30-4

夜明けと共に目覚めたユーフェミアは金色に輝く海を見た。
眩い世界に身体の透けた空が立っている。
現実離れした光景にユーフェミアはポカンとした。

「ルルーシュ、私……夢を見てるのかしら……?」

岩場に腰掛けたルルーシュに問えば、振り返った友が苦笑して答える。

「夢じゃないよ。
あたし、幽体離脱して行きたいところに行けるの」
「え!? それじゃあソラの身体は!? 今大丈夫なの!?」

ガバッと立ち、顔を蒼白にして空の元へ慌てて走り寄る。
身体のあちこちを忙しなく見るユーフェミアをルルーシュはすぐフォローする。

「大丈夫だユフィ、落ち着いて」
「でも、でもルルーシュ……っ」
「深呼吸だ。
大丈夫じゃなかったら空は今笑っていない」
「あたしの身体は大丈夫だよ。ラク……ゼロの仲間が、撤退する時に別の所に運んでくれたはずだから」
「撤退? ソラもあの場にいたのですか!?」
「う、うん……」

うっかり言っちゃった、ごめんルルーシュ……と思いながら空は気まずそうに頷いた。

「空には不思議な力がある。それだけだ。
少しも変わっていないから安心してくれ」

ユーフェミアはホッと息を吐き、落ち着きを取り戻す。
空を改めて見つめる瞳には恐れも驚きも宿っていない。

「私……やっと分かりました。あなたと初めて会った時の言葉の意味を。
何も知らなかったけど、でも間違ってなかった。
ソラは何があってもソラですね」

ユーフェミアは笑う。
太陽みたいに明るくあたたかい笑顔だった。

「ゆっくり話したいところだが、先に確認したい事がある。
捜索隊がこの島に上陸しているかもしれない」
「捜索隊、ですか……?」
「……ああ。昨日、雲を照らすように動く光を見た。あっちの方角だ」
「その服で行っても大丈夫?」
「確認した上で対応を決める。行こう」

歩き始めるルルーシュに、空とユーフェミアはお互い見つめあう。
頷き、共に背中を追いかけた。


  ***


「この辺りだと思うんだが……」

草木をかき分け、ぽっかりと広い空間に出る。
けっこう歩いたものの、まだ森の中だった。

「ルルーシュ……」

不安そうな声にルルーシュと空は同時にユーフェミアを見る。

「捜索隊がいたらこの時間も終わりなの?」
「……仕方ないさ。
こんな頼りない騎士がお供じゃ、食事すら、ね」

ルルーシュは小さく笑い、ユーフェミアの表情にもわずかに笑みが戻った。
なんの話だろう?と空は目を輝かせる。後で聞こうと心に誓った。

「それに枢木スザク……キミの本物の騎士は彼のようだから。
聞いていいかな。どうして名誉ブリタニア人を?」
「それは……」

答えようとした時、草木が動く大きな音が聞こえた。
ルルーシュはとっさにユーフェミアの手を引き、草が生い茂る森に身を隠す。
空もすぐに追従した。
仮面をすかさず装着したゼロと、ユーフェミアと空、全員が息を殺す。
草木をかき分け、音を立てながら、スザクとカレンが姿を現した。
カレンは後ろ手に縛られているのか歩きづらそうだ。
『なぜ』『どうして』と驚き疑問に思って動けないゼロや空と違い、ユーフェミアは安堵の笑みで表に出た。

「スザク!」

あ!と空が思った瞬間、スザクとカレンがこちらに気づいた。

「ユーフェミア様!?」

ゼロはすかさず動き、茂みから出てユフィの腕を掴み、隠し持っていた銃を彼女に突きつける。

「動くな! 彼女は私の捕虜だ」

そして次にゼロは小声で、ここは私に合わせろ、とユーフェミアに呟いた。
空は茂みの中でひたすら息を殺す。この姿でスザクの前に出るわけにはいかなかった。

「そこにいる私の部下を返してもらおう。人質交換だ」
「ゼロ! お前はまた!!」

一歩前に出るスザクにゼロは「近づくな!」と一喝する。

「……卑怯だと言うのかな?
ふふ。いかなる犠牲を払おうともテロリストを排除する。
キミもこのルールにこだわり、主を見捨ててみるか?」

演技がかった口調で挑発するゼロをスザクは睨む。
離れて見ている空には、スザクの後ろでカレンが何をしているのかよく見えた。
彼女はわずかに屈み、腰を低くし、スラッと長い脚を曲げ、たった数秒で拘束された腕を後ろから前へと持っていく。
身体柔らかいなぁ、と空はホッとしながら思った。
ゼロの挑発はまだ続く。

「その矜持も、もはや破られたというのに……」

その後のカレンは素早かった。
勢いをつけてスザクに接近し、後ろからガッと抱き込んで身動きを取れなくした。
血相を変えたユーフェミアはとっさに駆け寄ろうとしたが、腕を掴んだままのゼロがそれを阻止する。
動けなくなったユーフェミアはキッとカレンを睨んだ。

「お止めなさい!」
「黙ってろ! お人形の皇女が!
一人じゃ何も出来ないくせに!!」

カレンの罵倒に空の胸が苦しくなる。
違う。人形なんかじゃない。だってユフィは自分なりに考えて行動した。
手紙を送ったのも、スザクを騎士に決めたのも。
ゼロの正体を知った後でも、きっとそれを誰にも言わないだろう。
人形なんかじゃない。そう否定したいのに、どうして動けないんだろう。
何も言えない自分が空はひどく情けなく感じた。

「構いません!!
スザク! 私の事は気にせず戦いなさい!」
「皇女殿下……!!」

わずかな隙を突き、スザクはカレンの拘束を強引に突破し、一直線にユーフェミアの元へ駆け寄った。
これもたった数秒の出来事で、あっという間にゼロから引き離す。

「この石頭がッ」とゼロが怒鳴りながら離れた時、大地が赤く眩く輝いた。
ドーン!!!!と激しい音が、次いで身体を震わせる地鳴りが聞こえ、土煙がゴウッと生じる。
ゼロ達がいた地面は正方形に崩落し、彼らはあっという間に地下へ呑み込まれていく。

「ゼロっ!!」

これには空も茂みから飛び出した。
ひどい土煙と、聞こえる地鳴りと、目の前にぽっかりと空いた正方形の穴。
覗いてみればゼロ達の姿が確認できて、無事な様子に空はホッとする。
地下に行きたくても行けなかった。今も迸る赤い閃光がひどく恐ろしく感じたからだ。
激しい銃撃音が聞こえて空は身を竦める。
地下にはゼロ達以外の人間もいるようだ。
銃撃音が止み、静かになり、光も消えてやっと、空は正方形の穴に飛び降りる。
地下にニュッと顔を出せば、スザクとユフィと軍人と────パッと見、ゼロとカレンの姿はどこにもない。
空は地上に戻った。

「ゼロとカレンはどこに逃げたんだろう……」

二人のところに行きたい、と念じれば視界がパッと海に変わった。
下を見れば空飛ぶ黒いナイトメアの肩にカレンが乗っている。
名前を呼ぼうと開いた口を空は慌てて閉じる。驚かせて落ちてしまったら大変だ。
と、思っていたら、カレンがハッと顔を上げてくれた。

「空!! 来てくれたのね!!」
「うん。さっきまでゼロと一緒にいたの。二人とも無事で良かった。
ごめんね、動けなくて。赤い光がすごく怖くて……」
「不気味だったわねあれ。一体何だったのかしら? しかもいきなり崩れて……」
『空は来なくて正解だった。あそこにいた軍人に姿は見られていないな?』
「大丈夫。誰にも見られなかったよ」
『ならよかった。
ひとり、絶対見られたくない人間がいたからな』
「え? そんなヤバイ奴があそこにいたんですか!?」
『そうだ。空が見えるかどうかは不明だが、もし見えていたら恐ろしい事になる。
幽霊を見ても驚かず、むしろ徹底的に調べるような人間だ』

空とカレンはゾッとした顔でお互いを見る。

『扇と連絡がついた。このまま外洋で合流する』
「はい! あ、それと……紅蓮弐式は……?」
『回収済みだ。朝比奈と千葉に礼を言っておけ』
「……はい!!」
『空、私のところに来てくれ』
「はい」

ゼロの言葉に空は従い、ナイトメアの内部にスッと入る。
中は無頼よりも広く、コクピットは上段と下段で二つあった。
仮面を外したルルーシュが上段のコクピットを操縦している。

「ゼロ、何かあった?」
「音声は切っているからカレンには聞こえない。
つい先ほど扇に確認したが、撤退の際に空の身体は運んでいないそうだ。
航空戦艦が現れる直前、飛び込んで行ったのをラクシャータが目撃したのが最後だと」

ゾッとする話に一瞬言葉に詰まる。
じわじわと『その時』の記憶が蘇っていく。
大きな航空艦が現れ、赤い閃光が見えて、思い出せたのはそこまでだ。

「それじゃあ……あたしの身体は……」
「式根島に今もある。
いや、違うな。とっくに軍が収容しているだろう。俺達を攻撃した航空戦艦に」

絶句する空ルルーシュは顔を伏せる。
冷静沈着だった表情が苦悩に歪んだ。

「……すまない。
おまえは潜水艦に待機させておくべきだった」
「ううん。だって行きたいって言ったのはあたしだから。
どうしよう……。自力でブリタニア軍から逃げなきゃいけないよね……?」
「無理だ。あそこにはシュナイゼルがいる。
今すぐに……救出には行けない……」

絞り出すように言われた瞬間、空の瞳が絶望と不安で揺らいだ。
ルルーシュは顔を伏せたまま続ける。

「……今は行けない。
だが、必ず助けに行く」

凛とした声音だ。
苦悩に歪んだ顔では絶対出せない声だった。
ルルーシュは面を上げる。
力強さが宿る瞳は、気高く美しい色をしていた。

「待っていろ。
絶対に助け出す」

空は目を見開いた。
瞳から不安と絶望の色が消える。
大丈夫だと心から思えた。

「うん」

ピピッ、と聞こえた電子音に、ルルーシュは手早く通信パネルのボタンを押す。

「私だ。どうした扇?」
『すみませんゼロ! 今、空が帰ってきたんです!!』

怪訝と驚きの表情でルルーシュと空はお互い顔を見合わせた。

『ブリタニアからポートマンを盗んで脱出して、それで……うわ!』

通信機から耳障りな雑音が聞こえる。
『空ちゃん! 先に着替えたほうが……!!』という井上の慌てた声も遠くで聞こえた。

『やぁゼロ』

楽しげに笑っているような声は空のものだった。
ルルーシュは嫌悪で顔が歪め、空は渋い顔をする。
聞こえた一言で察してしまった。

「赤目か」
『わぁすごい! すぐに分かってくれて嬉しいよ!!
もうすぐガウェインで帰ってくるんでしょう?
ボクご飯食べてくるから、また後でゆっくり話そう!』

はずむ声で一方的に言い終わった後、
『通信機ありがとう! ごめんね扇要〜!』『あ、ああ……』というやり取りが聞こえた。

「扇、大丈夫か?」
『はい、問題は、えっと、無いです。
でも空の様子が、顔つきがいつもと、少し……』
「落ち着け、扇。帰ったら説明する。
変な事を言ってすまないが、そこに居る空を空だと思わないでほしい。
誰もいない部屋に案内して、そこで食事をさせておいてくれ」
『ああ、うん、分かったゼロ。その通りにする』
「すまない」

ピッ、と通信を切り、ルルーシュは重いため息を深々とこぼした。

「ひとりにさせたらヤバイかも……。
あたし、先に飛んでそばで見張っておこうか?」
「いや。おまえは赤目とふたりきりになるな。
アイツとは俺が話す」
「……ありがとう。
ルルーシュが話してくれるなら安心だよ」

新たな厄介事が増え、ルルーシュは更にため息をこぼした。

「ガウェインで帰ってくる、か……。
あの赤目はどこまで知ってるんだ……」

 
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