29-3


潜水艇が海の底を進んでいる。
モニタールームにはゼロと騎士団の幹部、四聖剣とディートハルトが揃っている。
後ろでそれを見守るのはC.C.とあたしだ。
騎士団の制服に着替えたけど、緊張してそわそわしてしまう。
拘束衣姿のC.C.はいつも通りの自然体だ。

式根島での戦闘で枢木スザクを堂々と捕虜にする、とゼロが宣言した。
上陸まで待機するように、と告げられ、解散となった。
すぐにカレンの元へ行く。
ギョッと驚く彼女は気まずそうな顔をした。

「カ〜レンっ」
「な、何よ」
「お昼一緒に食べよう。ちょっと遅いけど」

逃がさない、そんな気持ちで手を握れば、カレンは『うぐぐ』と顔としかめ、ガクンと肩の力を抜いた。

「……わかったわよ……」
「やった! ありがとう!!」

手を離して、並んで通路を歩いて食堂を目指す。

「ゼロから制服もらったのね」
「うん。
どう? 違和感ないかな?」
「似合うわよ。
仲間って改めて実感できるわ」

カレンの声は明るい。それにどこか楽しそうだ。
パーティーの時みたいにツンツンしていなくて安心する。
カレンは周りを見て、誰もいないのを確認してから口を開く。

「……私、焦っていたのかも」

思っていることを、そっと打ち明けてくれた。

「自分しかできない、ゼロのために……そう強く思い込んでしまった。
ゼロがそれを望んでいるかどうかも知らないのに。
ありがとう、空。冷たくしてごめんなさい。
あなたが一番に私を呼び止めなかったら、私はスザクを……」

その先をカレンは言わなかった。
言いづらい話なんだろう。
なら、聞く必要はない。

「よかったね。スザクを捕虜にするって言ってくれて」
「……うん。そうね。
安心したわ」

ゼロの言葉に一番安心したのは彼女かもしれない。
カレンの笑顔が見れて、心の底からホッとした。

食堂に到着する。
二人座りのテーブルが並んでいる光景は学校の食堂みたいだ。

奥の厨房に見覚えのある団員さんがいた。
ナリタ連山であたしが見えなかった人だ。
すっきりした顔立ちに、太い眉とスキンヘッドの団員さんはインパクトがあったからよく覚えている。

「西原、カレーまだ残ってる?」
「あぁカレンさん。
残ってますけど……あの、隣にいる子は?」

生身で会うのは初めてだ。
ぺこりと頭を下げれば、西原さんも同じようにしてくれた。

「この子は空よ。
騎士団の活動を陰からずっと支えてくれていたの」
「そうだったんですかぁ。
あ、俺は西原アキラ。
食堂管理と料理と雑用が主な担当。
よろしく」
「七河空です。よろしくお願いします」
「座ってて。
カレーは夏野菜使ってるんだけど平気?」
「はい。野菜好きです」
「良かった。持ってくるから」

西原さんは太陽みたいにニカッと笑った後、準備を始めた。
空いてる席にカレンと座り、周りの団員さんの自己紹介を聞いていく。
ナリタ連山では見なかった人間が何人かいた。
しばらくしてから西原さんが戻ってくる。
夏野菜のカレーは彩りがとてもきれいだった。

「ほら空、食べてみなよ。
それ、西原の手作りですごい美味しいから」

カレンに促されてスプーンを握る。
ぴかぴかに磨かれたやつだ。照明の光を受けてきらきら輝いている。
いい匂いがふわっとした。
これは世界で一番美味しいカレーだ、と匂いだけで思った。

一口食べて感動した。
思っていたよりも、思っていた以上に美味しかった。
ナスはとろけているのにオクラはシャキシャキしていて、赤ピーマンは柔らかくて、カレーはじんわり辛いけど、カボチャとトマトの甘みでスプーンがめちゃくちゃ進む。
カレーだけじゃなくてご飯も最高だった。つやつやで柔らかさもちょうどいい。
もぐもぐしていたらあっという間に少なくなり、最後の一口をごくんと飲み込んだら、アレ?ってなった。
もう無くなっちゃった……。

カレンは目を丸くする。

「お腹空いてたの?」
「そ、それもあるんだけど……これすごい美味しいね……!
こんなカレー初めて!」

カレーの匂いがふわんとする。
また食べたくなってしまった。

「西原さんおかわりください!!」
「オッケー。すぐ持って来るからね」

言葉の通り、西原さんはおかわりの皿を手にすぐ戻って来てくれた。
今度はゆっくりと味わって食べなければ。あっという間に完食したらもったいない。

「よかったわね、西原。
またお客さん増えそうね」
「ええ。店出す時が楽しみです」
「お店開くんですか?」

開くならそりゃ行きたい。絶対常連になる。
いつ開くんだろう?

「リニューアルオープンするんだ」
「西原ね、前は東京に店を出していたそうよ」
「……7年前、ブリタニアの奴らに潰されたんだ。
取り戻すために俺はここにいる」

どこか遠いところを見る瞳は強い決意が宿っている。
西原さんが何を取り戻したいのか痛いほど伝わってきた。

「勝ちましょう」

気づけば声に出していた。

「勝って、戦わなくていいぐらいの平和を勝ち取って、取り戻して……それでリニューアルオープンしたら、あたしお店に食べに行きます!
絶対常連なりますから!!」

あたしの勢いにポカンとした西原さんは、嬉しそうにくしゃりと笑った。

「ありがとう!!」

騎士団にいる人、一人ひとりに戦う理由がある。
みんなが心にある願いの為に戦っている。
そんな当たり前の事にあたしはやっと気づいた。

カレンや扇さん達だけじゃなく、騎士団にいる他の人の助けにもなりたい。
あたしに出来ることがあるならどんな状況になっても迷わず動きたい。
そう、強く思った。


  ***


基地を襲撃してスザクを誘き寄せるチームと、彼を砂地で取り囲む待機チームに分かれた。

あたしはラクシャータさんを補佐するため、待機チームの一員になる。
場所は式根島。スザクのいる基地からいくらか離れたところだ。
ラクシャータさんの指示で大きな円形の機械がいくつも運ばれた。
アリ地獄を連想させる、すり鉢状の広い砂地を円形の機械が囲み、砂をかけて隠しておく。
ゲフィオンディスターバー、とラクシャータさんは教えてくれた。
ナイトメアの駆動系を強制的に停止させることができる力場発生装置だそうだ。
起動スイッチは彼女の前に置いている四角柱の機械。
セットを終え、待機チームはランスロットが来た時に備えて森の茂みに姿を隠す。
基地がある方角から煙が立ち昇ったのが見え、戦いが始まったのを実感した。

「始まったわねぇ」

ラクシャータさんの声はいつも通りだ。
作戦開始の緊張感が少しも無い。

「……始まりましたね」

緊張でのどが渇く。
落ち着かなくて、黒色の帽子をかぶり直す。
スザクに素顔が見られないようにと、ゼロが用意してくれたものだ。
インカムを耳にかけ、スイッチを押し、待機チームのナイトメアに通信テストで呼び掛ける。

「空です。
聞こえますか?」
『おう! バッチリだぜ!!』

元気溢れる玉城の声が一番に聞こえ、それに続くように扇さんや他のメンバーも応えてくれる。
声が鮮明に聞こえる。インカムの調子はすごく良い。

『目標物、接近します!!』

井上さんの言葉に、あたしはラクシャータさんに目配せする。
少ししてからゼロの乗る無頼が現れ、砂地へと飛び降りた。
次いでランスロットも登場し、追いかける為に飛び込んだ。
速さはランスロットのほうが上だ。
行く先を阻むように無頼の前に着地し、剣を突きつける。
ゼロが考えたシナリオ通りだった。

「捕まえたぁ」

楽しそうに笑い、ラクシャータさんはキセルで起動スイッチを押す。
起動したゲフィオンディスターバーは風を巻き起こし、砂ぼこりが舞い上がる。
電磁波がバチバチと激しく音を立てて砂地を包む。
起動は問題無し。ホッと息を吐き、通信機のスイッチをオンにする。

「起動確認しました」

それを合図に潜んでいた全員が姿を現し、砂地を囲んだ。
合流した襲撃チームのカレンや藤堂さん、四聖剣の人達も砂地を囲む。
ランスロットは剣を向けたままピクリとも動かない。
ゲフィオンディスターバーがあればスザクも怖くない。
ラクシャータさんはキセルをヒョイッと持ち上げ、指先でもてあそぶ。

「効果範囲も持続時間もまだまだかぁ」
「あの、それってゲフィオンディスターバーが途中で起動しなくなるってことですか?」

不安になるラクシャータさんの独り言に、あたしは思わずボソボソと問いかけた。

「改良を重ねないとね。
安心なさい。ゼロが降りるの促すから」

その通りだった。
スザクがランスロットからすぐ降りてくる。ゼロもそれに続いた。
武器を持たないスザクと違い、ゼロは銃口を向けている。

会話してるみたいだ。
声は聞こえないけど、スザクがわずかにふらついたのが見えた。
何を話しているんだろう。
無理やり捕まえずに説得してるのかな?

はらはらしながら二人の様子を見つめていれば、血の気が引く悪寒が走った。
頭上をバッと見る。

「どうしたの?」

ラクシャータさんの声に返事ができない。
空は澄んだ色をしていてキレイなのに、どうしてだろう。

「……いえ、なんでもないです」

嫌な事が起こりそうな。
ざわざわとした胸騒ぎが。
鼓動がどんどん早くなっていく。

ゼロとスザクへ視線を戻そうとした時、通信機から声がした。

『接近するミサイルを確認!!
数は無数……増えています!!』

千葉さんの切迫した声に急いでゼロ達のほうを見る。
スザクがゼロを羽交い締めにしてランスロットの中に入ろうとしていた。

「どうして……!?」

どうして動けないランスロットの中に戻るんだ。
数えきれないミサイルが刻一刻と迫りつつあるのに。

『全ナイトメア!!
飛来するミサイルに対して弾幕を張れ!!
全弾撃ち尽くしても構わん!!』

藤堂さんの指示に全員が銃でミサイルを掃射していく。
動かないランスロットの中にいるスザクとゼロに、やっと気づいた。

「……まさか!!」

気づいてしまった。ミサイルが誰を狙っているのか。
ゼロを殺す為に、足止めする為にスザクはゼロをランスロットに押し込んだ。

気づいて泣きそうになった。
発射されたミサイルはゼロだけじゃなくてスザクも殺す。
自分が死ぬことは承知の上で足止めしてるんだ。
あたしは砂地めがけて飛び出した。

「スザクの馬鹿……!!」

ゼロとスザクをランスロットから引きずり下ろさないと!!

カレンもゼロを助けに、紅蓮弐式で砂地を駆け降りるのが見える。
だけどゲフィオンディスターバーの力で動きが停まった。
カレンはすぐに紅蓮弐式を降りた。ランスロットのほうへ駆けていく。

砂地を滑り落ちていく最中、降り注ぐ陽光を何かがさえぎった。
自分のいる一帯に影が落ちる。
坂を滑り降り、地面に着地して顔を上げれば、巨大な航空艦がすぐ上空にいた。
みんなは航空艦に向けて掃射を始めるも、緑光色のバリアを展開されて全然当たらない。
悠々と上空にいる航空艦の底が、一部分だけゆっくりと開いた。
砂地にいるから内部がよく見える。
瞳のようなふたつの輝きに、逃げろと自分の中の何かが叫んだ。
通信機をオンにする。

「ラクシャータさんッ!!
ゲフィオンディスターバーを停止させてください!!」

あたしはまたランスロットの元へ。
駆け出した時、赤黒い閃光が降ってきた。
走ろうと振り上げた右腕に直撃し、凄まじい衝撃はあたしを簡単に吹き飛ばす。
すぐに起き上がろうとして気づいた。
右腕がもぎ取られたように無い。消失していた。

「あ────」

燃えるように熱い。
激痛に一瞬目の前が真っ暗になる。

「────あああああ!!!!」

降ってきた赤黒い閃光が視界を全て焼き付くす。
それが最期の記憶だった。


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