31.悪魔みたいな契約を

クラブハウスに戻ってやっと、日常に帰って来られた実感が湧いた。

今日もルルーシュは騎士団だ。
生徒会に出られない分、あたしが学園祭の準備を頑張らなければ。

生徒会は準備に追われ、慌ただしい空気に包まれている。
ミレイは学園祭の宣伝チラシの最終確認をして、ニーナは巨大ピザの設計図を広げ、シャーリーは届いた段ボールを種類別に分けている。
学園祭に必要な品が詰まっているそうだが、何に使うかは不明だ。
リヴァルはポータブルテレビを凝視していた。
臨時ニュースなのか、不穏な音声が聞こえてくる。

「『“我々はここに正当なる独立私権国家・日本の再興を宣言する”とフクオカ基地を占拠したグループが声明を出しました。
グループの中心人物の澤崎アツシは、旧日本政府・第二次枢木政権で官房長官を務めていた男です。
戦後、中華連邦に亡命していましたが、ゼロの活動に伴う昨今の内情不安につけこみ、行動を起こしたものと思われます。
なお、黒の騎士団が関与しているのは調査中ですが』

リヴァルはニュースの途中でポータブルテレビの電源をオフにする。
深刻な顔だ。
シャーリーも重いため息をこぼす。

「……こんなに頑張って準備してるのに、やっぱり中止かなぁ学園祭」
「そんな問題じゃないっしょ。戦争だよ?」
「戦争って……」

ニーナの顔色は悪い。すごく不安そうだ。
リヴァルはポータブルテレビを裏返して置く。

「間に亡命政権をはさんでいるだけで、これは中華連邦との戦争だって」
「そんな……」
「ハーイその話はここまで!!」

ミレイは大きく手を叩き、強引に話を終わらせる。

「今私達に出来るのは学園祭の準備よ!!
今年の学園祭は今年しか出来ないんだから!!」

励ます明るい声に、あたしも自然と笑顔になる。

「そうだね。
今いる生徒みんなでやる学園祭は今年だけだよね。一生に一度の学園祭!」
「うーわーそう言われると責任重大じゃん!! 準備頑張らなきゃな!!」

パソコンを起動させ、リヴァルは進行表のまとめ作業を開始する。
キーボードをカタカタさせながらため息をこぼした。

「あーあ……実行委員長サマは今どこで何してんだろうなぁ〜」
「ルルーシュは全然顔出さないわねぇ。
本番めちゃくちゃ働いてもらいましょう」

ミレイにこき使われるルルーシュが簡単に思い浮かび、面白くなる。
リヴァル達が笑う中、シャーリーだけは悩んでいるような浮かない顔をしていた。
どうしたんだろう? 少し気になった。

「そうだニーナ。美術館から借りる予定の屋外ブースは?」
「あっ。手続きは今日行くの。
できればその後、科学庁に寄りたいんだけど……」
「それって……例のプレゼント?」
「ん? プレゼントって?」

ふふ、とニーナは笑う。かわいらしい笑顔だ。

「欲しいものがあって。
頼んだらくれるってロイド先生が」
「ロイドぉ!? あんの女ったらし〜!!」

瞳が怒りに燃えるリヴァルはノートパソコンをバン!と閉じた。

「ハイハイ乱暴にしない。
いいからアンタは作業を進めて!」

リヴァルは渋い顔でパソコンを開いた。
不満そうに唇をとがらせ、キーボードをカタカタする。

「へーい……。
……そんなこと言っても俺全部出来ないですよぉ?
大事なトコは雲隠れした馬鹿が担当してるんだから。
あーあ……なんか変わっちまったなぁルルーシュのやつ……」

そっとシャーリーに視線を向ける。
何か思い詰めてる表情だ。
シャーリーはいきなり顔を上げ、こちらを見る。急に視線がぶつかってドキッとした。

「ごめん、空。
今いいかな?」
「だ……大丈夫だよ。どうしたの?」
「……ちょっと取りに行きたいものがあって。
一緒に来てほしいんだけど……」
「いいよ。行こう」

二人で生徒会室を出る。
廊下を無言で歩くシャーリーは難しい顔をしていた。
笑顔の無いシャーリーに心配する気持ちはあったけど、どう声を掛けていいか分からないからあたしも沈黙する。

正面玄関があるホールに出た瞬間、シャーリーの歩く速度が急激に落ちた。
足を止めた後は少しも動かない。
何か言いたそうだ。シャーリーが話すのをひたすら待てば、心を決めた彼女はバッと顔を上げる。

「……空に聞きたい事があるんだけど」
「うん。気にしないで言って」
「ありがとう。聞きたいのはルルーシュ君の事なんだけど」

一瞬息が止まる。
動揺が顔に出なくて本当に良かった。

「空はルルーシュ君の事、よく知ってる?」

シャーリーの探る目に、これは慎重に答えなきゃいけないと思った。
ルルーシュが彼女にギアスをかけているんだから。

「うん。生徒会の副会長で、最近ずっと生徒会を休んでる」

それが彼女の望む答えじゃないのは分かってた。
シャーリーは泣きそうな表情でうつむいた。

「……ごめん。
本当にごめんね。私、変なんだ……。
ナナちゃんのお兄さんの事、忘れているの。
同じ生徒会なのに思い出せなくて……」

何も言えない。言うべき言葉が出てこない。
なんでもいいから言わなきゃいけないのに、声が喉元で詰まってしまう。
返答できないあたしにシャーリーは無理に笑って見せた。

「……変な話してごめん。困らせてほんとにごめんね。
今の話、無かった事にしてほしいな。
私気分転換に泳いでくるから、空は先に生徒会室戻ってて」

パタパタと走っていくのを黙って見送るしかできなかった。
泣きそうな顔をそのままにしたくなかったのに。
これがスザクやミレイなら、もっと上手に言えただろう。
自分がすごく嫌になった。


  ***


生徒会室に戻ったけど、ひどい顔だと指摘され、一息いれてきなさいとミレイに諭され、屋上に足を運んだ。
ごろんと横になる。
青空はやっぱり少しも変わらない。
きれいだと思った空のままだ。
騎士団にも行けない。シャーリーの事も何もできない。
今あたしにできるのは……

「……文化祭の準備をしっかりする」

分かってるのに体が重い。全然動かない。
目を閉じれば意識が遠くなって────


────いつの間にか赤目のいる空間にいた。
テレビだけがある寂しい世界に、あたしの顔をした赤目が笑って迎える。

「いらっしゃい。来てくれて嬉しいよ」

明るい顔は本当に嬉しそうだ。
足が自然と動いて赤目の隣に腰掛ける。
この空間で二人きりになったのは久しぶりだ。
赤目の雰囲気が柔らかくなったような気がする。
こちらを見た赤目はにこりと笑った。

「どうしたの?」
「なんか……前と違うなって」
「昨日たくさん話したからね。
ふふ、美味しいもの食べたし聞きたいのも聞けたから」

三角座りでテレビと向き合い、何かのアニメを視ているようだ。
スザクのアップで一時停止されている。
これ『コードギアス』だ。

「今20話の途中なんだ。一緒に見ようよ」

20話? あたしが知ってる『コードギアス』よりずっと先の話だ。
赤目はテレビに指を差す。リモコン操作してるみたいな動きだ。
一時停止が解除され、テレビに覚えのある男が大きく出た。

「『何をしている!! ヤツを止めろ!!』」

ニュースで見た男がアニメになってる。
すごい久しぶりに『コードギアス』を見た気がした。
次にスザクのアップ。
ランスロットに乗っているんだとすぐに分かった。

「『最後に、お願いをしてもいいですか?』」
「『さいご?』」

ああ、ユフィの声だ。

「『僕に何があっても────』」

多分フクオカ基地だ。敵のナイトメアが続々と、あちこちで、どこかを目指して走っていく。

「『────自分を嫌いにならないでください』」

ランスロットが火花を散らしながら駆ける。
左腕には発光する盾のような装備を、右手には紅い剣を握る姿は勇ましい騎士そのものだった。

「『あと、その時は、僕の存在を全て消してもらえると』」

進んだ先にはすでに敵が。周りを取り囲んでいる。
スザクは分かってて飛び込んだんだ。

「『友達に迷惑はかけたくないから、転校したことにでもしてください』」

笑いながら言う穏やかな声。なにその遺言みたいな言葉。
左腕の発光が消える。ああ、だめだ。

「『スザク、まさか……』」
「『もう、エナジーが尽きました』」

いやだ。いやだ、スザク。

「『ああ、いけない。セシルさんやロイドさん、それとシュナイゼル殿下によろしく────』」

いやなのに。聞きたくないのに。スザクの声が耳に入ってくる。

「『────最後まで独りよがりだったな、僕は』」
「『スザク死なないで!! 生きていてぇ!!』」

絶望するユフィの顔と声の後、ブツッと映像が消えて暗転した。

「………………は?」

なに消してんだお前。
隣をギッと睨めば、テレビを指差す赤目がニヤニヤ笑っていた。

「この先はダメだよ。
未来に起こる出来事を知りたいなら、先にボクと契約してくれないと」

夢の中なのにザワッと悪寒が走った。
尊大な表情で、馬鹿にしたように、悪魔みたいに赤目は笑う。

「キミの力が欲しい。
キミの力をボクにくれたら、代わりに続きを見せるよ。20話の続きだけじゃない、結末まで全部ね。
“コードギアス”は全50話なんだ。
見たい時にここに来て、戻りたい時にあっちへ戻ればいい。
未来を知ればルルーシュだけじゃなくて枢木スザクも助けられるよ。
それだけじゃない、キミの大切な」
「絶対嫌!!!!」

怒りで視界が歪む。
なんだコイツは! 本当に何なんだ!
ディートハルト以上の嫌悪感で吐き気がする!!
スザクが死にそうになる所まで見せて!! これから起こる未来を見せつけて!! 知りたいと思わせるような事を!! この卑怯者!!
あたしは魚か!? 餌をぶら下げて釣り上げようとして!! 自分の目的の為に言葉巧みに誘導する詐欺師みたいな事を平然と!!

「こんな所!! 二度と来るもんか!!!!」

赤目の顔が今にも泣きそうに歪む。それが最後だった。
景色がガラリと変わる。体の感覚が一気に戻る。
夢から現実の世界に帰ってきたみたいだ。

「最ッ悪……!」

ガバッと起きれば、何故か隣にリヴァルがいてビックリした
リヴァルは驚いた顔でバッと立ち上がり、すごいスピードで後ずさる。

「ごめん! 今俺来たばっかだから!
寝てるの起こすの悪いかなーって思って隣にいただけだから!! 寝顔とか見てねーからな!!」

パックのジュースを両手にそれぞれ持っている。
目覚めた時に呟いた言葉はリヴァルに向けたものじゃない。
罪悪感に満ちた顔をさせてしまって申し訳なくなった。

「まっ待ってリヴァル! ごめん! 嫌な夢見てただけだから!」
「え、そーなの……?」

顔をホッと和らげ、リヴァルはゆっくりと戻ってくる。

「嫌な夢見てたのか。それなら俺起こした方が良かったかも……。
これ差し入れな。飲んで気持ち切り替えなよ」

りんごのパックジュースを渡してきた。
わざわざ買って持ってきてくれたのか。

「ありがとう」
「ああ」

リヴァルが隣に座ったのを見た後、ストローを刺してヂューと飲む。
気持ちはすぐに切り替えられない。スッキリしない。
赤目とのやり取りで感じたムシャクシャする苛立ちが胸の中で濃くなっていく。
赤目と話さなきゃ良かった。後悔が膨らんでいく。
どうせ次も勝手に呼び出されてあそこに飛んでしまうんだ。ああすごく嫌になる。
話したくないのに話さなきゃいけない状況に落とされるんだろう。ああもう本当に嫌だ。
水分採ったら今度は涙が出そうになった。悲しくないのに腹が立って泣けてくる。

「……リヴァルってさ」
「ん〜?」

リヴァルもジュースを飲む。
屋上は風が無くて暖かい。

「リヴァルは詐欺師みたいなヤツと話した事ある?」
「サッ詐欺師〜!? え? なに急に……。
それがどうしたんだ?」
「ごめん。
詐欺師みたいな人と話さなくちゃいけない時、リヴァルならどう話すのかなって……」
「えー俺ぇ?
そりゃあ俺はバイトでそれっぽいヤツに話しかけられる事は多々あるけど」

やっぱりそうか。
バーには危険な匂いがするお客さんも来るようだ。

「……相手が詐欺師なら、腹立つくらいすごい口達者だからそもそも話は聞かない。
適当に流して話し合いのテーブルには着かないようにしてる」

こっちは最初から話し合いのテーブルに着かされているからな。
話さず逃げろって事だろうか。

「あー話さなくちゃいけない時って言ってたよな。
そん時もそいつの話には聞き入らない。
あーコイツ大きい独り言ぶつぶつ言ってるなぁって、自分とそいつの間に壁を作るの。
二人きりで話さないのが一番!
……まぁ、ルルーシュは今居ないからなぁ。話さなきゃなんない時は俺がそばに居てやるから」

すごく安心した。
でも場所は夢の中だ。リヴァルにそばに居てもらうのは無理だろう。
それでもリヴァルの言葉は、あたしから苛立ちを消してくれた。

「ありがとう、リヴァル」

リヴァルはホッと表情を柔らかくする。

「あー……良かった。
やっと笑ったな」
「え?」
「不安そうだったり、苦しそうだったり、ずっとそんな顔してたから。
もしかしてその詐欺師みたいなのって夢に出てきたのか?」
「なんで分かったの!?」
「え? 当たっちゃいました?
いきなり詐欺師がどうの言ってたからそうなのかなって……」
「……リヴァルってすごいね」

本当にすごい。
たかが夢だって片付けなくて。
ジュースを飲みきり、ベコッと音がしたパックを下に置く。

「真っ暗な夢の中でね、いつも出てくるんだよ。
あたしの持ってるやつをすごい欲しがってて、代わりに良いものあげるから〜って」
「いつも? 毎回ィ? 同じヤツ出てくる夢ってヤバイやつじゃん……。
厄介な夢見てるんだな。そりゃあ目覚め最悪じゃん。
何欲しいかは具体的には言ってこないの?」
「具体的には……言われたんだけど……」
「あ、そーなの。
んじゃあ、その代わりに良いものあげるの“良いもの”は具体的に何か言ってた?」
「うん……それも具体的に言われた……」
「ならまだマシなほうだよな。
具体的に言わないで契約しませんかって俺んところ来たヤツいたから」
「契約」
「大金貰う代わりに毎月何かしなきゃいけない契約。内容は不透明。
もちろん断ったぜ。
わかんないヤツほど恐ろしいモノはないからな」
「それがもし不透明じゃなかったら?」
「相手がくれるものと、俺が渡すものが釣り合ってて、そのくれるものがめちゃくちゃ欲しいやつだったら考える。
でもまずは相談! 詐欺師みたいだって思えるような怪しいヤツとの取引は自分ひとりで決めちゃダメだ!」

キッパリ言い、リヴァルは頼もしく笑った。

「絶対誰かに相談しろよ。
絶対みんな話聞くから!」

重ねて言う絶対の言葉に笑ってしまう。

「わかった。絶対相談する」
「あと冷静にな。その詐欺師みたいなヤツの事だけで頭いっぱいになるのは良くないから」
「冷静に……」
「そうそう、冷静に。
ルルーシュみたいにな」

“もし蹴りたくなるほど腹が立った時は”

……どうして忘れていたんだろう。
怒りに支配されるなってルルーシュに言われていたのに。

リヴァルはヒョイと立ち上がる。

「でもさぁ、同じヤツが夢に出るって、よっぽとソイツは空が持ってる物欲しいんだな。
また次夢に出てきたら聞いてみたら?
どうしてそれが欲しいの〜?って」
「リヴァル面白がってる?」
「ちょーっとだけな」

軽い足取りで離れていく。
あっちは地上がよく見える場所だ。

空がさっきよりもきれいに見える。
リヴァルと話した後の空は美しく晴れていた。

「ん〜? 誰だありゃ……?」

リヴァルの上げた声に「どうしたの?」と立ち上がれば「空! 座ってろ……!」と小声で制止された。
普段のリヴァルでは考えられない緊張感のある声にサッとしゃがむ。
リヴァルも慌てて身を低くする。遠くから狙撃されそうになった時の動きみたいだ。

「な、なに、何が居たの……!?」

こそこそと小声で聞けば、リヴァルも声量を落として返事した。

「スザクじゃない軍人が2人いる。帰ろうとしているみたいだぜ……!
服がスザクのと違ってて、顔付きが何かちょっとヤバそうな感じだった……!!
一体何の用で来たんだ?」

リヴァルは疑問の声で言う。
来た理由はひとつしかない。軍から逃げてきたあたしを捜しているんだ。
軍人がいなくなったのを確認した後、リヴァルの携帯がブーブー震える。

「あーもしもし会長?
……そう。大丈夫。俺今空と一緒に屋上いるから」

リヴァルは携帯を耳から離して「会長が代わってほしいって」と言いながら渡してくる。
受け取ってすぐに応じた。

「もしもし、あたしだよ」
『空ね。良かった!
実はさっき軍の人が来てね、情報提供を求められたの。
ホテルジャック事件で人質になっていたイレヴンの少女を捜しているって』

何となく分かっていたけど、実際に言われると息が一瞬止まってしまう。

「それで、ミレイは……」
『もちろん言ってないわ。
軍の人もアッサリしていたの。
連絡先が記入された正式な書類だけ渡して帰って行ったわ』
「後で見せてもらってもいい?」
『もちろんよ。渡すから、ルルーシュが帰ってきた時に一緒に見てちょうだい』
「ありがとう。また後でね」

リヴァルに携帯を返した後、校舎裏からこっそりクラブハウスに戻る。
帰ってすぐ、ミレイは顔を合わせるなり抱き締めてくれた。

「捜している理由を軍の人は教えてくれなかった。
心配しないでちょうだい。空の事は絶対守るから」
「しばらくは学園の外出ない方が良さそうだな。
なんか注文したら荷物の受け取り俺するから」

ありがとうを言いたいのに声が出ない。
ミレイの気持ちもリヴァルの申し出も嬉しいけど、それ以上に諦めの気持ちが上回った。思ってしまった。
あたしはここに居てはいけない、と。


  ***


自分の部屋に戻ってすぐ、急いで携帯をポケットから出した。
騎士団でゼロしてるルルーシュに電話をかける事に躊躇いはあったものの、以前約束した“絶対電話する”を守る為、携帯を操作して耳に当てた。
扇さん達の所にいたらさすがに電話には出られないだろうなぁそれでもいいや……と思っていたらワンコールで出て驚いた。

『俺だ』
「ルッ……あの、ごめん……今、いいかな……?」
『ああ。今俺はガウェインの中だ。
どうした?』
「ついさっき、夢を見たんだけど……。
その夢が、ただの夢じゃない感じがして……」
『どんな夢を見た』

信じてくれる、真剣な声にホッとする。

「澤崎アツシがいる所にスザクがランスロットで乗り込む夢……。
見た事無いナイトメアがたくさんランスロットを囲んでいて、そこでエナジーが切れてしまうの。
スザクが遺言みたいな事を言っていて……。
生きるのを諦めたみたいな声で言っていた……」
『……なら、エナジーフィラーを余分に持って行かなければな』
「助けに行ってくれるの?」
『ああ。もちろんだ。
劇的なタイミングで現れれば、ゼロに対するスザクの心証も良くなるだろう』
「ヒーローみたいだね。
ピンチになってから現れる」
『ゼロは正義の味方だからな。
スザクは俺に任せろ』
「ありがとう。ルルーシュ」
『ああ。
それと、俺が帰るまでおまえはクラブハウスにずっといてくれ。
澤崎アツシの件が解決した明日以降、軍の人間がアッシュフォード学園に足を運ぶはずだ』

ヒュッと息を呑む。
不安が心を一気に駆ける。

「……それが、ついさっき2人の軍人が」
『もう来たのか。
思った以上に手を回すのが早いな。同時進行とは恐れ入る』
「本当に……ヤバイ奴なんだねシュナイゼルって……」

絶対見られたくない人間とルルーシュが言うだけある。

『不安か?』

すごいな。声だけで気づくんだから。
息を潜めながら、ゆっくりと呼吸する。
悟られないようにちゃんと笑わないと。
ルルーシュがいるから平気だよ、と言おうとしたのに、それより先に。

『スザクも、軍の件も、空が不安に思っている事は現実にはならない。安心しろ』

熱いものが込み上げ、涙になって瞳に浮かぶ。
視界がぼんやりと揺らいで見えなくなった。

「ルルーシュって本当にすごいね。
声聞いただけで大丈夫って思えるんだから」

ふっと息を吐く音がかすかに聞こえた。
それだけで優しく微笑んでいる顔が簡単に浮かぶ。
電話でも話すだけで気持ちが軽くなる。
今なら何でも話せそうだけど、このまま話を続けてもいいのだろうか?と思ってしまった。

「……まだ、電話続けてもいいかな?」
『ああ。こっちは気にするな。全部言ってくれ』
「シャーリーの事なんだけど」

ほんのかすかな息を呑む音が聞こえて、今言うべき話じゃなかったと後悔する。
でもダメだ。言った以上ちゃんと話さないと。

「シャーリーに言われたの。
『ナナちゃんのお兄さんを忘れているの』って。『同じ生徒会なのに思い出せない』って。
苦しそうに、泣きそうな顔で言われたの。
相談してくれたのに、あたし……何も言えなかった。
お願い、ルルーシュ。シャーリーと話をしてほしい」
『シャーリーと、話をか……』

ルルーシュは言い淀む。
どう接していいかルルーシュ自身、迷っているのかもしれない。
シャーリーに何も言えなかったあたしがルルーシュに言える立場じゃないけど。それでも……

「……お願い。少しでいいから話してほしい。
じゃないとシャーリーは、あたしじゃなくて他の、リヴァルやナナリーのところに行くかもしれないから……」
『……それは確かに、最優先で対処しなければならないな。
学園祭の準備を俺もするから、シャーリーとはその時に話す。
進歩状況を後で聞かせてくれ』
「ありがとう、ルルーシュ」
『……続きは帰ってからだな。
俺は作戦の準備に取りかかる』
「うん。行ってらっしゃい」
『ああ。行ってくる』

柔らかな声で言った後、通話が終わった。
大事な話を立て続けにしたせいか、気が抜けてベッドに倒れ込む。
全部話したと思ったけど、まだ言えてない事がひとつだけあった。

「“コードギアス”は全50話か……」

赤目とのやり取りもルルーシュに話したほうがいいだろう。
スザクはゼロが助けてくれる。だから絶対大丈夫だ。
そう思えるのに、なぜか胸騒ぎを感じてしまう。

頭が真っ白になるほど怒ったのに、今はそれだけじゃなくなっていた。
知りたい、という気持ちが膨らんでくる。

コードギアスが全50話で今日が20話なら、残りの30話で一体何が起こるんだろう?
24話か25話で終わると思ったのに、まさか4クールまで続くなんて。

「力をあげたら結末まで、か……」

なんて契約を持ちかけてきたんだアイツは!

「相手がくれるものと、俺が渡すものが釣り合ってて、そのくれるものがめちゃくちゃ欲しいやつだったら考える」

あれだけ激しくムカついたのに、気持ちがぐらぐらと揺れ始める。

「考えない!!」

ガバッと勢いよく起き上がってベッドを降りた。
今は考えるよりも、あたしに出来る事をしなければ。

「今日の晩ごはんはナナリーの好きなものを作ろう!」


  ***


やる事があると時間が過ぎるのは早い。
あっという間にナナリーの就寝時間だ。
『空さん。今日は寝る前におとぎ話を聞かせてほしいです』と言うナナリーのお願いを叶える為、ナナリーの部屋に足を運んだ。
暗い室内には電気スタンドだけがついていて、ベッドで横になるナナリーが顔を向けてくれた。
咲世子さんはキッチンかな?

「お待たせ、ナナリー」
「ありがとうございます。
たまにお兄さまに本を読んでもらってるけど、今日は空さんの知ってるおとぎ話が聞きたくて」

かわいい事言うなぁ〜!
ニヤニヤ顔でベッドのそばに腰掛けた。
ここでルルーシュは読んでいるのかな?と思える位置にクッションが置いてある。

「眠くなったら寝ていいからね」
「はい。空さんも眠たくなったら言ってください」
「おとぎ話は何でもいい?」

あたしもクッションに座った。

「はい。空さんが好きな話を」
「好きな話かー……」

おとぎ話と言えばかぐや姫とか桃太郎だけど、日本の昔話はピンと来ないだろう。
ナナリーが楽しんでくれそうな話って何だろう?
ふと、小学生の時の自分を思い出す。
そう言えば図書室で、不思議の国のアリスの飛びだす絵本ばっかり読んでいたなぁ……。

「……よし! それじゃあ話すね。
主人公はナナリーと同い年の女の子で、名前はアリスって言うの」

親近感を持ってもらえるように、アリスのお姉さんはお兄さんに改変してルルーシュっぽくしてやろう。

「これは春の陽射しが暖かい日のお話です。
太くて大きな、すべすべした木にもたれるアリスは、アリスのお兄さんと一緒に本を読んでいました。
途中まで読んでいた本をパタンと閉じ、アリスのお兄さんは言いました。
『すまないアリス、そろそろ出かけないといけない時間だ。続きは帰った後でしよう』」

ルルーシュっぽさを意識して言ったらナナリーが小さくフフッと笑った。

「『はい。行ってらっしゃいお兄さま。気を付けてくださいね』
アリスは笑顔でお兄さんを見送りました。
ひとりになってから、アリスはちょっとだけ退屈になりました。
太陽の陽射しはぽかぽかで、なんだか眠くなってきました。
うとうとしていたら『わ〜大変だ〜遅刻しちゃうヨ〜!』と言う声が聞こえてきました。
誰の声かしら? アリスがハッと顔を上げると、白いウサギが人間みたいに走って来るではありませんか!」
「えっウサギがですか?」
「そう。あの小さいのじゃなくてね、ナナリーのお腹ぐらいの身長で、黒いチョッキを着たウサギがね、タタタターって走ってるの。
『遅刻しちゃうヨ〜!』って言いながら」
「可愛らしい声ですね」
「へへ、ありがとう。
そのウサギは大きな懐中時計を持ってアリスのそばを通りすぎて行くの。
どこに行くんだろう?と気になったアリスは、すぐに後を追いかけた。
ウサギは大きな穴にピョ〜ンと飛び込み、アリスもピョンッて飛び降りたの。
穴はずっと下まで続いていて、ものすごく深かった。
アリスはゆっくりと落ちていって────」

記憶を頼りに熱演する不思議の国のアリスは、ナナリーが寝る事なく終盤まで進んだ。

「────鋭い槍がアリスの目の前に!
だけどアリスは怖くありません。だって大好きなお兄さんのところに帰るんですから。
トランプの兵隊達がワッと押し寄せます! 負けるもんか!!と思った瞬間、お兄さんの声が聞こえました。
え?と不思議がるアリスは、気づけば太くて大きな木のそばで横になっていました。
トランプの兵隊達も、動物が並ぶ法廷も、偉そうにふんぞり返るハートの女王も、全て消えて無くなっていました。
そばにはお兄さんがいて、優しく身体を起こしてくれました。
『おはよう。ぐっすり眠っていたね』
お兄さんの手は温かく、アリスは今までの冒険が夢だった事に気づきます。
帰りたいと思っていたお兄さんがそばにいて、嬉しくなって、アリスはギュッと抱きしめました。
冒険はちょっぴり怖くてすごく大変で、でも楽しくて、アリスは不思議の国の出来事をお兄さんに話そうと思いました。おしまい」

パチパチと可愛らしい拍手をしてくれた。

「すごいです空さん!!
小さい時にお母さまと観劇した物語みたいでした!!」

溢れる笑みで喜んでくれて、照れくささと嬉しさで板挟みになる。

「よかった。まさか最後まで聞いてもらえると思わなかった。
ありがとう、ナナリー。
……と、いけない。今何時だろう?」

時計を見て驚いた。話し始めてから1時間は経っている。

「そろそろ寝ないとね」
「はい。お話ありがとうございます、空さん。
今日はアリスの夢が見られそうです」
「楽しい夢を見たいね。おやすみ、ナナリー」
「おやすみなさい、空さん」

ナナリーの頭を優しく撫で、はみ出た肩にブランケットをかけ直してから部屋を後にする。

楽しんでもらえてよかった。
でも喉を使いすぎたかも。登場人物のセリフをそれぞれ声音を変えて演じ分けたからなぁ。
お茶でも飲もうかな、なんて考えながらダイニングに行く。
咲世子さんは帰ったみたいで、テーブルにはお湯を沸かすだけでお茶が飲めるように既に一式準備されてて驚いた。

「咲世子さんもすごいなぁ……」

感謝の気持ちがしみじみと湧く。
ポットでお湯を沸かした後、お茶を作ってから席に着く。
ルルーシュの帰りは今日も遅くなりそうだ。
ポケットから折り畳んだ紙を出す。
ミレイに預かった軍の書類だ。
最後に読めない英語らしきサインが直筆で書かれている。
これに対して何らかのアクションを起こさなければどうなるか。
きっとあたしが思うよりも、ルルーシュが考えるより先に、シュナイゼルは次の手を打ってくるだろう。
熱いお茶をふうふうしてから飲む。
茶色の葉は身体を温めてぐっすり眠れると、咲世子さんがこの前教えてくれた。
心地良い熱が喉から全身にじんわり広がっていく。

「……『全部思い出しました。だからあたしは自分の家に帰ります』
こんな感じで行こうかな」

ミレイ達と一度さよならしなきゃいけないのは嫌だけど。
ナナリーと離れてしまうのは寂しいけど。
学園祭を諦めなきゃいけないのはすごく悔しいけど。
今はトウキョウ租界を出るのが最善だと思ってしまった。

ダイニングの扉が自動で開き、私服のルルーシュが「ただいま」と言いながら帰ってくる。
後ろめたい事はないのに咄嗟に手が動いてしまった。
持っていた書類を裏返してテーブルに置く。

「お帰りなさい」

ダイニングに入ってくるルルーシュを立って出迎えた。

「スザクはどう? 基地にいた……?」
「ああ。空が見た夢の通りだ。恐ろしいほど的中していた。
エナジーフィラーを渡した後、スザクは意気揚々と澤崎を叩きに行ったぞ」
「いきようよう……」

遺言じみた事を言っていたのに。
どんな心境の変化があったんだろう?
考えても分からないけど、スザクが前向きになれて安心した。

「ずっと不安だったろう。
スザクの身に危険が迫る予知夢を見てしまったから」
「うん。嫌な所で消されちゃったから。
……あ。ごめん。詳しく言ってなかったんだけど、夢の中で赤目に映像を見せられたの。コードギアスの20話を……」
「それは俺が主人公の物語だったな」
「うん。20話は今日あった出来事の話で、スザクが危なくなる場面を見せられた。
映像を途中で消して赤目は言ったの。
『キミの力をボクにくれたら続きを見せるよ。20話の続きだけじゃない、結末まで全てね』って。
ルルーシュはどう思う?」
「どう思うって?」

淡々とした言葉に息が詰まる。
ぐらぐらと揺れている気持ちをありのまま伝えるのに躊躇した。

「力を……あげるべきか……。
これから先の、未来が分かるから……」

未来が分かれば胸の内で渦巻く不安も胸騒ぎも消えるかもしれない。

「ふざけているな」

淡々と言った声にドキリとする。
恐る恐る顔を上げれば、いつもの冷静なルルーシュがそこにいた。

「おまえが見たコードギアスに“七河空”は登場するのか?」
「え」
「俺が大切に思っている人間だ。
おまえの知る“コードギアス”には出てくるのか?」
「……出て、こない」
「なら、赤目の見せる“コードギアス”はおまえにとって価値は無い。
未来なんてものは、空がいるだけで大きく変わるからな」

視界が大きく広がって、ルルーシュの顔がよく見えた。
自信満々に笑んでいる。

「もちろん変わらない事もあるが、赤目の知っている“コードギアス”には絶対ならない。
俺のそばに空がいるからだ」

キッパリと言いきった。
どうして気づかなかったんだろう。
重いものを取り払ってくれたように、心が安堵で軽くなる。

「そうだね。あたしがいるだけで変わる事だってあるもんね」
「赤目の奴はおまえの力がよほど欲しいようだな。
次は新たな取り引き材料を用意して契約を持ちかけてくるだろう。
恩を売ってきて、拒否できない空気を作るかもしれない。
今後、何があっても対話は避けるべきだろうな」
「うん。あたしもそう思う。
映像を見せられた時にカチンときて言っちゃったの。
こんな所二度と来るもんか、って」
「それが賢明だ」

スタスタとこっちに来るルルーシュが一番近くまで来る。
「それじゃあ次にこっちだな」と言いながら、テーブルの書類をペラッとめくった。
ルルーシュの表情が嫌悪と少しの畏れが混じったものになる。
書類をバン、と強めにテーブルに置き直した。

「……皇族の人間とやらは、誰も彼も恐ろしい書類を寄越してくるな」
「この書類に電話するのはヤバイよね……」
「ああ。それは言わばおとりだ。
その書類の番号に連絡するなり、秘密裏に接触するなりしたら、確実に捕らえられるだろう。
反応しても無視しても、どちらに転んでもシュナイゼルの手のひらの上だろうな」
「やっぱりここを出るのが最善だね」

目を見開いたルルーシュがこちらを見る。
何を言ってるんだおまえ、と言いたげな少し怒ったような瞳をしていた。

「今日荷物をまとめて、明日逃げるの。
シュナイゼルが次に何かする前に」
「租界から逃げられると思っているのか?」
「今逃げるのも危ないと思う。
検問張られてるかもしれないから……。
……でもこのままずっとここに隠れたままだったら絶対ミレイに迷惑かける。
それだけはしたくないの。
荷物に隠れたり、変装したりして、ルルーシュがいたら何とか租界から出られると思うんだけど……」
「学園祭はどうする。生徒会の一員なのに途中で投げ出すのか。
ナナリーのそばにいてくれと俺は頼んだはずだ。逃げるのか?」

言葉の端々に怒りがにじみ出ている。
その怒りにカチンときた。
なんだそれ。なんでそんな言い方を。投げ出したいわけじゃない。あたしだってナナリーのそばにずっといたいのに……!

「そばにいたいよ!
でもっ!! 厄介で恐ろしい存在に目を付けられたらもう無理だよ!!
次に何をしてくるか……分からないのに……!」
「そばにいたいならいればいい」

右手を熱が覆う。
ルルーシュが手を重ねたんだとやっと気づいた。
顔を寄せてきた。瞳が近づいてくる。
紫の瞳に呑み込まれそうになる。

「一目散に逃げるのは愚かだ。
本当の意味での最善を求めて考えろ。
迷い考えた末に出した答えがそれなら俺が塗り替えてやる」

右手をすくい、優しく持ち上げ、王子様みたいに跪く。
ポカンとするあたしにルルーシュは楽しそうに笑んだ。
そして右手にキスをひとつ落としてきて、思わず息が一瞬止まった。

「ここにいられる魔法をかけてやろう」

ルルーシュは笑い、ゾワッと背筋が粟立った。
久しぶりに見た魔王の笑みに、胸が大きく高鳴った。


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