25-1

目覚めてすぐ、病院のベッドで寝ている事に気付いた空は、そばでスザクが椅子に座っているのを見て目を丸くした。

「おはよう、空」

穏やかに微笑みかけられて更に困惑する。

「スザク……?
どうしてあたし……病院に……?」
「礼拝堂で気を失ってすぐにルルーシュが運んでくれたんだ。
3時間くらい、寝ていたよ」

短時間しか経っていない事に驚いた。
ふと視界に入った自分の腕にギクリとする。
新しい患者着の袖から伸びる腕は傷ひとつ無い。あんなに血だらけだったのに。
自分の体質をスザクは絶対に気づいてしまった。
空は顔が上げられないまま、まばたきできずに息を殺す。
『これ』をちゃんと説明しなきゃいけないのに、言葉に詰まって喋れなかった。

「……キミの身体の事はルルーシュが少しだけ教えてくれた。
動けない僕に代わって、キミが破片の中を進んで動いてくれた事も。
ありがとう、空」

貰うわけにはいけない言葉に、空はバッと顔を上げる。

「ごめんスザク!
聞いてごめん……!!」

スザクにとって知られたくない過去を聞いてしまった。
そしてそれ以上に、“スザクは誰も殺してない”と前に言った事を後悔する。
何も知らないのに言ってしまった。

「空、いいんだ。
キミが謝るようなことは何ひとつない。
隠し続けられるわけがなかったんだ」

空は言葉を失い、スザクは沈黙する。
病室は痛いほど静かだった。
凍りついたように物音がしない。
スザクは気まずそうな顔で再び口を開いた。

「空とナナリーを誘拐した犯人だけど、逃走してすぐに事故で亡くなったんだ」
「事故……?」
「……だからもう、キミは不安に思わなくていい」

気を失っている間に全て終わっていて、あまりにも呆気なくて、空はすぐにのみ込めなかった。
スザクが椅子から立ち上がった時、ルルーシュがひとり戻ってくる。

「おかえり。
お医者さんへの話は……大丈夫だった?」
「ああ。ここにすぐ戻って来れたから大事にはならなかった」
「良かった。
それじゃあ僕は事故の件がまだ残っているから行ってくるよ」
「頼む」

どこかよそよそしく感じるやり取りの後、スザクは病室を出ていった。
ここでやっと、空の頭はじわじわと理解する。
すがり付くような目でルルーシュを見た。

「ルルーシュ……。
マオが事故って本当……?」
「表向きはそうなっているが実際は違う。
マオは首を撃たれ、死んでいた。
襲われて殺害されたとは思えないほど安らかな顔をしていたそうだ。
殺したのは……ひとりしかいないだろうな」

空の頭に浮かんだのはC.C.だった。

「自分の手で決着をつけたんだろう。
シャーリーもナナリーもおまえも、もうマオの脅威には晒されない。
これでやっと終わったんだ」
「終わった……?」

言われても実感が湧かない。
話という話をマオと出来ていないのに。
最後にマオと何を話したか思い出せなかった。頭が麻痺してぼんやりする。
力の入らない空の手をルルーシュはずっと握り続けた。
その手がス……と離れた直後、ミレイが病室に入ってくる。

「やっほ〜!
ミレイお姉さんが来たわよ〜!!」

ハイテンションな笑顔は、ルルーシュと空を見るなりシュンと大人しくなった。

「あら。ルルーシュも来てたのね」
「ええ。
会長は早いですね。みんなで来ると思ってましたよ」
「……そりゃあね。
だって空の顔を見たかったから」

入ってきた時とは打って変わり、声音も穏やかになる。
ミレイは軽い足取りで空のそばまで近づいた。
見上げた空の頬をミレイは両手で包む。
深く澄んだ青の瞳に、空は暗闇に閉じ込められた時の、ミレイに似た女性の事を思い出す。
声を聞くだけで安心したあの時と同じ気持ちになった。

「今日は帰るわね。
退院したらゆっくり話しましょう」

そして、額にやわらかくキスされた。
空の耳に入るのはかわいいリップ音と「なッ」という動揺の声。
ふわりと離れ、ミレイはニコッと明るく笑んだ。

「ミレイお姉さんのおまじないよ。
元気になれるおまじない。
それじゃあまたね」

滞在時間はほんのわずかだが、心に清々しい風が吹き抜けていったような気がした。
空は動揺の声が聞こえた方をチラッと見る。
そこには顔に悔しさを前面に出したルルーシュがいた。
視線がぶつかるなり、スンといつもの涼しげな表情に戻る。

「会長はなにか話があったようだな」

何事も無かったかのように装うルルーシュから視線を逸らし、ウンと頷いた。
動揺の声や悔しそうな顔については触れないでおこう、と空は思った。

「そうだね。
元気になれるおまじない、か。
元気無いってすぐ気づかれちゃったよ……」

キスされたところをそっと触れる。
おまじないは少しも効きそうになかった。

「マオはシャーリーを追い詰めた」

事実を突き付ける声はいつもと違って余裕が無い。
ルルーシュの言葉に空はぎこちなく頷いた。

「マオはナナリーに危害を加えて死に追いやろうとしたんだ」

その通りだ。
なんの罪もない無関係のナナリーを。
空は力強く頷いた。

「おまえがずっと眠っていたのも、目を覚まさなかったのも、マオが原因だ」

掴まれた左腕を。走った痛みを。感じた恐怖を思い出した。
空は唇を噛み、震えをグッと押さえつける。

「スザクの過去を……最悪な方法で暴いた」

頭にカッと血がのぼる。
蘇った怒りに、空はグッと拳を握った。

「……マオは人非人 にんぴにんだ。
そんな奴の死に、どうしておまえは胸を痛めるんだ」

された事を思い出すだけで簡単に身体は震えてしまう。
それでも今、胸が苦しいのは。

「……クラブハウスの外にある木が桜だって教えてくれたの」

マオといた時を頭に浮かべれば、出てくるのはどれも楽しい事ばかりだ。
たったそれだけか?と言わんばかりのルルーシュの冷めた瞳に、空は二の句が継げなくなった。

沈黙する空にルルーシュは小さく息をこぼす。
彼女の部屋に置く家具を探し、初めて名前を呼んだ日を思い出す。
租界でも桜は咲くかと質問された時の自分の返答は確か『この学園にも植えられているが、それがどうかしたのか?』だ。
気が遠くなりそうな失言に思えた。
チェスで負けた時よりも、胸の奥が焦げるような悔しさを感じた。

「手紙を……渡すべきだった」

ぽつりとルルーシュは呟いた。
言葉を飾ることなく、本音をこぼす。

「……『キミの友達が会いたがっている』とスザクから言われた時、これをおまえに渡したくないと、思ってしまった。
すまない、空」

カサ、と音を立てながらルルーシュが制服の内ポケットから出したものは、しわくちゃに歪んだ白い封筒だった。
予想もしなかった姿で現れた手紙に空は目と口を大きく開いて絶句する。
頭が真っ白になった空の手にルルーシュは手紙を持たせてやる。
ハッと我に返る空は手元に視線を落とした。

「これは……」
「ああ。スザクが預けてくれたものだ」
「ど、どうしてこんなひどい事に……」
「マオがおまえに会いたいが為にスザクを利用して届けさせた手紙だと思った瞬間、感情のまま、衝動的に潰してしまった……」

空の目が驚愕でクワッと見開いた。
ルルーシュが感情で。あの、ルルーシュが────それだけしか今は思えなくて、怒りも悲しみを感じない。
しかしすぐに、湧き出す罪悪感に空は顔色を悪くした。
手紙と同じくらいを顔をクシャッと歪ませる。

「ルルーシュ、あのね……」
「ど、どうした?」
「スザクに手紙の事は聞いていたの。
誰が手紙をくれたのか……。
これはね……マオじゃなくて女の子からもらった手紙なんだ……」

ルルーシュも困惑に目を見開く。

「女の子……?」
「ルルーシュにちゃんと話してなかったんだけど……。
……夢でしか会えない友達が、大切な女の子がひとりいるの。
言えない、言えるわけないって思って、すごく苦しかった時に『あなたはあなたのままです』ってその子は言ってくれた。
気持ちは変わらないって。好きだって言ってくれたの。
すごく嬉しかった」


「大きく変わったところはあるけど、あたしはあたしのままだから」


やっと笑顔を見せてくれたあの日の事をルルーシュは思い出す。
あの日空がそう言えるようになったのは、苦しかった時に寄り添ってくれた存在がいたからか。

「その子もこの世界で生きているの。
夢でいつも会ってたんだけど、その夢も、もう見れなくなっちゃった……。
……そんな時、その子が現実で会うための手段を手紙に書いてくれて……」
「相手も同じか。だから手紙をスザクに……。
会いたがっていると言っていたのはそういう意味か」

ルルーシュの顔色も悪くなる。
知らなかったとは言え、その手紙を自分は衝動的に握り潰してしまった。

「俺は……なんて事を……」

胸がひどく痛み、罪悪感が肺を満たしたように息苦しくなる。
それでもルルーシュはあの日スザクと交わした会話を冷静に思い出す。


「キミの友達が会いたがっている、って伝えてほしい。
……ルルーシュは聞いた? 空の友達の事」
「ああ。電話で少しだけな。
紹介してもらう時に会うつもりだ」
「え!? だ、大丈夫かい?」
「何か問題があるのか?」
「……う、ううん。キミが大丈夫なら問題は無いけど……」



スザクは何故あの時動揺したのか。
ルルーシュは一瞬で十の可能性を考える。

「手紙をくれた女の子は誰だ?」
「ユーフェミア・リ・ブリタニア────あたしはユフィって呼んでる」

やはりそうか、とルルーシュは思った。

「ルルーシュとナナリーの名前は絶対出さない。
会う場所はここじゃないどこかにする。
お願い、ルルーシュ。
ユフィに会いに行きたいの」

エリア11の副総督が、会いたいと手紙を寄越してきた。
とんでもない爆弾だ。実際に会わせるとなると、リスクのほうが大きすぎる。
それでもルルーシュの心は思ってしまった。
会いたいという切実な願いを叶えたい、と。
浮かぶリスクをねじ伏せるように、ルルーシュの頭は安全策を講じ始める。

会いたいと空が言った1秒後、ルルーシュは答えた。

「わかった。
すぐに、とは言えないが、会うために俺が出来る事は全てする」

空の顔がパッと明るくなる。
希望と喜びに満ち溢れてきらきらと輝く瞳を、きれいだとルルーシュは思った。

 
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