30-6

井上直美にもらった服に着替えた後、扇要が客室に案内してくれた。

「グラタンは食べるか? さっきC.C.も食べたんだが」
「ああ頼む」

ボクを見る眼差しが七河空を見る時と同じだ。
これなら体の持ち主が戻ってくるまでは穏便に過ごせそうだ。
お腹の内側が寂しくてあまり力が入らない。これが多分空腹感かな。変な感覚だけど面白い。
客室はシンプルだ。応接用のテーブルと椅子は2脚。他はベッドだけ。部屋は誰も使っていないのか匂いがしない。

扇要が行ってからしばらく経った後、ノックが響いた。
「はーい」と返事すれば扉が開く。現れたのはディートハルト・リートだった。まず最初にケツアゴに視線が行ってしまう。
彼のアゴは映像で見たよりも3倍ケツアゴしていた。
とっさに口を手で覆ったおかげで吹き出さなかったものの、鼻から小刻みな息が漏れてしまい、肩がぶるぶる震えてしまう。

「持ってくるのが私では嫌でしたか?」

一瞬なんの話だと疑問に思ったが、視線を下げて納得する。手にはグラタン皿とサラダと飲料水のトレイだ。
料理を運んで来た彼は残念そうな顔をする。
そのケツアゴやめてくれないかな。嫌でも目に入るんだけど。
手で覆っていたけど、指の隙間から「ヒー」と笑い声がこぼれた。

「い、嫌じゃないけど、フフッ。
ちょうどいい。話せるならキミと話したいと思っていたんだ。
中へどうぞ」

応接用のテーブルにディートハルトはトレイを乗せる。食べたい気持ちに手が動いた。
銀色のスプーンは映像で知っていたけど、ひやりと冷たくて少し驚いた。
楽しい。スプーンを握っただけでワクワクするなんて思わなかった。
湯気が立つグラタンはすごく熱そうで、このまま口に入れたらヤバそうだなと危機感を抱いてスプーンをトレイに戻す。
視線を向かいのディートハルトに移す。彼は居心地悪そうな顔で座っている。

「……話したいとは珍しいですね。
私と二人きりでは二度と話したくないと思っていましたよ」
「あー……そうだね。
キミ、初見の印象サイアクだったから」

彼女がハッキリと嫌っているのはケツアゴだけだろう。

「でもボクはキミの事好きだよ。
ゼロが大好きなディートハルト・リートがね」

深く観察する瞳でジッと見据えてくるものだから、ボクもジッと見つめ返してやる。
ケツアゴを隠せば彼はイケメンだ。見てて全然飽きないしずっと見ていたい。
瞳は淡いスミレの花の色だ。まとまった前髪は髪洗った時どうなるのか? お風呂上がりの姿が気になる。寝起きはどうだろう? ディートハルト・リートはシャキッと起きれるタイプだろうか? 十代の時のシャルルは低血圧で寝起きが悪かったからなぁ。ボクを観察するディートハルト・リートの瞳に若干の戸惑いが宿る。この体の持ち主にこんなに熱く見つめられた事ないもんね。ボクを見るだけじゃなくて喋ってほしいんだけど。“私オススメのゼロの素晴らしいポイント100選”みたいな感じで語ってほしいんだけど。多分半日ぐらいは余裕で聞ける。そもそも声も良いんだよなぁ。その良い声で歌ってほしい。あれ? CV.のジョージって何かキャラソン歌ってたっけ? 見せてもらった七河空の記憶にそれらしいヤツは無かったからなぁ。

「なにか歌ってよ」

思った事がついポロリと口からこぼれ落ちた。
ボクを観察しているディートハルト・リートは、唇を真一文字に結んで目をクワッと見開いた。
うわぁやっちまった。とっさにスプーンを握り、グラタンをすくって口に運ぶ。
うまっ! うあ〜うまい! なんだこのホカホカしたふわふわしてトロトロしたやつ!

「私に一曲歌ってほしいと……?」

何を言ってるんだこの子は!!という驚愕のジョージ声が余裕で脳内再生される。
ボクの一言はディートハルト・リートにすごい動揺を与えたようで、彼のケツアゴがぶるぶる震えている。もうそれ本当に止めてくれ。
衝撃を受けていたはずの顔がスッと冷静さを取り戻した。
彼はすらりと立ち上がり、襟を正す。下から改めて見ると脚が長くて背が高い。
ポケットから出したのはボイスレコーダー。
まさかそれで録音していたのか? ピリッとした緊張が走る。

ディートハルト・リートは片手で操作し、ボタンを押した。
聞こえてきたのは音楽だった。若い女が歌うような明るく爽やかで賑やかな曲。なにリズムに合わせて体動かしてるの!?
唖然とした。口に運んだ料理を咀嚼するのを忘れた。
イントロが終わり、そして────

「ま〜ぶし〜い〜夏の日差〜しがぁ〜」

渋いダンディな低音ボイスでアイドルソングをガチ熱唱して、ボクは口の中のものを盛大に吹き出した。


  ***


お腹の上のところが痛い。笑いすぎて死ぬかと思った。
一曲最後まで歌いきった後、ボイスレコーダーをポケットに片付けたディートハルト・リートは椅子に座り直して不満そうな顔をした。

「歌ってと言ったのは貴女でしょう。ちゃんと聴きましたか?」
「ち、ちゃんと聴いたよ。キミ卑怯だよ選曲が。ビブラートきれいだし高音やばいしスゴすぎ。はー……もうすごい最高だったんだけど。その曲なんで持ち歩いてるの」
「ご満足いただけて何よりです。
局の慰労会の余興に使ったやつですよ」
「まさか本当に歌うとはねぇ。切り替え早すぎ。度胸がある。黒の騎士団で即興で素晴らしい声で歌えるのはキミだけだよディートハルト・リート」
「ふふ。私だけですか。それは買いかぶりすぎですよ。
私は普段、ソラさんと呼んでいるのですが、今の貴女を私は何と呼べばいいですか?」

これには驚いた。扇要には無い鋭さを持っている。
永く存在しているけど、どう呼べばいいか聞かれたのは初めてかもしれない。大体いつも“子供” “赤目”としか呼ばれないからな。

「普段通りでいいよ。ソラさんで」

だってこの肉体は彼女のものだから。

「貴女はソラさんとは別の人格だ。普段通りには呼べませんよ」
「意外と頑固だなぁ。好きに呼んでいいのに」

ため息が出た。面倒くさいなぁ。

「呼びませんよ。名前を教えていただくまでは」
「ふぅん。なら一生呼べないね」
「名前が無いのですか?」

ズバリ言い当てたなこの男。
会話しながらさりげなく情報収集するとは。食えない男だ。
そのまま正直に言うのは面白くないな。

「……あるにはあるけど長ったらしくてね。
呼んでほしくない名前なんだ」
「呼びはしませんよ。私はただ知りたいだけなんです」

キラリと歯を光らせてディートハルトは笑う。
ボクも負けじとニーッコリ笑った。

「なら絶対教えな〜い」
「仕方ありません。ならば貴女の事は“貴女”と呼びましょう」

冷めた料理をパクパク食べる。
さっきのやつより味は落ちているけど、もったりしておいしかった。

「貴女は、ゼロが新しい時代を作れると思いますか?」
「つくるよ」

即答すれば、観察する瞳がきらりと輝いたように見えた。
にやりと笑んでボクは続ける。

「ブリタニアをぶっ壊すと誓ったからね。
……そろそろここを出たほうがいい。
キミがここにいるのを目撃したらあの子は気を悪くするだろうから」
「そうですね。この密会は秘密にしておきましょう」

スッと立ち上がり、ディートハルト・リートは機嫌よく笑んだ。

「貴女とまたお話する事は可能ですか?」

きっとこの先、二度と無いだろう。
ボクがこの体に入っているのはイレギュラー中のイレギュラーだから。
今みたいに話せる事は今後不可能だ。
そう思ったらほんの少しだけ、胸の奥の一部が空いたように感じた。

「……キミが最後までボクの好きなディートハルト・リートだったらね」

多分頷いたと思う。
彼がどんな顔をして部屋を出ていったのかは分からなかった。

「あーあ……」

虚しい声が出てしまう。

「……話したいなんて言わなきゃよかった」

 
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