29-1


騎士団は今、海の上にいる。
小型の潜水艇と聞いてはいたけど、通路に設置されてる船内マップを見て驚いた。部屋数が思ったよりも多い。

全ての団員がモニタールームに集まって組織編成の発表を聞いている。
あたしは幽体離脱している間の肉体がどんな状態か確認する為、ラクシャータさんと医務室にいた。

自分の寝顔を見ているこの状況、改めて思うと本当に奇妙だ。

「体温、呼吸、脈拍、脳波、全て異常無しです」

報告したのはラクシャータさんの助手で、彼にはあたしの姿が見えていない。

「ありがとう。もう下がっていいわ。
一人にしてちょうだい」

ベッドに座って難しい顔をするラクシャータさんの言葉は素っ気ない。
考え込んでいるのを邪魔したくないのか、助手さんはにこにこと陽気に微笑み、静かに医務室を出ていった。
ラクシャータさんはあたしの頭と身体に付けている測定器を片手で外していく。

「んー……。
……これじゃあ、ただ寝てるだけねぇ」
「本当ならどこかで異常が出るんですか?」
「そうよ。出て当たり前。肉体から抜け出してここにいるんだから。
どうやってその状態になるの?
いつもどうやって戻ってる?」
「行きたいところに行きたいと思ったらこの姿に……。
あとは引っ張られるように肉体から抜け出ちゃう時もあります。
いつも夢が覚めるような……強く引っ張られる感じがして戻ってます」
「あなたの意思で戻ったことはないのね」
「はい……」

お医者さんに診察してもらってるみたいだ。

「今は心身に異常が出てないからいいけど、自分の意思で戻れるようになりたいわね。
いつからこんな体質? 原因に心当たりは?」

心当たりはある。めちゃくちゃある。
絶対赤目しかいない。

あたしの表情にラクシャータさんは察したのか、ニィッと笑う。

「良かったわね。原因に心当たりあって。
そのうちコントロールできるはずよ」
「できるんですか!?」
「できるはずよォ。原因をどうにかすればね」

ハートマークが付きそうな声だ。
ラクシャータさんはヒョイッと立ち上がる。

「健康診断はこれでおしまい。
それじゃあ次はこっちよ」

どこから出したのか、ラクシャータさんは分厚いノートを持っていた。

「この前言ってたやつ。
ページをめくるから見てちょうだい」

字も地形も全て手書きで、教科書みたいにキッチリ書き込んでいる。
読んでいくと、ある文章に目が釘付けになった。

「“その存在は全ての国に姿を現す”?」
「あら。い〜とこチョイスしたわね。
そこ私も掴んだって思ったところよ」

美しい大人の女性だけど、楽しそうに話す表情は子どもみたいで可愛かった。

「色んな国を渡り歩いて気づいたんだけど、どの国にも同じような言い伝えがあってね。
誰かが故意に広めているような不自然さで隅々まで」

ブリタニアの本国にもそういうのがあるのだろうか?
次のページを見せてもらっていたら、ゼロと藤堂さんと扇さんがやって来た。

「失礼する」
「すみません。今いいですか?」
「あら〜なかなかの人数ねぇ。
私、月下のデータ頼んだだけなんだけど」
「すまないラクシャータ。
私と藤堂は彼女の様子を見に来ただけだ」
「データは俺が持ってきました。
はいラクシャータさん、これが稼動したやつ全部です」

扇さんはラクシャータさんに薄いファイルを手渡した。

「ここに来てよかったわぁ。
いいデータ出してくれる子が何人もいるからね」

思い浮かべたのは月下を操縦していた四聖剣の人達。
“子”と言うにはみんな大きいんだけど、ラクシャータさんがどんな人か何となく分かった。

誰かが扉をノックして入ってくる。

「探しましたよゼロ」

声を聞くだけでガクンと気分が下がる。
やって来たのはディートハルトだった。
顔を合わせただけでまた何か言われるような気がして、ふいと視線をそらす。

「話があります。
来て頂いてもいいですか?」
「話?
ここでするのはまずい話か?」

ディートハルトは答えない。
あたし達が聞いたらまずい話なんだろう。
ディートハルトは小さなため息をこぼし、諦めたように口を開く。

「……ではここでお話ししましょう。枢木スザクの件です。
彼はイレブンの恭順派にとって旗印になりかねません。
私は暗殺を進言します」

場の空気が一変する。

何を言ってるんだこの人は。
思考が追いつかなくて絶句した。

「暗殺? 枢木をか?」

ゼロの声は固い。
扇さんと藤堂さんは怒った顔でディートハルトを睨んでいるけど、ラクシャータさんは平然としていた。

「なるほどね。
反対派にはゼロってスターがいるけど、恭順派にはいなかったからねぇ」
「人は主義主張だけでは動きません。
ブリタニア側に象徴たり得る人物が現れた今、最も現実的な手段として暗殺という手が……」
「反対だ。
そのような卑怯なやり方では、日本人の支持は得られない」
「そうです! 俺たち黒の騎士団は武器を持たない者を殺さない!
暗殺って、彼が武器を持っていないプライベートを狙うって事でしょう!?」
「私は最も確実でリスクの低い方法を申し上げたまでです」

藤堂さん達の怒りを前にしても、ディートハルトの余裕そうな表情は揺らがない。
ゼロが了承すると本気で思っているんだろう。
ムカムカとした苛立ちが胸の奥で色濃くなっていく。

「どうするか決めるのはゼロだよ」

ディートハルトは馬鹿にするような笑みを浮かべて肩をすくめた。
ダメだ。この人無理だ。
絶対好きになれそうにない。

「ええ、もちろんそれは承知してます。
あくまでひとつの意見として聞き入れて頂ければ十分です。
それではゼロ、枢木スザクの件をよろしくお願いします」

言うことだけ言ってディートハルトは医務室を後にした。
場の空気は重く、気まずい沈黙が支配する。
もっと自分の意見を押し付けてくると思ったのに、アッサリ引き下がって違和感を抱いてしまう。
嫌な胸騒ぎを感じた。

「……ごめんなさい。
少し、外行ってきます」

すぐに追いかけなきゃいけないと思った。


  ***


間隔をあけて設置された蛍光灯が通路を明るく照らしている。
ディートハルトはどこに行ったんだろう?
周りを見ながらあちこち進めば、朝比奈さんと出くわした。

「お! 空ちゃんじゃん」
「朝比奈さん!」
「元気? 今日はどうしたの? 組織編成の時はいなかったよね」
「ラクシャータさんに調べてもらってました。
この姿の時、あたしの体はどんな状態になっているのかを」
「何か異常あった?」
「いいえ。ただ寝てるだけだって」
「良かった。異常ある方が心配だから。
そうだ、空ちゃんキョロキョロしてたけど誰か捜してるの?」
「……あ、そうだ! ディートハルトを捜してるんです!
朝比奈さん、どこかで見ましたか?」
「それならカレンのとこだよ。機体調整室。
紅蓮についてカレンに聞きたい事があるって言ってた」

本当にそんな理由でカレンのところに?
早く行かなきゃ、と焦ってしまう胸騒ぎがした。
船内マップを思い出す。

「機体調整室ですね。
ありがとうございます」

こことは逆方向だ。
お辞儀してから引き返そうとすれば、

「ねえちょっと」

なぜか呼び止められた。

「なんですか?」
「あのブリタニア人と仲いいの?」
「よくないです!!」

考えるより先に即答していた。
朝比奈さんはブフッと吹き出し、何が面白いのか爆笑する。

「あはっはははっ!!
あいつ、すご、すごい嫌われてやんの!!」
「……仲いいなんてどうして思ったんですか?」
「さん無しで名前で呼んでたから。
俺朝比奈さんなのにあいつディートハルトだし」
「それは……まぁ確かにそう思われても仕方ないですね……。
それじゃあ次から勘違いされないような呼び方にします」
「勘違いされないような、か。
じゃあ俺は? 俺なら名前で呼んでくれる?」
「え? 名前で、ですか……?」
「昇悟だよ。
藤堂さんにも名前で呼んでほしいんだけど、いつまで経っても朝比奈なんだよなぁ……。
空ちゃんにも名前で呼んでほしいんだけど、どうかな?」
「いいですよ。昇悟さん?」
「そうそう。ありがとう」

嬉しそうにニカッと笑う。
大人びた雰囲気なのに、笑えばグッと子どもっぽくなる。

「それと、話す時はもっと気軽に喋ってよ。敬語とか堅苦しいから」
「う、うん。オッケー」
「そうそれ。
……っと、ごめん呼び止めて。
機体調整室の場所は分かる?」
「はい。さっき船内マップで」
「んじゃあ大丈夫だね。行ってらっしゃい」
「はい、行ってきます……じゃなかった、行ってくるね。
昇悟さん、また後で」

壁や床をすり抜けて最短ルートを進めば、目的地にはすぐに到着した。
両開きの大きな扉に『機体調整室』と刻まれた銀のプレート。ここだ。

扉をすり抜け、侵入する。
中は広く、月下や無頼がズラリと並んでいて、ボソボソと誰かの話し声が奥から聞こえる。
生身じゃ絶対行けないルートを通り、接近する。
カレンの話し声がハッキリと聞こえてきた。

「……では、私が枢木スザクの内偵に向かえばいいんですね」
「頼みましたよ。
あなたにしかできないんです。ゼロのために」

カレンをやる気にさせる言葉ばかり並べていて、嫌な胸騒ぎは更にひどくなった。
気配が動き、二人の足音は扉のほうに向かう。
ここを出ようとしているみたいだ。
扉の開閉音が大きく響き、人の気配が無くなった。

「なに話してたんだろう……」

カレンがスザクの所に行く事しか分からない。
スザクに会うなら学校が確実だろう。
明日は待ち伏せして、カレンのそばにずっといたほうがいい。
目を離さないほうがいいと思った。

 
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