33-2
ユフィの元に跳んで、話をして、見届けて、ナナリーの胸騒ぎなんてただの気のせいだと思えたら、すぐにナナリーの所に帰ろうと思っていた。
跳んだ先はどこかの通路だった。
ユフィの元へ行ったつもりなのに、視界に人の姿がない。
振り返ろうとしたら後ろから誰かが自分をすり抜けて────ユフィがすごい勢いで走って行った。
ゼロと一緒にいたはずなのにどうして今ひとりなのか……
「空ッ!!!!」
遠く離れた後ろの方から声が聞こえて反射的に振り返る。
ゼロが壁を支えにして立っていて、怪我しているみたいに脚を引きずっていて、黒い衣装の太ももの部分が濡れていて、多分血だ。
「ゼロッ!?」
ルルーシュはどうして怪我をしているのか。
すぐ近くまで飛ぼうと思ったら────
「ユフィを追え!! 止めてくれッ!!」
────叫ぶような切羽詰まった声に、考えるよりも先にあたしはユフィの目の前に瞬間移動した。
走っていたユフィがピタリと止まる。
「ああビックリした! ソラってばいきなり現れるんだから!」
驚き顔を笑みにしてユフィは言う。
彼女の瞳がギアスの色に染まっていた。
「ソラは日本人よね。
体は今どこにあるのかしら?
その状態だと殺せないから、後でソラの所に行くわね」
大好きだと思える笑顔で、そんな事を。
「殺ッ……!?
ユフィ! なんのギアスを!?」
なんのギアスをかけられたのか、ユフィはまた走り出した。
今のあたしじゃ足止めにもならなくて、全速力で走り抜けるユフィは小さい銃らしきものを握っている。
ルルーシュの『止めてくれ』の意味がやっと分かった。
また瞬間移動でユフィの前に立ちはだかる。
「もう!!」とユフィは苛立ちの声を上げて走るのを止めた。
「どうして邪魔するの!!
私は日本人を殺さないといけないのに!!」
「その銃を使って!?」
「これで?
ううん。これじゃあ殺せないみたいなの。日本人の皆さんには自殺してもらえたらいいんだけど……。
自殺してくれないなら皆殺しね!」
嬉しそうにあたしの名を呼んでくれた時と同じ笑顔で言う。
足を止めていたユフィはまた走り出した。
「ごめんなさい! 私行かないと!!」
立ちはだかるあたしをすり抜け、ユフィは走り、あたしもすぐに動く。
「ダメ!!」
前に出ようがこの体じゃ、ユフィは少しも止まってくれなかった。
「ダメ! ダメだよユフィ!! 止まって!! 行かないで!!」
声を張り上げてもユフィは止まらない。
「あたしを先に殺して!!
殺していいから!! あたしを殺していいから!!」
ユフィは止まってくれない。
「何十回でも何百回でも殺していいから!! ユフィ!!!!」
あたしの声は届かなかった。
通路を抜け、テレビで見た会場に出る。
出てすぐの所で護衛の人とスザクが気を失って倒れていた。
ユフィがやったのかと一瞬思って、気を取られた事に気づいてすぐに会場に視線を戻す。
「日本人を名乗る皆さん!
お願いがあります、死んでいただけないでしょうか?」
どよめきが起こる。
目を走らせれば、来賓席にダールトンの姿があって、すぐに跳んだ。
「ダールトンさん!!」
「あなたは!! その姿は!? どうしてここに……!!」
「自殺してほしかったんですけど、駄目ですか?」
「ユフィを止めてください!! 今のユフィは正気じゃない!!」
驚き戸惑っていた表情が次には一変する。信じた目をしたダールトンがすぐに席を立った。
「じゃあ兵士の方々、皆殺しにしてください。虐殺です!」
「マイクとカメラを切れ!!」
迅速に対応したダールトンはユフィの元へすぐに行く。
「ユーフェミア様! いったいどうなさったのですか?
お止めくださいこんなことは……」
パン、と銃声が聞こえた。
「ぐ……」と呻き、ダールトンは膝をつく。
「ごめんなさい。でも日本人は皆殺しにしないといけないの」
甘い事を考えていた。
ダールトンならユフィを止められると。
あたしは目の前で起こった出来事に少しも動けなかった。
更に銃声が聞こえた。
ユフィは今度は銃口を客席に向けていて、撃たれた人がずるりと椅子から崩れ落ちる。
「あああああ!!!!」
誰かの絶叫。ユフィは両手を広げた。
「さあ! 兵士の皆さんも早く!
日本人を皆殺しにしてください!!」
ユフィの命令にサザーランドが動き出し、やっとあたしも動けた。
大きな銃が満員の客席を掃射する。
えぐるような凄まじい銃撃音の中、サザーランドのコクピットに飛び込んだ。
「イレヴンを殺せ。
全軍イレヴンを殲滅せよ」
中には司令官らしき男が命令している。
滑り込むように眼前に出た。
「待って!! 今将軍が撃たれたんだよ!! 先に救護を────」
「イレヴンを1人も逃がすな」
「────救護が先でしょ!!」
視線は動かない。驚かない。
この男はあたしが見えない人なんだ。
諦めて次へ飛ぶ。
でもダメだった。視線が合わない。
次も、次も、次も、次の男も同じだった。
コクピットに、ピッと通信音が聞こえる。
『自分はブリタニア軍名誉騎士候、枢木スザクだ! 今すぐ戦闘をやめろ!』
聞こえた声があたしには救いに思えた。
「日本人は全て抹殺しろとの命令だ。ユーフェミア様直々のな」
『ユーフェミア様が!? バカを言うな!!』
「お前も日本人だったな」
冷徹な顔で男は手を動かす。激しい銃撃音が聞こえた。
コイツ!! まさかスザクを!!
男が握る操縦桿に飛び付こうとしたけど、透けた手ではどうにもできない事に遅れて気づいた。
「なんであたしは!!」
触れないのか!! 誰にも見えないのか!!
コクピットのモニターに映るスザクが逃げるのが見えた。
心のままに、スザクの元へ跳ぶ。
スザクは銃撃が届かない死角に身を隠していた。
「空!? その姿! やっぱりキミは昔の、あの時の幽霊か!!」
「う、うん、そうなんだけど……!
ごめん!! 今はそれどころじゃない!!」
「ああそうだ! どうしてこんな事に!?」
激しい銃撃音があちこちで絶え間なく聞こえる。
何人の日本人が殺されているのか。
「ユフィが日本人は全て抹殺しろなんて命令を出すわけがない!!
ダールトン将軍がそばに居るはずなのに!」
「撃たれたの!!」
「ゼロにか!?」
違う。撃ったのはユフィだ。でもそれを言う前にスザクが、
「ユフィにもゼロは何かしたのか!!」
凄まじい剣幕に言葉を失う。
ユフィはギアスにかかっている、そのギアスは誰がかけたのか、ルルーシュ? そんなわけない、だって止めてくれって、他のギアス能力者が?
「わからない!! だってゼロも脚を撃たれていた!! 怪我してたの!!」
「何!?」
「止めてくれって頼まれたの!!」
激しい銃撃音が。人々の悲鳴が。絶叫があちこちから。止まらない。
頭が真っ白になる。
「しっかりしろ!!」
「ッ!!」
「大丈夫だ!! 僕がこの戦闘行為を止める!! ユフィを捜して止めさせる!!
だからキミは今できる事をするんだ!!」
混乱してぐちゃぐちゃだった頭に、一陣の風が吹いたように思えた。
「……分かった!!」
広い会場が、全景が見える空へ瞬間移動する。
たくさんの人の死体、逃げる人を撃つサザーランドが見えて、それから、ダールトンはいなくて、来賓席にも人はいなくて、そして飛び立つガウェインが見えた。すぐに瞬間移動した。
ガウェインのコクピットにはC.C.とゼロがいる。
「C.C.! ルルーシュ!!」
「空。来たのか」
「よく戻った」
ゼロの太ももは応急処置の止血で包帯が巻かれているだけだ。
痛々しく血が滲んでいる。
「ルルーシュ、脚が……!!」
「平気だ。撃たれた箇所は浅かった」
「ここまでするとはな。
驚いたぞ、ルルーシュ」
ガウェインの中からでも会場がよく見えた。
「俺じゃない。俺はギアスをかけていない」
「やっぱり! 他のギアス能力者が……!!」
「他の? それはどういう事だ?」
「違う。俺のギアスだ」
ゼロが仮面を外す。左目が煌々と赤く輝いていた。
脳裏をよぎったのはマオだ。
あたしとC.C.は言葉を失った。
「かけたつもりはなかった。
……マオのギアスの暴走を俺は知っていた。
これがヤバい力だということくらい分かっていた、なのに!」
会場の外壁が爆発し、多数のサザーランドが外に出る。
「おい! 会場の外にブリタニア軍が出てきたぞ!」
「……ああ
こうなったらユーフェミアを最大限、利用するしかない。
それがせめてもの……」
虚ろな声でルルーシュは呟いた。
遠くから小型戦闘機がいくつも現れる。
『ゼロに通告する!
その機体を明け渡せ! その機体は我が軍の……』
カチッと音が聞こえたかと思えば、ガウェインからハドロン砲が放たれた。
現れた全ての小型戦闘機が爆散する。
「黒の騎士団総員に告げる! ユーフェミアは敵となった! 我々を裏切った!!
行政特区日本は我々をおびき出す卑劣な罠だったのだ!!
自在戦闘装甲騎部隊は式典会場に突入せよ!
ブリタニア軍を壊滅し、日本人を救い出すのだ! 急げ!!
藤堂、一番隊、零番隊は式典会場を出たブリタニアを粉砕するんだ!!
ユーフェミアを見つけ出せ!!」
ルルーシュの瞳から涙が流れた。
左目がギアスの色でずっと輝いている。
宝石のようだと前に思ったけど、今は全然違って見えた。
地上を紅蓮弍式と藤堂さん達が乗る黒いナイトメアが疾走する。
その後、カレンから、ユフィの乗るナイトメアを発見したとの通信が入った。
ガウェインはすぐに飛び、紅蓮弍式とサザーランドの元へ行く。
そこは会場に一番近い廃墟だった。
「よくやった。彼女は私がやる」
サザーランドには届かない高い位置でガウェインは停まる。
ワイヤーを何本も飛ばし、鋼鉄の機体をあっという間にバラバラにした。
解体されたものが崩れ落ち、土煙が上がる。
コクピットからユフィが這い出てきた。
破れたドレスや頬が返り血で赤く汚れている。
『どうしますかゼロ? 捕虜に?』
「無駄だよもう」
ルルーシュは非情な顔で、冷たく言い捨てた。
そう言いたくなるのも分かる。だってユフィは武器を探しながら言っている。
「虐殺です。
日本人は全て皆殺しです」
壊れた機械みたいに同じ事を。
拾ったマシンガンでユフィはガウェインを撃つ。弾切れになるまで連射する。
赤く染まったギアスの瞳で。
見たくないと思ってしまうユフィを、ルルーシュはまっすぐ見つめていた。
「ユフィのギアスは……解けないの……?」
「ああ。『日本人を殺せ』それが俺のかけてしまったギアスだ。
この国の全ての日本人を殺すまでユフィのギアスは終わらない」
「そんな……!」
ルルーシュはゼロの仮面をかぶり、ガウェインを降りた。
弾倉を探していたユフィが顔を上げる。
「あら。日本人かと思っちゃった」
銃弾の無くなったマシンガンを下ろし、ユフィは微笑む。
ゼロは歩く。ユフィとの距離が近づいた。
「ねえ考えたんだけど、一緒に行政特区日本の宣言を……あら? 日本?」
ギアスにかかっていても、それでもユフィは心にある願いを口にした。
「ああ。できればそうしたかった。君と共に」
ルルーシュの声でゼロは言って、歩みを止める。
マントをひるがえし、拳銃を突き付けた。
「ダメッ!!!!」
心のままに跳んでいた。
ユフィとゼロの間に現れ、バッと両手を広げる。
ゼロの銃がわずかに揺れた。
「……自分が何をやってるか分かっているのか」
「ユフィを撃たないで」
「もう手遅れだ。ここで終わりにしないと彼女はもっと殺す」
「目の前に日本人がいなかったらユフィは殺さない……!」
「自分から日本人を探しに行く。
今ここで殺さなければいけない」
「殺さないで……!!」
「そうよ。撃たないで! だって撃たれたら私、日本人を皆殺しにできないもの!」
背後で聞こえたユフィの声に、心が千切れて叫んだように痛んだ。
何をやってるんだあたしは! ルルーシュを邪魔するみたいに立ちはだかって!
「どいてくれ」
「嫌!」
「どけ」
「嫌だ!!」
「どけ!!!」
拳銃を両手で握り直し、ゼロは撃った。
パン、と乾いた音が響き、キン、と耳障りな金属音がする。
ゼロが舌打ちした瞬間、空気が変わった。
「なっ! スザク!?」
空からランスロットが凄まじいスピードで飛んできた。
『こんな時に!!』
ガウェインからC.C.の声がして、ハドロン砲をランスロットめがけて連射する。
無数に放たれる赤黒の波動砲を避けながら飛ぶランスロットはあっという間にガウェインに接近した。
鋭い蹴りが一閃し、直撃したガウェインは体勢を崩す。紅蓮弍式がすぐに動いた。
『スザク!』
『邪魔をするなぁーーーーッ!!!』
ランスロットの方が速い。
「あっ」
あっという間にユフィを拾い上げて急上昇し、上空で停止しているアヴァロンへと飛んでいった。
ランスロットが起こした突風でゼロのマントがバタバタとはためく音がする。
「空」
静かな声は怒りに満ち溢れていた。
「おまえのいるべき場所はここじゃない。帰れ」
吐き捨て、ゼロはガウェインに乗り込んで────
────あたしは、いつの間にか赤目のいる空間にいた。
テレビだけがある寂しい世界で、赤目が困惑の顔で出迎える。
「何しに来たの? こんな所二度と来るもんかって言ったくせに……」
そうだ。確かに言ったのに、どうしてあたしはここに来たんだろう。
ふらふらと揺れながら赤目の所まで行く。
赤目は三角座りでテレビと向き合って“コードギアス”を見ていた。
ロイドとセシルがいて、ドレスを真っ赤に染めたユフィを抱くスザクがいる場面で一時停止してる。
「それは今日の、今の出来事……?」
「違うよ。今日の話だけどこれは違う」
赤目は居心地が悪そうだ。
視線が全然ぶつからない。
「あんたは知ってたの?
ルルーシュのギアスが暴走して、ユフィが日本人を皆殺しにするって……」
「知ってたよ。
ボクはキミの世界で観れるものは全部観れるんだから」
「それじゃあ……あんたと契約してたらこんな事にはならなかったってこと……?」
「……そ、そうだよ」
「『未来を知ればルルーシュだけじゃなくてスザクも助けられる。
それだけじゃない、キミの大切な』……大切なユフィも助けられる、そう言いたかったの?」
「そうだよ。キミが話を最後まで聞かなかったから。ボクと契約していたら良かったんだ」
ふてくされた声に力が抜ける。
その場で崩れ落ちた。
「……そうだね。本当にその通りだ」
あの時冷静に対処して、うまく話を聞いて情報を引き出していたら。
「あああ……」
こんな事になるなら契約していたら良かったんだ!
「ああああああーーーーーーッ!!!」
自暴自棄の叫びはこの空間では反響しない。
夢の中で涙なんて出ないのに、ぼろぼろと溢れてくるような錯覚を抱く。
「ごめん!! ごめんなさい!!
ちゃんと話も聞かないで!! 一方的に怒って!!
契約するべきだった!! あなたがくれるものと、あたしが渡すものが釣り合ってたのに!! あたしに必要なものだったのに!!」
頭がぐちゃぐちゃで爆発しそうだった。
口を閉ざせば、シンと静かになる。
荒い息遣いだけ聞こえた。
「……あたしと契約しよう」
契約するべきだ。契約しないと。
暗くて目の前が見えない。
「契約したほうがいい。だって“コードギアス”はまだ20話以上あるんだから。これから先誰か死ぬかもしれない。ルルーシュの大切な誰かが。だって王の力はルルーシュを孤独にするんだから。誰も死なせちゃいけない。助けないと。ルルーシュを助けないと。ルルーシュを……」
夢の中のはずなのに抱き締められた感覚がした。
頭を包み込むようにぎゅっとされる。
「今のキミとは契約しない。したくない」
夢の中なのに温かかった。
「黒の皇子の言う通りだよ。ボクの見た“コードギアス”には絶対ならない。
キミがいる事で大きく変わった。だってユーフェミアが生きているんだから」
真っ暗だった目の前が景色を取り戻す。至近距離に赤目がいて、ホッとした笑みをこぼした。
「ユフィは……」
「撃たれなかった。だから死んでない。
今頃ユーフェミアはアヴァロンで拘束されて強制的に眠らされているだろう。
彼女は死ぬはずだった。23話“せめて哀しみとともに”でね。
むしろキミはこれから先の“コードギアス”を見てはいけない。
改変に繋がる行動によっては、時空の管理者がまた出てきちゃうから」
ぐちゃぐちゃした頭ではあまり理解できなかった。
ポカンとしていたら赤目は続ける。
「これぐらいの髪の長さの女だよ。
パソコン故障した時にキミの後ろに一瞬だけ現れた」
ああ、あのホラーの。
「パソコンもラジオも彼女の仕業だよ。
式典会場の惨劇を知ったらキミは絶対跳ぶだろうから。
ナナリーにお願いされなかったらキミは0時までナナリーのそばにいた」
「確かに……そうだ……。
ナナリーのそばにいなきゃって、思ってた……」
「本当にすごいよ、ナナリーは。
あの子の言葉で物語が変わったようなものだ」
興奮に笑んだと思えば、苦い物を食べたような顔をする。
「あー……でも、辻褄は合わせなきゃな。
ユフィを死んだ事にすれば時空の管理者は出てこないだろうし……」
ぶつぶつ言った後、名案が思い付いたような顔でハッとした。
「……そうだ! キミの力をボクに貸してよ!」
「え? 何するつもり……?」
「辻褄合わせが得意な奴の所に行ってくる。お願いして動いてもらうよ」
赤目の表情は生き生きしている。
「ねぇ」
「な〜に?」
「どうしてあたしの力が欲しいの?」
この前のリヴァルの提案だ。
なんとなく聞きたくなった。
「自由に世界を飛びたいから」
くしゃりと笑って答えた。
その表情に嘘はなくて、晴れ晴れとしていて、よく分からなかった赤目のことが少しだけわかったような気がした。
真っ暗なテレビだけがある寂しい世界に住んでいて、前にあたしがここに来た時は本当に嬉しそうで、よく喋るなとは思ったけど、きっとこの子は誰かと話すのが好きなんだろう。
「いいよ」
そんな理由ならあげてもいいや、と思ってしまった。
「あたしの力、あなたにあげる」
「え」
ぽかんとしたけど、次には不審がる眼差しを向けてくる。
「い、いやだ……」
「なんで? 欲しかったんじゃないの?」
「欲しいけどいらない! 契約じゃないと安心できない! ウワーやだ! けっこう前のトラウマがよみがえるぅううううう……!!」
「トラウマ?」
「あげるって言ったのにくれなかったんだよあのド外道野郎が!! 期待させて突き落としてぇええええ!!」
小動物みたいに縮こまり、ウウウと震えて、思わずごめんと謝りたくなった。
もしかして……
「今まで強引に奪おうとしたのは……そのトラウマがあったから……?」
「そ、そうだよ。だって誰だってあげたくないでしょ? 好きな所に自由に飛べるんだから」
「……こうしないと自分のものにならないんだ、みたいな事言ってたのはそういうことか」
「約束じゃなくて契約がいい。だって契約なら確実に自分のものになるんだ。
契約なら反古にはできないからね」
「だから“契約”だったのか。
オッケー。あたしと契約しよう」
「本当にいいの? さっきみたいに投げやりな感じで言ってる?」
「ううん。違うよ。
だって目の前のあなたがちゃんと見える。
契約しよう。力をあげる代わりに、あたしの願いを1つだけ叶えて」
「C.C.みたいに言うんだね」
「契約ならこうだと思って」
「そうだね。契約ならそうだ」
「あたしはルルーシュを助けたい。
でも今はもっとたくさんの人を助けたいの。
助けたいと思った人を助けたい。だからあなたにそれを手伝ってほしい」
「手伝うか……」
「あたしひとりじゃきっと助けられない。だから手伝ってほしい」
「『俺とスザク、二人いればできないことなんてない』だね」
キリッとした顔でポーズを取る。
「いいだろう。結ぶぞ、その契約!」
1話のあれだ!と思えるような完璧さで赤目はルルーシュと同じ動きをした。
すごく嬉しそうな顔する。
力を失った実感は無いけど、きっと彼女に渡ったんだろう。
「それじゃあボクは行ってくるよ。
体に戻った後の事をキミに教えとく。
もし目覚めた場所が生徒会室で、会長さん達がいなくて、残っているのがナナリーだけならヤバイって覚えておいて」
「ヤバイってどうヤバイの?」
「キミが殺される」
「生徒会室で!?」
「会長さん達が生徒会室を出ていった後だよ。
しばらく経ったらやって来る。ナナリーを連れ去ろうとする奴が」
「誰が」
「V.V.が」
「うわぁ」
そりゃヤバイな。
「行ってくるよ。頑張ってね」
「あなたもね。行ってらっしゃい」
笑顔の赤目がフッと消え、真っ暗な世界にひとりぼっちになる。
静かで、寂しくて、心細くなる空間だ。
力をあげてよかった、と改めて思った。
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