29-2 


叙任式の翌日、ナナリーの提案で『スザク騎士叙勲おめでとうパーティー』を開くこととなった。
開催のお知らせはミレイが校内放送で伝えて、クラブハウスには大勢の生徒が来てくれた。
ダンスホールに集まってワイワイする声は空のいるキッチンにも届きそうなくらい賑やかだ。
スザクの嬉しそうな表情を思い出して自然と笑みがこぼれてしまう。
最高の1日になりそうだけど、大きな問題がひとつある。
背中にグサグサ刺さる視線だ。
チラッと振り返れば、不満そうに黙るカレンがまだこっちを睨んでいる。
校門で捕まえた彼女をここに連行したから、怖い顔されても仕方ない。

「ごめんね。カレンに手伝ってほしかったの。
あとは冷蔵庫のプリンを会場に運ぶだけなんだけど、持っていく数が数だから」
「他に手伝う人は? ルルーシュやシャーリーがいるでしょう?
私、やらなきゃいけない事があるんだけど」

カレンの瞳には強い意思が宿っている。
やりきるのを覚悟した瞳だ。
その『やらなきゃいけない事』に胸騒ぎがするから、ここでカレンを解放するわけにはいかなかった。

「それ、今すぐじゃなきゃダメなこと?
学園でこうやって二人きりでいるの久しぶりだから、プリン運びながらでも話したかったんだけど……」

カレンは困り果てたように眉を寄せた。
ずるい手だけど仕方ない。
カレンのそばにいるならこれしかないと思った。

「お願い! カレンのプリン、苺を乗せた特別なやつにするから。
カレンに手伝ってほしいんだよ!」

お願いすれば見て分かるほど困惑した。
眉をギュッと寄せ、顔に焦りの色も出てくる。
居心地の悪い空気が満ちてきた時、キッチンにルルーシュがやって来た。
カレンの顔つきが変わる。

「空が手伝ってほしいって。ルルーシュお願いね」

そして素早くキッチンを飛び出した。

「わっ! ちょ、カレン!?」

追いかけようとすればルルーシュが遮ってきた。

「待て、なにがあった?」
「あとで話す! だから離して!
カレンのそばにいないと!!」

右腕を掴まれ、引っ張られて、身構えることもできなくてルルーシュにドンと衝突する。
ポンポンと背中を優しく叩かれ、抱きしめられたのをやっと理解する。

「落ち着け。
重要な役割を会長に任されたはずだろう」

そうだ。プリンを人数分作って持ってきてほしいって頼まれたじゃないか。

「でも……でも……!」
「どうして俺がここにいる?」

不機嫌そうな低い声。
頭が真っ白だったのに、背中を支える手に心が落ち着いていく。
ここに来たのがルルーシュでよかった。
そう思った途端、目がじわりと熱くなる。

「……カレンをお願い、ルルーシュ」

無言であたしの頭を撫でた後、ルルーシュは一目散に出ていった。
廊下を駆ける足音が遠ざかっていく。
安心感で力が抜けた。
これでもう大丈夫だ。


  ***


会場にプリンを運ぶ。
ルルーシュはスザクのそばにいた。
キッチンワゴンを進ませながら確認したけど、カレンの姿はどこにも見当たらない。

どこに行ったんだろう?
今、何を思っているんだろう?
前もって彼女とアドレスを交換しておけばよかった。
後悔で気が散ってしまう。

「……今やらなきゃいけないのは」

目の前の事に集中しないと。
気持ちを無理やり切り替え、会場の中心にいるミレイの元まで進む。

「あ、空! 全部持って来てくれたの?
こんなにたくさんありがとう。後はゆっくりしてちょうだい」
「大丈夫、まだ行けますよ。
みんなだって運んでるんだから」
「わっすごい!」

大きなピザの皿を運ぶシャーリーが近づいてきて、並ぶプリンに目をキラキラさせた。

「すごい! なんか輝いてるように見えるんだけど!」
「美味しそうね!!」

キッチンカートに目を惹かれ、生徒がどんどん集まってくる。

「そういえばニーナは?」
「生徒会室。
誘ってはみたんだけどね……」

苦笑するミレイは寂しそうだ。
ニーナ会場に来ない理由は何となく分かった。

「あたし、行ってくるね」


  ***


プリンを乗せたトレイを片手に生徒会室の扉を開ければ、パソコンの前にいるニーナが本をバンッと閉じた。
驚き、動揺した表情でこちらを見る。
恐る恐る中に入った。

「パーティー始まったよ」

ニーナは無言で床に視線を落とす。

「ニーナは嫌?
ユーフェミア様に騎士がつくのは」
「私は……」

苦しそうに小さく呟いた。

「私は、どうすればいいか分からない……」

本当に苦しそうな声で、今にも泣き出しそうだった。
そっと歩み寄り、テーブルにトレイを置く。

「よかったらこれ食べて。
何か食べて一息入れたほうがいいよ」

ニーナはプリンとあたしと交互に見て、わずかに微笑んだ。

「……ありがとう」
「こんにちはぁ」

底抜けに明るく、聞き覚えのある声が窓から聞こえた。
生徒会室の窓は人が余裕で出入りできるくらい大きい。

「ここからいい匂いがするんだけどォ」

声の主がヌッと窓から侵入してくる。

「ロ……ッ!?」

袖で口を塞ぐ。
危ない。うっかり名前を叫ぶところだった。
緩みきった笑顔で登場したロイドは、プリンを見つけるなり目の色を変える。

「やっぱりここだった!
このプリンはボクのために用意したものかい?」
「あ、あの。
これは、その……」

手をワキワキしながら迫るロイドに『あなた誰ですか』とニーナは思っているだろう。当然の疑問だ。
不審者を遠ざけようと、ニーナは目をそらして「どうぞ……」と差し出した。

「アリガトー!!」

手をバッと広げてプリンに飛び付く姿に、このひと何歳だっけ?と気が遠くなる。
すごい高い声出して喜んでるんだけど、ロイドってこんなだっけ?
心の中にあったロイドのイメージが音を立てて崩れていくのを感じた。
プリンを渡したニーナは名残惜しそうな顔をしている。

「余分あるから大丈夫だよ」とこっそり言えば「ヤッター!!」とロイドが喜んだ。あなたには言ってないです。

プリンをぺろりと平らげ、皿を戻したロイドは満足そうな息を吐く。

「ごちそうさまでした♪
あぁ〜美味しかった!
いつか食べさせてもらったあの時の味……できればもうひとつ食べたいんだけど……」

キラッキラした瞳でこっち見ないでください。

「……あたしので良かったらありますよ」と言えば、ロイドは輝く笑顔でウンウン頷いた。

「後で渡しますから。
それより、スザクに用があるんですよね?」
「空、知ってる人?」
「スザクが前に言ってたの。上司の人がプリン好きだって。
それ……あなたですよね?」
「ンフっ、ご名答。
スザク君を探しに来たんだけど、キミにも会えて良かったよ。
ボクはロイド・アスプルンド」
「あたしは空です」
「そっちの子は?」
「ニーナ・アインシュタイン……です」

テーブルに皿を置いたロイドの視線がパソコンに向く。
ニーナのそばに行き、パソコンを覗く。

「ん〜ふふ♪
面白そうなことやってるねぇ」

あたしもパソコンを見る。
図形やグラフが忙しなく動いていて、ゲームでは無さそうだけど何だろうこれ?

「分かるんですか?」
「ウランでしょ? 質量数235のほう」
「はい! そうなんです!」

ニーナの表情がパッと輝いた。
めったに見れない笑顔と明るい声に、可愛いなぁとデレデレしてしまう。
ニーナはキーボードを操作しながら説明する。
専門用語ばかりでさっぱり分からないけど、生き生きした笑顔を見せるニーナに、見ていて気持ちがほっこりした。

パソコンを見つめるロイドは無言で眼鏡を外す。
眼鏡無しだと雰囲気がガラリと変わって、あたしはロイドのほうを凝視してしまった。

「……装置を用意してやってもこのままじゃ実験できなくて。だから……」

熱く語っていたニーナはハッと我に返った。
恥ずかしいのか、顔を赤くしてあたしを見る。

「……ごめんなさい私ったら」
「すごい好きなんだね」

とても良いものを見れて嬉しくなる。
眼鏡をかけ直したロイドは興味津々の笑みをにっこり浮かべた。

「実験できるディスク貸そうか?」
「本当ですか!?」
「うん。大学の時に使ってたヤツで新しくはないけど」
「いいえ! 実験できるなら!
ありがとうございます!!」

まぶしく思えるぐらい、ニーナの笑顔は輝いていた。

「今すぐじゃないけどね。今仕事が入ってて」
「仕事?」

それならスザクを呼びに来たのも納得できる。
あたしとニーナは、スザクのいるダンスホールにロイドを案内することにした。
その途中でキッチンに立ち寄り、プリンを渡す。
プリンって飲み物だっけ?と思えるようなスピードで、あっという間に完食した。


  ***


「残念でしたァ!」

会場に入ったロイドの第一声がそれだ。
全員に注目され、ロイドの後ろにいるけど居心地の悪さを感じてしまった。

人混みに視線を走らせる。
生徒会のメンバーでここにいないのはカレンだけだ。
彼女の鮮やかな髪色はどこにも見当たらなかった。

「また仕事が増えちゃったね、スザク君」
「ロイドさん!」

生徒達をかき分け、出てきたのはミレイ。
慌てた様子でロイドに駆け寄った。

「何かあったんですか?」
「え? ミレイちゃんも知ってる人?」
「婚約者だもん」
「えっ!?」「婚約者っ!?」

ザワッッッと会場が大きくざわついた。

「……で、いいんだよね?」

軽い声音で確認するロイドにミレイは曖昧に返事する。
何か気掛かりでもあるのか、彼女は後ろにいる生徒達に顔を向けた。

「ちょっとちょっと!」

ばたばたしながらリヴァルが前に出てくる。

「じゃあアンタが……って名前は?」
「ロイド伯爵よ」
「伯爵ぅう!?
……あ、いや、伯爵様? お二人はどういうご関係で?」

動揺で声が震えている。
混乱しすぎてガタガタだった。

「婚約者」
「ノォオオオオオオ!!!!」

ズシャッと膝から崩れ落ちる。
今のリヴァルには何も言えない。そっとしておこう。
ロイドは気にせずクルッと反転し、スザクのほうに身体を向けた。

「それよりスザク君、仕事だよ。
大事なお客様が船でいらっしゃるんでね、お出迎えを。
もちろんランスロットとユーフェミア皇女殿下も一緒に」

ユフィの名前が出た途端、ホールに歓喜の声が湧き上がった。

「ユーフェミア様もですか!?」

ニーナが大きく反応する。あたしもすごく気になった。
教えてほしいなぁとロイドに目で訴えていたら、視線がバチッとぶつかり、ロイドはにんまり笑った。

「本国から大事なお客様が式根島にね」
「ダメですよロイドさん。
軍務内容は重要機密なんですから」
「アハ、ごめんついつい」

咎めるスザクにロイドは悪びれもしない。
ため息をこぼして、スザクは会場に視線を戻した。

「ごめん、ナナリー、みんな。
せっかくパーティーを開いてくれたのに……」
「気にしないで下さい。
スザクさんはユーフェミア様の騎士なんですから」
「ええ、私達は大丈夫よ。
ただし、ここに戻ってきたら続きをするからね」

ナナリーとミレイの言葉にスザクはホッとする。

「ありがとう。
じゃあ行ってくるね」

スザクは一人で会場を出る。
ロイドはミレイ、ニーナ、あたしに向けてヒラヒラと手を振ってから後を追いかけた。


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