉上こそ、私の母・閃光のマリアンヌに憧れていたくせに」
「フッ、どうやらこれ以上の会話に意味は無いようだな」
「そうですね、ならば……」

隠していた手を下ろし、ルルーシュはコーネリアに左目を向ける。

「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが問いに答えよ」

コーネリアとは幾度も対峙したが、生身で向き合うのは初めてだった。
ルルーシュのギアスがコーネリアにやっと届く。

「ああ」
「私の母を殺したのは姉上ですか?」
「違う」
「では誰が?」
「分からない」

ギアスにかかったコーネリアの声音は抑揚がない。
彼女の返答にルルーシュは目を剥いた。

「あの時の警護担当は姉上でしたね?」
「ああ」
「なぜ警護隊を引き上げたのですか?」
「マリアンヌ様に頼まれたから」
「母さんに? まさか、そんな……!」

(ということは、母さんはあの日襲撃があることを知っていた?
いや、あり得ない。なら俺たちを逃がしているはず!)

「何があった? あの日!」

ルルーシュは感情的に声を荒らげた。

「誰なんだ! 母さんを殺したやつは!」

コーネリアは答えようと口を開いた。
しかし、出てきたのは呻き声だけ。

「……くっ、知らないのか!
なら、真実を知っているやつは誰だ?
調べていたんだろ? あの日のことを!」

続けて質問すれば「皇帝陛下に命じられて、シュナイゼル兄様が遺体を運び出した」とコーネリアは答えた。

「遺体って母さんの? じゃあ、あの時の棺の中は……」

母の好きだった花を手向けた棺を思い出す。
まさかあれに母の遺体が入っていなかったとは。

『おい!戻ってこい!!』

慌てて呼び戻すC.C.の声はいつもと違って余裕が無い。
ルルーシュはマントをひるがえしてガウェインへと戻ろうとした。

「分かっている。そろそろ政庁の守備隊が……」
『違う! ナナリーがさらわれた!』
「ん? 冗談を聞いている暇はない」

何を言ってるんだおまえは、と呆れながらルルーシュは仮面をかぶる。

「今はコーネリアを人質として本陣に……」
『私には分かる!
おまえが生きる目的なのだろう? 神根島に向かっている!』
「……神根島?」

怪訝に思った瞬間、離れた地中を突き破り、丸みを帯びたフォルムをした何かが現れ出た。
ガウェインが小さく見えるほどの大型の機体だ。色はオレンジで、円錐型の角が上下に5本生えている。

『オール・ハイル・ブリタニア!!
……おや? あなた様はゼロ!!』

庭園に響き渡る声にルルーシュは聞き覚えがあった。

『何たる僥倖 ぎょうこう! 宿命! 数奇! 』
「まさか、オレンジか!?」

ゼロはすぐにガウェインへ乗り込んだ。

『オ!? お、おおおおお! お願いです!! 死んでいただけますか?』
「コーネリアを!」

ゼロがコクピットに素早く座ると同時に、C.C.はガウェインを動かした。

「分かっている!!」

コーネリアに手を伸ばそうとしたガウェインの懐に、凄まじい勢いでオレンジ色の大型機が飛び込んでくる。
まるで子供と大人だ。
強大な力で押し出され、庭園からどんどん遠ざけられていく。

『ゼロ、私は……帝国臣民の敵を排除せよ!
そう、ならばこそ、オール・ハイル・ブリタニア!』
「ええい!! 邪魔をするな!」
『ゼーロー!!』

ルルーシュは仮面を外す。
まずは引き離さなければいけない。
ハドロン砲を発射すれば、オレンジ色の大型機は高速で回転しながら避けた。

「器用だな」

離れたと思ったらすぐに襲い掛かってくる。
円錐型の角はスラッシュハーケンで、縦横無尽に撃ち込んでくるそれらをC.C.はギリギリで避け続ける。
切迫した状況の中、ルルーシュの携帯に着信が入った。扇の番号だ。

「扇か? 私だ」
『ゼロ、よかった』

その声は南のものだった。

「……南? 扇はどうした」
『撃たれたんだ。手当てしているが意識がない。
それと、犯人がまだ。別の場所でも銃声が何発も聞こえて……』
「……分かった、ならお前でいい。
車椅子の少女はどうした?」
『え? いやそれより、扇が……』

最優先はナナリーだ。
ゼロの問いに満足に答えられない南にルルーシュは苛立った。

「代わりなら後で手配する! 今は車椅子の少女が先だ!!」
『代わりって……』
「確認しろ! 早く!!」

南は戸惑いながらも、一拍の間を置いて答える。

『拘束していた学生たちはみんな消えたよ。扇が撃たれたどさくさに』

話の途中、ルルーシュは一方的に通話を切った。
空は今も眠っているはずだ。次はリヴァルに電話する。

『ルルーシュか? 悪いけど今は……』
「ナナリーはそこにいるか?」
『クラブハウスにいるよ。
俺たちはちょっと離れちゃってるけど』
「分かった!」

リヴァルとの通話も一方的に切る。
ガウェインが大型機の猛攻を避け続ける間、ルルーシュはナナリーや咲世子にも電話をかけたが、

「ええい!! 繋がらない!!」

舌打ちしながら携帯を置いた。

「ルルーシュ、私はおまえの味方だ」
「ああ。そんなものは分かっている。
ナナリーは誰かが神根島に連れ去った。
信じているさ」
「……ありがとう。
私はあれを振り切ってみせる。だからルルーシュ、おまえは指示に集中しろ」
「ああ。
そのまま真っ直ぐ、50メートル先で下降しろ。三番隊に相手をさせる」

そしてルルーシュは影崎率いる三番隊に通信する。
命令に忠実に動き、一斉射で撃ち落とそうとするものの、大型機はデタラメな速さで回転しながら全弾避けていく。
そのままの勢いで、大地を抉りながらあっという間に三番隊を轢き殺してしまった。
まるで災害だ。スザク以上に化け物じみた動きをしている。
ガウェインは廃墟と化したオフィスビルが並ぶエリア・12 トゥエルブストリートに出てハドロン砲でビルを破壊する。
大型機がちっぽけに見えるほどの巨大建造物だ。
追いかけてきた大型機は倒壊に巻き込まれて押し潰された。
土煙が広範囲で生じ、ルルーシュはやっと勝利を確信する。

「よし!! これでナナリーの元に!!」

ガウェインは全速力で12ストリートを後にした。
神根島に行くなら騎士団にはもう指示は出せない。
ルルーシュは藤堂の機体に通信する。

「藤堂、以降の作戦は全てお前に任せる。
負傷した扇の仕事はディートハルトに仕切らせろ」
『任せる? 任せるとはいったい!?』
「私は他にやらなければならない事がある。
以降、そちらからの通信は全て切る」
『ま……待て!! この状況で』

ルルーシュはまた一方的に通信を切った。
このまま飛び続ければ神根島に着くだろう。

「(ナナリーがいなくなったら、俺は今まで何のために、何のための独立戦争だ!
ユフィまで犠牲にして……!!)」

ブリタニア軍もオレンジもいない海上はひどく静かだった。


  ***


「見えたぞ、神根島だ」
「(取り返す。誰が相手だろうとナナリーを!!)」

スピードを上げて一気に進めば、数分後には目的地に到着した。
岩肌がむき出しになった崖下に大きな洞窟の入り口があり、その手前でガウェインは着陸する。
洞窟の内部は暗く、奥があまりよく見えない。

「やはり、ここだろうな。
何かおまえに関係がある場所か?」
「ここは知らない」
「ふん、他にもあるということか。
ナナリーをさらった奴はギアス能力者か?」
「そこまでは分からない」
「そうか」
「すまない、ルルーシュ」
「いい。謝るな」

申し訳なさそうにルルーシュを見上げていたC.C.が、ハッと前方に視線を戻す。

「どうした?」
「そうかこれは! あっ!」
「何……!?」

ルルーシュは奇妙な感覚に襲われた。
精神が引っ張られ、どこかに叩き落とされる。
ナリタ連山で体験した異変と同じ感覚だった。

「落ち着け。これは侵入者に対してのトラップだ。
作動させた奴が、うあっ……」

C.C.の声が遠ざかり、ルルーシュの見ていた光景が全く違うものになった。
網膜に映像を直接投影されているように灰色の景色が広がる。誰かの視界だ。
戦車が大砲を撃ち、爆炎と土煙が上がる中、視界の主は走っている。
髪を振り乱して駆けているのか、端々に覚えのある髪色が見えた。

「何だこれは? 昔の……C.C?
いや、しかし……!!」

塹壕 ざんごうに逃れたと思ったら、すぐそばに銃を構える兵士がいた。

「なんだお前は!!」

容赦なく発砲する。額を撃ち抜かれたような衝撃に襲われた。

C.C.の絶叫が遠く聞こえる。

次に見えたのはどこかの教会。
映像は灰色がかっていて、大勢の人間が石を投げ、罵声を浴びせている。
また世界が変わった。
現代ではない、はるか過去のようだった。
火炙りにされた。血に染まった器具で凄惨な拷問にかけられた。殺されて。殺されて。殺され続けて。

「やめろ……やめろーーーー!!!!」

ミレイによく似た女の死体がぼろ雑巾のように転がっているのも見えた。
絶望の記憶だった。
いつの間にか真っ白な世界に立たされていた。
目の前にC.C.がいる。

「C.C. これはおまえの……?」
「残っているのは魔女としての記憶と、忘れまいと覚えているアリルの最期だ。
私を憎む人も、優しくしてくれた人も、全て時の流れの中に消えていった。
果てることの無い時の流れの中で、私、ひとり……」
「ひとりじゃないだろう」
「え?」
「俺たちは共犯者。
おまえが魔女ならば、俺が魔王になればいいだけだ」
「フッ。こんな時によく言う」

C.C.がシニカルな笑みを浮かべた時、白昼夢は唐突に終わった。

「無事か? C.C.」
「誰に向かって言っている」
「お帰りなさい」

頭上で空の声が聞こえた。
顔を上げてルルーシュは舌打ちし、C.C.は頭上を睨む。

「お前は……!!」
「またお前か!!」

赤目の幽霊が頭上にいた。


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