30-7

帰ってきたゼロと空は“彼女”がいる部屋に足を運んだ。
扉を開ければ、ベッドでゴロゴロしていた“彼女”が上半身を起こしてひらひらと手を振った。

「おかえり〜」

空が困惑しながらで接近すれば、“彼女”の顔から笑みが消えた。

「待って! まだこっち来ないで!!」
「そばに行ったら不都合か?」
「うん。そのまま離れていてほしい。
至近距離で寄りすぎるとボク追い出されちゃうから」
「なにそれ……!!」
「身体を返したくないのか?」

“彼女”を見据えるゼロの声は怒気を含んで冷めきっていた。

「話が終わったらちゃんと返すよ。ボクは肉体なんて欲しくないから。
キミ達は聞きたくないの? 知りたい事がたくさんあるだろう? 座りなよ」

複雑そうな顔をした空はふわふわとソファまで飛び、透けた体で着席する。
その隣でゼロは立ち、腕組みした。座る気は無さそうな雰囲気だった。
“彼女”はうふふと笑う。

「ゼロの衣装……すごくいいねぇ。マントペラッてして背中見せてほしいけど無理かな?」

上目遣いで小首を傾げる“彼女”に空は呆れのジト目を向けた。
ゼロはフッと鼻で笑い、マントで細身を隠す。

「いいだろう。だが、見せた対価を払ってもらわなければな」
「えっ払ったら見せてくれるの? わっどうしよう! 対価払いまくったら着替えも見せてくれる? うわ〜どうしよう! すごい嬉しいんだけど!!」

よく喋るなコイツ、と言いたげに空は口をぽかんと開けた。
沈黙する仮面の下でルルーシュも戸惑いの顔をした。
“彼女”はハッと我に返り、緩みきった顔を引き締める。

「ゴメン本当に。忘れてほしい。
それより先に大事な話だね。ボクが単身ポートマンで帰還してキミ達をひどく驚かせたと思う。だって第2皇子の座乗艦から逃げ出せたんだもの。
式根島でこの身に何があったのか。アヴァロンに収容された後の状況や、どうやって脱出できたのか。それらを全部、包み隠さず話してあげるよ」

立っていたゼロは軽やかに空の隣に座る。
それを見て“彼女”は満足そうに頷いた。

「まずは式根島に現れた浮遊航空艦、名はアヴァロンだ。それに搭載していたガウェインのハドロン砲がキミ達を攻撃したのは覚えているね?
白の騎士が紅月カレンとユーフェミア・リ・ブリタニアを連れて逃げる直前、ゲフィオンディスターバーの中心地に降りていたキミにハドロン砲が直撃したんだ。右腕、次いで左脚に。
ただの怪我なら良かったんだけど、蒸発したからどうしようもなかった。
騎士団が撤退した後、砂に埋もれたこの体を軍が発見してアヴァロンに運び込んだ。腕と脚が欠けたままの状態で」

痛々しく恐ろしい話を笑顔で流暢に語る“彼女”に、空はゾッと顔を引きつらせる。

「第2皇子は治療するつもりで回収した。
ただのイチ団員にどうしてそこまでするかは理由があったんだ。
彼は、ホテルジャック事件の映像にほんの数秒映っていたキミの顔を覚えていた。
それがあったから全力を尽くして治療しようとしたんだ」
「え!? ニュースで出てたあれを!?」
「うん。
それで第2皇子はこう言っていたよ」

誰の真似をしているのか、“彼女”の目付き顔つきがキリッと変わる。

「『式根島に来た騎士団の人間は一握りだよ。
戦力にならない人間をあのゼロが連れていくとは思えない。
彼女にも何かあると、そう考えたんだ』」

低い声のそれに空は戸惑い、ルルーシュは仮面の下で冷や汗をかく。

「医務室で治療してもらってたんだけど、軍医の全力空しく一回死んじゃったんだ。
まぁそのおかげで医務室が無人になったんだけど。
治療していた様子を第2皇子は見守っていたんだけど、機械がうるさく鳴った辺りで出ていっちゃったんだ。
スケジュールが押していたのかな? 遺跡調査ですぐアヴァロンから降りていったらしい。
あーあ……薄情な男になっちゃって……」

残念そうに、ため息を吐く。
ルルーシュは目を細める。興味を持ったようだ。

「それは第2皇子のことをいってるのか?
よく知ってるような言い方だな」
「もちろん知ってるよ、ず〜っと前から。
何歳だったかなぁ。ちいさくて可愛かったんだ。
ボクの話を熱心に聞いてくれてね」
「行きたかった、見たかった、って前に言ってたのは……」
「よく覚えてるね。
その子だよ。ボクが会いたいのは。
顔ぐらいは見たかったのにサッサと行っちゃったんだよなぁー」

不満そうにゴロンゴロンする。
ハッと何かを思い出してカバっと起きた。

「……あぁそうだ。あとはどう脱出したか、だったよね。
第2皇子がいなくなったのを確認してすぐに動いたんだ。
格納庫の前に幸いにもアディー君がいて、艦内の記録映像消してもらって、ポートマンを拝借して脱出できたというわけさ」
「待て、お前ざっくり省略したな。アディー君とは誰だ」
「アドスニル・フォロウ。
アヴァロンに搭乗している指揮官で、30年くらい前に助けてあげた男だ。
彼が居なかったら。第2皇子が神根島に上陸せずに政庁に帰還していたら。ボクは脱出できずに捕まっていた。
冷徹で非情になれる彼の事だから、急所を全部撃たれて拘束されていただろうね」
「……あのシュナイゼルなら躊躇せず撃つだろうな」

シュナイゼルの顔を空は知っている。
コードギアスのオープニングにちょっと出てた金髪の男だ。
美しい顔立ちのあの人がそんな恐ろしい男だったとは。
ゾッとした空は逃げられた事を幸運に思った。
“彼女”に対する感謝の気持ちが強く湧き上がる。

「ありがとう……!
逃げてくれて本当にありがとう」
「いいんだよ。自分の為に逃げただけだから。絶対捕まるわけにいかなかったからね」

“彼女”の顔から笑みが消えた。
座り直し、姿勢を正し、ゼロ達と向き合った。

「七河空、そしてゼロ、キミ達にお願いがある。しかと心に留めておいてくれ。
これから先、絶対に拘束されないようにしてほしい」
「それがウィークポイントか」
「ああ。唯一のね。
この体はどれだけ破損しようが再生する。殺されて死んでも時間が経てば生き返る。
だけど拘束されたらおしまいだ。
救出できる所に監禁されたらまだいいんだけど、誰の手も届かない場所だったら最悪だね。
助けてくれる人をたくさん用意しておいても全てが無駄になる」
「その“助けてくれる人”のひとりがアドスニル・フォロウか」

“彼女”の話で、空の頭にラクシャータの言葉がよぎる。

「たくさん用意したって言うけど……もしかして世界中にいるの?」
「そうだよ。あちこち飛びまくって助けまくったからね。
そのせいで神話や逸話が各地に根付いたみたいだ」
「その……アディー君?についてだけど、30年も前の事なのによく覚えてるね……」
「……ああ。それだけ年月が経てば相手の容姿も大きく変わる。
偶然再会できてもすぐには気づかないだろう」

“彼女”は快活に笑う。心の底から楽しそうな表情だった。

「初めて世界を巡った時の記憶だからね。
あの時は最高に楽しかったなぁ。やっとあそこから出られたから……」

ふわぁあああ、と大きくあくびして、“彼女”はバタンと倒れた。
眠たそうにまぶたを閉じる。

「……もっと話したかったけど……今回はここまでかな……。
あーあ……だから肉体は嫌なんだよなぁ……ずっと活動できないから……」

静かになったと思ったら小さく寝息が聞こえてくる。
ゼロと空は困惑の顔でお互いを見た。

「気になる点が多々あるが、一番留意しなければならないのはシュナイゼルの件だな」
「そうだよね……。
消えたポートマンを探してるかもしれない……」
「違うな。ポートマンではなく死体の行方だ。
死亡を確認したシュナイゼルなら絶対に捜そうとする。
記録映像を消したとは言っていたが、シュナイゼルの事だから隠しカメラか何かを設置しているだろう」
「え、怖ッ……」
「おまえはしばらく騎士団に来ない方がいい」
「うん。幽体離脱もしないでおく」

空は真剣な顔で頷いた。
恐ろしい男に遭遇するかもしれないリスクを思えば、安全な場所にジッとしているのが一番だ。

「……話したいって言ってたけど、まさかここまで情報量多いとは思わなかった」
「寝なかったら更に面白い話が聞けたかもしれないな」
「面白い話?」
「まさか赤目とシュナイゼルに面識があったとは。
話次第ではシュナイゼルを少しは揺さぶれる切り札になるだろう」
「切り札かぁ……。
……そうだ。前に赤目、”カラッポ君“って言ってたよ。
カラッポ君のところに行けると思ったのに、って」

ルルーシュは魔王みたいな笑みをニヤリと浮かべた。
絶対悪いこと考えてるよ……。


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