33-1

行政特区『日本』の申請が20万を越えた、というニュースをルルーシュと共にパソコンで見る。

「20万……すごいね……」
「スザクがいるからだろうな」

ルルーシュの表情は淡々としている。
だけど瞳が、パソコンを睨む眼差しは憎悪でギラギラしていた。
片手でチェス駒を弄っている。

「空はどう思う?」
「どう思うって……」
「おまえが心から思っている気持ちを聞かせてくれ」

優しい声だ。でも瞳が怖い。
ここでユフィの案に賛同したら……考えたら恐ろしくなるような冷徹な瞳をしていた。

「……あたしは反対。
行政特区『日本』の平和なんていつ壊されるか分からない。
ブリタニアの意思ひとつで簡単に潰される。
そんなものは……ナナリーが安心して暮らせる世界じゃない」

ルルーシュの目つきがほんの少しだけ和らいだ。

「いつ終わるか分からない平穏だよ。そんなのダメ。
ギアスを手に入れる前のルルーシュがいた世界と一緒だよ。
でも……」

……でもあそこにはスザクがいる。
ここでユフィの手を取ったら、スザクが味方についてくれるかもしれない。
それに、気になる事がひとつある。

「でも……なんだ?」

ルルーシュの瞳にゾッとする。
のし掛かるような威圧感を感じた。
言葉を呑み込んでしまいそうになったけど、マオを思い出す。
自分の言葉がマオを逆上させてしまうのでは、と黙ってしまったあの時と同じ事を、あたしはまたやってしまうのか。

「学園祭でのユフィの言葉が気になるの。
みんなが幸せにならないと嫌、って言ってた。
その為の方法が行政特区日本なんじゃないかな」
「ふざけているな。
ユーフェミアのそれは上から押し付けるだけの平和だ。
黒の騎士団は解体され、武装を奪われ、反抗すらできなくなる」
「解体したふりをして隠せばいい。行政特区日本を隠れ蓑にして、ブリタニアそのものを潰す機会を狙えば……」
「簡単に言うな!」
「ユフィだけじゃ出来ない。ルルーシュが手を貸せばもっと良いものになるよ」

ダン!!!!と叩きつける大きな音がして身体がビクッと震えた。
ルルーシュは立ち上がっていて、いつもより背が高く、大きく感じた。

「それは本気で言っているのか?」

唇が情けなく震えてしまう。

「……そう、だよ。
だってあそこには、スザクが、いるから……」

怖いけど、目を逸らしたくないと思ってしまった。

「ナナリーにも、ルルーシュにも、スザクがいなきゃ。
そばにいるだけじゃ、あたしじゃダメだよ……。
ナナリーに何かあったら、守れるのも助けられるのもスザクしかいない……」

ルルーシュは大きく舌打ちして、パソコンをそのままに出ていった。
その日からだ。話をしなくなったのは。
ルルーシュを遠く感じるようになったのは。

軍の人間がいつ来るか分からないから、自分の部屋以外は変装して日々を過ごす。
別の人間になって1日のほとんどを生きるのは思った以上に精神がすり減っていく。
夜、ナナリーが寝る時に素顔で話す時間が唯一の癒しだった。

ルルーシュは夜遅くに帰る日もあれば、帰って来ない日もあった。
きっと騎士団で何か大きい事をしようとしてるのだろう。
心のどこで、会えなくてホッとする自分がいた。

騎士団のみんなは特区日本をどう思っているんだろう?
ユフィはどうして特区日本を設立しようと思ったんだろう? スザクの為?
ルルーシュは今なにを思っているんだろう?
考えても答えが出ない事を考え続けたら、ぷつんと何かが切れてしまった。
身体がズシッと重くなり、部屋を出る気力が全然湧かなくなる。
休んだほうがいいと咲世子さんに言われ、朝からずっと寝続けた。

起きた後、部屋は真っ暗で、卓上ランプだけが光っている。
そばには飲み物のボトルがあり、渇ききった喉でゴクゴク飲んだ。
よくよく見たらかわいくラッピングされた小さな袋もあった。
結ぶリボンに手紙が差し込まれている。

「ナナリーから?」

……と、思ったけどシャーリーからだった。“げんきになったら話したい”と。
携帯の番号も書いてある。
女子寮の消灯時間まで残り1時間だ。
シャーリーの声が聞きたくて、ありがとうだけは言いたくなり、書かれた番号に電話する。すぐに繋がった。

『……空? もう元気になったの?』
「うん。たくさん寝たから。
手紙ありがとう。プレゼントも。
中はまだ見てないんだけど、シャーリーにありがとうを言いたくて」
『ちょっとしたものだよ。クッキー焼いたの。
持って行きたい!って何だか急に思っちゃったの。変だよね?』

へへ、とシャーリーは照れ笑いをこぼす。
生徒会でいつか貰った手紙を思い出す。

「……ぜんぜん変じゃないよ」
『良かった。
あとね、お詫びもしたかったの。
この前困らせちゃったから』
「そんな……お詫びなんて……。
困ってない。全然困ってない……!」
『困らせちゃったよ。
あのね、この前ルルーシュと話して、
思い出せない理由がやっと分かったから』

今のシャーリーの声は、不安で揺れていたあの日とは違っていた。

『深い悲しみが原因で、身近な人を忘れちゃう記憶障害みたいなの。
今まで話しかけてくれなかったのは、忘れた人が近づく事で私が悲しい気持ちを思い出してしまうかもしれないからだって。
思い出させたくないって言われたの。
生徒会では挨拶だけ。今まで通りに接する事はできないって。
ごめん、って謝られた……』

シャーリーは寂しそうに言う。
それでも、どこかすっきりしたような声をしていた。

『……ルルーシュと話して、優しい人だな
って事は分かったよ。
心配させちゃってごめんね。
私はもう大丈夫だから』

安心して、ぐっと泣きそうになる。

「……うん」
『話聞いてくれてありがとう、空』
「あたしもだよ。話してくれてありがとう、シャーリー。
話聞けて本当に嬉しかった。
明日、生徒会行くね」
『ナナちゃんと一緒にね。いつもの時間に待ってるから。おやすみ』
「おやすみなさい」

通話を終えたら力が抜けた。
涙腺が弱いのか目頭が熱くなる。
聞きたかった声が聞けて安心したのか、お腹がすごく空いてくる。
リボンをほどいて袋を開け、クッキーをつまんで一口食べる。
ほろりと崩れ、噛めば柔らかく口の中で溶けていく。
優しい甘さにまた涙がにじみ出た。
食べながらぼんやり思う。
話す前と後とで気持ちが違う。生まれ変わったみたいに全然違う。
袋をまたリボンで結ぶ。これをルルーシュにも食べてほしいなぁ。
ダイニングにも行きたくなった。軽くなった身体で部屋を出る。

廊下は静かだった。
窓から見える空は星がいくつも見えて、明日の天気はきっと晴れだろう。
ダイニングに入れば、一番最初に目に入ったのはルルーシュの姿だった。
学生服の上着を脱いでいる。
視線がぶつかり、おかえりを言う前にルルーシュは視線を逸らした。

「空さん。起きて大丈夫なんですか?」
「……あ、うん。もう平気だよ」

あたしを見ないように顔を背けながらルルーシュはキッチンへ歩いていく。
これ他の人が見てたら不自然だって思うやつだよ。

「すみません咲世子さん。
空の分のお茶もお願いします」
「はい、かしこまりました」

戻ってきたルルーシュはやっとあたしを見てくれた。

「明日は特区日本の開設記念式典だ」
「えっもう明日なの?」
「ラジオで聞きました。あっという間ですね」
「空」

ルルーシュの顔に笑みがない。
「う、うん」と返事した声は上ずっていた。

「俺は朝から出かけるから、空はずっとナナリーのそばにいてほしい」

すごく久しぶりに、目をしっかり見てもらえた。

「うん。わかった」
「空さんは……朝からずっとそばにいてくれるんですね」
「ああ」

嬉しそうにナナリーがはにかんだ。
その後、みんなでお茶を飲んだけど、ルルーシュはまたこっちを見なくなる。
寂しいけどホッとした。
今のルルーシュが遠くにいるけどあたしだって同じだ。
遠いままで、距離を縮めようとしないんだから。


  ***


特区日本の開設記念式典当日、窓の外から見える空はキレイに晴れ渡っていた。
ダイニングでパソコンを開いてネットニュースを表示し、ナナリーの隣に座る。
休みをもらってここにはいない咲世子さんは、特区日本をどう思っているか一言も言わなかった。

「『こちら、行政特区日本開設記念式典会場です。
会場内は既にたくさんのイレヴン……いえ 日本人で埋め尽くされています。
会場の外にも入場できなかった大勢の日本人が集まっています』」

画面には超満員のスタジアムが映り、右上にLIVEと表示されている。
会場端にはナイトメアも整列していた。

「客席がすごいよナナリー!
多分数万人は会場に来てる!!」
「そんなに集まってるんですか!?」

驚き顔のナナリーが嬉しそうにふわりと笑う。

「すごいですね。そんなにたくさん……。
きっとみんな、ユフィさんを信じているから集まったんでしょうね」
「うん。きっとそうだと思う」

「『レズリーさん。ゼロは姿を現すのでしょうか?』」とアナウンサーが質問して、解説役?のレズリーさんが「『いえ。現時点まで何の連絡もないようです』」と答えた。
連絡は無いけどゼロは、ルルーシュは絶対ユフィの所に行く。
特区に参加してほしいというユフィの申し出にゼロはどう返答するんだろう?
ルルーシュの怒りを思いだせば、彼女の手は絶対に取らないだろうとハラハラ思ってしまう。
ぎゅっ、と手を握られてハッと我に返る。
考えに没頭しすぎて、ナナリーの視線に気づかなかった。

「何か心配事でもあるんですか?」
「え?」
「ごめんなさい……。
空さんに笑顔が無いように感じてしまって……」
「……そう、だね。
うまくいってほしいな、って思うんだけど……」
「大丈夫ですよ」

ナナリーは力強く笑う。

「お兄さまがいればきっと大丈夫です」

誇らしげにナナリーは言う。
握ってくれているナナリーの手の上に、自分の空いた手を重ねて握った。

「『大変なことになりました! あのゼロが堂々と姿を現しました!!
今、ユーフェミア殿下の指示でG-1へと向かいます』」

会場の様子が大きく変わり、あたしもナナリーもパソコンに意識を向ける。
画面には護衛らしき人がゼロに金属探知機を使っている様子が映っている。
アナウンサーの実況が流れる中、ナナリーもあたしも静かに聞く。
問題なかったようでゼロとユフィが建物の中に入っていった。
場を繋ぐ為か、会場の様子を背景に『特区日本ではどんな暮らしになるのか』というのをレズリーさんが解説していた。
聞き入っていたら、画面がブツッと暗転する。

「えっ? あれ? どうしたんだろ……」
「何かトラブルですか?」

パソコンはバッテリーが切れてしまったのか、電源ボタンを押しても起動しない。

「バッテリー切れちゃったみたい。
それとも故障かな? 朝確認した時は大丈夫だったんだけど……」

会場の様子が分からなくなり、不安が一気に押し寄せる。
暗い画面には泣きそうな顔の自分がいる。

「ラジオを聞きましょう。きっと放送しているはずです」
「そうだラジオがあった。ありがとうナナリー」

パソコンを触ろうとした手を下ろし、暗い画面をジッと睨む。
こんな肝心な時に使えないなんて……と思っていたら、自分の後ろにボブの髪型の女が立っているのが見えた。

「え!?」

バッと振り返る。女の姿はどこにもない。

「えぇ……?」

困惑の声に「空さん大丈夫ですか?」とナナリーが聞いてくる。

「だ、大丈夫……。
ちょっと見間違いしちゃって……」

遅れて心臓がドキドキする。
なに今の。すごいベタなホラーに遭遇した気がする。
ナナリーはラジオを出してくれたようで、ザーザーと音が聞こえてきた。
ラジオを操作するのを黙って見ていたら「おかしいですね……放送全然聞こえません……」と途方に暮れた声で言われた。

「ラジオも調子悪いね……」

時計をチラッと見てため息をこぼす。
ゼロとユフィが会場に戻っている頃かもしれない。
いや、まだ話し合っているのかも。

「……そうだ。生徒会室行こうか。
きっとリヴァルのテレビで放送見ているはずだから」
「いいですね。行きましょう」

パソコンをテーブルに置き、ナナリーの車椅子を押してダイニングを出る。
晴れた日の廊下は明るかった。

今、ゼロとユフィはどんな話をしているんだろう?
気になってそわそわしてしまう。幽体離脱で瞬間移動したら二人の所に行けるのにな……。

……でもそれはダメだ。ルルーシュにナナリーを頼まれたのにそんな無責任な事をしちゃ。

「空さん」

柔らかい手でそっと触れてくる。
ルルーシュよりもナナリーのが温かかった。

「なぁに?」
「空さんは今、ユフィさんの所に行きたいですか?
行きたいって思ったら行けるんですよね」
「……うん。一瞬で行けるよ。
ユフィの事は気になるけど、今はナナリーのそばにいたいな」

あたしが今やるべき事はナナリーのそばにずっといることだ。
ぐ、と力を込めてナナリーは手を握ってきた。

「……ナナリー?」

ナナリーは触れていた手を下ろし、お腹の前で両手を組み、項垂れた。
ふんわりした長い髪が彼女の顔を隠してしまう。
表情は見えないのに泣いてるように思えた。

「空さんにお願いがあります。今すぐユフィさんの所に行ってほしいんです」

笑みの無い声だ。
突き放されたように感じて戸惑ってしまう。

「え? どうして?
行けないよ。だってナナリーがひとりになっちゃう……」
「わたしはいいんです。
空さんはユフィさんの所に行ってください。
胸騒ぎがするんです。すごく嫌な胸騒ぎがっ。
これは……そうです、スザクさんが前に言ってました。
“ムシのシラセ”というやつです!!」

本当にヤバい事が起こりそうな、そんな危機感を持ってしまいそうになる声だった。

「わたしはミレイさんの所に行きます。
だから空さんはユフィさんの元へ急いでください!!」

切迫した真剣な声に背筋が伸びる。

「わかった!!」

考えるより先に返事をしていた。

「あたしは部屋のベッドで幽体離脱するから、ミレイが心配しても平気だって言っといて!!
ユフィが大丈夫だったらすぐ戻るからね!!」

ナナリーに伝えた後、一直線に自分の部屋を目指して走った。


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