27-1

身元保証人の依頼状をゼロが届けに行った数日後、カレンが空の部屋に桐原の手紙を持ってきた。
桐原公なら身元保証人の件を快諾してくれるだろう、というルルーシュの推測通りの返事が墨で書かれていた。
美しく流れるような筆跡にカレンは興奮と感動に震えた。

フジに赴く為、空はカレンと共にゲットーに隠している騎士団のトレーラーに行った。
外には玉城がいて、顔を合わせるなり飛び付く勢いで空をガバッと抱きしめる。
叔父さんみたいだなぁと苦笑していたら頬ずりまでされ、硬直する空は声にならない悲鳴を上げた。
すかさずカレンが玉城の横っ腹に拳を打ち込み、玉城はドシャアッと倒れて泣く。

「カレン……おま、お前……絶対女じゃねー……」
「行きましょ空」

息も絶え絶えな玉城の存在を無視し、カレンは空の手を引いて車中に入る。
そのままにしていいのかと空は迷ったが、アゴヒゲのジョリジョリを思い出して玉城を置き去りにした。
ラウンジに入れば、ソファーに座る南と杉山が笑顔を見せる。

「空!」
「来てくれたんだな」

懐かしい気持ちで胸がいっぱいになり、空の足が思わず止まる。
南はサッと腰を上げた。

「大丈夫か?」

眼鏡の奥の瞳は優しく、兄がいたらこんな感じだろう。
空は再び足を進める。

「はい、大丈夫です。
家に帰ったような懐かしさがあってつい」
「家か。それなら良かった。
俺、空を妹みたいに思う時があって」

杉山の明るい笑みに南は「俺もだ」と頷いた。
カレンも笑顔を咲かせる。

「それじゃあかなりの大家族ね。
扇さん達はお兄さん、井上さんはお母さん代わりのお姉さん」

ソファーにカレンが座り、その隣に空も腰掛ける。

「千羽鶴ありがとうございました。
カレンに聞いて驚いたんですけど、あのきれいな字って玉城が書いたんですね」
「アイツが一番時間かけてたからな。下書きまでしてたんだぜ」
「頑張ってたよな。
そうだ、玉城は? 一緒に来なかったのか」
「外で転がってる。女の敵だから無視して」

怒りが溢れる声音に南と杉山は『これは触らぬ神にたたりなしだ』と察した。
空は他のメンバーの姿を探す。

「扇さん達は上ですか?」
「ううん。
扇さんと井上さんは騎士団の本部で、吉田さんはゲットーよ」
「『本部』かぁ。騎士団も大きくなったね」
「あれからけっこう増えたのよ。
そう言えば、最近仲間入りしたブリタニア人が上にいるわ。
名前は……」

階段から誰かが降りてくる。
その新入りさんかな?と空が顔を上げれば、降りてきた人物と視線がぶつかって##NAME1#はギクリとした。
目を引くケツアゴの持ち主は前髪をゆさゆさ揺らしながら降りてくる。
寒気がする笑みを浮かべる男は空が一番会いたくない人間だった。

「なんであんたが……ッ」
「私がここにいるのは嫌でしたか?」
 
残念そうに肩をすくめるディートハルトに、杉山と南はポカンとする。

「え!? 二人って知り合いだったの!?」
「少し会話しただけだから!!」

即座に否定する空にディートハルトは満面の笑みを浮かべた。
瞳が面白がるようにうきうきしている。

「たった数分で黒の騎士団について知りたい情報が手に入りました。
ソラさんと話し合ったひと時は私にとってとても有意義な時間でしたよ」

何も知らない人間が聞いたら勘違いするような悪意のある物言いに、空はディートハルトをキッと睨む。
眼鏡を押し上げる南は厳しい面差しをしていた。

「空。
俺達のこと、話したのか?」
「話してない! あたしは……!」

必死に否定する空に、ディートハルトは胡散臭い微笑で頷いた。

「ええ。彼女は騎士団にとって致命的な情報は漏らしませんでしたよ。
むしろ貴方がたを守ろうとしていた。
墓穴を掘ってしまうほど必死な様子で」

手のひらを返すようにフォローするディートハルトに空は絶句し、怒りと困惑が涙になって目に浮かぶ。
空を見た南と杉山は、わずかでも疑ってしまった罪悪感に顔を伏せた。
カレンは敵意をあらわにした眼差しでディートハルトを射抜く。

「アンタ……一体何が言いたいの?」
「いえ、私はただソラさんに……」
「おいブリキ野郎」

怒りに満ちた声が聞こえて空達はハッとする。
いつの間にかラウンジに玉城がいて、ディートハルトを鋭く睨んでいた。

「これ以上空を泣かせる言葉を吐くんじゃねぇ。
一言でも何か言ったらオレがテメェをぶっ飛ばす」

玉城の言葉にカレンは慌てて空を見る。
今にも泣きそうな顔をしていて、カレンはすぐに空を背に庇った。

「自分の持ち場に戻りなさい、ディートハルト。
次にくだらないこと言ったら……分かってるわね?」

ただの脅しではない気迫だった。
ディートハルトはニッコリとした笑みを崩さずに言う。

「ええ、もちろん。どうなるかは十二分に理解してますよ。
くだらないことは話しません。
それでは失礼いたします」

上機嫌な声だ。
ディートハルトは階段を軽快な足取りでのぼり、去っていった。

「大丈夫か?」

すぐに走り寄ってくる玉城が空にはかっこよく見えた。
浮かんだ涙を拭いながら頷く彼女に、杉山と南はおずおずと言う。

「すまない、空。
わずかでも疑ってしまった……」
「俺もだ。悪い……」

誤解が解け、空はホッと胸を撫で下ろす。

「ううん。大丈夫だよ。
だってあいつ、勘違いしちゃうような言い方してたから」

さっきのあれは本当に悪意があった。ひどい嫌がらせだった。
満面の笑みと楽しんでいるような瞳を思い出せば、嫌悪感がより強まった。

「アイツのそばには行くんじゃねーぞ。
何か言ってきたらすぐにボコボコにするぜ! オレが守ってやっからな!!」

玉城は自信満々にニッと笑う。

「ありがとう、玉城。かっこよかったよ」

空にやっと笑顔が戻り、杉山と南とカレンはホッとした。

「そうね。私も少しだけ思った。
ありがとね、アイツにガツンと言ってくれて。
さっきのあれは勢い余ってやっちゃったことにしてあげる。
でも次同じことしたら許さないからね」
「さっきのこと? 玉城が何かしたのか?」

詳細を知らない杉山と南は首を傾げた。

「玉城が空に抱きついたの。
顔合わせていきなりよ。アゴのヒゲでジョリジョリって」
「へぇ」「空にジョリジョリ」

杉山と南の顔から微笑みが消えた。

「空、キッチンに行きましょ。
井上さんがおにぎりを用意してくれてるから」

空の手を握ってカレンはキッチンに向かう。
その後、男だけになったラウンジで、耳の痛くなる説教を聞かされ続けた玉城はか細い悲鳴を上げて倒れた。


  ***


トレーラーは霧が立ち込める廃墟に停車した。
外に出たカレンと空は二人で目的地を目指す。

歩いてしばらくしてから見覚えのある場所に到着する。
霧の中で玉城が怒鳴っていた所だ。
待っていたら黒塗りの車が現れ、その後は前回と同じだった。
乗車した後、沈黙が車内を満たす。
カレンも空も話したいという気持ちになれなかった。
カーテンで景色は隠され、今どこを走っているかも不明だ。

ずっとずっと走り続ける
前にフジ鉱山を訪れた時より移動時間が長い気がした。

やっと到着し、ドアを開けてもらい、降りたカレンと空はホッと表情を和らげる。
ガラス壁の向こうに青空が広がっていた。

「フジへようこそ! お待ちしてましたわ」

神楽耶が笑顔で迎えた。
後ろにはスーツを着たボディーガードが2人いる。
カレンと空は緊張した面持ちで会釈した。

「桐原のおじいさまは、今はお話中ですの。
桜の間で待っていてほしいと言っていました。
空とお連れの方は……確か紅月カレンという名前でしたね」
「はい、神楽耶様」
「またお会いできて嬉しいわ。
ゆっくりお過ごしくださいませね。
カレン、空。奥へどうぞ」

歩き始めた神楽耶にふたりも続く。
通路を進めば桐原が向こうからやって来た。暗緑色の軍服を着た男女4人と一緒だ。
ホテルジャック事件の実行犯達と同じ服を着ているため、彼らが旧日本軍の人間ということに空はすぐ気づいた。
距離が近づき、桐原と神楽耶はお互い歩みを止める。

「桐原のおじいさま」
「おお皇の。よく連れてきてくれた」

男女4人も足を止め、会釈する。
カレンと空も一礼した。

「来てもらったばかりで悪いが、おぬしらに火急の要件がある」

桐原が横へとずれ、後ろにいる4人に話すよう促した。
どっしりとした体型の白髪の男が前に出る。4人の中で一番の年長者だ。

「単刀直入に言う。
お力を拝借したい」

挨拶や自己紹介のない単刀直入すぎる言葉にカレンと空は困惑した。

「……あの、要件の前にあなた方の名前を伺ってもいいですか?
私は黒の騎士団の紅月カレンです」
「あたしは七河空です。同じく黒の騎士団に所属してます」

名乗るカレン達に、白髪の男は申し訳なさそうに苦笑する。

「いきなり済まぬな。
ワシは仙波。四聖剣の者だ」
「しっ……四聖剣の方なんですか!?」
「カレン、知っているの?」
「知ってるわ! 日本人なら誰でも!
厳島 いつくしまの奇跡”を起こした藤堂中佐と共に戦った方々よ!!」

力説するカレンはハッと我に返った。
 
「……ご、ごめんなさい。話の腰を折ってしまって……」
「いいんだよ。四聖剣の名前は藤堂さんに続いて有名だしね。
まぁ、隣の子は知らないみたいだけど。
俺は朝比奈昇悟」

名乗った後、丸眼鏡をかけた青年は友好的に笑う。
額から右頬にかけて大きな古傷があり、痛そうだと空は思った。
次に名乗ったのは唯一の女性。

「私は千葉凪沙だ」

さらに、背が高い細身の男が続く。

「俺は卜部 巧雪 うらべ こうせつ
キミの事は聞いているよ。
こんな時じゃなきゃゆっくり話したかったんだが……」

肌は浅黒く、こちらも友好的な笑みを浮かべている。
全員が名乗ったことを確認してから仙波は口を開いた。

「それでは本題に入ろうか。
お力を拝借したい理由だが」

そこで、四聖剣の纏う空気と表情が一斉に変わる。

「藤堂中佐が俘慮とされた。
我らを逃がす為、ひとり犠牲となって……」
「フリョ?」
「ブリタニア軍に捕らえられたってこと」
「あ、ありがとうございます。
藤堂中佐を助ける為に騎士団の力を……」

名前だけじゃない、どんな顔をしているかも空は知っていた。
助けたい気持ちで手が動き、すぐに携帯を取り出した。

「カレン、ゼロに伝えるね」
「ありがとう、空。お願い」

登録されている番号はひとつだけ。
『ゼロに用事だ』とルルーシュに気づいてもらえるようにすぐ言わないと。
呼び出し音が数回続き、繋がった。

『俺だ』
「今、お一人でしょうか?」

沈黙。
「お伝えしたい事があります」と続ければ『ああ』と低い声で返してくれる。

『空か。どうした?』

ゼロとしての声だ。

「“厳島の奇跡”を起こした藤堂中佐の名はご存知ですか?」
『ああ、行方を捜索している。
電話したのはその男についてだな?』
「はい。
今、四聖剣の方々に話を伺ったのですが、藤堂中佐がブリタニア軍に捕らわれているそうなんです。
救出するために力を借りたいと」
『わかった、引き受けよう』

空の顔から緊張が消える。
ゼロの答えが四聖剣にも伝わり、真剣な表情に安堵の色が浮かんだ。

『その件はこちらから扇に伝えよう。
四聖剣には了承したと言ってくれ。今日、決行する。
カレンがキミのそばにいるな? 
彼女にも伝えてくれ。四聖剣と共に帰るようにと』
「はい。承知しました」

これで電話は終わりか。
そう思った瞬間、空は寂しくなってしまった。

『空、戻ったらまた連絡しろ。俺に必ず』

ゼロとは違うルルーシュとしての声だ。
驚いたけれど、それ以上に、胸の奥から喜びが湧き上がる。
たった一言で幸せな気持ちになってしまった。

「はい。必ず」

通話を終えて携帯を片付け、空は四聖剣を見た。

「藤堂中佐の救出をゼロが引き受けてくれました。
今日、決行するそうです」

そして次にカレンへ視線を移す。

「あと、ゼロがカレンに。
四聖剣と共に帰るようにって」
「分かったわ。すぐ帰りましょう」

「ふむ」と桐原は小さく呟き、続けた。

「迅速に動かなければならぬな。
車をすぐに出そう」
「空とお話しするのは日を改めてですわね、桐原のおじいさま。
せっかく来てくださいましたのに……」
「よい。事は一刻を争う状況よ。
この件が終わればまた来ればいい」

桐原がジッと空を見つめる。
そして何かを確認し、うんと頷いた。

「あまり変わらぬのう。
次はおぬしが行きやすい姿で遊びに来るといい。
わしは待っておるぞ、いつでも」

桐原は目尻のしわを深めて笑う。
まるで孫娘を見る祖父の表情だった。

「おお、そうだ。
ゼロに頼まれていた物を渡さねばなぁ」

桐原はごそごそと衣ずれの音をさせて、桐の小箱を表に出した。
「ほれ、手を」「はっはい!」「この装身具ならゼロも気に入るだろう」「ありがとうございます!」という二人のやり取りを、神楽耶はニコニコと眺め、カレンはそわそわと見つめ、四聖剣は興味津々な顔で見守った。


  ***


行きと違って帰りは6人だ。
空とカレンの車、四聖剣が乗る車で帰路に着くことになったが、突如朝比奈が空とカレンの車に滑り込んできた。

「あ、朝比奈中尉!?」
「ごめんねぇこっちに乗りたくなっちゃって。問題ないよね?」

扉がバタンと閉まり、走り出す。
カレンは緊張にモジモジする。

「問題ないですけど……ないよね空?」
「う、うん……」
「あのー……他の四聖剣の方は何も言わなかったんですか……?」
「いい顔しなかったのは千葉だけ。大丈夫だいじょうぶ。
あっち行ったら忙しくなるでしょ? ゆっくり話せるのは今だけなんだから。
ふたりは俺と話すのは嫌?」
「嫌だなんてそんな……だって四聖剣の方とお話しできる機会なんてこの先無さそうだし……。
嫌じゃないですけど……嫌じゃないわよね空?」
「う、うん……」

何だろうこのやり取りは。
と、空は半笑いで思った。

朝比奈が空をジッと見つめる。
難しい顔をして無言でジーッと凝視されて空は居心地が悪くなった。

「……なんですか?」
「ごめんごめん。
どこかで見た顔だなーって思ったんだけど、キミってカワグチ湖のホテルジャック事件に巻き込まれた子でしょ」
「知ってるんですか!?」
「そうです! 空、人質にされてしまって……」
「あぁやっぱり。テレビでちょっとだけ映ってたから。
藤堂さん達みんなで見ていたんだ。
まさか、キミが黒の騎士団の一員になっていたとはね。
仲間になった理由は助けてもらった恩返し?」

同じ事をナリタ連山でカレンにも聞かれた。
空はその時と同じ答えを返す。

「いいえ。
あたしはみんなの助けになりたいから仲間になったんです」
「へぇ」

呟き、にんまりと笑う。
そばで聞いているカレンも嬉しそうだ。

「いいね。好きだよ、キミのその考え。
改めてよろしく」

差し出された右手を空は握り返す。
握手を終えた後、彼女は気になっていたことを声にした。

「あの……卜部さんがさっき言っていた、『キミの事は聞いているよ』ってどんな話を……?」
「空の事ですよね?」
「うん。
空ちゃんに不思議な力があるって桐原公が。
ずいぶん気に入られているね。
キミのことを話す桐原公は生き生きしていたよ」

カレンは笑顔で何度も頷いた。

「分かりますそれ。
空と話す桐原様、優しいおじいちゃんの顔になりますよね。
あ、これは桐原様には内緒にして下さいね朝比奈中尉」
「ああ、もちろんだよ」

笑い合ってから、カレンと朝比奈は笑顔で握手を交わした。


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