28. 嬉しそうで、幸せそうで。


ユフィの所に会いに行けると伝えた時、具体的な日時を教えてもらった。
どうやら、その日がユフィにとって特別な日らしい。

会えなくなってからどれくらい経っただろう。
約束の日、あたしはやっと政庁に行くことわができた。

同行しているのはスザクひとりだけだ。
緊張で鼓動がいつもより早くて、書状を持つ手まで震えている。

視線をチラッと下げて胸元を確認する。
よし、桐原さんからもらった装飾もちゃんと付いている。
見るの何度目だろう。小さく苦笑した。

到着してすぐ、正門の軍人にスザクが声を掛けた。
スザクと会話しながらこちらを見る軍人の目付きは、疑いや不信感に満ち溢れている。
気圧されないよう、疑念が宿る瞳をジッと見つめ返した。

「……これを見てください。
これはユーフェミア様からいただいたもので────」

書状を差し出そうとしたが、それより先に軍人が手で制した。

「指示するまで動くなイレブンが。
先にIDを掲示しろ」

苛立ちと嫌悪感を隠さない声に体が硬直した。
冷徹な眼差しはあたしを人として見ていない。
手からふわりと書状を抜き取ったスザクが、サッと前に出てくれた。

「この手紙はユーフェミア皇女殿下が彼女に宛てたものです。
お読みになりますか?」

前方で息を呑む気配がした。
スザクが横にずれ、軍人と再び対面する。
書状をちゃんと見てくれていて、不審がっていた瞳は今にも飛び出そうなほど見開いていた。
彼はズザッと後ずさり、

「誠にッ!! 申し訳ございませんでした!!」

すごい勢いで頭を下げた。
背が高かったのに、腰を90度曲げた事でものすごく低く見える。

「行こう、空」

スザクに促され、政庁に足を踏み入れることができた。

「ありがとう、スザク」
「嫌な気持ちにさせてごめん。
今日はお客様がたくさんお越しくださる日だから、特に警備が厳しいんだ。
本当に……ごめん。せっかく来てくれたのに」
「平気だよ。だってユフィに会えるから。
それに、スザクが助けてくれたからすぐ入れたんだよ。
ありがとう、一緒にいてくれて」

振り返ってスザクははにかんだ。
前を歩く彼は力強くて、生徒会にいるスザクと全然違う。

途中、何人か軍人とすれ違う。
居心地の悪い視線をくぐり抜け、歩き続け、ユフィがいるであろう部屋の前に到着した。
扉は閉まっていて、入るのを躊躇ってしまう重厚感がある。

「ノックして入って欲しいってユフィが。
僕はやらなきゃいけないことがあるから後で戻るね」

そう言い残して行ってしまった。

スザクの背中が遠くなり、ひとつ息をこぼして扉を見る。
これを開けたらユフィに会えるんだと思うと、涙がジワッと出そうになった。
会う前からこれではダメだ。両頬を力を込めてパパンと叩く。

心の準備はバッチリだ。
深呼吸してからノックする。これでいいんだよね?
扉をゆっくり開ければ、陽が差し込む明るい部屋でユフィが待っていた。

「……ああ、ソラ。会いたかった」

笑顔だけど、声は今にも泣きそうだ。
ユフィは恥ずかしそうに目を拭う。

「やだなぁ……泣かないって決めたのに」

ハンカチで涙を押さえる姿に、あたしの目頭も熱くなる。

「やっと、やっと会えたね、ユフィ。
手紙、ありがとう」
「よかった。私、すごく不安で……。
こんな形でソラをここに呼んで良かったのかってずっと不安だったの」
「ここで良かったよ。
だってユフィが外に出るほうが危ないから……。
ここが一番、あたし達が安全に会える場所だと思う。
そばに行ってもいいかな?」

顔を上げたユフィの鼻は赤い。長いまつげは涙で光っていた。
ハンカチを片手に、ドレスをふわふわさせて歩み寄ってきてくれる。
あたしの足も自然と動いていて、気づけばお互い抱きしめあっていた。

「ユフィ!!」
「ソラ!
本当に、会えて本当によかった……!!」

夢の中と違って温もりが伝わってくる。
生きている体温にぶわりと涙が湧き出た。

「ずっと、ずっと……ユフィをぎゅってしたかった」
「えぇ、えぇ……私も、夢じゃないあなたを抱きしめたかったの。
最後にソラに会ったのはいつかしら? うんと前のように思えるわ」

会えたことで気が抜け、瞳がまた熱く潤む。
ぎゅうと抱きしめるユフィが、何かを思い出したようにハッとした。

「そうだ、ああごめんなさいソラ。
私、大事な話をソラに伝えたかったの」

余裕の無い声だ。すぐにユフィから離れた。

「今日来てもらったのは、スザクの叙任式をソラに見守ってほしかったからなの」
「叙任式……?」

ユフィの表情が真剣なものになり、あたしも自然と姿勢を正していた。

「ソラは“騎士”という名を知ってますか?」
「騎士って……馬に乗って戦ったり王様を守ったりする人のこと?」
「えぇ、そう。
“騎士”が守るのは皇族なの。
皇族は誰でも、騎士を一人選ぶことができるの。
私はスザクを騎士に決めました」

軽やかなノックの後で、部屋に入ってきたのはスザクだった。
服装が先程と違う。物語に出てくるような騎士の姿をしていた。
剣を腰に差し、胸元には羽根を広げた勲章が輝いている。
いつもと違う姿はかっこよくて美しいけど、突然すぎて言葉が出ない。

「空?
どうかしたのかい?」
「……あ、ごめん。びっくりしちゃって。
スザクがユフィの騎士に……?」
「うん。僕は今日、ユフィの騎士になるんだ。
もうすぐ始まる叙任式にソラも参加してほしい」
「うん! 見守りたい!!
……あ、でもこんな私服じゃダメだよね? ちゃんとした正装じゃないと……」
「大丈夫よ! ソラに似合いそうなドレスをたくさん用意したの。
お着替えしましょう!!」

握ってくれた手は柔らかい。
生き生きした笑顔のユフィに手を引かれ、別室まで連れて行かれた。


  ***


ドレスがずらりと並ぶ衣装部屋の奥に、着替えるための小さな個室がある。
美しく煌めく華やかな空間に目がチカチカして、ユフィにドレスを1着選んでもらった。
緊張して手が震え、着替えるのに時間がかかりそうだ……と思っていたら、ユフィの世話役を名乗るメイドさんがドレスを着付けてくれた。

「着心地はどう?
少しでもキツかったら言ってね?」
「ありがとう。ピッタリだよ」

初めて着るドレスに緊張していたら、化粧ケープをふわりと巻かれた。
次はメイクだ。さらにドキドキする。
パーテーションの向こうでずっと待たせているのが申し訳なくなり、儀式の流れや手順を聞く。
ユフィが説明する間、メイドさんがヘアメイクもしてくれた。
動かず喋らない状況に、心の中の『どうして』が膨らんでいく。

どうしてユフィはスザクを騎士に選んだの?
皇族は誰でも騎士を一人選ぶことができると言っていたけど、その『たったひとり』をどうしてスザクにしたんだろう?
何があって、ユフィはスザクを騎士に決めたの?

ユフィの近況をたくさん聞いた後、メイドさんが化粧ケープを外し、一礼して離れた。
ルルーシュのペンダントを首にかけ、ユーフェミアの前に出る。

「……どうかな?」

ユフィは嬉しそうに笑う。
笑顔が満開に咲いた。

「いいわ! やっぱりそのドレスを選んでよかった!!
とてもキレイ!! かわいい!!」

子どもみたいにはしゃぐユフィのほうがかわいい。

「魔法かけてもらったみたい。
ありがとう、ユフィ」
「ソラのほうが魔法使いよ。
だって、一緒にいてわくわくして一番楽しいもの!!
……あら? その首から下げてるペンダントは?」
「最近もらったの。
大切な人からのプレゼントだよ」

言った途端、ユフィの目が輝いた。

「前にソラが言っていた方ね!」
「うん、その人から。
これね……オルゴールになってるの」

そっと開けば、柔らかい音色が聞こえてくる。
ユフィは口元を手で隠し、何かにひどく驚いている顔で沈黙した。
ダメな事をしたのかもしれない。慌ててペンダントを閉じる。

「ユフィ?」
「ソラ、この曲は?
私、どこかでこれを……」

真剣な顔で聞き入っていたユフィだが、頭を振って背を向けた。

「……ごめんなさい。何でもないわ。
先にここを出ましょう。
スザクの所に行かないと……」
「う、うん……。
……ごめん、先に聞きたい事があるんだけど」
「なぁに?」
「どうして、ユフィはスザクを騎士に決めたの?」

ユフィは部屋を出ようとする足を止めてくれた。

「スザクを騎士に決めたのは……悔しかったから、かな」

ぽつりと呟き、ユフィは話す。

「この前、黒の騎士団がチョウフ基地に襲撃をかけたの。
スザクはそこで戦っていた。
敵のナイトメアがたくさんいる状況で、たった一人で戦い抜いたわ。
たくさんの人がスザクを応援していた。
……ううん、今思えば、みんなが応援していたのはスザクじゃなくてランスロットのパイロットだったのかも。
戦っていたのがスザクだと知った途端、みんなは今までの応援を無かったことにしたの。
私、それがすごく悔しくて……」

打ち明けてくれた声は辛そうだ。
騎士に決めた理由が分かって、膨らんでいた疑問が消えた。
ユフィはみんなにスザクを認めてもらいたかったのか。

「ユフィらしい理由だね。
話してくれてありがとう。
ごめん、引き留めて。スザクの所に戻ろう」
「そうね。
スザクにソラを見てもらいたいわ!」

うきうきした笑顔のユフィと部屋を出る。
通路の端で控えるスザクと視線がぶつかったものの、心がどこか飛んでいったみたいにポカーンとされた。
ずんずん歩み寄るユフィはスザクを両手でペシペシ叩く。

「スザクぅ! ちゃんとこっちを見て!」
「……あ! ご、ごめんユフィ」
「ソラをちゃんと見てスザク。
ね、どう?」

ユフィは全身でわくわくする。
スザクは改めてこっちを見たけど、照れて視線を外した。

「スザク。それじゃあ分かりませんよ。
思ったことを言ってください」
「ご、ごめん……。
すごくきれいで……つい」

夢を見てるようにぼんやり呟くスザクに、何だかこちらも恥ずかしくなってきた。
ありがとう、をもごもご言えば、ユフィは満足そうに頷いた。

「私は今から、ソラの席を確認しに行きます。
スザクはそばで待っていてください」

ドレスの裾をつまみ、パタパタとユフィは走って行った。
二人きりだ。気まずくは無いけどモジモジしてしまう。
沈黙より話したくなって、口を開いた。

「あのさスザク」「ねぇ空」

ほぼ同時だ。
言おうとした話題を言い出せなくてお互い固まり、ぎこちない笑みをこぼし合う。

「ごめ……あの、スザクからどうぞ」
「ふふふ、ありがとう。じゃあ先に」

柔らかく微笑むスザクは、ほわほわした空気を身に纏っている。
嬉しそうで幸せそうだ。
見てるこっちも満面の笑顔になってしまう。

「ユフィのそばにいてくれてありがとう、ソラ。
騎士の話をいきなり伝えて、ひどく驚かせてしまったと思う」
「そうだね……驚いちゃった……。
……でも、騎士の話はスザクにとって良いことなんだよね?」

『騎士を選ぶことができる』
『騎士に決めた』
どの言葉も一方的に感じてしまう。
スザクはどう思ってるんだろう?

「もちろん良いことだよ。
僕はブリタニア軍人として、内部からブリタニアを価値ある国にしたい。
ゼロとは違った正しいやり方でね。
ユフィが話してくれたんだ。
『立派に戦ったのに、日本人というだけで全て否定されるのは間違っている』って。
僕を騎士に選んでくれて、本当に……ほんとうに、嬉しかったんだ。
ユフィの騎士として戦いたいと思ったんだ」

喜んでいる声に、スザクの気持ちがすごく伝わってくる。
嬉し泣きの涙がじわりと浮かんできた。

「おめでとう、スザク」
「ありがとう。
『見守りたい』って言ってくれて安心したよ」

くしゃりと笑うスザクの瞳は、今にも泣きそうなほど潤んでいた。
だけど急にシャキッとする。
凛とした変わりように目を丸くしたら、向こう側から誰かがやってきた。
軍服を着た巨漢の男は見覚えのある顔だ。

「お待たせ致しました。間もなく始まります」

威厳のある渋い声。
顔には戦場で受けた傷が大きく残っていて、アニメよりずっと痛そうだ。
名前は確かダールトン。
コーネリアの最も近くにいる軍人の一人だ。
背は高いし肩幅も広い。
筋肉すごいんだろうなぁ……あたしを片手で持ち上げられるんじゃないかと思えるほど、強者のオーラが溢れている。
そばに来て足を止め、ジッと見つめてくる眼差しに緊張した。

「空と申します!
本日はよろしくお願いします!!」

気合いを入れてお腹から声を出せば、ダールトンはわずかに目を見開いた。
それも一瞬だけで、厳格な表情がやんわり緩む。

「楽になさって下さい。
私はアンドレアス・ダールトンです。
ユーフェミア様から案内を任されました。どうぞこちらへ」

優しい声は全然怖くない。
大きな背中が歩き始め、スザクが先に進んでくれてホッとした。

案内された所は舞台袖だった。
視界の先でブリタニア国旗が掲げられた広々とした壇上が見える。
会場に集まる貴族達の視線からあたしを守るように、分厚い真紅のカーテンが引かれている。
TVのカメラが何台か来ているらしく、注目されない配慮がとても有り難かった。


  ***


騎士になるための儀式が始まった。

壇上には二人だけだ。
スザクがユフィの前でひざまずいている。

「枢木スザク。
汝、ここに騎士の誓約をたて、ブリタニアの騎士として戦うことを願うか?」
「イエス、ユア・ハイネス」
「汝、我欲を捨て、大いなる正義の為に剣となり盾となる事を望むか?」
「イエス、ユア・ハイネス」

そしてスザクは腰に差していた剣を抜く。
刃先を自分に向けたまま、ユフィに剣を差し出した。
彼女はそれをゆっくりと受け取り、両手で構えてから剣の平でスザクの両肩をそっと打つ。

「私、ユーフェミア・リ・ブリタニアは、汝、枢木スザクを騎士として認めます」

宣言し終わり、ユフィは剣をスザクに返す。
受け取って鞘に戻したのを見届けてから、ユフィは胸元に置いた手を真横に伸ばした。
スザクは一歩後ろに下がり、貴族達に向き直る。
これでスザクは正式にユフィの騎士になった。
儀式の流れではこの後に拍手で迎えられるはずなんだけど、会場はシンと静まり返っている。
大勢の貴族が来てくれたと言っていた。
なのに、誰もスザクを認めてくれない。
ユーフェミアの表情は悲しそうに曇り、スザクの顔は強張っていた。
悔しくて頭が真っ白になり、手を強く叩いていた。
両手が痛くなるほど拍手する。
真紅のカーテンの向こう側で、沈黙の気配がわずかに揺らぐ。
その後だった。
一人ぶんの拍手が増える。
さらにもう一人、ゆっくりと手を叩く大きな音も聞こえてきた。
そこで貴族達もやっと拍手をして、会場が賑やかな音で包まれた。

壇上にいるスザクとユフィが視線を向けてくる。
二人の表情は晴れやかで嬉しそうだった。


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