26.5
C.C.と一緒に寝た2日後、騎士団が一区切りついたルルーシュは久しぶりにナナリーとゆっくり過ごせたようだ。
時刻は夜。お風呂の後にダイニングでお茶飲んでまったりしてたらルルーシュが戻ってきた。
「お帰りなさい」
「ああ。ただいま」
ナナリーとたくさん話して嬉しかったんだろうなって分かるほど、今のルルーシュの表情はほわほわと柔らかい。
外から帰ってきた時と全然違う。
キッチンに行こうとしたルルーシュが足を止めた。
「お風呂にはもう入ったのか?」
「うん。
咲世子さんがバスボール買ってきてくれたんだけど、すごく良い匂いするからルルーシュも使ってみて」
「そうか」
なぜかこっちに来たルルーシュが急に顔を寄せてきて、心臓直で殴られたみたいなドキィィイッとした。
緊張して動けずにいたら、すんすんと匂いまで嗅いでくる。
息が出来ない。心臓がバクバクする。くるしい。しにそう。
ルルーシュはすぐに離れてくれたけど、心臓がドッキドッキして爆発しそうだ!
「良いな。ぐっすり眠れそうな匂いだ」
目を優しく細めて笑いかけてくる。
鼻血が出そうなほど完璧な笑顔だった。
顔面がめちゃくちゃ熱くなる。
「そ……それは良かったデスネ……」
ルルーシュはキョトン顔で「大丈夫か?」と不思議そうだった。
大丈夫じゃないです心臓が今もうるさいです。
中身が半分残ったマグカップを手に席を立つ。お茶より顔の方が熱そうだ。
「だいじょうだよ。部屋戻るね。
おやすみなさい、ルルーシュ」
「おやすみ」
微笑むルルーシュを直視できないままダイニングを出る。
部屋に逃げ帰り、お茶を飲み干してテーブルにマグカップを置く。
ひとりなったけどまだ鼓動は落ち着かない。
夜風を浴びたくなって窓を開ければ、気持ちのいい風が流れ込んできた。
「すずしー……」
顔の熱を冷ましてくれるようだ。
心臓が平常運転に戻った頃、しまっていたペンダントを表に出す。
曲を聞こうとしたらこんこん、とノックの音が。
窓を閉める。
「はーい」
「俺だ」
その声で自然と足が動いていた。
すぐに扉を開ける。
「なに?」
「今日は隣で寝てもいいか?」
引いていた熱がボンッと戻ってくる。
「と、隣に……ウン……」
なんでこんな恥ずかしい気持ちになるんだ。今まで何回もC.C.にベッドを追い出されたって理由で一緒に寝たじゃないか。
「……今日もC.C.が?」
「ああ。
『チーズくんとふたりで寝るからおまえは空のところに行け』と、さっきな」
ルルーシュは一歩後ずさった。
「だが、嫌なら今日はやめておく」
シュンとした顔で笑うルルーシュに、
「う、ううん! 一緒に寝よう!!」
とっさに言ってしまった。
「……いいのか?」
「もちろん。
嫌じゃないし、その、むしろ嬉しいし……。
……先寝てるから、気にしないで隣寝てね」
ドキドキしていたけどちゃんと笑顔で言えた。
ルルーシュはホッと表情を和らげる。
「そうか。ありがとう。
また後で行く」
「うん」
ルルーシュを見送った後、扉が閉まった瞬間、一目散にベッドへ行った。
電気消して卓上ランプをつけてペンダントをそっと置いて、布団にガバッと潜り込む。
「ごめんねルルーシュ! 寝る前にちょっと話したかったけどそれはまた後日!」
寝ようとまぶたを閉じるも、ドッキドキしてすぐには眠れそうにない。
それでもバスボールのほんわかした良い匂いと、じんわりした温かさに、あたしはあっという間に眠りに落ちた。
***
もぞもぞとルルーシュが布団に入ってきて、浅い眠りからぼんやり目が覚める。
「……ルルーシュおかえり……」
「あ。すまない。起こしたな」
卓上ランプは消えていた。
でも射し込む月明かりでルルーシュはちゃんと見える。
今日は黒のタンクトップじゃなくて長袖のシャツを着ていた。
咲世子さんのをルルーシュも使ったみたいで、ぽかぽかと温かくて良い匂いがした。また眠りに引き込まれそうだ。
「ルルーシュ……きょうもお疲れ様……」
眠いから声がふにゃふにゃだ。
ルルーシュが小さく笑う音が聞こえた。
「空もな。
ナナリーのそばにいてくれてありがとう」
「へへ。
きょうは鶴をたくさん折ったよ。来年には1000羽できるかも……」
「そういえばナナリーが言ってたな。願いが叶うんだって」
「やさしい世界でありますようにって……」
「……優しい世界になったら空は何がしたい?」
「なにが? あたしは……そうだな……。
そうだなぁ……みんなで……なにかしたいな……」
「あいまいだな」
「ルルーシュがいて……C.C.がいて……ナナリーもスザクもいて……カレンも……生徒会のみんなもいて……」
髪をゆっくり撫でられる。
大きな手はいつもより温かい。心がホッとする。
「……俺もいるんだな」
「もちろんだよ……だってルルーシュもいなきゃ……。
ルルーシュは優しい世界になったら何したい……?」
「俺か? 俺は……」
ルルーシュは黙ってしまった。
うとうと眠りそうだった意識が浮上し、完全に目が覚める。
隣に視線をやれば、天井を見つめるルルーシュの横顔がすぐ近くにあった。
唇を結んでいる。教えてくれる気はなさそうだ。
諦めてしまっているような寂しそうな表情に、少しだけ不安になった。
「今はまだ……分からない?」
ルルーシュはわずかに顔をこちらに向ける。
「……ああ。俺は目の前の事で精一杯だからな」
涼しく笑んで余裕たっぷりに答えた。
嘘をつかれたような気分になってしまう。
「それじゃあ、優しい世界になったらルルーシュのやりたい事全部やろうか」
声に出すと不思議と気持ちが前向きになる。
未来の話をすると嬉しくなってしまうのはなぜだろう。
「俺のやりたい事……?」
「ナナリーが安心して暮らせる世界になったらさ、ルルーシュもやりたい事がたくさん出てくると思うんだよね。
出来なかった反動でババババーン!って」
「なんだそれは」
「ひとりで出来ない事だったら手伝うから」
「頼もしいな」
「あとスザクにも手伝ってもらおう」
「手伝ってくれるか?」
「スザクなら必ず」
「必ず、か」
自分を飾らない素の笑顔だった。
貴重な瞬間に立ち会えた気がしてボケッと口が開いてしまう。
「そろそろ寝るか」
「うん。寝よう」
「腕まくらをしてもいいか?」
「へへへ。どうぞ」
頭を上げ、すきまを作れば、ルルーシュは腕を差し入れてくれた。
このまま頭を下ろしたら痛いとか言われるだろうか。
もっと近寄って面積の広いところに頭を置かないと。
腕の付け根のとこにそっと頭を下ろす。
「重い? 痛くなったら腕戻してね」
「全然。このまま寝たい」
距離がすごく近いと声だけで耳がくすぐったく感じる。
ふふふ、と笑い声がこぼれてしまった。
「寂しくないか?」
何いきなり。ポカンとした。
「どうして? 寂しくないけど」
「ならよかった。
寂しくなったら言ってくれ。抱きしめるから」
ああそういうことか。なんの質問かと思った。
「寂しくなくても抱きしめてほしいなぁ」
「……そうか。そうだな」
腕を曲げ、背中に手を回してくる。
胸のあたりに耳がぴたりとくっついた。
心臓の音が聞こえてくる。
また眠くなってきた。
「今日はひとつだけ、本当のことを言ってなかった。
C.C.に言われたから来たんじゃなくて、俺が隣で寝たいと思ったからここに来たんだ。
あいつを口実にしていた。ズルいことをした」
「ズルいなんて……。
そんな言い方、しないでほしいな……」
「次はちゃんと正直に言う。
おやすみ、空」
心臓の音と良い匂いと優しい声に、おやすみを言い返す前にすとんと眠りに落ちてしまった。
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