30-5 

浮遊航空艦アヴァロンに帰艦したシュナイゼルは、スザクとユーフェミアをセシルに任せ、待機していた軍医と合流した。
シュナイゼルは颯爽と通路を進む。軍医も後に続いた。

「報告は聞かせてもらったよ。
現場には誰も立ち入らせていないね?」
「はい。保存しています。
艦内も全て捜索しました。
ですが……」

『死体が消えました』という緊急の報せを受けてもなお、シュナイゼルの表情は普段と変わらない。 

「発見出来なかったようだね」
「はい。
何者かが格納庫から外に出た痕跡があり、ポートマンが一機消失しております。
格納庫の映像は消去されていて復元出来なかったそうです……」
「……ふむ。全員揃っているかい?」
「はい。点呼はアドスニル卿が。
総員、今も待機しております。
外から誰かが侵入した形跡はありませんでした」
「黒の騎士団が死体を取り戻しに……という訳ではなさそうだね。
どれ、モニター室に行こうか」

軍医が頷いたのを見てから、悠々とした足取りで通路を進む。
シュナイゼルはモニター室に入ってすぐ、格納庫の録画映像を再生した。
後ろで見ていた軍医はモニターに映る格納庫の角度が違う事に気づく。

「シュナイゼル殿下……。
まさかそれは……」
「ああすまないね。こっそり設置していたものだよ。
今回みたいなトラブルが発生した時、予備の映像もあったほうがいいからね」

優美に微笑むシュナイゼルに軍医は畏怖の念を抱く。
浮遊航空艦アヴァロンには他にも公にされていない機能があるのだろう。
美しい手が映像を早送りする。
時刻はシュナイゼル一行が神根島に上陸した後だ。無人の格納庫の扉が開いたあたりで早送りを解除する。
スッと入ってきたのは死体だったはずの少女だ。
シュナイゼルの顔から優美な笑みが消え、軍医は驚愕に目を剥いた。
少女は緑の覆布で身体を隠し、ポートマンが並ぶ区画へ真っ直ぐ歩いていく。
顔には落ち着きがあり、軍の人間かと思えるような慣れた足取りだった。

「そんな……脚が……何故……?」

軍医の呟きは恐怖で震えていた。
ガウェインのハドロン砲で失った脚と腕が、何事も無かったように生えている。
シュナイゼルは表情の消えた顔で、まばたきもせずに映像を凝視する。
少女はゲートの操作を完璧にこなし、ポートマンに騎乗する。
アヴァロンの搭乗員かと目を疑うほどの見事な手際だった。
開いたゲートの先には穏やかな海原が広がっている。
ポートマンは静かに発進し、海に飛び込んでいった。
ゲートが閉じた後、無人の格納庫の映像がずっと続く。
数時間先まで早送りしてやっと艦内を捜索する人間が現れた。
画面を消してシュナイゼルは再び微笑んだ。完璧な表情だった。

「この映像の件は誰にも明かしてはならないよ。いいね?」
「……は、はい!! 死ぬまで胸に秘めておきます!!」
「ありがとう。
私はアドスニル卿に声を掛けてくるよ。
キミは採取している血液と肉片を調べておいてくれ。大至急だよ」
「承知しました!」

モニター室を慌ただしく出ていったのを見届けた後、シュナイゼルの顔からまた表情が消える。

「……不死者、か。
黒の騎士団には恐ろしい存在がいるんだね」

昔、神出鬼没の幽霊に聞かされた話だ。
『不死者の視界をね、ボクは観る事ができるんだ』と、月夜に浮かんで嫣然 えんぜんと笑っていたのを覚えている。

幼かったシュナイゼルを“カラッポ君”と呼ぶ幽霊が現れなくなってから20年と127日が経過していた。

「不死者を追えばキミにたどり着けるのかな?
来るのはいつもキミからだ。今度は私から会いに行こうかな」

目尻がわずかに下がり、口角がほんの少しだけ上がる。
それはシュナイゼル自身も自覚していない微笑だった。


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