24-1 ルルーシュ編

空に愛していると伝えられた、幸せな日だったはずなのに。
日の出は眩しく輝いていたものの、ルルーシュの顔色は凄まじく悪い。
最悪の気分だった。


「あたしが何も言わなかったら黙ってたの!? 会いたかったのに!!
会いたかったのに……!!」



本当に最悪だ。
まさか空が、そこまであの男に会いたがっていたとは。
思い出しただけでムシャクシャする。
ルルーシュの内側で、抱いた事の無い様々な負の感情がうねりにうねって荒れていた。

空の“どうして”に答えられなかった。
会わせたくない子供じみた感情はあったが、それ以上に、マオの手紙で忘れた事を思い出すのでは……と危惧したから。
それにしても、普段の自分ならもっと上手に説得できたはずなのに。

「らしくないな。本当に……」

最悪の気分で洗面所に行こうとすれば携帯が鳴った。
空だ。こんな朝早くに?

「……っ」

反射的に携帯を出したものの、通話ボタンを押せなかった。
昨日の事か? 空が何を言うか予測できない。
心の準備ができないままでいると、呼び出し音が途切れてしまった。
ルルーシュを自己嫌悪が苛んだ。
電話しろ、と空に言っておいてこれか。よく言えたものだ。
本当に嫌になる。

どんな理由で電話をかけたのか無性に気になった。
怒っているのか、冷静に話そうとしてくれているのか。
ルルーシュは電話をかけ直したものの、どれだけ待っても呼び出し音しか聞こえない。
どうやら怒らせてしまったらしい。

「最悪だ……」

こうなったら直接会いに行って謝るしかない。
病院の朝食が終わった後、授業を抜けて顔を出すとしよう。
ルルーシュは重い重いため息をこぼし、洗面所で見た目を完璧にしてから部屋に戻って着替えを済ませ、キッチンに足を運ぶ。
気分が晴れないまま朝食作りを開始した。


  ***


ナナリーの授業はニ限目からだ。
鶴を折るスピードが早くなっているのか、テーブルにいくつも並んでいる。

「行ってらっしゃい、お兄さま」
「ああ。学校が終わったら空のところに行こう」
「はい!」

見送られて出発する。
クラブハウスを出て校舎を目指せば、生徒達の賑やかな喧騒が聞こえてきた。
鐘楼塔の鐘が遠くで鳴り響いている。

「おい、ルルーシュ!」

校舎に入ろうとすれば名前を呼ばれた。
振り返れば、スザクが嬉しそうな笑顔で駆け寄ってくるのが見える。

「おはよう!!」
「ああ、おはよう。
スザクは久しぶりに授業だな。
もっと出ないと留年するぞ」
「仕事だからね。
黒の騎士団の動きが活発になっているから」
「……技術部なのに忙しいのか?」
「あー、手が足りないんだよ、どこも」
「フーン……。
でも、少しぐらい時間はあるだろう。
たまにはうちで食事でもどうだ? ナナリーが寂しがっている。
今日の予定は?」
「ああ、今晩なら……。
でも、いいのかい?」

もちろんだ、と返事をしようとすれば、サイドカーに乗ったリヴァルが物凄い勢いで接近してくる。
驚きの悲鳴を小さく上げるスザクの目の前で停止したリヴァルは、鬼気迫る表情でサイドカーを降りて駆け寄った。

「おいっ! ルルーシュ!!」
「どうした?」
「会長、見合いするって知ってたか!?」
「ああ、今日だろ?」
「今日!? 知ってて何で教えなかった!!」

胸ぐらをガッと掴まれたルルーシュは面倒くさそうに小さなため息をこぼした。

「教えたら泣くだろ」
「笑ってみせるっ!」

断言するリヴァルは今にも泣きそうで、スザクはフォローするように言った。

「大丈夫。僕も知らなかったから」
「こんな時に天然で返すな!」
「てんねん……?」

不思議そうに首を傾げるスザクにルルーシュは苦笑する。

「そういうところが天然って言うんだよ。
じゃあ、食事の件をナナリーに言っても?」
「うん」

スザクが頷いた途端、ルルーシュはクラブハウスへと引き返した。

「……あ、授業は!?」
「わかってる! 教えてくるだけだって!!」

教えるだけなら電話の方が早いが、ナナリーの喜ぶ顔を見たいルルーシュは直接伝えに行った。
リヴァルが泣きそうになりながらその場にズシャッと膝をつく。

「俺の悩みは……置き去りですか……!」
「しょうがないよ。
会長のお見合い、僕らにはどうしようもできないことだから」
「……お前ちょっと黙ってろ」

スザクは空気が読めない男だった。


  ***


きっと、いや絶対にナナリーは喜ぶ。
ルルーシュはわくわくしながらダイニングに戻った。

「ナナリー。
スザクが────」

言おうとした事がそれ以上声にならなかった。
ナナリーがいなくなっていたからだ。
ルルーシュの視線が自然とテーブルに向く。
全ての鶴が整列し、一枚の写真が置いてある。
車椅子ごと縛られたナナリーが写っていた。

「……!!」

誰かがナナリーをさらった。
写真を手に取った瞬間、携帯が鳴る。
画面に表示されたのは空の名前だ。ルルーシュは反射的に出る。

「……はい」
『お兄さま……』

聞こえたのは弱々しく震える声。

「ナナリー!? 空のそばにいるのか!!
今、どこにいるんだ!!」
『……わからないんです。
ただ、ここから動くなって……。
……あ!』
「ナナリー!!」

聞こえた声が遠くなる。
次に聞こえたのは────

『ボクだよ、ルルゥ!』

────マオの声だ。
一瞬で殺意が湧いた。

警察に蜂の巣にされても生きているとは。
生死を確認しなかった自分のツメの甘さにルルーシュは唇を噛む。

『油断したね、ルルーシュ。
ボクが死んだと思ってた?』
「待てマオ! 今、C.C.はこの場所にいない」
『知ってるよ。だから来たんだ。
ギアスの効かない相手は厄介だからね。そっちの件は後回し。
キミにこないだのお礼をしないとボクはもう収まらないんだ』
「当然、500メートル以内にいるんだろうな?」
『そういうこと! 探してみるかい?』
「……今、空の携帯を使っているんだな。
ナナリーだけじゃなく、空までも……」
『そうだよ。お姫様はボクのそばで眠っている』

お姫様呼びに不快な気持ちになる。
早朝、かけ直しても繋がらなかったあの時にすぐ病院へ向かっていれば。
電話に出ていれば、こうはならなかったはずだ。
後悔の念が一気に押し寄せる。

『妹とソラはボクの手の中。
探してみなよ。タイムリミットは5時間だ!
あぁそれと、これはボクとキミのゲームなんだから警察の駒を使うのはNGだよ。
この前みたいに撃たれるのはイヤだからね。
でもさぁ凄いよね、ブリタニアの医学って。
おかげで……アヒャヒャヒャヒャッ!』

身体中の血が沸騰するような、 はらわたが煮えくり返るような、凄まじく激烈な怒りを覚えた。
しかしルルーシュは怒りに我を忘れたりしない。
冷静さを保つため、腹の底から深呼吸する。
マオはルルーシュの怒りを嘲笑うように続けた。

『ねぇルルゥ、あの時のギアスは「撃て」じゃなくて「殺せ」とするべきだったんだよォ。ツメが甘いから妹が……アハハッ!
窮地に立ったね! 危機に陥ったね! ピンチだね〜!』
「待て! ナナリーも空も関係ない!」

ブツリ、と電話を切られた。
ルルーシュは携帯と写真を手にダイニングを飛び出す。
思考が読める500メートル以内で、マオがいる場所は見当がついていた。

学園地下の循環システムだ。
空が昏睡状態に陥ったあの事件が無ければ、そこに行き着くのはもっと後になっていただろう。
授業で静まり返る廊下を駆け、循環システムに続くエレベーターに到着する。
カードキーを通したものの、エラー音しか鳴らなかった。

「チッ……!」

足止めだろう。ご丁寧にデータが変えられている。
しかし、ルルーシュはシステムをハッキングすることには慣れていた。
1分もしない内にロックシステムを破る。
エレベーターに乗り込み、地下へ降りるボタンを押した。
きっとマオのことだ。
ただでは進ませないだろう。
つまらない小細工を仕掛けているに違いない。

到着するなり、予想は当たった。
マシンガンがセットされた監視カメラがルルーシュを迎える。
こちらの動きに反応するタイプだろう。
エレベーターを出ればハチの巣は確実だ。ここから目的の場所へは進めない。
ルルーシュは地上へと引き返す。

エレベーターが上昇する間、ルルーシュは携帯で時間を確認する。
タイムリミットまで余裕はあるものの、ナナリーと空を人質に取られていることがルルーシュから冷静さを徐々に奪っていく。

地上に到着し、閉められていた扉が開く。
エレベーターを出たすぐの近くに、授業を受けているはずのスザクが立っていた。

「スザク! どうしておまえが……!」
「授業始まっても戻らないから抜けてきた。
何となくこっちにルルーシュがいると思って来たんだけど、この写真が落ちていて……。
ルルーシュ、これどういうこと?」

スザクが見せてきたのはナナリーの写真。
カードキーを出した時に落としたようだ。
マオに今も思考を読まれているため、ルルーシュはスザクに詳細は話せない。

「ナナリーに何かあったんだね?
誰なんだ、ナナリーをさらったのは!?
まさかブリタニアの皇室……?」

隠し通せない。諦めたルルーシュは口を開いた。

「いや、俺達の出自には関係ない。
女を独り占めしたいってだけの只のガキだよ。
空も犯人に捕まっている」
「……!!」

驚いたスザクの表情が怒りに変わる。

「取り調べを受けると俺達のことがバレるかもしれない。
だから軍や警察には……」
「なら、僕達だけで何とかするしかない。
手がかりになるものはある?」
「ヤツの居場所は見当がついている。循環システムだ」
「循環システム!?
……そうか、犯人は同一人物なんだね」
「ああ。
ここから行こうとしたが行き止まりだ。
監視カメラにマシンガンがセットされている。別の場所を……」
「このまま行こう」

話を聞いていたのか?とルルーシュは目を丸くする。
しかし、スザクの表情は真剣だ。
何か考えがあるのを察して、ルルーシュは頷いた。

「わかった」

ルルーシュはもう一度エレベーターに乗り込んだ。
今度はスザクと共に。

「でも珍しいな」
「何が?」
「いつものキミならすぐ気づくのに」

スザクの純粋な疑問にルルーシュは黙る。
空の電話に出なかった罪悪感が蘇ったからだ。

地下に到着してエレベーターが開く。
スザクはポケットから携帯工具を出した。
鏡面仕上げになっている部分で、エレベーター内部の死角から通路の監視カメラを写し見る。

「キミの言った通りだ。
監視カメラにマシンガンを連動させている。
あのシステムならタイムラグはおおよそ0,05」
「射程圏内に入った人間を自動的に攻撃する。ここから出たらすぐだ。
どうするんだスザク?」
「こうする」

スザクは武器も持たずに身ひとつで通路へと駆け出した。
自殺行為だ。
動きに合わせてフルオートのマシンガンが掃射を始めるが、加速するスザクには当たらない。
左右ジグザグに通路を走り、凄まじい銃撃音を聞きながら壁を駆け上がる。
高速で壁を走り、天井に設置された監視カメラをマシンガンごと蹴り落とした。
着地し、スザクはエレベーターで唖然とするルルーシュを振り返り見る。
息切れひとつしていない。

「さあ、行こう。
ナナリーと空が待ってる」

マオもこんな短時間で攻略されるとは思わなかっただろう。

「乱暴な奴だな……」

呟き、思わず笑みがこぼれてしまう。

頼もしい後ろ姿に確信を抱いた。
スザクがいればできないことはない、と。

 
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