30-2

俺のギアスは命じる力。
誰も俺に逆らう事はできない。
そして、命じられた対象者は自分の倫理を、考えを、想いを、踏みにじられる。
そんな事は全て分かった上で俺は。
俺はスザクに……

「……生きろ、か」

それが、ゼロを足止めする為に死のうとしたスザクにルルーシュがかけたギアスだ。
生きる為にランスロットを発進させたスザクの姿だけは覚えている。

「ここは……?」

知らない浜辺だ。式根島と景色が少し違う。
視界の端には木々が生い茂り、ゼロの衣装では少し暑苦しい。

「……植物や気温は式根島と変わりないな。そう離れた島ではなさそうだ」

風でマントがなびく。
通信機で扇に連絡を取ろうとするものの、通じなくてルルーシュは舌打ちした。

「(扇達と連絡を取るのは難しいな。
しかし、一般人を装ってブリタニアに助けを求めようにも……)」

付近を歩き、海がよく見える岩場へ行く。
誰もいないと思っていたが、打ち上げられている人間がひとりいた。
ユーフェミア・リ・ブリタニアだった。
何故ここにいるのか。ルルーシュはギョッとする。
肌は青白く、ぐったりしている。死んでいるのではと思ってしまった。

「ユフィッ!!」

バッと駆け寄り、呼吸を確認しようとしたが、仮面が邪魔だった。
手早く外して顔を寄せる。
か細いが呼吸をしていて、ルルーシュはホッと息を吐いた。
本当に死んでしまったのかと思った。

「(……何をやってるんだ俺は)」

周囲に誰もいないが仮面を外したのは迂闊だった。手早く仮面を装着する。
ユーフェミアのまぶたがぴくぴく動き、目覚めを察知したゼロはサッと立ち上がり、数歩後ずさる。
閉じていたまぶたがそっと開き、ユーフェミアはしっかりゼロを見つめてくる。

「やっとお目覚めですね。ユーフェミア皇女殿下」

バサッとマントを広げ、仰々しく言ってみる。
ユーフェミアはゆっくりと上半身を起こした。

「……ルルーシュ。
ルルーシュ、なのでしょう?」

仮面の下でルルーシュは目を見開く。

「誰にも言いません。本当です。
だから……」

確信を持った瞳に、ゼロは仮面を外していた。
顔半分を覆い隠している布も取り払う。

「ルルーシュ……」

ユーフェミアの瞳には涙が浮かび、青白い頬が明るく色付いた。

「どうして気づいた?」
「つい先ほど、ユフィと呼んでくれたから」
「寝たフリか。人が悪いな」
「ごめんなさい。身体が重くて目が開けられなかったの。
でも、ルルーシュが生きているんだと確信したのは『ひだまりの祈り』を……私の大切な友人が持っていたオルゴールペンダントの曲を聞いた時。
今やっと分かったわ。ソラが話していたのはあなたの事だったのね」

ユーフェミアは小さなくしゃみをする。
海水でドレスがぐっしょり濡れていて、ルルーシュは申し訳なさそうに目を伏せた。

「まずは先に着替えだな」
「ええ、そうね。脱がないと風邪引いちゃう」

立ち上がったユーフェミアは岩場の後ろに回り込む。
ドレスを脱ぐ衣擦れの音を聞こえて、ルルーシュは居心地の悪さを感じながらマントを外す。
小高い岩にドレスを張り付ける音を聞いた後、目を伏せながらユーフェミアにマントを渡した。

「ありがとう、ルルーシュ」
「この天気ならすぐ乾くだろう」

ルルーシュはユーフェミアから離れて腰を下ろす。
受け取ったマントに身を包んだユーフェミアは、岩場の影から出てきてルルーシュの隣に座った。

「ルルーシュは私の事、ソラから聞いた?」
「ああ。空もユフィの事を話していた。
とても楽しそうに、心の底からユフィに会いたがっていた」
「ソラに会わせてくれてありがとう、ルルーシュ。
そうだ。ナナリーはどうしてる?」
「一緒に暮らしている。でも、身体の方はまだ……」

ユーフェミアの笑みが陰った。

「……憎んでいるんでしょうね」

そして沈黙する。
ゼロが存在している理由に気づいてしまい、ユーフェミアは言ってしまった後悔に唇を噛んだ。

「ひとつだけ教えてくれ。
キミは母が殺された事件について何か?」
「ごめんなさい……。
でも、お姉様は色々調べているみたい。
マリアンヌ様はお姉様の憧れだったから……」

ぐーっとお腹が鳴り、ユーフェミアは顔を赤くした。

「安心したらお腹が空いちゃいました」


  ***


乾いたドレスに着替えた後、ユーフェミアはルルーシュと共に岩場から離れ、近くに広がる森へ進む。
そこは鬱蒼としたジャングルだった。
腕まくりをしたルルーシュは下をキョロキョロ見て、落ちている木の棒を拾っては捨てるのを繰り返す。

「ルルーシュ? 何を探しているの?」
「糞や足跡から、ここが野性動物の通り道だと分かる」

説明しながらあちこち探す。
ルルーシュが手にしたのは太くて長い木の棒だ。
数歩進み、木の棒を使って地面を掘り始めた。

「中世からの罠に……アレンジを加えるチャンスだ……っ」

全力で穴を掘っている。
一人で落とし穴は掘れるのかしら、とユーフェミアは思った。

「それじゃあ私も……」

畳んで持っているマントを木の根本に置き、腕まくりをするユーフェミアをルルーシュは慌てて制した。

「いや、いい……!
皇女殿下に肉体労働は……くっ!」

木の棒を杖にルルーシュはしゃがむ。
汗をびっしり浮かべ、ゼハゼハと苦しそうに呼吸する。

「く……テコを……使っても……」

心配そうにおろおろするユーフェミアに「大丈夫……システムは完璧だ……」とルルーシュは疲れきった笑みを浮かべた。

「えっと……じゃあ、果物か何か探してきますね」
「気をつけるんだぞ」
「はい」

ルルーシュは歩き始めるユーフェミアを見送り、苦笑する。
ゼロのままでいたらこんな風な会話は出来なかっただろう。
『ルルーシュ』として自然でいられることを嬉しく思った。


  ***


日が沈んでいく。
結局、全力を尽くしたものの、動物を捕獲できる罠は完成できなかった。
砂場が夕暮れに染まっていく中、ルルーシュは重いため息をこぼす。

「明日にはできると思いますよ。落とし穴」

きらきらとした笑顔で言われ、ルルーシュは自分が情けなくなった。
下降する気持ちを切り替え、ユーフェミアに視線を向ける。
何はともあれ食事の時間だ。
皿代わりの大きな葉に見たことない果物が並んでいる。
なんだこれは???と言いたげな顔でルルーシュはそれらを凝視した。
ユーフェミアは「いただきます」と言い、梨に似た青緑色の果物を食べ始める。

「食べないの? 美味しいのに……」

普段のルルーシュなら初めて見る得体の知れない物は絶対食べない。
しかし、ユーフェミアが美味しそうに食べるものだから、恐る恐る手を伸ばして口に運んだ。
果物のような何かはほんの少し甘く、味は思ったよりも悪くなかった。
食べ終わる頃には日が沈み、世界は一気に暗くなる。
人工の明かりが無い島はあっという間に夜の色に染まった。

「ユフィ、今日はもう寝よう。
明日に備えるんだ」

畳んだマントを広げ、寝床にする。
ここで寝ろと手で促せば、ユーフェミアはおずおずと横になった。

「ありがとう。ルルーシュも横にならないの?」
「ああ。俺もすぐに寝る」

言いながらルルーシュはそばの岩に腰かける。
ユーフェミアは空を見つめ、かすかにため息をこぼした。

「星は変わりませんね」

その言葉にルルーシュも空を仰いだ。
そしてやっと気づく。数えきれない星が輝いていることに。

「……あの頃のまま。
昔、みんなで見上げたあの星空と……」

昔の事をルルーシュは鮮明に覚えている。
幼い頃、母とナナリーとユフィと自分の4人で星空を見上げていた。
幸せだった。宝物のような時間だった。
この幸せが永遠に続くと、あの時の自分は愚かにも信じていた。

「あの頃のままでいられたらどんなに良かったでしょう。
……戻れないのですか?」

戻れるわけがない。
ルルーシュは心の中で即答する。

「そうだね……。
戻れたらどんなにいいだろうね……」

戻ることはできない。
今まで何人もの人間を殺してきたから。
そして、これからも目的を果たす為に、たくさんの命を奪っていくだろう。

「……もう寝よう、ユフィ。また明日」
「えぇ。おやすみなさい、ルルーシュ」

まぶたを閉じたユーフェミアから小さな寝息が聞こえるのに、そう時間はかからなかった。

「(俺は……。
ユフィ、俺自身が生きる為にも……)」

ルルーシュは両手に視線を落とす。
生きる為には殺すしかない。両手を血で染めるしかない。

ふと顔を上げたルルーシュは、夜空に浮かぶ雲が不自然に明滅するのを発見した。
ユーフェミアを捜索する部隊がこの島に接近しているからだろう。

「明日は朝一番に動いた方がよさそうだな」

岩から降りたルルーシュはスカーフを枕にして横になり、すぐに目を閉じる。
あの頃と同じ星空を見たくなかった。
昔を思い出したせいか、自分らしくない感情が心を占める。
助けてほしいと誰かを求めるように、ただひたすら胸が苦しい。
思い浮かべたのは空の顔だった。
抱き締めたいと無性に思って、虚空へと手を伸ばす。
その手を誰かが握ってくれた気がして、ハッとまぶたを開ける。
すぐ頭上に空がいた。
くしゃりと安心しきった笑みを浮かべて彼女は言う。

「ルルーシュ!」
「……どうして」

空なら自分の元にいつでも行ける。ここに居るのは必然だ。
なのにどうしてだろう。今目の前で笑いかけてくれる事が奇跡のように思えた。
胸の奥の苦しさを熱いものが溶かしていく。
言葉が詰まったルルーシュは、何も言えずに唇を結んだ。

 
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