3.変わらない色と世界の違い
寄せては返すさざ波の音が聞こえる。
まぶたをゆっくりと開ければ、白い砂浜と地平線まで続く海が見える。
どうして砂浜に立ってるんだ?
ていうかそもそも、ここはどこなんだ?
ベッドで眠りについたところまでは覚えている。
『寝たはずなのに知らない場所にいた』
この感覚をあたしは知っている。
いつも見ていた、暗闇の夢。
まさかこれも夢だろうか?
空を仰ぐ。
太陽が空の真上で輝いていて、だけど暖かさを感じない。
砂浜を踏みしめるザリザリした感触もない。
手のひらを海に向けるように伸ばせば、肌色のはずの手は透けて、空と海が見えた。
幽霊みたいだと思ってゾッとする。
得体の知れない気味悪さに唖然としていた時、遠くで誰かに呼ばれたような気がした。
夢の終わりは唐突で、全身をぐいっと引っ張られる感覚に襲われる。
「起きろ」
「ぐぇ」
喉が圧迫された息苦しさで目が覚めたあたしは、何が起こっているのか把握できないまま、襟首をぐいーっと引っ張られた。
ベッドの柔らかさが消え、ドシャッと床に落ちる。
「うげっ」
寝起きでボンヤリしていた頭が理不尽な痛みでハッキリ冴える。
ルルーシュが今、あたしをベッドから引きずり下ろした!
「いつまで寝てる。さっさと起きろ」
「ひどい!! なにもベッドから引きずり落とすことないじゃん!!」
嫌がらせみたいな起こし方だ。
半泣きで非難しても、当然だと言わんばかりの顔をする。
「何回起きろと声を掛けた?
むしろ感謝しろ。わざわざ調達してやったんだからな」
ルルーシュは手を差し伸べることもせず、床にシリモチついたままのあたしにポイッと何かを投げ渡してきた。
「え? なにこれ?」
畳んであるそれを広げて驚く。
アッシュフォード学園女子の制服だった。
「うわ、すご!
ホントに用意してくれるなんて……!」
「私服で歩かれたら迷惑だからな」
ルルーシュはこれをどうやって手に入れたんだろう?
お願いしたことを無視しないでくれたのが、あたしには一番嬉しかった。
「ありがとね。
わざわざ届けに帰ってきてくれて」
「ナナリーと一緒に昼食を食べるために戻ってきたんだ。
お前のはついでだ。勘違いするな」
「相手のありがとうは素直に受け取ってよ。本当に嬉しかったんだから。
これでスザクのところに行けるよ」
ルルーシュは複雑そうな顔をした。
「どうしたの?」
「お前には関係ない」
背を向けたルルーシュにわずかな違和感を覚える。
昨日と違って、どこか余裕がない。
どうしようもない問題に直面したような。
ルルーシュはきっと、スザクへの嫌がらせを目の当たりにした。
そして『学校では他人でいよう』というスザクの言葉に、どうすればいいか分からないんだろう。
だけど大丈夫だよ。あたしは知ってるから。
「今は、スザク自身を知ろうとする人は少ないと思う。
だけど、動くことをためらわないで」
それが、知ってるあたしの唯一言えることだった。
***
髪型は三つ編みに。
ルルーシュからもらった制服に身を包むあたしは、誰がどう見てもアッシュフォード学園の生徒だった。
中庭で昼食にありつく女子生徒たちと比べても、驚くほど違和感がない。
学園風景に溶け込んでいるから、前回よりもスザクを探しやすくなったというわけだ。
でも、それが見つかることに繋がるかと言ったら別だよね。
今のあたしにはスザクがどこにいるか見当もつかなかった。
昼休みだけど時間は限られている。
ただ闇雲に校舎を回るよりも、あそこにいるだろうという確信を持って探さないといけない。
スザクが行きそうな場所ってどこだろう?
自分の教室か、もしくは誰もいない静かな場所か、それとも─────
「ねぇ、あなた」
考えることに没頭していたあたしは、声を掛けられるまで後ろに人がいることに気づかなかった。
慌てて振り返り、びっくりする。
危うくその人の名を口にするところだった。
肩まで伸ばしたストレートの紅い髪と、あたしを見据える藍色の瞳。
今の彼女は病弱な『カレン・シュタットフェルト』ではなく、凛とした面持ちをした『紅月カレン』だった。
ジッと見つめていたせいか、カレンが怪訝そうに眉を寄せる。
「なに? 私の顔に何かついてる?」
「ううん。どうしてあたしに声を掛けたのかなって」
日本人だって気づいたのだろうか。
「今、探しているんでしょう?
枢木スザクを」
「え」
言い当てられてドキッとする。
見抜かれたことに戸惑っていたら、カレンは言葉を続けた。
「今は彼を探さないほうがいい」
初対面のはずなのに、どうしてカレンは全部知ってるような顔をしているんだろう。
それに、どうして『探さないほうがいい』なんて……。
「……どうして?」
「どうしてって……知らないの?
知らないなら、なおさら今は探しに行かないほうがいい。
これは彼のためでもあるの」
彼女の憂いを帯びた瞳に、あたしは唐突に理解する。
「もしかして、嫌がらせのとばっちりをあたしが受けるんじゃないかって心配してる?」
「っ!!」
驚くカレンの反応に、それが正解だということに気づいた。
「そりゃあ、あたしだって嫌がらせされるのはイヤだよ?
だけど、とばっちり受けるのが怖くて何もしないのはもっとイヤ。
お願い。居場所を知ってるなら教えてほしい」
カレンは教えたくなさそうな顔で沈黙する。
だけど、ジッと見つめるあたしの目に負けたのか、諦めたように口を開いた。
「……教えるわ。
だけど、嫌がらせのとばっちりをあなたが受けたことを知って、心を痛める人がいるってことを忘れないで」
心を痛める人。それはスザクのことを言っているのだろうか。
「……きっと自分のせいだって思うんだろうな。
変なの。どう考えても相手が悪いのに」
「だけど、それがあなたの言う彼の『優しさ』なんでしょう?」
「うん、そうそう。
……って、あたしそんなこと言ったっけ?」
「言ったじゃない。
他人第一で、優しくて、まっすぐなんでしょ? 聞こえてたわ」
え? それってつまり……?
「えー!!?
き、昨日のアレ聞いてたの!!?」
「聞いてたんじゃなくて聞こえてたの。
あなたの声、廊下に結構響いていたわ」
「そ、そんな……」
ルルーシュとスザクのみならずカレンまでも……。
穴掘って飛び込んでしまいたくなるほど恥ずかしい。
「恥ずかしいことじゃない。胸を張りなさいよ。
ブリタニア人相手に自分の意思を貫けるなんて───」
ハッと息をのみ、カレンは途中で言葉を切る。
話題を変えるようにコホンと咳払いし、『カレン・シュタットフェルト』の顔をした。
「────ごめんなさい。
枢木スザクの居場所よね。
彼を見かけたのは第2校舎側の水飲み場よ。今も多分、そこにいる」
「第2校舎? それって向こう側の校舎のこと?」
「ええ」
『もしかして』と思ってたことが、あたしの中で確信に変わる。
思い出したのはアニメ6話のいち場面。
スザクは今も、嫌がらせで受けた体操服の落書きを水飲み場で消しているんだ。
「ありがとう! 行ってくるね!!」
駆け足でその場を後にする。
中庭を走り抜け、カレンに教えてもらった校舎を目指す。
アニメで見た風景を思い出しながら進んでいけば、蛇口の水を出しっぱなしにしている水音が聞こえてくる。
体操服に殴り書きされた赤インクの文字を落としているんだろう。
水飲み場で体操服を洗うスザクの横顔はどこか辛そうだった。
気配を察知する能力が高いのか、離れているあたしにさっと顔を向ける。
「……キミか」
スザクは微笑み、止めていた手を動かして体操服を洗い始める。
「キミも、学校では僕と他人のフリをしたほうがいい」
「ううん。あたしは他人のフリなんて嘘はつきたくない」
「キミを巻き込みたくない。僕が嫌なんだ」
「あたしだって嫌」
スザクは困ったように笑う。
「大丈夫だよ。こういうのはずっとずっと続くわけじゃない。
今だけだよ」
彼の穏やかな顔に諦めの色は見当たらない。
芯のある強い笑みだった。
「信じたいんだ、キミの言葉を。
僕を『枢木スザク』として見てくれる人はいるんだってことを。
だからいいんだ」
それは嘘や強がりではなく、心の底からの言葉なんだと、スザクの表情を見て思った。
「それでもあたしは他人のフリはしない。絶対、しないからね」
スザクは目を丸くし、子どもみたいに笑った。
「……すごいね、キミって。
僕の負けだよ」
水道の蛇口をキュッとしめ、体操服をギュウッと絞る。
スザクはそれを水飲み場に置いた後、ハンカチで手を拭いた。
「(……あれ?)」
スザクの肩越しに見える小さくて黒い物体。
走ってこちらに近づいてくるのはゼロの仮面だった。
「──────ッ!!」
自分の後ろを凝視して硬直しているあたしを、スザクは不思議に思ったのだろう。振り向こうとする。
「スザクッ!!」
考える前に身体が動いていた。
ガバッと抱きつき、後ろを見られないようにする。
「空?!」
『スザクに猫を見せてはいけない』が、頭の中でグルグル回っている。
それしか考えられない。
スザクの動揺と戸惑いが伝わってきた。
「あ、う、えっと……空?
そ、その……もういいかな……?」
スザクの声で猫の姿がどこにも無いことにやっと気づいた。
途端、恥ずかしさに襲われる。
「ご! ごめんッ!!」
バッと離れて全速力で後ずさりする。
声を発することもできない気まずい空気がその場を支配した。
あたしの唐突すぎる行動の理由を知りたいのか、スザクは強い眼差しを向けてきた。
ゼロの仮面のことは言えるわけがない。
だけど、抱きついた理由は今この場で話さないとヤバイ。
どうしよう!
どうしようあたしどうしよう!!
「こっ……これはね!
元気が出るおまじないなんだ!!」
口走り、無理やりすぎる嘘の理由に『しまった』と血の気が引いた。
絶句するあたしと無言のスザク。
すごく気まずい空気が漂ったが、突如響いた校内放送がそれを壊した。
《こちら、生徒会長のミレイ・アッシュフォードです。
猫だ!》
「猫?」
首を傾げたのは、状況が把握できていないスザク。
《校内を逃走中の猫を捕まえなさい!
協力したクラブには予算優遇します。
そして、猫を捕まえた人にはスーパーなラッキーチャンス!
生徒会メンバーからキッスのプレゼントが〜!!》
校内に響くミレイの高笑い。
ボーっとそれを聞いているスザクに、今しかないとあたしは駆け出した。
「ごめんスザク!
あたし行かなくちゃ!」
派手にコケるルルーシュを見たいのもあるが、それ以上にスザクとの気まずさから逃げたかった。
《猫を!
猫を捕まえたら、所有物は私に!!
所有物は私に!!!》
「行かなくちゃいけないって……もしかして君の猫?」
スザクから離れたと思ったのに、何故か真後ろを走っていた。
「わぁああぁあ!!
ちょ……ついてこないでーーーッ!!」
驚きに思わず叫べば、スザクはシュンと悲しげな顔をした。
「ごめん訂正する!! 訂正するから!!
でもあたしは一人で大丈夫だからお願いついてこないでーーっ!!!」
「僕も手伝うよ!」
人 の 話 を 聞 け !!
《にゃ〜》
ナナリーの猫の鳴きマネに、校舎のそこかしこで『萌えーー!!!』的な歓声が沸き上がる。
と、いうことはルルーシュとスザクが鉢合わせるまでもう少しってところか。
「(アニメでのルルーシュの目線では確か……猫が登れるような屋根だよね)」
必ず、そこを猫が通るはすだ。
「いた! あれだよ空!!」
屋根をつたうように走る猫が遠目に見える。
ゼロの仮面は距離が離れているため『黒っぽい何か』にしか見えなかったのが幸いだろう。
猫は屋根から飛び降りて近くの建物────頂上に鐘がある塔へと入り込んだ。
それを確認した途端、死角からルルーシュが飛び出した。
「ルルーシュ!! キミも猫を?」
「なッ! スザク!?」
スザクとルルーシュは塔の入り口で足を止め、不意打ちの遭遇にお互い動けずにいた。
だけどそれも一瞬だけ。
塔の中から反響する猫の鳴き声に、スザクがいち早く駆け出した。
次はあたし。
遅れてルルーシュも走り出す。
「待てスザク!
くっ、お前は帰れ!猫は俺が……!」
「体を動かすのは僕のほうが得意だよ。
前に小鳥が逃げた時だって……」
「古い話を持ち出すなっ!」
「たった7年前だよ!」
軽い足取りで階段を駆け上るスザクと比べ、ルルーシュはもう息切れをし始めている。
スザクとルルーシュとでは体力の差は一目瞭然。
距離がだんだん離れていく。
「くぅ!!
相変わらずの……体力……バカ……っ」
ルルーシュのスピードがだんだん落ちていく。
あたしは数段飛ばしでまだまだ絶好調で、最上階へはすぐに到着した。
そこは思ったよりも広くなく、視界に入ったのは外に続くであろう出口が二つ。
一つは目の前で開いた窓。
もう一つは重そうな鉄色の扉。
猫は目の前の窓から外に出たのだろう。
迷わずそれに続くスザクの後ろ姿が見えた。
と、同時にルルーシュもやっと到着。
「俺はスザクを足止めする!! お前はそっちの扉を使え!」
「わかった!」
飛びつく勢いで鉄の扉を押し開ければ、幅の小さな階段が上へと伸びていた。
鐘の手入れをする職員のための階段だろう。
音を立てずに素早く階段を上がれば、鐘に陣取られたスペースで猫がくつろいでいるのが見える。
あたしの気配に気づき、仮面がこちらを向く。
逃げられたらどうしようという不安に動けずにいたら、猫はうにゃあと鳴いて近づいてきた。
すぐに抱き上げ、ホッと一息つく。
「よかったぁー。
スザクみたいに拒否られたらどうしようかと思ったよ」
ゴロゴロ喉を鳴らす猫から仮面を取る。
ひとまず鐘が陣取るスペースに隠しておこう。
そして彼らに、捕獲したことを伝えなければ。
スザクたちが出ていった窓から身を乗り出せば、屋根によじ登ったままの姿勢で二人は、
「猫は俺が」「いいや僕が」
そんな言い争いをしていてどちらも譲らない。
ここに猫がいることにも気づかずに。
ルルーシュは見事にスザクを足止めしていた。
「ルルーシュ!
猫、捕獲したわよっ」
「本当か!?」
仮面の有無を一刻も早く確認したいのか、ルルーシュは屋根という自分の足場を忘れてあたしへと向き直った。
その勢いで足をすべらせたが、スザクがすぐに腕を掴んだおかげで大事には至らない。
「安心しすぎだよ」
返す言葉が無いのか、引き上げられたルルーシュは苦笑するだけだった。
スザクが猫へと視線を移す。
確認するようにジッと見つめたかと思えば、すぐにニコリと笑った。
「やっぱりこの前の猫だった。
ありがとう空。猫を捕まえてくれて」
スザクは手を伸ばして撫でようとするものの、牙を向いて威嚇された。
とことんスザクの片思いだ。
「もらうぞ。俺は先に降りている」
「あ、うん」
『残ってゼロの仮面を回収しろ』とルルーシュの目が言っている。
あたしは猫をルルーシュに渡しながら『もちろん』と笑顔で頷いた。
猫がルルーシュの手に移るなり、彼は背を向けてもうあたしを見ようとしない。
それが少し寂しかったけど、仕方ないという諦めのほうが強かった。
「僕らも行こうか」
「スザクも先行ってて。
あたし、忘れものがあるから」
「忘れもの?
わかった。それじゃあ、先に行ってるね」
残念そうに笑い、スザクはルルーシュを追うように早足で階段を下りて行った。
じき、表も静かになるだろう。
「どうしようかな、この後」
時刻から考えて、この後に始まるのはクロヴィスの追悼式だ。
仮面を運ぶなら追悼式が中継される時が一番だろう。
全校生徒がみんなホールに集合するから、きっと楽に仮面を運べるはずだ。
「それまではここに隠れておこう。
そうだ、仮面も今のうちに回収しとかないと」
仮面を隠している場所に出れば、柔らかな風が優しく吹き抜けていく。
目に映る空の色に、あたしは言葉を失った。
一緒だった。
トリップのキッカケになった夢を見る前に、最後に目にした空の色と。
向こうと全然変わらない。
ホッとした気持ちや、寂しさや、言葉にできない色んなもので、胸がいっぱいになって苦しくなる。
なぜか少しだけ泣きたくなった。
涙が浮かび、まぶたを閉じて日向ぼっこをする。
それからどれだけ時間が経ったのか。
うとうとし始めたら、追悼式開始を知らせる校内放送が流れてくる。
生徒がいる騒がしさが校舎にはなく、あたしは脱いだ上着で仮面を包み、早足で塔を降りた。
そこから真っ直ぐクラブハウスへ。
ルーシュの部屋に帰宅して、一番に聞いたのは熱狂的なブリタニアコール。
暑苦しい。それがあたしの抱いた感想である。
「おかえり。
……どうした? そんなトコで立ちつくして」
「なんでもない。
ただ、実際に聞くとヤバイなぁって思って……」
息子の死すらどうでもいいと言いたげに、皇帝が全面に出しているのは自分の主張。
それに疑問も持たずに支持する奴らに、あたしは呆れの感情しか持てなかった。
C.C.が陣取るベッドまで歩きつつ、チラリと皇帝を一瞥する。
アニメ見てた時も思ったけど、やっぱり髪の毛に目が行ってしまう。
「すっごい髪形だねぇ、この人」
『生まれた時から死んでる』発言を思い出し、このひと嫌いだなぁと改めて思う。
不機嫌そうなあたしとは対照的に、C.C.はどこか楽しそうだった。
「お前だけだぞ。
ブリタニア皇帝相手にそんなこと言える人間は」
「画面越しだからね」
本人と対面するなんて事になったら、物凄い威圧感に潰されるに違いない。
雲の上の人間だ。死ぬまで会わないだろう。
いつの間にか、パソコンの映像は追悼式から普通のニュースに切り替わっていた。
「ニュース見る?」
「いや、私はもういい」
興味が無くなったのか、C.C.はごろんとベッドに横になる。
あたしもどちらかと言えばニュースよりも他の番組だ。
チャンネルを変えていく中、目に映った番組にピタリと手が止まる。
かろうじて木の形が残ってる炭の連なりと湖の映像。
英語で表示された地名にあたしは言葉を失った。
「どうかしたか?」
衣擦れの音がした。
多分、C.C.が体を起こしたんだろう。
あたしはパソコンから目をそらすことが出来なかった。
「……C.C.は奥多摩湖って知ってる?」
「いいや。初めて聞く名だ」
「観光地だよ。
あたしのいた世界は、ブリタニアが存在しないだけでこの世界とほとんど変わらないんだ」
春の景色は今でも鮮明に思い出せる。
夏は夏で、木々の葉は色濃く鮮やかな緑色できらきらしていた。
だけど今、目に映る映像にその面影はない。
「あたしの世界のここは、桜が満開に咲いてすごいキレイだった。
すごく、すごく……きれいだったんだよ……。
だけど、ここのは違うんだね……」
胸の奥が軋むように痛い。
パソコンの電源を落として、窓の外へ顔を向けた。
鼻がツンとし、夕暮れがぼやけて見える。
「……ルルーシュ、帰ってくる時間だね。
出迎え行ってくる」
C.C.は苦しそうな顔をしてた。
「そんな顔しないでよ。
ただ…違うなって思っただけだから」
きれいだと思った桜をもう一度強く思い浮かべる。
今見てしまった映像に、記憶を塗り替えられないように。
***
「えっ!? あたしが軍に!?」
帰ってきたルルーシュに聞かされた言葉に、あたしはめちゃくちゃ驚いた。
「スザクから聞いた話だが、簡潔に言えばそうだ。
昨日、お前が土産として持たせたアレをすごく気に入り、お礼がしたいから来てほしい……とスザクの上司が希望しているらしい」
生きてるセシルさんやロイドに会える! 実物大のランスロットが見れる!!
行きたい!!と胸いっぱいに思った。
「俺としては断固反対だ」
うなぎ登りだったあたしのテンションが急激に落ちる。
「えー!!? なんで!!」
抗議の声を上げれば、ルルーシュは呆れたように眉を寄せた。
「なんでだと? 分かってないな。
一般人が軍の施設に入る時、住民IDの提示を求められる。
お前、出せるのかそれ」
トリップした初日に聞かされた単語にウッと言葉が詰まる。
もちろんあたしは持ってない。
「提示しろと言われて出せるのか?」
「だ……出せません」
「なら、どうするべきか分かっているよな?」
言い聞かせるような静かな口調。
いつもは冷たいかバカにするかのどちらかしかないルルーシュが、なぜか今日は真面目に向き合ってくれている。
そのおかげで、あたしはすんなりと納得することができた。
外で待ってるスザクに返事を伝える為、一人で出る。
スザクは出入り口の石段に腰掛け、ボンヤリと夕日を眺めていた。
外に出たあたしに気づいて振り返る。
「ありがとう、来てくれて。急にごめん。
ルルーシュから話、聞いた?」
「うん。聞いたよ。
……でも、ごめん。軍には……スザクの上司さんのところには行けないんだ」
あたしの答えを予測していたのか、スザクが浮かべた微笑みに落胆の色はない。
「いいんだ。もともとダメ元のつもりだったから。
無理言ってごめん」
「ううん、あたしもごめん。
せっかくお礼がしたいって言ってるのに……」
それ以上言葉が出なくて、スザクも何も話さなくて、気まずい空気が流れるだけだ。
スザクはぷっと小さく吹き出した。
「なんか謝ってばかりだね、僕ら」
「そうだね」
お互い笑いあえば、重いと感じた空気が軽くなった気がした。
「……そうだ。
空にはまだ言ってなかったけど、生徒会に入ることになったんだ」
「生徒会に?」
「そう。
ルルーシュがキッカケをくれたんだ。
だから頑張ろうと思う。
もしかしたら君のおまじないが効いたのかも」
思い出してギクリとなった。
スザクを見られなくて、あたしは視線を地面に落とす。
「おまじないは、できればこの先黙っててほしいな……。
あれ、あたし自身もよく分からなくて」
恥ずかしさでモゴモゴとしか喋れない。
それがスザクの笑いのツボを突いたのか、声を上げて楽しそうに大きく笑った。
恥ずかしさで身体が縮んでしまいそう。
……あぁでも、スザクの笑い声を聞く内に、恥ずかしさも薄れていく。
笑顔が見れて嬉しくなった。
笑いが収まり、スザクは思い出したように空を見る。
あたしも釣られて顔を上げる。
夕日はもう沈み、夜の色に染まり始めていた。
「もう帰らないと……」
「……そうだね。もう暗いもんね。
ルルーシュ呼んでこようか?」
「うん。お願いするよ」
ひとつ頷き、走って部屋に戻る。
タッチパネルを押して扉を開け、ひょいっと中を覗いた。
C.C.がルルーシュと話している。彼女は珍しく立っていた。
「ルルーシュ、いる?」
二人はバッとこちらを見る。
聞かれたくない話をしていたような反応だった。
「…………どうしたの?」
「いや、なにも」
C.C.は涼しげな顔で答えた。
「ルルーシュはここにいるが、何かあったか?」
言われて、やっと用事を思い出す。
「スザクもう帰るって。
ルルーシュ、挨拶しに行きなよ」
「あ、ああ……。
……行ってくる」
ルルーシュはまばたき多めで頷いた。
珍しく動揺している。C.C.と何があったんだろう?
気づかないフリでルルーシュを見送った。
そして、いなくなってからC.C.を見る。
「ルルーシュと何を話してたの?」
「説教だ。
ルルーシュに男としての振る舞いについて説いていた」
C.C.は不敵に笑う。ミステリアスな表情がとてもよく似合うなぁ。
「男としての……振る舞い?」
「ああ。今はまだ態度は険悪かもしれない。
だが、人は変われる。もう少しだけ待ってやれよ」
「???」
どう返事したらいいか分からないけど、C.C.がルルーシュに何か言ったんだろうなぁ……とだけは理解できた。
「人は変われる、か」
そう言えば、今日のルルーシュはいつもと違った。
あたしの目を見て、 大事なことを教えてくれた。
『特派に行きたい』と思ったあたしに現実を突き付けて、気づかせてくれた。
『好きな世界にトリップした』っていう、現実味のない感覚があたしの中にあることを。
このままじゃいけない。
ここが、この世界が、あたしの生きる現実だと思わないと。
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